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俺の名前は榊原優太。
警察庁の警部として働いていたエリートだ。
そんなエリートである俺は今、何故か警視庁の地下にある誰も人が来ないような場所にいる。
そこは元資料室だったのだが、いつの間にか“未解決事件対策本部”になっていた。
しかも、そこがこれからの勤務先という冗談でも笑えない状況に陥ってしまった。
そして、目の前には俺の上司だと言い張る幼い少女が机に足をかけ椅子に座っていた。
「………お嬢ちゃん、ママはどこかな?」
「まぁまぁ、そんな嫌そうな顔するなって、ゆうたん。」
その呼び方やめろ。
まぁ俺はいい歳した大人な上にエリートだからな、子供相手に怒ったりはしない。
常に平常心を保たなくてはならない。
「お名前はなんて言うのかな?お兄さんと一緒にママが来るまで警察に行こうか。」
「もうここ警視庁だし!」
目の前の少女はそう言うと腹を抱えて笑った。
「まーとりあえず、自己紹介してなかったね。」
クスクスと笑いながら少女はそう言うと、体よりずっと大きい椅子から降りてクジラの形をしたスリッパに足を突っ込んだ。
こちらに近づいてきた少女は椅子に座っていたよりも小さく見えた。
身長に合っていない大人用の白衣をダボッと羽織り、瞳はアクアマリンブルーでとても透き通っている。
クリーム色の髪の毛の上部だけをサイドテールにし、余った髪の毛はおろしていた。
見た感じ外国人の女の子で小学校4、5年生位に感じる。
「んーと、ウチの名前は“ミカエラ・ローゼンバーグ”。ドイツとロシアのハーフで産まれはアメリカ、ミカちゃんって呼んでね☆」
幼い少女はそう言いながら警察手帳を広げてみせた。
そこには確かに少女の顔写真と共に警視長という文字が刻まれていた。
誕生日3月8日、
血液型AB型、
年齢………ん?
「さ、さんじゅう…にさい…」
「ちょっと!女性の歳を見るってモラル的にどうよ!」
俺は激しく困惑した。
目の前の少女はどう見ても11、2歳かそこらだ。
しかし、警察手帳には32という数字が書かれている。
「もう…わけがわからない…」
俺は思わず頭を抱えて踞った。
突然“未確認事件対策本部”というわけがわからないとこに配属され、そこの上司はどう見ても小学5年生くらいの32歳。
一体俺にどうしろと?
「そんなに深く考えないほうがいいよ、まーまだ全然話とか聞かされてないと思うからここの主な仕事を説明するねー。」
俺の気持ちを差し置き、少女、ミカエラは机の上から数枚の書類を取りだし俺に渡した。
「これは…事件ファイルですか?」
「そーだね。ま、読んでみ?」
ミカエラはにっと笑ってアザラシのキャラクターがプリントされたマグカップを手に取った。
中身はおそらくミックスジュースだろう。
…とりあえず渡された紙に目を通そう。
“平成26年5月17日。
大手食料品会社にて死亡事故が多発。
一人目は間宮彩里38歳。
冷凍食材をトラックで運んでいる最中にタイヤがスリップしガードレールに直撃。
ハンドルに頭を強く打ち付け脳内出血による頭部圧迫で死亡。
二人目は西藤秀50歳。
刺身用の魚を仕分けている最中に突然倒れ病院に運ばれた。
病院にて検査をする間もなく息を引き取ったため死亡解剖を行ったところ、大量の多剤耐性緑膿菌(MDRP)が発見された。
当時はシンクで働いており、指先に傷があったため、手指消毒が不十分であったものと思われる。
三人目は………”
「これは…事故、ですね。」
「ふぅ~ん、まぁ一般的に考えたらそうだよねぇ。」
「一週間という短い期間で5人もの人がなくなっているのは確かに不思議ではありますが…、
どれも関連性が感じられませんし、結果偶然が重なった事故ということになるのでは?」
俺の推理をミカエラはにやにやしながら聞いていた。
ついでにマグカップにプリントされているアザラシもにやりとした笑みを浮かべていて、全く可愛くない。
「その紙には続きがあってさ、三人目の被害者が出たころに一人の高齢者がこの会社に来てね、
“ここの会社を呪ってやった!”って騒ぎ立てたんだよ。」
「呪い…ですか。」
もちろん俺は呪いなんか信じていない。
この手の話は必ず仕掛けがあるか、または出任せなのだ。
そんなことよりも気になったのはその高齢者の方だ。
「高齢者の情報は?」
「女ヶ沢千世“めがさわ ちよ”66歳。都内の団地に住んでる女性。」
「この一連の事故との関係性は?」
「彼女の息子が以前その会社で働いてたみたい。」
「その息子さんは?」
「死んでるよ。」
ミカエラの言葉にピクッと眉が動いた。
…事件の可能性を感じたからだ。
とはいっても被害者と高齢者の言葉、そして高齢者の息子の死が関連しているといる確証は全くない。
しかし、ただの事故であるという確証も同時に消えた。
そうなると今一番必要なのは“情報”である。
俺はそう判断した途端踵を返してドアに手をかけた。
「およよ?いきなりどこいくのかなー?」
「ここの仕事はおそらく“問題を追及、解明出来なかった事件の処理”でしょう?
なので今提示された事件の情報を集めに行きます。」
「お、中々鋭いねぇ。まぁ頑張ってみれば?」
ミカエラはまた可愛くない笑みを浮かべているのだろう。
それを気にすることなく、俺はドアを開け放つと足早に警視庁を出た。
広大な資料室の一角に構えられた机と椅子、ソファにテレビと内部電話。
ここは“未解決事件対策本部”である。
黒い皮で包まれた椅子に深々と腰をかけているのは、クリーム色の髪の毛にアクアマリンブルーの瞳を持った幼い少女。
少女…ミカエラは静かにさっき入れたばかりの甘いココアをすすった。
「いやぁ、事件の話をした途端目付き変わったなぁー。」
少女は独り言のように呟く。
しかし、まるで会話を楽しんでいるかの如く話を続けた。
「“問題を追及、解明出来なかった事件の処理”かぁ。
本当にわかって言ってんのかねぇ、あの青っ鼻は。」
確かにここ“未解決事件対策本部”の仕事は、もう警察組織の力ではどうにも出来なくなった事件の後始末を担当している。
その後始末の内容がまた特別で、他の課には無い、また警察とは思えないようなものなのだが…。
例えば“都市伝説”などを上げるとわかりやすいだろう。
世の中には科学では証明できないものはまだまだ山ほどある。
“口裂け女”、“テケテケ”、“血まみれメアリー”。
実際に起こっているのかもわからないような話だが、完全に否定もできない。
被害者が出ている事象だって珍しくはないのだ。
そんな警察では太刀打ちできないようなものを担当しているのがこの“未解決事件対策本部”である。
つまり先ほどミカエラが優太に渡した食品会社の連続事故も、
警察では処理できなくなった事件の一つである。
「前に入ってきた新人は全く使えなかったしなぁ…、
そろそろ一人でやるのもめんどくなってきたし、あの自称“天才”は使えるのだといいなー。」
ミカエラは地方警察署から送られてきた“未確認事件”の書類に目を通しながら楽しそうににししと笑った。
「せめて買い物と掃除当番できるくらいの人材だといいよねー、“おっちゃん”。」
ミカエラは“おっちゃん”という言葉を発すると同時に、
たくさんの資料がファイルされ整頓された棚と棚の間に目を向けた。
何も、誰も、いないはずのその空間から低い獣のようなうなり声が聞こえる。
ここは“未解決事件対策本部”である。