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起点

 エイプリルフールも過ぎたあの日、珍しくシトシトと降った雨の香る湿った空気の中で私は家路を急いでいた。丁度、大学を卒業して院に進学する際の保険の解約の手続きを済ませてきた所だった。


「ん?」


既に辺りも暗くなり、そろそろ大通りの居酒屋が暖簾を掛け始める時間、不意に『それ』が目に入った。


「……」


それは少女だった。不気味な程に、そして、その不気味さをもって尚、美しいと思ってしまう程の美少女だった。

存在が異常。私はそう思った。夜目でも何故か姿がはっきりと分かるように、仄かな燐光を放っている。見慣れた街並みにそぐわない、私が最初に感じた感想はそれだった。そして、同性の自分をしてその外見に思わず頬が赤くなってしまうのを自覚する。と、


「あっ!」


道路の丁度真ん中に立つ彼女の背中から、爆音と共に一台の乗用車が突っ込んできていた。


「いけない!」


中途半端な区画整備のせいで、不自然に見通しの悪いこの通りは事故の多発地帯だ。目の前の彼女が何者かは分からない。いや、私はそもそもそんなことは考えていなかった。ただ、無我夢中で走り目の前の彼女を突き飛ばしたのだった。


真っ白な車のライト


それが、


私がこの世で見た最後の光景だった。


――

―――


「起きてください」


 そして、私があの世で最初に見た光景が目の前の少女だった。


「目は覚めましたか?」


「え?え?」


話し掛けてくる彼女の前に、私は只々混乱の中にいた。



ここどこ?


それより、誰?


私はなんでこんな所に居るの?



頭の中で数々の疑問符が、回答を得ないまま湧き上がっては消えていく。


「混乱している最中とは思いますが、どうか私の話を聞いてもらえないでしょうか?」


結局、時間にして数分程停止していた私は、目の前の彼女の透き通る様なソプラノボイスが石化の呪文を解呪するまで、ずっとそのままの体勢でいた。


「へ?あ、す、すみません!」


彼女の言葉に、呪いを解かれると、急に恥ずかしさが込み上げてきた。目の前にいるのは、テレビやグラビアでも見たことの無い幻想的な雰囲気の美人。しかも、そんな美人が私の顔を覗き込んでいるのだ。


「え、えっと」


「思考が纏らないのは仕方のない事だと思います。なので、自己紹介から始めませんか?」


彼女が喋る都度に、甘い香りが漂ってくる様だった。そして、私は「あ、はい」と返すのがやっとだった。


「まず、始めに自己紹介をしておきます。私は“輪廻の女神”と呼ばれております」


「輪廻の……女神?」


耳慣れない単語に、首を傾げる私に、彼女は静かに頷く。


「様々な宗教で様々な姿形を取り、色々な呼び方をされていますが、その役目は変わりません。すなわち、“転生”を司る事です。貴方には、これからとある世界に転生していただきます」


「て、転生!?」


私は、思わず声を上げる。そう、その単語はゲームや漫画、はたまたアニメを少しでも長く触れた人なら誰でも一度は通ったことがある道だろう。二次創作小説や夢小説界隈では定番であり、使い古され過ぎて今では書いただけでも「またかよ」とコメントされる様な定番だ。

 石化の呪文なんていう単語がすぐに浮かんできている時点で気付かれるだろうが、私は所謂おたくに分類される趣味を持っている。特に二次創作。名前を自由に変えた主人公を使った通称夢主というジャンルが大好きなのだ。そのジャンルは、その形態上、好き嫌いが真っ二つに分かれやすく、特に原作の純粋なファンの人の中には自身の好きな作品が様々な悪い意味での改変をされることを嫌がる人も多い。だけども、私は夢主という二次創作のジャンルが大好きだった。物凄い力を得て、そして原作で現れる強大な敵を鮮やかに倒して見せる絶対感。自分の納得のいかない話をとことんまで叩き潰す爽快感。そして、カッコいいアニメや漫画のキャラクターとの逆ハー。そのどれもこれもが私には楽しくて仕方が無かった。そう、そのジャンルである『夢主転生』を自分自身で夢想する程度には。だけど、


「それ、大丈夫なんですか?」


そう、うまい話には裏がある。これは私の好きな二次創作じゃなくて、現実に起こっている話なのだから。

 二次創作には『アンチ夢主』というジャンルが存在する。読んで字の如く、『転生夢主』に対するアンチテーゼ的な作品だ。このジャンルが何時どうやって生まれたのか詳しい事は私も知らない。唯、その中では作品の中であまりにも傍若無人に振る舞った主人公が別の主人公に倒されたり、あるいは原作キャラに論破されたり、別の原作を持つキャラクターに討伐されたり、何かしらの方法で、噛ませ犬となってしまっているのだ。私は、目の前の話が所謂『アンチ夢主』の『夢主』の立ち位置じゃないかと危惧していた。当然だ。私は自慢にもならないが、取り立てて特技がある訳じゃない。学力だっていたって普通。滑り止めで首都圏の国立大学には入れたが、旧帝大の様な難関校には入れなかった。運動は嫌いじゃないが、致命的にセンスが無い。単純な体力勝負の持久走とかは普通だったが、球技なんかは大抵迷惑にならないように逃げてばかりいた。そんな私でも夢の中では無敵の主人公だったけど、現実でその環境に直面すれば、考えなしに力を振るう事なんて出来ない。夢主張りの勇気なんて振るえないし、卑怯にもなる。そもそも、何かしらの能力の特典があるかどうか自体確かじゃないのだ。


「貴方の考えている事に答えますが、『私を信じてください』」


「!?」


ぐるぐると回る、希望と不安。纏らない思考に終止符を打ったのも彼女の一言だった。不思議と頭に響く彼女の声に、私の中のもやもやは波が引く様に掻き消えていく。


「貴方は、選ばれました。この私、“輪廻の女神”に。とある世界の勇者として」


「……」


「特別な能力の有無は私が選ぶ指針にはなりません。必要なのは、小さな勇気」


「小さな勇気?」


「ええ」


頷いた彼女は、歌う様に言葉を紡いでいく。それは今まで聞いたどんなラブソングよりも、私の心に染渡って行った。


「想像や、物語などではよくある光景。ですが、現実にその行動を起こせる人が一体何人いますか?例え、自分がその状況に対して無力であっても立ち向かう。そして、命を懸けることが出来る人が」


「えっと、沢山居るんじゃないですか?」


「いいえ」


ゆったりと振られた首に合わせて、さらりと銀色の長髪が靡くのを、私はどこかぼーっとしながら眺めていた。


「力を持っているから立ち向かう者、力を持っていないから立ち向かわない者。これらは多く、そして力を持たずとも立ち向かう勇気を持った者は少ないのですよ」


「でも、私はあの時はただ頭が真っ白で」


「それでも、貴方は勇気を持っていた。だから“輪廻の女神”に選ばれた」


「……」


静かに微笑む女神様の言葉に、私は何も言えなくなる。


一分


十分……


二十分……


いや、もっとだろうか?私の主観では果てしなく感じられた時間も、本当は数分も経っていなかったのかもしれない。ただ、


「そんな勇気を持つ貴方に、とある世界を救ってもらいたいのです」


彼女のあるいは神様らしい一方的さで放たれた一言に、私は頷いたのだった。

 私の了承の言葉に、ほっとしたように安堵の笑みを浮かべた女神様は、二度三度と頷いて、話しを進めた。


「ありがとうございます。それでは」


「はい」


「まず、転生に際し、貴女にいくつかの力を与えます」


そう言いながら、女神様はぱっと私の前で爪の先までほっそりとした色白な掌を翳して見せた。


親指


「まず第一に、大量の魔力」


人差し指


「次に、圧倒的な魔法の知識」


中指


「三つ目に、強靭な肉体」


薬指


「四つ目に、古今無双の剣技」


小指


「最後に、人に愛される運命。輪廻の女神の祝福です」


端から順番に折り曲げられていく指の先が、一つ一つ違った色に発光し、同時にその光が流れて私に触れると、体全体がじんわりと暖かくなるような不思議な感覚を感じる。順番に五つ。その全ての光が私に吸い込まれた所で、今度は不意に眠気が私を襲ってきた。


「貴方に世界の命運を託します」


「は……い……」


そして、私こと三木睦月の意識が途切れる。


「おぎゃああああああああああ!!!」


次に目が覚めたとき、目に映ったのは蝋燭が照らす赤い色の天井だった。















……

………


「行ったねぇ」


しわがれた声が、空間に響き渡った。光り輝く空間の中心。そこに立つ輪廻の女神の口から。


「さて」


ぐにゃりと女神の顔が歪み、


「それじゃあ、始めるとするかねぇ」


醜い悪相の老婆が残った。






初めましての方は初めまして。スープレックスと言う名のなまものでございます。

のたのたと大学生活を歩みながら、ふと思いついたネタを掲載してみました。

カメ行進ではあると思いますが、お付き合いと感想をいただけたら幸いです。

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