感情の使い方
短編です
定時五分前。「ドサドサドサ」っと聞きなれた音。
「これぇ、今日中にお願いしまぁす!」
クスクスと意地の悪い笑いを浮かべて去って行く、爪ギラギラの派手メイクの若手社員二人。
私は黙って、その資料をチェックする。よくある光景だ。
「先輩、怒っていいんですよ?あいつら調子乗ってます」
隣の席の後輩ちゃんが、そう言いながら、置かれた資料を半分持っていく。
「ありがとう。でも大丈夫よ。私仕事早い方だから」
後輩ちゃんが持って行った半分のさらに半分を奪い返して、仕事を続ける。上司は見て見ぬふりで「お疲れさん」なんて言って、少しだけ残業して帰って行った。
今日は日を跨ぐ前に残業を終えることが出来た。手伝ってくれた後輩ちゃんのおかげだ。
「怒っていい、かぁ」
確かにアレは怒って良い案件だと思う。でも私、最近“怒り”って感情がよくわからなくなっちゃったのよね。
結婚を約束していた彼が、不慮の事故で突然亡くなってから、自分の中に生まれた怒りという感情を誰に、どう、ぶつけて良いやらわからなくて、いつしか“怒る”のやり方を忘れてしまったみたい。
真夜中の道をそんなことを考えながら歩いていると、前から来た人にぶつかった。
「あ、すみませ」
「・・・チッ」
わぉ、舌打ち。ぼんやり歩いていた私も悪いけど、あなただって、ずっとスマホ弄ってて私の存在に気づいてなかったじゃない。はぁ、まったく。
「「お前、怒らないのか?」」
どこからかそう聞こえた瞬間、私は謎の空間にいた。
「・・・は?」
「「お前が失くしたその感情、俺が取り戻してやろう」」
目の前に、顔を布で隠した、上裸のムキムキの男が立っていた。アニメとか漫画で見るような、神様みたいなキラキラと光り輝く輪っかを背負ったその人は、自分を神様だと名乗った。胡散臭すぎる。
「はぁ、神様・・・ですか」
「「なんだ、反応が薄いな、もっと驚け」」
「いや、まぁ、十分驚いています」
「「お前は相変わらず・・・いや、いい。とにかくお前、怒ってみろ!」」
「怒ってみろって言われても」
「「さっきの舌打ちしてきた奴に、怒りをぶつけるとしたら、なんと言う」」
「え?えーっと・・・あなたもスマホいじってたじゃない!・・・とか?」
「「弱い、がまぁいい。その浮かんだ感情をそのまま言葉に乗せろ」」
「え、えぇ・・・えっと、ぼんやり歩いてた私も悪いけど、ぶつかったのはお互い様でしょう?あなたも、謝罪くらいしたらどうなの?」
「「そうだ、その調子」」
神様に触発されて、お腹の中から沸々と何かが湧き上がってきた。
「・・・なによ・・・いっつも私に仕事押し付けて!自分の仕事は自分で片付けなさいよね!私だって早く帰ってアニメ見たり映画観たりしたいのよ!サブスクの代金、代わりに払ってよね!代わりに仕事こなしてるんだから、私の給料もっと上げなさいよ!ブラック企業!」
相手が目の前にいないからか、感情が勝手に言葉になっていく。驚くほど素直に言葉が出てきて少々面食らってしまう。私、怒り方忘れてなかった。ただ溜め込んでいただけみたい。
「・・・何、勝手に先に死んでるのよ!バカー!!私の知らないところで、私の知らないうちに・・・事故なんかで・・・バカぁ・・・」
「・・・ごめんな」
気が付くと神様はいつの間にかいなくなっていた。
翌日、定時五分前、また昨日と同じように、彼女たちが私の机に資料を置いた。
「今日もお願いしますぅ~」
「・・・・お断りします」
私は置かれた資料をそのまま彼女に手渡した。
「自分の仕事は自分で片付けないと、成長できないわよ。あ、資料の作り方わからないなら教えてあげなくもないけど、業務時間内にお願いね。じゃ、お先に!」
定時ピッタリにタイムカードを押した。
——帰ってアニメの続き観よう!——
まったく、君はいつも優しいんだから




