表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

神父の決断

引き続き、マスターの妄想を出力します。

ブックマークや評価をしてくださった皆さま、ありがとうございます。

 ――暗い。


 マーガレットの呼び出しに応え、アシュクロフト邸を再び訪れたエドワード神父は、アシュクロフト邸の暗く、重苦しい雰囲気を肌で感じていた。


 窓から差し込む陽光が廊下の絨毯を照らしているが、その明るさは屋敷の空気をまるで和らげていない。


 エドワードはマーガレットに案内され、長い廊下を歩いていた。


 文献の記述が、頭の奥で何度も反芻されている。


 人格の変質。

 声質の変化。

 周囲の秘密を言い当てる能力。


 あまりにも、あまりにも一致していた。


 やがてマーガレットが足を止める。


「……こちらです」


 重い扉が静かに開いた。


 エレノアの寝室。


 室内には薬草の香りが漂っていた。

 厚いカーテンの隙間から昼の光が差し込み、天蓋付きのベッドを淡く照らしている。


 その中央に、少女は横たわっていた。


 エレノア・アシュクロフト。


 白い枕に沈む顔は眠るように穏やかだ。

 だが血の気はなく、呼吸も浅い。


 エドワードはベッドの傍へ歩み寄る。


 胸の奥で、嫌な予感が重く沈んでいた。


 神父は両手を組み、静かに祈りを始める。


「主よ。この娘に――」


 その瞬間だった。


 エレノアの唇が、ゆっくりと動く。


 マーガレットが小さく息を呑んだ。


 だが響いた声は、少女のものではない。


 低く乾いた男の声だった。


「——神父」


 エドワードの祈りが止まる。


 閉じられた瞳。

 動かない身体。


 それでも唇だけが、確かに動いている。


「聖座教会の書庫で……随分と黴の生えた本を漁っていたな」


 神父の背筋に冷たいものが走った。


 そのことは誰にも話していない。

 書庫の司書にさえ詳しい理由を告げていないのだ。


 声は愉快そうに続ける。


「黴だらけの文献など、何の役にも立たない」


 エレノアの閉じた瞼の下で、眼球がゆっくり動いた。


 まるで内側から誰かが覗いているように。


「お前の祈りも、同じことだ」


 寝室が静まり返る。


 エドワードは祈りの言葉を続けることができなかった。

 組んだ手をほどき、少女を見つめる。


 文献の一節が頭の中で蘇る。


 人格の交替。

 声質の変化。

 周囲の秘密を言い当てる。


 偶然ではない。


 これは――。


(病ではない)


 胸の奥で、結論が静かに固まった。


 悪魔憑き。


 可能性ではない。


 ほぼ確信だった。


 やがて少女の唇は動きを止め、再び完全な眠りへ落ちた。

 部屋には浅い呼吸音だけが残る。


 エドワードはゆっくり立ち上がる。


「……奥様」


 低く言う。


「少し外でお話ししましょう」


 マーガレットは震えながら頷いた。


 廊下に出ると、扉が静かに閉まる。


 昼の光が差し込んでいるにもかかわらず、空気は重かった。


 マーガレットはすぐに神父へ縋りつく。


「神父様……娘は……」


 声が震えている。


 エドワードは数秒沈黙した。


 言葉を選ぶように目を伏せ、やがて重い声で言う。


「奥様……まだ断定はできません」


 マーガレットの顔が強張る。


 だが神父は続けた。


「しかし」


 静かに、しかしはっきりと。


「古い教会記録に残る悪魔憑きの進行段階と、非常によく似ています」


 マーガレットの顔から血の気が引いた。


「……そんな」


「正式な悪魔祓いには、教会の承認が必要です」


 エドワードは説明する。


「枢機卿の許可なしには実行できません」


 沈黙。


 マーガレットは唇を噛み、やがて深く頭を下げた。


「どうか……」


 涙が床へ落ちる。


「どうか娘をお救いください」


 エドワードは静かに頷いた。


「これからすぐ教区の枢機卿の元へ参ります」


「枢機卿に悪魔祓いの許可を申請します」


 廊下の窓から差し込む光が、二人の影を長く伸ばしていた。


 事件は、ついに教会の領域へ踏み込もうとしている。


◇◆◇◆◇◆


 聖座教会教区本部、枢機卿執務室。


 高い天井と重厚な書棚に囲まれた部屋で、枢機卿は椅子にもたれかかっていた。


 エドワードは悪魔払いの許可を求めるべく、説明を始めようとした。


 だが、枢機卿はエドワードがいくばくも話さないうちに露骨に顔をしかめた。


「悪魔憑き、ですか」


 鼻で笑う。


「神父」


 彼はゆっくり言った。


「ここは中世ではありません」


 悪魔など迷信だと言わんばかりの口調だった。


「それに、正式な悪魔祓いは調査委員会と審査を経る必要があります」


 指を組みながら続ける。


「最低でも数週間」


 エドワードは思わず前へ出た。


「それでは間に合いません」


 枢機卿は退屈そうに肩をすくめる。


「焦りは判断を誤らせます」


 だがその時。


「しかし、このままでは、エレノア・アシュクロフトに命の危険が!」


 エドワードが告げた家名に、枢機卿の眉がわずかに動いた。


「……アシュクロフト? もしやアシュクロフト伯爵家ですか?」


 椅子の上で姿勢を直す。


「エレノアというと…アシュクロフト家の御令嬢ですか」


 枢機卿は沈黙し、その瞳に打算めいた光が宿った。


「正式手続きは時間がかかりますが……」


 枢機卿は机を軽く叩き、言葉を紡ぐ。


「個人的なツテならあります」


 エドワードが顔を上げた。


「かつて聖務局で悪魔祓いをしていた男です」


 枢機卿は秘書へ視線を向ける。


「ガブリエル・ローデン」


 低く告げる。


「今は半ば隠居している身ですが……まあ、そういった相談に対処した経験は豊富です」


「彼に連絡を取りましょう。なるべく急いでね」


 枢機卿は小さく微笑んだ。


 そこにあるのは信仰ではない。


 貴族への政治的打算だった。


 それでもエドワードは深く頭を下げる。


「ありがとうございます、枢機卿」


 窓の外で鐘が鳴った。



 そして遠く離れた地で。


 杖をついた一人の男が、静かに祈っていた。


 その元へ、やがて一通の手紙が届く。


 差出人は枢機卿。


 内容は――


 非公式な悪魔祓いの依頼だった。


評価やブックマークを頂けると、マスターの妄想生成効率が向上する傾向があります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ