第十話(1):Under the stage
花嫁候補がツァイト家での生活に馴染み始め、惜しみなく自らの特技を披露する日々。その裏では花嫁を選ぶための話し合いが行われていた。
「今日で十六日目、半分が過ぎました。そろそろ候補を絞っていかなければなりません。先日と同じようにみなの意見を聞かせて下さい」
集会は長女イリアがまとめ役として開くことになっている。しかし、他五人の妹弟たちはテーゼを除いて一人の例外もなくうんざりした表情を浮かべていた。
「姉上、私もう疲れました。毎日候補がご機嫌取りにやって来るのよ。いい加減誰も同じに見えてきて」
「正直、俺も疲れた……唯一の男兄弟だからかな、面会数が半端じゃなくて。同じ子に何回も会ってるよ。俺の花嫁じゃないのに」
”唯一の男兄弟”でありながら兄とは対極の性格にあるダストは我慢出来ずに机の上に突っ伏した。姉たちも行動にこそ出さないものの、投げやりな気分を隠せないでいる。
「どうせ財産目当てなんだから誰でも良いじゃない。そもそも候補はすべてツァイト家に相応しい家から選ばれたんでしょ?」
テーゼは一人離れたところに座って目を閉じていた。王城の仕事、領主の仕事補佐、そして定期的に行われる花嫁選びの話し合い。最近忙しく、十分な睡眠を取っていない。それが完全無視と映ったのか――事実上、その通りだったが――双子の姉たちが声を揃えて非難を始めた。
「テーゼ、なんとか言ったらどうなの。貴方がちゃんと選ばないからこんなことになったのよ。父上が”ツァイト家を背負う次期当主、その妻をいい加減な判断で選ぶことは許さない”って」
「お陰で私たち、候補から会いたいって要望があったら断ることも出来ないわ。そのくせ自分は仕事を理由に断りまくってるんだって? ああっ、羨ましい、あんたもう仕事と結婚しなさいよ?!」
「会った」
「ほらみなさい! ……って、え?!」
「兄上の目に適う女の子がいたのっ?」
その場にいた全員が同方向に身を乗り出した。
「……」
集中的に視線を浴びることになったテーゼは目を開き、休めていた頭を動かす。
「この家にとって最も有益なのはルシルターク家、マゼンデ家、エンドウム家、プリアベル家の名門四家とノエンナ領主ハスニカ家だ。五人の令嬢には会っておいた。マゼンデ家とハスニカ家の令嬢は先日出て行ったそうだが」
「兄上、そういう選び方じゃなくて……」
そういう態度でいるから花嫁候補に逃げられるのだと、兄の反応さえ怖くなければダストは言ってやるところだった。自由に選べる立場のはずが逃げられてしまってはどうしようもない。
「この際なんでも構わないわ。では三人の中から決めることにしない? 選択肢が減ってずっと楽よ」
「私はメーウィアが良いわ」
真っ先にイリアが口を挟んだ。まとめ役として会を開いておきながらすっかり参加者の一人と化している。
「イリア姉上は自分の庭が褒められたからでしょ。庭園なんか造るから別館が建てられなくなったじゃないの」
「そうよ、虫が大量発生して大変なのよ。どうにかしてよ!」
双子の不満を無視してイリアは両手を合わせ、にっこり笑った。
「あら、テーゼだってメーウィアが好きよ。この話し合いはちょうど十五日後になる昨日の予定だったのに一日遅らせたのはテーゼ、貴方の都合だったわよね? メーウィアと朝食をご一緒したかったからでしょう?」
「そ、そうなのっ? いつの間に」
「社交辞令に応えただけだ」
どこから聞きつけたのか、一日足らずで情報を仕入れている姉を睨みつける形でテーゼは答える。
「ちょ、待って待って。話について行けてないっ。兄上が多忙な時間を割いてまで会う子って……メーウィアって、誰?」
「プリアベル家の令嬢でしょ? イリア姉上とテーゼ以外は会ってないんじゃない? 面会を求められてないもの」
「プリア……あ、俺も。リストから消えてない。今残ってる候補の中ではこの子だけ会いに来なかったんだよな。社交性のない子だと思ってたけど兄上に直球か……やるなあ」
有意義に行動しない候補は失格にするか彼女ら自身の意思で出て行ったかのどちらかだった。プリアベル令嬢だけを残しておいたのは彼女の家柄はもちろんのこと、イリアの意向が強かった。
「まあ、そうなの? 是非一度お話ししてみて。とっても美人だし、品もあって花のことにも詳しくて、言うことなしの本当に素敵な女性よ。私たちの義妹としても申し分ないわ」
「イリア姉上は庭が褒められるならなんでも良いのよ。プリアベル家なんて名が高いだけの貧乏貴族じゃない、有益性を求めるならルシルターク家やエンドウム家の方が優れてるわ」
「でもエンドウム家の令嬢は第二夫人の娘よ、正夫人の娘はもう結婚してるからでしょうけど」
「それを言ったらルシルターク家の令嬢は三女だよ」
第二夫人の娘と正夫人の三女、どちらの血統が優れているかは難しい問題だった。一同、沈思黙考する。
「三女だけど正夫人の娘には変わりないのだからルシルターク家の令嬢、ええと、エウロラが花嫁に相応しいのではないかしら」
「待って、確かにプリアベル家は裕福な貴族ではないけれど三家の中では一番の名門よ。今のツァイト家に必要なのは実より名ではなくて?」
諦めきれずにイリアは食い下がるが場の意見は既に傾いていた。
「そうは言っても名ばかり高くてもね……経済的にツァイト家がプリアベル家を支えなくてはならなくなるわ。お荷物よ。総合的に考えて、やはりルシルターク家のエウロラが良いと思うの。あそこも家格は劣るとはいえ名門なんだから」
「その通りだわ、賛成」
「異議なし、ね」
「ちょっと待ってよ」
まとまりかかった話を前に、イリアとは別の見解でダストが不服を呈した。
「反対はしないけど、そんな選び方で良いのかなあ。父上が望んでるのってこういうことじゃないと思うんだけど。それに候補の人柄とか能力を見てきた今までの話し合いが全部無駄に……」
「テーゼがちゃんと選ばないんだから仕方ないでしょ!」
意図的に大きな音を立ててテーゼは椅子から立ち上がった。当人を放置して言い合っていた姉弟は我に返って口を止める。
「……時間だ」
「テーゼ、今日は午後からでしょう?」
「報告書をまとめる時間が必要だ。失礼する」
「あ、お、俺もっ。後は姉上たちで話し合ってよ。よろしくっ」
まとめる書類もないくせに、ここぞとばかりにダストは兄を追いかける。末弟で姉たちの勢いに押されがちな彼に男一人で居残る根性はなかった。
「……もうっ。二人の予定に合わせて朝早くから集まってるのに」
「いっそのこと三家の令嬢をまとめて花嫁にするってどう? 別に一人に絞らなきゃいけない理由なんてないんだし」
「駄目よ。選ぶのは一人と指示が出てるわ。父上はテーゼに女を愛させたいのよ、だから取りあえずは一人だけ」
微妙な空気が姉妹を取り巻いた。
「気持ちは分かるけど、それは、無謀な望みでしょ。本人に選ぶ気ないんだもの」
「ねえ、話し合いを夜に変えない? あんな風に逃げられたら話が終わらないわ」
「決まった時間に帰って来ないのだからそれも駄目。私たちにだって都合があるでしょう? それに……ツァイト家はテーゼが功績を上げたから有力貴族になれたのよ。邪魔することなんて出来ないわ」
残された姉たちはイリアの言葉に重いため息を吐いた。以前とは比較にならないほど裕福になったのも社交界での立場が強くなったのもすべて有能な弟のお陰。養子であっても逆らえるはずがなかった。
「明日の朝、もう一度仕切り直しましょう。テーゼが、あの子がどんな意思を持っているのかきちんと確かめた方が良いわ」
「あいつの頭には仕事の二文字しかないと思うけど」
「とにかく明日の朝よ、あの子たちにも知らせておくわ。良いわね?」
互いに顔を見合わせ四人の姉は立ち上がった。