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次期当主と花嫁候補  作者: つら
第三章
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第九話(2):Triangle

「本当に来て下さるとは思いませんでした」

 三日後の朝、支度を整えた朝食の席でメーウィアは形式的な微笑みを浮かべる。テーゼはその態度が気に入らなかったのか不機嫌な声を返してきた。

「確かに招かれたと思ったが」

「そのようにお返事も頂きましたが、お忙しいのではないかと」

 フラウが椅子を引く動きに合わせてメーウィアは腰を下ろす。

「他の候補からもひっきりなしに声がかかっていたら無視していただろうな。両親や姉弟への根回しは活発のようだが」

「お誘いがないと?」

「昼以降に招待されても迷惑だ。お前だけがまともな誘い方をしてきたから応じた」

 会話はすぐに途切れてしまった。

「下がれ」

 選ぶ者の立場に似つかわしい態度でコアを退け、テーゼはフラウにも命令した。

「お待ち下さい、フラウは」

「たかが朝食だ。必要ない」

 断言されては逆らえない。メーウィアは仕方なくフラウを下がらせた。

 定型通りに並べられた食事。いつもの順序に従ってメーウィアは食器を扱う。食事が始まるとテーゼはすぐに問いかけてきた。

「お前はこの結婚についてどう考えている。ツァイト家に、俺になにを求めて来た?」

「ツァイト家と結婚したくないと考える家の方が珍しいと思いますが」

 手を止めてメーウィアは口を拭う。

「分かりきったことをわざわざ言うな。お前自身の考えを聞いている」

「ですから、他の方々と同様です。ツァイト家の勢力と財力、プリアベル家に欠けているものを頼るために」

 せっかく答えているのに無下にされて、メーウィアは不満を胸の内に抱えた。

「割り切れているならそれで良いが」

「どういう意味ですか」

「ツァイト家は俺が王城で地位を得て力を増した。勢力が安定するまで当家の評価は俺の功績に左右される。殆ど家にいることはない。家を継げば領主を務めることにもなるが、当面は親が代行するだろう」

 メーウィアは黙って先を促す。

「女としての幸せを俺に求めれば後悔する。良く考えて決めろ。候補に選ばれた時点で全員にツァイト家の花嫁になる資格はある。相応しくない者は追い出すと言ったが、それは立場を理解してもらうためだ。正直俺は誰でも良いと思っている」

 テーゼはそこで話を切り上げた。言われたことを考えながらメーウィアも食事を再開する。こんなに饒舌な人だとは思わなかった。言葉に優しさは欠片もないが、良く考えてみると手の内を明かしてくれている。花嫁になる気があるなら覚悟を決めろ、と。思っていたほど嫌味な人ではない。

 気まずい空気を元に戻すためにメーウィアは話題を変えた。

「頂いた本、読ませて頂きました。ありがとうございます」

「……ああ」

「官職には詳しくありませんが、少しだけ王城の仕組みが分かった気がします。職務に応じた宮があって……女性のみで構成されているお仕事もあるのですね。アルス様のお名前を見つけて驚きました。レフガルト家の正夫人でいらっしゃいますよね? 貴婦人が働いているなんて……」

 新興勢力レフガルト家。後続するツァイト家に多大な影響を与えているはずだ。必ずテーゼの関心を引けると確信していた。

「まったくどうかしているな。レフガルト正夫人とは言っても生まれは卑しく、貴族の価値観とずれている。非常識な女だ」

 露骨な表現にメーウィアはわずかに眉を動かす。言葉を選ばない人だとは思っていたが、逐一これでは人から誤解されてばかりだろう。

「お堅いのね」

「?」

「物は言いよう、という言葉をご存知? 貴族ではなかった方なら私たちと考え方が違うのも仕方ないかもしれませんね」

 機嫌を損ねる発言だとは思ったが敢えてメーウィアは口にした。

「ですが……貴方の言葉には揺らぎがありません。発言に責任を持つ姿勢は立派だと思います」

 気難しい人なのだろう。だからといって他人との関わりを拒絶したいわけではない。誰に対しても冷たいわけでもない、信用出来る相手を選ぶのに慎重なだけだった。きっと。メーウィア自身がそうであるように。

「……」

 沈黙が食卓を支配した。メーウィアは身動ぎもせず相手の言葉を待つ。それ以外に彼の感情を推し量る術はなかった。

「揺らがない言葉などあるはずがない」

 返って来たのは意外と中身のない答えだった。

「断言口調の方にそのようなことを言われても困ります。その言葉さえ揺らいでいないと貴方はお気づきにならないの?」

 再び沈黙が降りた。メーウィアは今度は微かに笑みを浮かべていた。

「……生まれが卑しいことを批判するつもりはない。俺が気に入らないのは、あの女が大した努力もせずに力を手に入れたことだ」

「力?」

 足りない言葉を補い始めた不器用な人に、耳を傾けてみる。

「アルスは王族の寵子だ」

「王族の、寵子?」

「異名だ。王族のお気に入りで優遇されている。地位も身分も、レフガルト当主との結婚さえも王から与えられたものだ。有り得ないだろう。身分の卑しい女が、力を持つ貴族の、しかも正夫人など」

「……悪女みたい」

 気圧されて、思わず素直な感想が出る。まるで地位の高い男を惑わせて欲しい物を手に入れていく娼婦のように聞こえた。

「努力せず、すべてを手に入れるなど馬鹿にしている。苦労をして実績を積んでも認められない者の方が多いというのに……俺は部下に地位を与える立場にあるが、最終的な決定権はない。だからああいうのを見ていると腹が立つ。努力した者には相応しい評価が与えられるべきだ、怠る者には相応の報いを」

 忌々しげな口調は既に話し相手の存在など失念している様子だったが、それでもメーウィアは満足を口端に浮かべた。

「同感です」

 やっと分かった。ミゼルを含め、ツァイト家を立ち去った花嫁候補が見抜けなかった彼の本質。恩人であるはずのレフガルト家の正夫人を罵った理由、努力する者を正当に評価したいという表には見えない優しさを持つ人だということが。

 ――ツァイト家の花嫁候補として相応しく振る舞うこと。メーウィアはあまりにも抽象的な要求の真意を見抜いた気がした。求められていたのは、特技を披露することだけではなかったのかもしれない、と。

 食後の茶をゆっくり楽しむ時間もなくテーゼは出仕した。


「どうでした?」

 食事の時間も含めて三十分も経っていなかっただろう。部屋に戻ったフラウが心配して聞いてきたが、メーウィアは清々しい気持ちで答えた。

「お話し出来て良かった。意外と素直で可愛らしい方だったわ」

「……好きになったりとか」

「そうね。最初に会った時のような嫌な気持ちはなくなったけれど……でも別に、そういうことは関係ないでしょう? 政略結婚にそういうのは、必要ないから」

 不自由な身に生まれて女の幸せなど一度も望んだことはない。願うのは、家のために。思いも寄らないことを聞いてくるフラウの意図を、メーウィアは考えもしなかった。


 妙なことを言われたのは夜になってからだった。

「お嬢様、先日の口直しに踊りませんか」

 寝台に腰掛けたメーウィアは伏せていた瞼を持ち上げる。そして、フラウの今の発言は先日メーウィアが腕前を試されたときのことを指しているのだと気づいた。

 次期当主の意外な側面を見せられたあの日。あれで良くこちらの実力を見ようと思ったものだ、と確かに呆れた。安定した支柱が必要なメーウィアは一人では踊れない。しかし、相手に実力がなければ技術を見せるどころでもなかった。

「コアに見られてしまうから駄目よ」

 フラウから誘われるのは久し振りで、心は惹かれた。フラウなら望みのままに導いてくれる。それでもツァイト家にいる間はとメーウィアは立場を弁えることにした。

「見られてはいけませんか」

 食い下がられて驚く。いけないに決まっている。花嫁候補として自分はこの家にいるのに、使用人と踊り回るなど場違いにもほどがある。そのような問いかけ自体が分からなかった。

「コアはもう退室しています」

 今度は説得力のある言葉だった。それでもメーウィアは気乗りしなかった。口直し、という言い方が引っかかった。あれでも、ろくに実力を見せることが出来なかったあんな時間でも、それなりに楽しかった。楽しいと、言ってくれた。初めて他人が評価してくれたのだ。

「歌も演奏もないし」

「曲など必要ありません。素人ではないのですから」

「駄目」

 あの日の余韻はずっと身体に残しておきたかった。どんなに技を磨いてもプリアベル家の娘に社交界に出る資格は与えられない。ツァイト家の庭が初めての舞台、実力を出し切れたとはとても言えなかったけれど。でも、きっとかけがえのない思い出になる。

「私とは、もう踊って下さらないのですか」

「そんなこと言ってないでしょう。とにかく踊らないわ。眠いし」

 今度こそメーウィアは不快を示した。用済みとばかりに目を伏せ、寝台に潜り込む。しつこくされるのは嫌いだった。

「……分かりました」

 静かに気配が遠ざかる。言葉を間違ったのだろうか。欲しかったのは謝罪の言葉だった。それですべて許してあげたのに、フラウは謝らなかった。

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