一族の契約
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書斎の中は静まり返っていた。
分厚い書棚と重厚な机に囲まれたその空間は、外界から切り離されたように沈んでいる。
窓の外には灰色の空が広がっているはずだが、厚いカーテンは閉ざされ、光はほとんど入らない。
その暗がりの中で、二人は向き合っていた。
マーガレットは息を荒げたまま、夫を睨みつける。
「答えてください……リチャード」
震える声だった。
だがその奥には、逃げ場を与えない決意が宿っている。
「この家は……悪魔と契約したの?」
問いは、もう一度繰り返された。
重く、逃れられない形で。
リチャードは何も言わない。
ただ立ち尽くし、妻を見つめている。
その沈黙は、あまりにも長かった。
時計の針の音だけが、やけに大きく響く。
カチ、カチ、と。
時間が進むたびに、マーガレットの胸を締めつけていく。
「……どうして、黙っているの」
声がかすれる。
「違うなら違うと言ってください」
返事はない。
リチャードは視線を逸らさなかったが、言葉を選ぶように唇を閉ざしている。
いや――違う。
選んでいるのではない。
言えないのだ。
その事実が、はっきりと伝わってきた。
「……っ」
マーガレットの肩が震えた。
沈黙が、そのまま答えだった。
否定しない。
できない。
それはつまり――
「本当に……」
喉が締まる。
「本当に、あったのですね……」
リチャードは目を閉じた。
短く、息を吐く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……話としては、聞いていた」
低い声だった。
重く、鈍い響きを帯びている。
マーガレットの瞳が揺れる。
「先祖の時代に交わされたものだと……そういう伝承がある」
リチャードは机に手をついた。
指先に力が入る。
「繁栄と引き換えに――」
一瞬、言葉が詰まる。
それでも続けた。
「最も清らかな子を、差し出す」
部屋の空気が凍りついた。
マーガレットは一歩、後ずさる。
「……そんな……」
理解が、追いつかない。
いや、理解したくない。
「冗談でしょう……?」
震える声で問いかける。
だがリチャードは首を振った。
「記録として残っているわけではない。正式な契約書もない」
淡々とした口調だった。
しかし、その声の奥にはわずかな動揺が滲んでいる。
「ただ、当主の間で語り継がれてきた話だ」
「なら……!」
マーガレットは叫んだ。
「ただの昔話ではないですか!」
希望に縋るような声。
だが、次の言葉がそれを打ち砕く。
「……私も、そう思っていた」
静かな声だった。
マーガレットの動きが止まる。
「迷信だと。時代遅れの、愚かな伝承だと」
リチャードはゆっくりと顔を上げた。
その表情には、確かに後悔があった。
「だから、気にも留めなかった」
「……気にも……?」
マーガレットの声が震える。
「あなたは……知っていたのに?」
「信じていなかった」
「同じことです!」
叫びが書斎に響いた。
「結果は同じではありませんか!」
机を叩く音が鳴る。
マーガレットの瞳には涙が溢れていた。
「エレノアが……あの子が……」
言葉が続かない。
胸が締めつけられる。
「あの子が、その“契約”のために……!」
声が崩れる。
「差し出されるなんて……そんなの……!」
耐えきれず、肩を震わせた。
リチャードは何も言えなかった。
ただ、その光景を見つめることしかできない。
やがて、彼はゆっくりと視線を落とした。
思い出す。
娘の姿を。
あの異様な言動を。
眠ったまま語る、あの低い声。
知るはずのないことを言い当てる異常。
そして――
あの、目に見えない何かの存在。
(……説明が、つかない)
理性が否定する。
だが、現実がそれを許さない。
あれは病ではない。
人の狂気でもない。
もっと、別の――
理解を拒む何かだ。
リチャードは小さく呟いた。
「……あれは、病ではない」
その言葉は、重く落ちた。
マーガレットが顔を上げる。
リチャードは続けた。
「私は……見誤った」
拳を握りしめる。
自分の判断を。
合理という名の思い込みを。
「現実を、軽視した」
声には苦い自嘲が混じっていた。
部屋の中に、重い沈黙が戻る。
その沈黙を破ったのは、マーガレットだった。
力が抜けたように、その場に崩れ落ちる。
「……どうすればいいの」
か細い声だった。
先ほどまでの怒りは消え、ただ絶望だけが残っている。
「どうすれば……あの子を助けられるの……」
床に手をつき、俯いたまま問いかける。
答えを求めるように。
縋るように。
リチャードは何も言えない。
だが、思考だけは動いていた。
(救う方法……)
教会は遅い。
神父はいるが、決定打にはならない。
そして、時間はない。
その時だった。
ふと、脳裏に浮かぶものがあった。
些細な記憶。
取るに足らない、噂話。
使用人たちの間で交わされていた言葉。
――貧民街に、奇跡を起こす少女がいる。
リチャードの指先が、わずかに動いた。
(……聖女、だったか)
ばかげている。
そう思う。
だが――
今の自分に、それを笑い飛ばす資格はなかった。
リチャードはゆっくりと顔を上げる。
その瞳に、わずかな決意が灯りかけていた。
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