表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

英雄出発前夜に出発

 都市の郊外からさらに離れた名も無きその村は、珍しく喧騒という名の雑音に塗れていた。


「……」


その中心にいるのは、一人のエルフの女性。外見的からの判断はつかないものの、少なくとも自分達よりは遥かに年上だと分かる種族に、幾人かは及び腰になっている。そして、それ以上に彼女の幻想的な美貌に惹かれている者が多かった。

 村人の乳白色の肌とは違う、白磁の貌。引き絞られた弓の如く、ピンと張った緊張感を反映したかのような容姿に、村人達は魅入られつつも同時にゾクリと生物としての本能に訴えかけてくる何かを感じずにはいられない。


「お待たせいたしましただ」


と、村の入り口で腕を組んで黙想していた女性の前に、髭面だが仕草が丁寧な男が寄ってくる。


「大婆様と勇姫様の準備が出来たとのことですだ。付いて来て下され」


「礼を言う」


短く頷いた女性は、男の後を進みながら、勇姫と呼ばれる者への思考を巡らせていた。

彼女と勇姫には面識が無かった。ほぼ飛び込みと言っても良い状況でやって来た身としては、丁寧な対応は喜ばしいものだが、一個人としてではなく国の存亡を背負うエルフの戦士長としてはここで粗相をするわけにはいかない。必然的に普段以上に硬質な対応になっている自分を実感しながら、彼女はこれから目通りとなる勇姫へと思いを馳せるのだった。





     ◆





 村の集会場で彼女が最初に見た者、否、最初に魅入られた者。それが、件の勇姫だった。

 自身とは違う、柔らかく、暖かさを持った美貌。文句なく美女と言える部類でありながら、人に冷たさではなく暖かさと優しさを与える。そんな雰囲気。あどけなさを持った美女という言葉が比較的ぴたりと当て嵌まるだろうか?しかし、その表現では、彼女の得も言われぬ美しさを伝えるには全くの力不足の様にすら思えた。

 しばし、呆然としていたエルフの女性だったが、目の前の勇姫の「どうかしましたか?」という小首を傾げながらの言葉に、はっと我に返ると、慌ててその場に片膝を突いて首を垂れる。


「お初にお目にかかる。私はガインの森に住まうエルフ、イーマス族の戦士長。名をコーネリアという。この度の会合を開いて頂いた事、真に感謝する」


綺麗な型に嵌った礼ながら、心の籠った口調で告げたコーネリアの言葉に、ぱちくりとくりくりとした目を瞬かせたムツキだったが、すぐににこりと人好きのする笑顔を浮かべて自分も頭を下げる。


「丁寧な挨拶ありがとうございます。私はこの村の勇姫。名をムツキと言います」


「どうぞ、よろしくお願いしますね?」と続いた彼女の言葉に、生真面目な口調で「はい、よろしくお願いします」と頷くコーネリア。そして、二人の様子をジッと見ていた大婆。この村の長ともいえる女性が口を開いた。


「それでは、話しを進めても宜しいかな?エルフの客人殿」


「あ、はい」


今の今までムツキの美貌に圧倒されていた女性は、横合いから投げかけられたその言葉に、慌てて姿勢を正すと、きっちりと頷く。


「まず、私も自己紹介をさせてもらおうか。と言っても、この村の村長代わりをしている婆とでも思っていていただければそれで構いませんがな」


そう言って、呵呵と笑った大婆だったが、すぐに真剣な表情となり、エルフの戦士長へと確認するように尋ねる。


「エルフの、それも戦士長が態々こんな辺鄙な村を訪ねて来なさったという事は、目的はこのムツキと、それから魔族の事と考えて構いませんな?」


「はい」


はっきりと頷いたエルフの女性に、大婆も又頷いて返す。


「さる日のこと、我らイーマス族の族長がとある予言をしました」


訥々と事情を語り始めたエルフの女性の言葉にじっと耳を傾ける。


「『汝、勇姫の右腕となりて魔王を討つ定めなり。汝、勇姫の弓矢なり』」


族長の言葉を繰り返したのだろう。その短い一節は不思議と威厳に満ちていた。


「この予言に従い、私は勇姫という存在を探していました。最初は、半信半疑ではありました。日々魔族に侵攻されているいる現在、ありもしない救いに手を伸ばすことも、また勇姫という名を騙る者が居る事も、どちらも珍しい事では有りませぬゆえ。ですが……」


そこで、コーネリアはチラリとムツキの方に目をやる。


「ですが、それは私の勝手な邪推でした。目の前のこの方がその勇姫である。一目見て私は確信に至りました」


きっぱりとした口調で言い切った彼女の言葉に「ふむ……」と二度三度頷きながら、大婆も考え込む。


「勇姫殿、否、勇姫様!どうか、どうかこの私と魔王を討つ旅に出ていただけないでしょうか?」


熱を帯びた口調でムツキに詰め寄る。


「え、えっと……」


その気迫に若干気圧されながらも、同時に気持ちが承諾に傾いているのだろう。困った様子のハの字の眉からは、エルフの戦士長への負の感情は一切浮かんでいなかった。


「やはり、《予言》は真だったか……」


そんな二人のやり取りの間に、大婆の一言が投げかけられた。


「実はなエルフの戦士長殿」


「は、これは失礼しました」


自分の狂態に近い行動に恥じ入る様子の彼女に、大婆が投げた言葉は全く彼女の予想とは違うものだった。


「この老いぼれも、エルフの族長と似た予言を数年前にいたしましてな」


「む?」


話しの方向に、俄かに真剣な表情となるコーネリア。その弓弦の様な柳眉がピンと張りつめる。


「右に弓を、左に剣を、背中に杖を、前には盾を。握るは勇姫……」


「……」


「奇しくも、エルフの族長殿の予言を後押しする形になりますな」


婆の言葉に、「ふむ」と頷くエルフに、婆は皺くちゃの頬を引き締めて話し掛ける。


「エルフの戦士長殿。先程貴女がした提案、こちらからも是非お願いしたいのですが、いかがですかな?」


「は?」


先程の失態もあり、話しは流れてしまうかと思っていたエルフの戦士長・コーネリアは大婆の言葉に虚を突かれたように少し間抜けな声を上げた。


「よ、よろしいのですか?」


仮にも戦士でありながら、あのような失態を見せてしまった自分を目の前の勇姫の仲間の一人にして良いのか?そんな疑問からくる言葉であった。


「我々の村人は、むしろこの時を待っておりました」


大婆は、そんなコーネリアの不安を掻き消す様に首を横に振った。


「我が不確かな《予言》を基にはしておりますが、日々魔族の侵攻は進み、留まるところを知りませぬ」


「……」


「この娘、ムツキが勇姫となり魔王を討つという《予言》、そして、その仲間の《予言》、これらはまだ不確かではありますが、少なくとも、今日この日貴女という『弓』が現れるという《予言》はぴたりと当たりました」


隣で、真剣な表情でその言葉を聞き入っているムツキをチラリと見て、そして大婆は再度頷く。


「この娘は、これまで勇姫となり魔王を討つためのいくつもの修行を熟してまいりました。そして、今、《予言》とぴたりと当て嵌まる貴女が現れた。ならば、これこそまさに天と地の思し召しと言うしかありますまい」


「私は……」


大婆の言葉に続く様に、今まで若干の困惑の様な物の中にいたムツキが口を開く。その事に、若干驚いた様子で目を見開くコーネリアと、淡々とした表情で視線を走らせる老婆。


「私は、その話を……受けたいと思います」



二人の観客を前に、後の英雄、勇姫ムツキが本当の意味で産声を上げた瞬間だった。





(来た。来た来た来た!本当に来た!)


 勇姫ムツキ。嘗ては三木睦月という名だった少女は、内心で歓喜していた。異世界に生を受けて、十余年。一瞬というには長く、去れども永遠と言うには短い期間を経て、彼女は自らの境遇に僅かばかりの焦りを感じ始めていた。それは、一人の少女の感覚ではそう短くない期間、ただひたすらに修行に明け暮れていたことが一因だった。

 未来の英雄として、俗に言う魔王討伐の為に転生させられた彼女だったが、十数年の間に、自らが本当に魔王退治をする時が来るのかと疑念を覚え始めていた。確かに、この世界に魔王と呼ばれる存在がいるのは事実だった。そして、自分が勇姫と呼ばれたのも事実だった。また、強力な力を授けられ、大抵の人間では拮抗はおろか、触れる事すら出来ない様な強さを手に入れていたことも事実だった。だがしかし、唯一の案件。即ち、勇者として冒険に出る機会が中々やってこなかったのだ。勇姫と自ら名乗って、そして魔王を退治する方法は確かにある。だがしかし、その為の路銀は一体どうなるのか?そもそも、魔王を見つけることが出来るのか?ムツキはここ数年の修行で自身の力に少なからず自負心を抱いてはいた。


(村じゃ、私の次に強いのはボウ君だけど、ボウ君だって私の足元にも及ばないしね)


が、だからと言って単騎で魔王やその部下達に勝利できるなどという自惚れは抱いてはいなかった。また、現世では有り得なかった強力な力を得た分、彼女自身少なからず周囲に縛られているような感覚もあった。生前ならば、大抵の人があっさりと流してくれていたような行動も、いちいち監視され、咎められ、そして村の代表の一人として品行方正に振る舞うことを強要されていた。別にその事に不満を抱いてはいない。自分の強大な力を考えれば、下手に動けば周囲に危険が及んでしまう事は理解していたし、村人が自分の事を崇拝していることも理解していた。ゆえに彼らの前ではなるべく品行方正に振る舞ってはいたのだが、その分村人に頼りにされている中で勝手に村を飛び出すことが躊躇われていた部分は確かに彼女の中にはあった。が、それが今回は無い。

 エルフの戦士長。面識は無いが、一目で自分に見惚れていたことは察せた。それはつまり、彼女が間違いなく自分の為にきちんと動いてくれる証左だった。同時に、村まで単騎でやって来たという事実は、彼女がそれなりに旅慣れているという事でもある。そして、村の長役である目の前の老女が良しという意思を示したことで、村人全員からの援助も見込める状態となっているわけだった。ならば、ここで自分の役目、そして望みでもある魔王討伐を開始するのが最良の選択ではないだろうか?ムツキはそう考えていた。


「昨今の魔王軍の振る舞い。勇姫として見過ごすわけにはいきません。また、村の多くの方々が、私の力を必要としている。そして貴方も」


「は……」


「ならば、私に否はありません。貴女も、力を貸してくれますね?右手の弓よ」


「右手の弓」そう、「右手の弓(・・・・)」だ。その一言はつまり、自分自身が勇姫の右腕として認められたということだった。

コーネリアの血液が沸騰する。戦士としての自分が、目の前の圧倒的な存在感を持つ少女、否、勇姫に認められたのだ。これ以上の喜びがあるだろうか?


「!!お任せください!」


コーネリアは。エルフの一族の戦士長にして、魔王打倒を夢見、名誉を何よりの誇りとする彼女は、一瞬の間も無く頭を垂れていた。


「話は、纏りましたかな」


一種の儀式的な神秘性を帯びた空間に、大婆の声が落とされ、その時間が幕となった。


「は!」


しかし、まだ緊張が残っているのか、聊か力んだ声音でコーネリアが頷く。


「ふむ、それでは……」


大婆が、何かを考え込む様に自分の顎を撫でつける。


「今晩にでも出立の祭事を行いましょう。できれば、弓殿には勇姫と同席をお願いしたいのですが?」


そして、纏った考えから出された提案を聞き、少しだけ困ったような表情になった武骨な戦士長ではあったが、ムツキの「一緒に出ませんか?楽しいですよ」という一言に、しっかりと頷いたのだった。

 コーネリアの承諾を得て、頷いた大婆は「それでは」と言いながら勇姫の方を向く。


「お主達の出立の儀式の前に、村としても準備があるでな。こちらのエルフ殿を連れて、村を案内してくることだ」


「はい」


大婆の言葉に、コクリと頷いた勇姫が立ち上がって、エルフの戦士に手を伸ばす。


「それじゃあ、行きましょう?」


「は、はい!」


伸ばされた手を赤面しながらも掴んだ彼女は、引かれるがままに立ち上がり、正面の扉から並んで飛び出して行ったのだった。





「宜しかったのですか?」


 後姿をジッと見送っていた老婆ただ一人が居た室内に、リンと鈴が鳴る様な静謐な声が響く。


「リューダ……。ボウも居るか?」


「うーっす」


彼女の後ろに位置するひらひらとした垂れ布の陰から、例の奇妙な髪形をしたボウと、大布を脱いで今は食堂に居た時と同じ衣服を纏ったリューダが姿を出して尋ねる。


「それで、護衛は?」


リューダの質問にはあえて答えず、事務的な話を進める老婆。その言葉に肩を竦めたボウは、「大した手合いでは無かったっすけどね」と答える。


「身形から、中級貴族の類だとは思いますが……。一応勇姫の仲間の追跡中に消えたってことになるんで、これ以後警戒は強くなるんじゃないっすか?」


村に……では無い。村自体も時折勇者と呼ばれる者を生み出している場所として警戒の対象ではあっただろうが、あくまでも村一つであり、勇者が居なければ戦力などにはなりえないというのが普通の見方だろう。


「そうか、それでは、なるべく早めに勇姫と」


「それと、懸念材料がもう一つ」


「申してみよ」


ピッと人差し指を立てたリューダの発言を促す。


「今回の追跡なのですが、先のエルフは中級魔族に気付く様子がありませんでした。いくら遠距離とはいえ、あれの追跡に気付かないのでは、聊か脇が甘いと言わざるを得ません」


「ふむ……」


考え込む大婆を前に、顔を見合わせるボウとリューダ。二人とも、今回の護衛で勇姫とエルフの戦士長という組み合わせに若干ではあるが不安を感じていた。それは、エルフが勇姫という『主役』を護り通せるかという懸念でもあり、同時に、エルフも又物語の『名脇役』足り得るかという疑念でもあった。


「やはり、私達が勇姫の仲間となった方が、確実なのでは?」


「まあ、脇が甘い二人の組み合わせってのは、護衛する俺らとしても大変っすからね」


『主役』の移送の安全性を考えて自らが勇姫に付いて行く事を提案するリューダ。自身の役目から、楽な方を提案するボウ。二人の思惑は違えど、手段は共に一致していた。が、その二人の提案に、大婆は首を横にするという決定をした。


「否、その必要は無いだろう」


「宜しいのですか?」


「面倒になるのは遠慮したいんすけど」


事務的に聞き返すリューダの隣で、嫌そうな表情になるボウ。そして、キッと咎めるように見上げてくるリューダに、ボウはやる気無さそうに肩を竦めた。その二人の相変わらずのやり取りに苦笑しながら、村の頭脳、年の功の詰まった老婆は言葉を続ける。


「儂としても本当は《予言》なんて不確かなものに頼らず、あんたら二人に同行してもらうつもりだったが……まあいい、かえって裏方に徹せる方が、効率がいいかもしれないしねぇ」


「護衛に関してはどうなさいますか?」


大婆の結論に、リューダが最後の質問をする。が、それへの答えも又あっさりとしたものだった。


「お前達二人が先行するんだ。その時に程よく処理すれば問題無い」


「全部倒すとか、俺達明らかに向いていないんすけど?」


ともすればやる気無さ気に映るが、冷静に戦力を分析しているボウ。リューダもその点には同意見なのか、コクリと頷く。


「何、そういつまでもいつまでもする必要は無いさ」


が、それに対する答えもあっさりとしたものだった。


「都市を横切る際に、適当に鼻の効きそうな傭兵か蛮族を宛がいな。配役としては丁度いいだろうし、大量殲滅は必要無くなる」


「魔族の暗殺に関しては?」


最後の確認への答えも、あっさりしたものだった。


「あの馬鹿みたいな礼力と剣技なら、差しで破ることはまず不可能。仲間が居るなら、そっちが先に犠牲になるだろうさ」


にやりと笑う老婆の悪相にリューダは首を傾げる。


「あのエルフは貴重な脇役では無かったのですか?」


「なに、悲劇もまた、英雄譚の彩の一つだろう?」


くっくっと笑った老婆だったが、すぐにその笑みを引込めると、目の前の二人の駒の方を向く。


「お前達二人は、勇姫と鉢合わせしないようにすぐに出発しな」


「はい」


「はぁ……うぃっす」


「道中の細かい指示に関しては、リューダに任せるよ」


「……」


老婆の視線に、無言で腰を折る少女。


「それじゃあ、行ってきな。勇姫を、この国の新たな英雄を作るために」


隣に居た青年は、肩を竦めるのみだった。





―同時刻、魔王軍第八方面統括指令所―


「ダルコからの連絡が付かない?」


 蝋燭が灯された石造りの室内で、眼鏡の男が首を傾げた。丁度、円形に並べられた机の最奥に座る男は、魔族特有の赤い肌を撫でながら、自分にその事を告げた目の前の秘書に確認を取る。


「何時間程、連絡が取れないのかな?」


「現在、定時連絡の予定時刻より三時間が経過しております」


手に持った書類に目を通して、几帳面な口調でグラマラスな魔族が答える。


「そうか。彼の今日の予定は?」


秘書の言葉に、魔族の男性は秘書の言葉に頷くと、すぐに次の確認をする。


「本日は、定期的な『勇者』の監視任務となっております。ただ」


「ただ?」


チラリと躊躇う様子を見せた秘書だったが、上司と思しき眼鏡の壮年魔族に促されて言葉を続ける。


「ただ、一つ前の定時連絡の際に、エルフの一部族の戦士長が完全装備で里を出てダルコが監視する『勇者』の村に向かったという報告が」


「ふむ……」


男は、その言葉に内容を吟味する。ダルコは『勇者』の監視役としては特別秀でた魔法の使い手という訳ではない。しかし、ごくごく普通の人間やただのエルフに負ける程弱くも無い。つまり、


「エルフか、それとも『勇者』かは分からないが、警戒を強めた方が良いな」


「同意します」


頷く秘書の方を向いて、上役は指示を出す。


「七百二十三番の『勇者』とその一行に遊撃隊を差し向けてくれ。危険な芽は早いうちに摘んでおくに限る」


「かしこまりました」


一礼をして退室する部下の後姿を見ながら、魔族の男は戦いの予兆を感じていた。





     ◆





 村の中心部では篝火が焚き上がり、赤い一筋の光が天を焦がしていた。中心にいるのは二人の新たな勇者達。村人も又、彼女達の誕生を祝い、口々に叫び声の様な歓声を上げている。


「お待たせしました」


そして、そんな喧騒から隔離されたかの様に、二人は村の裏へとやって来ていた。


「おう」


囁く様な声を掛けたのは大布と際どい衣装の少女リューダ。振り返ったのは鶏冠頭のぶっきらぼうな青年ボウ。


「……行くか」


「はい」


二人は互いに視線を交わし、そして、言葉少なに歩き出す。背中には英雄の産声があったが、二人は塵程も意識を向けなかった。







「……」


「……」


暫し、無言が続く。草むらで鳴る鈴虫の鳴き声が僅かに響くが、それ以上に無音が大きく夜を支配していた。


「そういえば」


ふと、思い出した様に口を開いた。


「ボウは、彼女を『英雄』に仕立て上げるという事に、何か思う事は無いのですか?」


「あー……」


小首を傾げながら投げかけた質問の答えを静かに待つリューダ。その視線を受けながら、ボリボリと後頭部を掻いたボウは困った様に否定する。


「特に無いな」


それはあっさりとした答えだった。


「意外ですね」


「そうか?」


「ええ」


ボウの返事に意外そうに首を傾げたリューダが「訳を聞いても?」と質問を重ねた。


「貴方は情に厚い人ですから、内心忸怩たる思いではないのかと心配していましたから」


「俺が情に厚いかどうかは置いておいてだ、まあ、あいつはそういう考えを持つ必要は無いだろ」


リューダの一言をばつが悪そうに否定しながも、ボウは律儀に答える。


「実力的には心配ないと思いますが、それでも心配してしまうものなのではないですか?」


「彼女を『完璧な英雄譚』の主人公に仕立てようとしている私が言う事ではないかもしれませんが」と続けたリューダへのボウの解答は「あいつは異常だ」という一言だった。


「あいつが笑うだけで、大婆の部下を通り越して信者に近かったおっさん達が一瞬で別人格みたいになるんだぜ?」


「勇姫が美人だからという事……ではないですよね?」


「ああ。雰囲気はともかく顔の造形見てみろよ。そこまで美人じゃねーぞ。あいつよりもお前の方が遥かに美人だと思うぜ?そう考えれば、祝詞か何か使ってるって考えるのが妥当だろ」


本気で顔をしかめるボウの言葉に、納得した様子で頷くリューダ。


「そうだとすると、勇姫に愛着は無いのですか?」


「あいつには内心で見下されてたし、特には無いな。真っ当な神経していたら事あるごとに周囲に優越感を持つような奴に愛着を持つなんて不可能だ」


バッサリと切り捨てたボウだったが、まだ続きそうな話を待って、リューダはじっと隣の相棒の話に耳を傾ける。


「まあ、凄いとは思うぜ?」


「?」


ボウの話の風向きが変わったことに、リューダは疑問符を浮かべる。


「努力しようが何しようが、その成果は才能に持って行かれるって、俺じゃ耐えきれないからな」


「薄気味悪いあいつに唯一尊敬の念を覚えたのは、それだったな」という言葉に、リューダは不思議そうに首を傾げる。


「努力の成果が才能に持って行かれるですか?それは一体……」


「言葉のまんまだぜ?」


ボウは、そう言って肩を竦めた。


「だって、あいつの凄さってつまるところあいつの才能。運だろ?別にあいつの人格が凄い訳じゃないからな」


「彼女も努力はしていたはずですが?」


「それを否定する気はないさ。だけど、あいつの努力程度であんな異常な化け物になれるか?」


「それは……」


ボウのその一言に、リューダも肯定の言葉を出さなかった。彼女、ムツキの異常な戦闘力は、明らか才能に因るものだ。リューダ自身、『完璧な英雄譚』を作るために数多くの修行を熟してきたという自負はあったが、その修行の分だけ、あの『英雄』に異常さを感じていた。


「ま、だからこそ『英雄』になれるんだろうけど、俺は御免だな。『英雄』の重圧だとか孤独だとか以前に、『英雄』になる可能性を得る代わりに仲間とか周りの奴らを対等に見る感性を失うとか遠慮したい。見ているだけで気持ち悪いしな」


そして、「だから、俺はあいつに目をつけられないように従順に振る舞うんだよ」とボウは締めくくったのだった。


「そういえば」


「?」


「俺からも逆に聞きたいんだが、リューダはなんで妖怪ばばあに従順だったんだ?」


「妖怪ばばあ……大婆様の事ですね」


「おう」


確認するように尋ねたリューダに、ボウはすぐに頷く。


「随分前から疑問だったんだが、何か聞きそびれてたからな」


「良い機会だと思ったんだ」というボウの言葉に、静かに俯いて考え込むリューダ。


「それは……」


「それは?」


「……」


「……」


「……秘密です」


たっぷり間を持たせての彼女の答えは、その一言だった。


「あー、何かまずい事でも聞いたか?」


「いえ」


少し迷った様子だったが、リューダは首を横に振った。


「本当に、大した理由ではないんです。ただ、昔から村の警備の相棒に改めてこんなことを言うと言うのも気恥ずかしいと言いますか、この『完璧な英雄譚』を作る旅の唯一の仲間であるボウに伝えるのは、少し勇気が要ると言いますか」


ほんのりと頬を桃色に染めながら、リューダは俯く。


「いずれ言います。本当に大した理由じゃないので、いずれ必ず。貴方には知っておいてほしいですから」


「待っていてくださいね」と言ったリューダの仄かな笑顔の迫力に、ボウは思わず頷いていたのだった。


「そういえば」


「はい?」


「街に着いたら何するんだ?」


「一応、この『英雄譚』の第一章の導入部をこんな形にしてみたいと考えています」


そう言って彼女が差し出した内容に、ボウは思わず頭を抱えた。


「これ、本当にやるのか?」


「ええ」


「どうしてもか?」


「ええ」


「絶対にか?」


「ええ」


「そうか……」








こんばんは。スープレックスです

何か筆のノリが悪かったので、ちまちま修正かな?

感想お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ