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俺の名前は榊原優太。元警察庁で働いていたエリートだ。
現在は色々あって警視庁の“未解決事件対策本部”という正直よくわからない場所に配属された。
そして、今は配属されてすぐ紹介された事件の捜査を行っている。
まず始めに、俺はすでに警察組織に得られている情報を閲覧するため警察庁へ向かった。
元々ここで働いていたために特別な手続きもなくあっさり中へ入ることができる。
向かう先はもちろん資料室。
警視庁の地下に眠っている資料室とは違い、最新の事件やニュース、ありとあらゆる情報を扱う警察庁の資料室は常に警備員が見張りをしている。
もちろん持ち出しは厳禁で、必要な情報はコピーするか自分の手で書き留めるしかない。
「えーっと…平成26年5月17日………」
年月別に分けられているファイルの中から目的の情報を探す。
キレイに整頓されているため目的のファイルはすぐに見つかった。
しかも“未確認事件対策本部”に送られるような事件のため、誰も手をつけないらしくすぐにコピーすることが出来そうだった。
俺はためらうこともなくそのファイルに手を伸ばした。
「……えっ。」
手に取る寸前で横からいきなりファイルを抜き取られる。
明らかに俺が先に手を伸ばしていたにも関わらず奪うようにして取られたため大変不愉快だ。
俺は思わずにらむようにして横に首を動かした。
「あ、もしかしてコレ、必要でした?」
そこにいたのは若い…多分俺より少し歳が下くらいの青年だった。
肌は白く銀色の髪をした青年は悪びれる様子も無くにこっと笑った。
「すいません、急ぎで必要だったので…コピーするだけなので先に借りてもいいですか?」
エリートの俺はそれくらいで怒ったりはしない。
おそらく歳から考えても俺と同じくエリートコースを歩んでいることに浮かれて調子に乗っているのだろう。
大変愚かしいことだ。
もちろん「どうぞ。」と笑顔で譲るこの俺こそが真のエリートなのだ。
「ありがとうございます。あなたもこの情報が必要だったんですよね?
だったら一緒にコピーしますけど…」
「いや、自分でするので大丈夫ですよ。お気になさらず。」
自分が必要な情報は自分の手でそろえるのが警察としての基本だ。
俺は丁重に断りを入れて静かに彼がコピーを終えるのを待つことにした。
ウィーン…というコピー音だけが静かな資料室に響く。
この事件に関しての情報はそれほど多くないので10分もかからず終わるだろう。
目の前の青年がコピーする様子をボーっと眺めながらそんなことを考えていると、不意に彼の首がくりんとこっちを向いた。
「私、宮ノ内ガイアって言うんです。」
「そうですか。」
「私、“未解決事件対策本部”に配属されたかったんです。」
「………?」
変わった人だな、と思った。
そして最近国際交流多いな、自分、とも思った。
名前からしておそらくハーフなのだろう。
彼はさっきからずっとニコニコ笑っている。
そもそもいきなり名乗る必要性もよくわからないし、あんなよくわからない場所で働きたがる理由もよくわからない。
ん…?俺は父に紹介されるまであそこの存在を知らなかったのになんで彼は知っているんだ?
「知ってますか、榊原さん。」
「名前、知ってたんですね。」
「そりゃあ長官の息子さんですから。」
…また父親か。この台詞は今まで何度言われたことか。
“親の七光”、“親のコネで合格したんだろ”、“自称エリート”、常について回る父親の存在。
だからこそ俺は努力して自他共に認めるエリートとなってみせた。
「それで…何の話ですか?」
ただコピーを待っているだけなのも手持ち無沙汰だったので、彼の話に付き合うことにした。
「ほんの都市伝説感覚で聞いて欲しいんですけど。」
そのような事例を扱う場所に配属された身としてはなんともいえない話の切り口だ。
「警視庁に出来た“未解決事件対策本部”では、人を殺すことが許可されているらしいですよ。」
「………は?」
あまりにも意外な話に俺は目を丸くして彼の方を見た。
人を…殺す?
「法に縛られることも無く人を殺すことができるなんてうらやましいですね。
ぜひ私も自分の正義の元に人の命を扱ってみたいですよ。」
おそらく、彼なりの冗談なのだろう。
張り付いたような笑顔を浮かべたまま彼は灰色の瞳を俺に向けていた。
…こいつの言ってることは本当なのか冗談なのかわからなくなる。
不気味だと感じた。
「あ、丁度コピーが終わりましたね。」
緊張の糸は一瞬にして緩んだ。
単純に繰り返されていた機械音が止むと、彼は吐き出された紙をまとめてから情報源であるファイルを俺にポンッと渡した。
「お待たせしました、それでは失礼しますね。」
さっきとは打って変わって礼儀正しい態度を見せる目の前の青年に動揺しつつも、小さく挨拶して部屋から出ていくその姿を目で追った。
…とても気味の悪い人間だった。
まったく心情が読み取れない。警察としては良いことなのだろうが、本当に彼は人間なのだろうかと一瞬疑ったほどだ。
まぁ何はともあれ情報は手に入ったのだから、まず内容を整理しなくては。
また単調な機械音が資料室に響き始めた。
俺が集めた情報をまとめたところ、まず食品会社“日鈴食品”では5人もの人が一週間の間に亡くなった。
一人目は運転ミスによる交通事故で、
二人目はウイルス感染による病気で、
三人目は階段から足を踏み外し転落して、
四人目は駅のホームで転倒し電車に轢かれて、
五人目は…自殺で。
この一連の事故の中に高齢者、女ヶ沢千世がでてくるのは三人目が亡くなってからだ。
彼女、千代と日鈴食品との関係性は、彼女の息子が以前ここで働いていたようだ。
息子の死因は自殺。
息子の詳細は以下のとおり。
名前は女ヶ沢透。
とてもまじめな性格で会社でも信頼は厚かった。
しかし、彼の上司が仕事で大きなミスをしてしまい、その罪を被せられ理不尽な解雇を受けたらしい。
仲の良い上司だっただけにショックは大きく、その後何も信じることが出来なくなり疑心暗鬼のなか死を選択したらしい。
透が自殺した後、千代は警察に被害届を提出したが証拠が無かったため受理されなかったようだ。
その後日鈴食品連続事故が起こると、千代は“呪いをかけた”と言いながら会社に現れた。
始めは誰も信じなかったが、彼女は四人目の犠牲者は誰でどのように死ぬかを事細かに書き記し会社に提出した所、その通りの事故が会社内で起こり社員は騒然となった。
事件性を疑われ警察に届出があったが、もちろん千代にはアリバイもあり証拠は皆無であったため受理されなかった。
その後、千代は五人目の犠牲者が出ると予言した。
その犠牲者というのが息子である透に罪をなすりつけた上司である。
透の上司は自分も死ぬのではという恐怖にノイローゼになり、結果透と同じく自殺という道を辿った。
「呪い…ねぇ。」
俺は警視庁の地下、“未解決事件対策本部”でコピーした資料を読み漁りながらそう呟いた。
そんな俺の横でエミリアはぽりぽりとポテトチップスを食べていた。
それにしても何故千代が四人目の犠牲者を予測できたのだろうか。
いや、予測したと考えるよりもこの一連の事故を起こしている会社と千代以外の第三者は誰なのか、という風に考えるのが妥当だろう。
千代が会社側を憎んでいるのは明らかであり、復讐心を持っているであろうことも予想が出来る。
しかし、彼女は歳が歳なので自分から手を出すということは難しいだろう。
だとしたら彼女に雇われた第三者が実際に手を下しているということになるのだが…。
ふと、“これは偶然の重なりから起きた事故”という考え方が自分の中から消えていることに気がついた。
事故の可能性が皆無となったとはまだ言い切れないのも確かだ。
…なにはともあれ全ての事柄に情報と証拠が足りない。
「女ヶ沢千代を中心として相関図を洗いなおすか…」
俺が独り言のようにそう呟くと、今までおやつを頬張っていたエミリアがピクリと反応した。
「事故かもしれない調査にずいぶん必死だねー。」
「事故かもしれないって…あなたが持ち出した話でしょう。」
エミリアは俺の言葉に「あ、そっか。」と言ってけたけた笑った。
とりあえず彼女が32歳に見えないことについては置いておこう。
「なんか行き詰ってるみたいだし、明日千代ばーちゃんのとこにでも聞き込み行ってみる?」
ずずずっと野菜ジュースをすすりそう言うと、エミリアは俺を見てにーっと笑った。
本当にもっと可愛く笑えないのだろうか。
「そうですね、元々ある情報だけでは足りなくなってきましたし。」
確か千代は今息子の嫁とその父親と暮らしていたはずだ。
明日行くとしたらコンタクトを取っておく必要がありそうだ。
俺はそう考えるとすぐにデータをファイルにまとめてカバンにしまった。
「それでは今日は帰ります。お疲れさまでした。」
「あいあーい、おつかれー…あ!!」
部屋を出ようとした矢先にエミリアは急に声を上げた。
「…どうしたんですか。」
「明日ここ来る前にサラミ買っといてくんない?」
「…何故サラミ…。」
俺は疑問を抱きつつ、ひとまず“未解決事件対策本部”を後にした。