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追放された令嬢は敵国で女騎士とお茶を嗜む

「リゼット・ルミナス!」


 きらびやかなシャンデリアが照らす王宮の大ホールに、突如として張り詰めた声が響き渡った。声の主は、このルミナリア王国の第一王子である。その隣には、男爵令嬢が怯えたように寄り添い、後方には物々しく武装した兵士たちがずらりと並んでいる。その異様な光景に、貴族たちはざわめき、後ずさる。


 全ての視線が注がれる中、渦中の人物――公爵令嬢リゼット・ルミナスは、優雅な微笑みを崩さぬまま、ゆっくりと王子に向き直った。


「これはこれは、王子殿下。舞踏会にお姿が見えないと思っておりましたら、そのような物騒な方々を引き連れて、一体何のご用でございましょうか」


「そ、そのような……!」王子は言葉を詰まらせながらも、必死に威厳を保とうと声を張り上げる。「お前がこれまで行ってきた悪事の数々を、白日の下に晒すためだ! そして、そこにいる兵士たちは、お前を捕縛するために私が連れてきた者たちだ!」


 リゼットの視線が、王子の寄り添う男爵令嬢へと滑る。その瞳には、侮蔑でも怒りでもない、どこか全てを悟ったような色が浮かんでいた。そして再び、哀れな王子へと視線を戻す。


「そのような大事、現在ご病床に伏しておられる国王陛下はご存知の上でのことでしょうね? ましてや、王妃殿下は?」


「今、病に伏せっている父上の代わりとしてこの国の実質的な統治を任されているのは、この私だ。これは私の決断であり、誰にも口出しはさせん!」


 その口調は、まるで自分自身に言い聞かせているかのように、どこか追い詰められた響きを帯びていた。王子は言葉を続ける。


「お前が自身の地位を濫用し、多くの者から賄賂を受け取り、彼らの敵対者に不当な圧力をかけてきたことは、もはや看過できん!」


「まあ。それはどなたからお聞きになりましたの?」


「皆が……皆がそう言っている!」


「なるほど」とリゼットは呟き、ホールに集う貴族たちをゆっくりと見渡した。彼らの多くは好奇と非難の目を向けているが、何人かは気まずそうに視線を逸らす。

 ――ご自身の派閥に、完全に押し負けられたのですね。

 その言葉を、彼女は口にはしなかった。


 王子が息を吸い込み、最後の宣告をしようとした、その瞬間。リゼットはホールの奥、玉座の脇に立つ王妃へと視線を送った。彼女は、固く閉じた扇を、その指が白くなるほど強く握りしめている。

 リゼットは再び王子の顔を見た。その瞳には、憐れみにも似た色が浮かんでいた。


「この婚約は、王妃殿下がご提案され、国王陛下と父である公爵の双方がお認めになり、実現したものです。殿下、これ以上その言葉を続けることがこの国に何をもたらすのか、わからないあなたではないでしょう。一度口にすれば最後、後戻りはできなくなりますわ。今ならまだ間にあいます。……誰につくべきか、殿下にはお分かりのはず」


 彼女はそう言って、一瞬だけ王妃へと視線を流した。


 王子の肩がびくりと揺れ、一瞬の躊躇がその顔をよぎった。そして助けを求めるように、隣の男爵令嬢に目をやった。その為政者とは思えない姿に、リゼットは全て承知の上とはいえ、王子のこんな姿は見たくなかったと内心で思った。


 男爵令嬢が王子に頷くと、彼は決意したように顔を上げ、あたりにいる貴族たちを見渡しながら言い放った。


「――静まれ! 皆に宣言する! 私は今この時をもって、リゼット・ルミナスとの婚約を破棄し、ここにいる男爵令嬢アリアと新たに婚約を結ぶ!」


 ホールがどよめきに包まれる。


「そして! リゼット・ルミナスを、本日付で貴族の身分から追放処分とする!」


 その言葉を聞いた王妃は、苛立ちを隠しもせず、靴音を高く鳴らして足早にホールを後にした。そして、ホールにいた貴族の半数以上が、まるで王妃に続くかのように退席していった。リゼットは抵抗することもなく兵に身を任せ、連行されていった。その背後で、王子が宣言する。


「諸君、かつての戦で我らは領土を失った。その屈辱を晴らす時が近づいている!」


 ホールに残った貴族たちの拍手とは裏腹に、王子の声は、もう引き返せないと自覚した者の、悲痛な叫びのようにも聞こえた。


 ◇


「……というのが、私が婚約破棄されるまでの流れですわ」


 目の前の美しい女性――リゼットは、にこやかにそう締めくくると、優雅な仕草でティーカップを口に運んだ。


 ここはゼルニカ国の辺境にひっそりと佇む、別荘の一室だ。そして私、アストリッド・ヴァルキュリアは、この国の騎士である。

 ゼルニカとリゼットの母国ルミナリアは、十三年前に大きな戦争を経験した。結果は我が国の勝利に終わり、領土の一部を割譲させる形で終戦を迎えた、いわば元敵国同士だ。


 私自身は、国境沿いの戦災孤児院で育った。剣の才があったのか、騎士の登用試験で首席合格を果たし、その才能をヴァルキュリア公爵に認められ、養子として迎えられた。ヴァルキュリア家は、代々血縁ではなく実力ある者を養子に迎えて跡取りとする、貴族社会では異端とされる家系だ。そのせいで血筋に重きを置く貴族間の付き合いでは爪弾きにされているそうだが、実力を重んじる軍や騎士団からの信頼は絶大だった。


 そんな私が、ある日突然「詳細一切不問、辺境の別荘へ向かえ」という不可解な命令を受け、そこで待っていたのが、この元敵国の追放令嬢だったというわけだ。


 事態が飲み込めない私を尻目に、彼女は「ご一緒にお茶でもいかが?」と微笑み、まるで面白い物語でも聞かせるかのように、自身の過去を語り始めた。


「ルミナリアでは、先の戦争で敗北し領土を割譲したことを屈辱と捉え、戦争で再び領土を取り戻そうとする『開戦派』と、彼らの過激な主張に批判的な『嫌戦派』。この二つの派閥が、日々政争を繰り広げていました」


「要は、権力争いに負けただけの話です。嫌戦派には王妃殿下と我が公爵家がおりましたが、開戦派をうまく押さえつけていた国王陛下が病に伏せられた隙をつかれ、代わりに国の統治を任された王子殿下を抱き込んだ開戦派が、一枚上手だったということです」


 リゼットは事もなげに言う。


「追放されたとはいえ、私の実家である公爵家の計らいで、当面の生活に困らないだけの金銭と、隠れ住むための家は用意していただきましたのよ」


 そしてリゼットはどこか呆れたように、こう付け加えた。


「領土というのは本当に厄介ですわね。失えば取り戻そうとし、得ればさらに欲しくなる。ルミナリアでもゼルニカでも、それは変わりませんわ」


 彼女の話を聞き、私は疑問を抱いた。公爵家が支援の手を差し伸べたというなら、なぜ今彼女はその用意された隠れ家ではなく、元敵国であるここゼルニカにいるのだろうか。しかしそれは我が国の機密に深く関わっていそうな気がして、私はそれを口にすることはなかった。代わりに、話の流れで生まれた別の疑問を口にする。


「大筋は理解しました。ですが、腑に落ちない点があります。王子殿下が開戦派の圧力に屈してあなたとの婚約を破棄したのはまだ分かります。しかし、なぜ新しい婚約者が一介の男爵令嬢なのですか? もっと有力な貴族の令嬢がいたはずです」


「良いところに気がつきましたわね」リゼットは楽しそうに目を細める。「彼女が王子殿下に近づき始めたのと同じ頃、鳴りを潜めていた開戦派が、これまで抑えつけられていた反動とでもいうように活動を活発化させたのです。そして彼女は、いつの間にか派閥の中心人物のような位置に収まっていました」


「男爵令嬢が?」


「ええ。彼女はとても優秀で、立ち回りも驚くほどお上手でしたから。有力な貴族の方々も、きっとうまく丸め込まれてしまったのでしょうね」


 他人事のような口ぶりに、私は違和感を覚える。一国の、それも高い地位にある貴族たちが、そう簡単に若い男爵令嬢に手玉に取られるものだろうか。


「……そういえば」リゼットは何かを思い出したように、ぽつりと呟いた。「国王陛下が原因不明の病で臥せられたのも、ちょうどその頃でしたわね」


 その言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。


 私は意を決して、彼女の瞳をまっすぐに見据えた。「その話を、なぜ私にするのですか。そして、なぜあなたは母国の存亡に関わるほどの重大事を、まるで他人事のように語れるのですか。……先ほどは国の機密に触れるかと思い、口にできませんでしたが、実家の助けがありながら、それを蹴ってまで、なぜ元敵国の、このゼルニカにいるのですか?」


 リゼットはティーカップをソーサーに置くと、その笑みを深めた。「今の私は、政治に一切関与しないこと、そしてこの別荘の敷地から出ないことを条件として、ゼルニカにおいて『ある程度のわがまま』が許される立場にありますの」


 彼女は悪戯っぽく片目を瞑る。「では、ここで一つクイズといきましょうか。なぜ、条件付きとはいえ元敵国の公爵令嬢である私が、ここゼルニカで特別な待遇を受けられるのか。私の事情以外の答えは、今までの話の中に全てあります。そしてその答えは、お察しの通り、この国、ゼルニカの最高機密に触れることになりますわ」


 彼女は私に身を乗り出した。甘い花の香りが、私の覚悟を試すように鼻をかすめる。


「そしてその答えを知ってしまった場合……アストリッド・ヴァルキュリア。その時、あなたは、ご自身の騎士としての将来を全て捨てて、私のものにならなければなりません。これはそれほど重要なものなのです」


 息を呑む私に、彼女は囁く。「今のあなたは、あの時の王子殿下と同じ。引き返すなら今ですわ。全てを聞かなかったことにして、あなたの周りの方々が期待する輝かしい未来を進むことができます」


「……」


「ですが、一度正しい答えを口にしてしまえば、もう引き返すことはできませんわよ」


 彼女は席を立ち、窓の外に視線を移した。「では、また後日。今回は無理にお越しいただきましたが、次は、あなたの意思でここに来てくださることを期待しておりますわ」


 私は固く握った拳を解き、静かに立ち上がった。「断ります。一時の気の迷いで、私が積み上げてきたものと未来を捨てるつもりはありません。今日の話は全て聞かなかったことにします。……ここへも、もう二度と来ないでしょう」


 踵を返し、部屋の出口へと向かった。扉に手をかけたその時、背後からリゼットの穏やかな声が聞こえた。


「そういえば、アストリッド」


 その声に、なぜか足が縫い付けられたように動かなくなった。


「私、十三年前……まだ幼かった頃、両親に連れられて終戦間近の国境地帯へ慰問に参ったことがあるのです。そこには、戦災孤児を引き取るための、小さな孤児院がありまして」


 私の心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


「その孤児院で、とても仲良くなった女の子がいたのです。泥だらけの顔で、けれど太陽みたいに笑う、とても強い目をした女の子が」


 リゼットは、遠い日を懐かしむように、言葉を紡ぐ。


「たとえ身分が違おうとも、私たちはきっとまた会える。そう固く約束したんですよ」


 私の動きが、完全に止まった。


「……その孤児院がどうなったか、知っていますか?」

私は振り返らないまま尋ねた。それにリゼットが答える。

「ルミナリアからゼルニカに割譲された領土の中にあったと聞いております」


 私はかろうじて声を絞り出した。「……その約束は、あなたにとって、それほど大切なものなのですか」


 リゼットは、確信に満ちた声で言い放った。


「ええ。今回の件の取引に応じるくらいには」


 私は何も言えず、無言のまま別荘を後にした。


 ◇


 あの孤児院に彼女が訪れたのは、後にも先にもただ一度きりだった。しかし、その記憶は今でも私の胸に、色褪せることなく鮮明に焼き付いている。仰々しい護衛に囲まれて現れたきらびやかな貴族たち。その中に、まるで窮屈な鳥かごから抜け出してきた小鳥のように、好奇心に満ちた瞳でこちらを見つめる少女がいた。


 私たちは、出会ったその一瞬で打ち解けた。身分の違いなどまるで存在しないかのように笑い合い、駆け回り、そして、別れ際に、固く指切りをして約束したのだ。

 ――また会おう、と。


 だが、現実は残酷だった。終戦と共に孤児院のあった土地はルミナリアから切り離され、ゼルニカのものとなった。もう二度と約束は果たせないのだと絶望した私は、その記憶に蓋をするように、ただひたすらに剣の道へと突き進んだ。


 がむしゃらに剣を振るい、誰よりも強くなることだけを考えた。登用試験で首席となり、ヴァルキュリア家に養子として迎え入れられ、誰もが羨む地位と名誉を手に入れても、心の奥底で疼く小さな痛みと、太陽のような彼女の笑顔を、決して忘れ去ることはできなかった。


 どちらを選ぶべきか。

 リゼットと再会してからというもの、私は来る日も来る日も悩み続けた。いや、本当は、答えなどとうの昔に決まっていたのだ。ただ、その一歩を踏み出す覚悟が、私にはできていなかった。育ててくれた義父の顔、信頼を寄せてくれる騎士団の仲間たちの顔が次々と脳裏に浮かび、眠れぬ夜をいくつも過ごした。


 そして今、私は再びリゼットの前に座っている。あの日と同じように、テーブルの上には上品な香りを立てる紅茶が置かれていた。


「来てくださると、信じておりましたわ」


 リゼットは、全てを見透かしたような穏やかな微笑みを浮かべている。そして、ゆっくりと私に問いかけた。


「では、アストリッド。あなたの答えを、聞かせていただけますか?」


 一瞬、これまでの私の努力に期待を寄せてくれた人々の顔が、走馬灯のように心をよぎった。だが、私はそれを振り払うように強く一度だけ目を閉じ、そして、静かに首を横に振った。もう、迷いはない。

 私はゆっくりと顔を上げ、リゼットの瞳をまっすぐに見据えて口を開いた。


「男爵令嬢アリアは、ルミナリアの国政を内側から混乱に陥らせるために、我が国ゼルニカから送り込まれた間諜。そしてあなたは……その協力者、ということで間違いないですね?」


 リゼットは何も答えず、ただ静かに微笑んでいる。私は言葉を続けた。


「開戦派を抑えることができていた国王陛下を、都合よく病に臥せらせて政治の表舞台から引きずり下ろす。そして、若く未熟な王子を担ぎ上げて開戦派を助長させ、国論を分裂させる。仕上げに、舞踏会の場で一方的な婚約破棄を演じさせ、新たな婚約者として派閥の中心人物となった男爵令嬢を迎える」


 一息にそこまで言うと、私は一度言葉を切った。


「一見すれば、これは開戦派の完全な勝利に見えます。しかし、その実態は違う。何の落ち度もない公爵令嬢であるあなたを一方的に断罪し、かくも強引に追放する。追放後の公爵閣下が王子殿下の意に反してあなたの支援を行ったことから、彼がその決定を受け入れているとは到底思えません。さらに、ホールでの王妃殿下の退席と、それに付き従った貴族たちの様子を考えれば、これはもはや単なる派閥間の政争では済まされない。王家と貴族そのものに、取り返しのつかない亀裂を生んだと見て間違いないでしょう。ならばルミナリアの内政は、修復不可能なほどに混乱することになります」


 私の言葉に、リゼットは小さく頷く。その反応を見て、私は最後の確信を口にした。


「我が国ゼルニカが、その混乱に乗じてルミナリアに再び戦争を仕掛けるのか、それとも王妃殿下たちの嫌戦派に介入して恩を売り、影響力の拡大を狙うのか、そこまでは分かりません。しかし、将来的には属国化、もしくはルミナリアそのものを手に入れるための策であることに間違いないでしょう」


 私の言葉を最後まで聞き終えたリゼットは、満足そうに微笑むと、小さく拍手をした。


「……正解ですわ、アストリッド。素晴らしい洞察力ね」


 その言葉は、私の推理が全て真実であったことを裏付けるものだった。安堵と同時に、心の奥底から言いようのない冷たい感情が湧き上がってくるのを、私は感じていた。


「しかし……」私は思わず口を開いていた。「ルミナリアは、あなたの母国でしょう。その国を、自らの手で混乱に陥れることに、何の躊躇もなかったのですか」


 それは、騎士としての私ではなく、アストリッド・ヴァルキュリアという一人の人間としての、純粋な問いだった。


 私の問いかけに、リゼットの表情からふっと笑みが消える。その代わりに浮かんだのは、どこか寂しげな、諦観にも似た色だった。


「ええ、全て承知の上でしたわ。ですけれど、何も言いませんでした。そういう取引でしたので。……それでも、できる範囲で助け舟は出しましたのよ」


 彼女は静かに言った。


「あの舞踏会で、王子殿下に申し上げました。『これ以上その言葉を続ければ、もう後戻りはできなくなる』と。もし殿下が本当に派閥の圧力に苦しんでいたのなら、母親である王妃殿下に素直に助けを求めることもできました。私が『誰につくべきか、あなたにはわかるはず』と促したのも、そのためです」


 リゼットは、まるで遠い日の出来事を思い返すように、そっと目を伏せた。


「ですが、殿下は、私の差し伸べた手を取りませんでしたわ。王子としての意地か、それともご自身の派閥の圧力を恐れてのことか……とにかく選択をしたのは、殿下ご自身です。代行とはいえ国を統治しているのです。悪意を持った者の干渉があったとはいえ、ご自身の派閥を制御できなくなったのは、彼の失態以外の何物でもありません」


 リゼットの言葉に、私は返す言葉を見つけられなかった。しばらくの沈黙が、部屋を支配する。彼女の言うことにも一理ある。だが、それでも……。

 重い空気の中、私は再び口を開いた。今度は、純粋な騎士として、目の前の状況を分析するように。


「この事実が明るみに出れば、我が国ゼルニカは国際的な非難を浴び、厳しい制裁を受けることになるやもしれません。そしてルミナリアにとって、あなたは紛れもない『売国奴』となった。……つまり、今のあなたの存在は、どちらの国にとっても都合が悪い」


 私はリゼットの瞳をまっすぐに見つめて続けた。


「今はまだ、この工作に協力した功績で手厚く保護されているのでしょう。ですが、そのうち都合が悪くなれば、口封じのためにあなたを消しにかかるかもしれない」


 それは、起こりうる未来を冷静に分析した、残酷なまでの事実だった。しかし、私の言葉を聞いたリゼットの表情は、絶望に染まるどころか、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべた。

 その笑みは、全ての危険を、全ての覚悟を、とうに受け入れた者のそれだった。


「ええ、そうね」


 彼女は、心の底から嬉しそうに言った。


「でも、あなたと一緒なら、私はどんなことでも受け入れられますわ」


 そして、こう続けた。


「あなたもそうでしょう?」

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