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辺り一面が漆黒の鳥の羽で覆い尽くされる。
空気を遮る風の音がこの場にいる榊原優太とエミリア・ローゼンバーグ、そしてレラージュという悪魔の耳に響いていた。
羽は風に乗って優太の周りをぐるぐると舞い、彼の姿を隠す。
そしてブワッと空高く拡散したころには優太の頭上に一人の悪魔が耳の付け根から生えた漆黒の翼を大きく左右対称に広げていた。
優太の背中にはエミリアとレヴィアタンをつないでいた鎖と同じものが漆黒の悪魔との間につながれていた。
「うふふっ、ここが地上かぁ、狭ーい。家畜部屋の間違えじゃないの?」
そこに現れたのは大きな鴉の嘴がついた毛皮の帽子をかぶった少女。
小さな顔は嘴が邪魔をしてほとんど見えないが、身体を覆う布は大分面積が少ないように見える。
大きくのぞく肩と腕、そして太ももは細く、足首から先は鳥の足のように四本の指から鋭い爪が太陽の光を反射していた。
何よりも特徴的なのは細い少女の身体を彩る鮮やかな装飾品だった。
光物が好きな人にはたまらないものなのだろう。
「…あれは、マモンの子ども?」
エミリアが小さく呟く。
マモンとは“強欲”を司る悪魔であり、レヴィアタンと同じく7つの大罪の一つと呼ばれている。
「ゆーた、あいつからすっごいいい匂いする!!早くご飯にしましょ!!」
「ご飯って…あいつ喰うのか!?」
レラージュを指さしてペロリと舌なめずりをするマモンを見て優太はなんとも言えない顔をした。
するとマモンは優太が準備をするよりも早く自分の身長よりも大きい翼をはばかせて大空へ舞い上がった。
「ちょっ…!?」
マモンと優太をつなぐ鎖が彼女の動きに合わせて優太を引っ張る。
優太はなすがままに鎖に引きずられ、重力に逆らうように空中へとダイブした。
それでもいくら悪魔とはいえ華奢な少女の姿をしたマモンには優太は少し重かったらしい。
ガクンッとマモンは体制を崩し、宙に浮いているのが精一杯なのかぶらぶらと優太を振り子のように揺らしながら必死に羽を動かしていた。
「おっもーい!!あんたあたしに合わせて動きなさいよばか!!」
「そんなやることも説明してないくせに自分勝手なこと言うな!!」
まったく息が合っていない。二人の様子はその一言に尽きる。
そんな隙だらけの状況をレラージュが逃すわけがなかった。
レラージュは負傷した肩を二人がもめている間に治癒し、ゆっくりと弓を引き、優太めがけてその弓を放った。
「おっと、ウチがいるのを忘れないでもらいたいね。」
すかさず放たれた弓をエミリアが鞭でバチンッと叩き落とす。
レラージュは細い顎を撫でてエミリアと空中でギャーギャー揉めているマモンに優太を眺めた。
全くの初心者とはいえ敵が増えてしまったこの状況に不利だと感じたが、彼は決して引き下がろうとはしなかった。
「ココデ…止メル、喰ウ、喰ウ、喰ウ!!」
レラージュはカタコトの言葉を縦に大きく開いた口から吐き出す。
するとばきばきっと骨が砕ける音がして悪魔の背中がむくむくと盛り上がり、まるで蛹から蝶が孵るかのように背中が裂けて人の形をした何かが出てきた。
一見すると悪魔と人間が合体したかのような、何ともグロテスクな生き物がここに誕生した。
「わー、最終形態かぁ。人間を手放さないってことは相当思念が強いんだね。」
エミリアはその様子を見てまたよくわからないことを呟く。
マモンの方もふざけている場合ではないと感じたのか、一度優太が地面に立てる程度に下降した。
「初めまして、マモンちゃん。自己紹介は後でゆっくりするとして…今回の獲物はあなたに譲ってあげる。」
「そりゃどーも、同業者さん。」
エミリアは観察も兼ねてか、手を引くらしい。
今まで鞭として使っていたレヴィアタンを元の姿に戻すと、鼻と目の間をさするように撫でた。
「いい、ゆーた。あんまり説明してる暇ないからざっくり言うけど、あたしはスピードが自慢なの。今回は特別にあんたのサポートにまわってあげるから思ったように動きなさい!」
マモンのその言葉が終るか否かのタイミングで優太は駆け出した。
レラージュの背中から上半身をのぞかせる干からびた人間のような物体は口から|吐瀉物≪としゃぶつ≫のような液体を吐き出す。
優太はそれをスライディングするように地面を滑り躱し、敵の真下へ潜り込む。
そしてそのまま間、髪を容れずに少し下に下がったレラージュの首をつかみ、思い切り地面を蹴って自分の身体ごと横に捻った。
普通の人間だったら首の骨から気管まで潰れてしまい、即死だろう。
しかし、相手は悪魔だ。
そんな体術など全く効果はないというように体制を立位の姿勢に戻そうとする優太の左腕に噛みついた。
「痛っ!!」
優太が苦痛に声を上げるとすぐにマモンが空中から急降下してレラージュの頭に蹴りを入れ地面に叩き付けた。
「はい、今ので貸し一つ!」
「そんなん数えてたらキリないだろ。」
優太とマモンは相手から吐き出される吐瀉物を躱しながらそんなことを言っていた。
「それにしても…あいつ全然効いてないみたいだけどどうすればいいんだよ。」
レラージュはあれだけの攻撃を受けたにも関わらず、自分で首の位置を直してケロッとした顔をしていた。
「んー、わかんない。」
「…は?お前悪魔なのになんで知らないんだよ。」
「だーってあたしこっちの世界とか契約とか全部初めてだし。」
しれっとそう言い放ったマモンに優太はあきれた顔をして頭を抱えた。
「…なんでこんな頭悪いのと契約なんかしちゃったんだ、俺…」
「あー!今頭悪いって言った!最低!」
またもや険悪な雰囲気になり揉め始める二人。
そんな二人をさらにあきれた顔で見ていたエミリアは、話に割って入ってきた。
「これじゃあ埒があかないからヒントだけあげる。この世界で悪魔が力を使うにはこの世界に生まれた者の身体を借りなきゃいけないんだよねー。」
エミリアはそう言って攻撃態勢に入ったレラージュと、その背中から出ている物質を指さしてにししっと笑った。
「アレの背中から出てるのはこの世界で生まれたもの。つまり人間。ここまで言えばわかるかなー?」
その言葉が終るよりも早く、レラージュは行動を起こしていた。
背中から出ている何かの物質がガパッと口をあけるとそこにどす黒い色をした何かが集まり始めた。
まるでエネルギーを溜めているような…とにかく嫌な予感しかしないのは確かだった。
「…マモン、あいつが何をするかはわからないが攻撃を仕掛けてきた瞬間俺らも動く。」
「へー、で、どうすんの。」
「お前は背中から出てるやつをその足でつかんで思い切り空に向かって飛べ。」
「…了解♪」
なんとなく意味を理解したのか、マモンはにいっと口元を歪めていやらしく微笑んだ。
その瞬間、レラージュが今まで溜めていたものを吐き出した。
それはいくつもの真っ黒な弓矢となって二人に向かって降り注ぐ。
「あたしを舐めないでちょうだい、そんな遅いもの簡単に撃ち落せるんだから!!」
マモンが畳んでいた翼を思い切り広げると翼からまるで弾丸のように漆黒の羽がいくつも放たれた。
優太も同時に走り出し、相殺される弓矢と羽により出来た道を駆け、いつの間にか床に転がっていた中華包丁を拾うとそのままレラージュにとびかかった。
またもや地面に叩き付けられたレラージュが口をあけるよりも先に、中華包丁を地面もろとも頭に突き刺す。
「ギギギャギャギャァッ!?」
なんとも形容しがたい悲鳴を上げ、弓矢の雨は止んだ。
その隙を見計らってマモンは鷹のように鋭い爪がついた足で背中に露出する人間のような物体の首根っこを鷲掴みにする。
そしてそのまま引きちぎるように空へ向かって舞い上がる。
地面に固定されるレラージュと空へと引っ張られる人間との境がぶちぶちと音を立てた。
「止メッ…止メロ!!ア、ア、アァァァァァァァアアアアアアァァアア!!!!!!!」
断末魔とはこのことを言うのだろう。
優太は頭にガンガンと響く人間のものでもない、悪魔のものでもない悲鳴にそんなことを感じていた。
悪魔と人間が引き裂かれた瞬間、水風船を割ったかのように中から赤い液体が噴出した。
ようやく主人公君の相棒が登場しました。
カラスをモチーフにした女の子のマモンちゃんです。
仲良くしてあげてね!!