朝起こしに来たのは美少女であることは間違いない
「朝よ、起きなさい」
身体を揺すられる。
「ん、ん~」
「可愛い寝顔ね」
薄く目を開く。
ベッドに腰かけた遠山 伊織が優しく微笑んでいた。
寝ぼけた頭で遠山ってこんな顔するんだな――――
「って、遠山!?」
がばっと勢いよく起き上がった。意識が一瞬で覚醒する。
「呼び方を間違えないでちょうだい、伊織よ。和也くん、おはよう」
「ああ、おはよう―――じゃなくて、なんで家にってか俺の部屋にいるんだよ!」
「彼女なんだから当然でしょ。早く着替える。学校遅れるわよ」
「いや、当然じゃないし、彼女でもないだろ。なんで家の場所知ってるんだよ」
「細かいことは気にしないの。そんなことより着替え、手伝ってあげようか」
「結構だ」
遠山ってこんな奴だっけ?
いつもクラスじゃ大人しくて人を寄せ付けない。鋭い雰囲気なんだけど。
ちゃんと話したこともないし、こっちが素なのか?
ベッドから出て着替えようとしたのだが、
「いつまでいるんだよ。着替えたいから部屋から出て行ってくんない」
「私は気にしないわ。遠慮することないのよ」
腕を組んでいた遠山が足も組む。
なんでこんな堂々と出来るんだよ。普通男が着替えるなら恥ずかしがって部屋から出て行くだろ。
「早くしなさい。男の着替えなんて水泳で海パンになってるのと変わらないでしょ。なにを恥ずかしがっているの。自意識過剰よ。ナルシストなの?」
ここまで言われると着替えをためらっているのが馬鹿らしくなってきた。
ズボンを脱いだタイミングで部屋の扉が開かれる。
「カズく~ん! おは―――ってごめん!」
いつも起こしに来る幼馴染の矢口ひなたが顔を赤くして勢いよく扉を閉めた。
そう、この反応。男が着替えるっていったらこの反応が正しいよな。やっぱ遠山がおかしいんだよな。
「じゃなーい!」
と思ったらまた勢いよく扉を開けた。
「なんでカズくんの部屋に遠山さんがいるの!? しかもカズくんズボン脱いでるし!」
あの扉を開けた一瞬の間に遠山がいることを把握したのか。
着替えを続けながらひなたに感心する。
「私と和也くんにはいろいろあるのよ」
ベッドからゆっくり立ち上がった遠山が答えた。
「いろいろってなによ? しかもなんでカズくんを名前で呼んでるの!?」
「そんなこと……口では言えないわ。朝から部屋で和也くんがズボンを脱ぐ必要がいろいろあったのよ。あとは矢口さんの想像に任せるわ」
恥ずかしそうに口に手を当てる遠山。
大袈裟っ! ただ着替えてるだけなのによく意味深に言えるな。
無駄に色っぽいし。
ひなたが頭の中でいろいろ考えた後に魂が抜けてしまった。絶対勘違いしてるよ、こいつ。
「お~い、ひなた」
二人が会話をしている間に着替え終わった俺はひなたの顔の前で手を振る。
「放っておきさない。しばらくすれば正気に戻るでしょ。それよりもお母さまがご飯を作って待っているわ。早く行きましょ」
「お母さまて」
「約束を忘れたとは言わせないわよ」
「覚えてるよ。実感がないだけで」
「心配しなくてもこれから味わわせてあげるわ」
俺、西尾 和也は遠山伊織と高校を卒業するまで偽の恋人関係になった。
といっても、今は高二の二学期なので付き合うのは一年と少しだ。
遠山は校内四大美女の一人でモテる。
素の性格は少しクセがあるみたいだが、普段は大人しく容姿が良いため男子から人気だ。基本一人でいるから友達はいないと思う。
そんな彼女に昨日の放課後に声をかけられた。
昨日の話の内容を簡単にまとめると、男にモテモテで迷惑しているらしい。静かに高校生活を送りたいため、俺に偽の恋人関係を頼んできた。
断ろうとしたのだが、
「西尾くん、ここで断れば二度と彼女が出来ないかもしれないわよ。よ~く考えてもみなさい、あなた今まで彼女出来たことないでしょ。こんなチャンス人生で一度しかないわよ。恋人になってくれたらちゃんと男女交際させてあげるわ。人生で一度も彼女が出来ないなんて嫌でしょう。偽でも付き合ってくれるのなら彼女としてカウントしていいわ」
この時の遠山の目力と迫力の強さに一生彼女出来ないかもしれないと思ってしまい、了承してしまった。
請け負ったからにはやるけどさ。性格に問題はあるが嫌な奴ではなさそうだし、まあ美人の彼女を持って悪い気はしないしな。
「おはよう、西尾、こんなところで会うなんてきぐ、う、ね」
四大美女の一人七海 茜か。
クラスは違うが同学年だ。七海はギャルだから根暗な俺とは本来無縁のはずなんだが、登校中に一緒になることが意外と多い。
友人と言うほど知らないが、一応は顔見知りだ。
気が強い印象がある彼女が動揺しているのは珍しい。
「どうした? なにかあったか」
「どうしたってこっちの台詞よ。あんたたち、その手はなに!?」
なにって言われてもな。
「見てわからない? 手を繋いでるのよ」
俺の代わりに遠山が七海に見せつけるように繋いだ手を上げて答える。そんなにアピールしなくて良いだろ。俺との恋人繋ぎなんてそんなに価値ないぞ。
「や、だから、なんであんたが西尾と恋人繋ぎしてるのよ」
「恋人同士だからに決まってるでしょう」
「え、あ、こ、こいびと?」
「そう、恋人よ」
偽のだけどな。
なに、もしかして最近女子の中では彼氏がいることにそんなにステータスが高いの?
遠山の本当の目的は彼氏持ちのステータスが欲しいけど、変な男は嫌だから俺で妥協したのか?
いや待て。ぼっちの遠山に女子のステータスなんて必要ないだろ。
たまたまギャルの七海に効いているだけかも。あのぼっちの遠山さんですら彼氏がいるなんて! みたいな。七海は彼氏いないって言ってたからな。女としてのプライドが傷ついたのかも。
「カップルって言った方があなたにはわかりやすいかしら?」
「へ、へ~。そ~なんだ」
めっちゃ精神的にダメージ受けてるな。七海の動揺が増している。
「遠山さんって男の趣味悪いのね」
酷くね! 本人の目の前で男の趣味が悪いとか言うかよ。傷ついたぞ。否定できるほど高いスペック持ってないけどさ。
「そうかしら? 私は和也くんと付き合えて幸せよ」
「ふ、ふ~ん、まあいいわ。遠山さんが誰と付き合おうが自由だもんね。あ、用事を思い出したから行くわ。それじゃ」
余程大事な用事だったのか、全速力で走っていった。
「今日は四大美女に二人も会うなんてな」
「あら? 三人の間違いでしょ。その呼び方は気に入らないけど私も四大美女の一人よ」
「ん? ……ああ、なるほど。そういえば、ひなたも四大美女の一人だったな」
「そういうことね。幼馴染って異性として意識しないの?」
「人によるだろ。俺はしてないけど」
「そう」
隣を見ると嬉しそうな遠山の顔があった。
七海を精神的にボコボコに出来たのがそんなに気持ち良かったんだろうか。二人は気が合わなそうだもんな。
「おはようございます。西尾くん、遠山さん」
はい、四大美女コンプリート。まあ最後の一人はクラスメイトだし、達成感はない。
教室の入り口には四大美女の一人、城島 久美が挨拶をしてきた。
「二人で手を繋いで恋人ごっこですか? 西尾くんが嫌がってるように見えますが、離してあげたらどうですか? 遠山さん」
「嫌がってるってなにを言ってるのかしら。私と和也くんは付き合ってるの。なにか城島さんに不都合でも?」
なんかこの二人怖いんですけど。バチバチに火花散らしてるんですけど。朝から雰囲気悪いんですけど。
「い、今か、和也くんって……名前呼び……し、しかも、付き合ってるって……う、嘘に決まってます」
ん? 何か今ボソッと言ったか? 城島のほうから声がしたような―――って顔近っ!
いつの間にか城島が迫っていた。
「西尾くん、本当に遠山さんと付き合ってるんですか? 脅されてないですか? 大丈夫ですか?」
すごい剣幕でこちらを見てくる。普段は優しく落ち着いた感じなのに、初めて見る顔だ。
って、俺の心配? 普通逆じゃない? 四大美女の遠山にかける言葉だろ。
城島の迫力に気圧されつつも答える。
「あ、ああ。付き合ってるけど」
「……そうですか、西尾くんが言うなら本当なんでしょうね」
あっさり引き下がってくれた。
息が詰まりそうだったので助かった。
城島が俺のことを信用してくれているのは嬉しいが、遠山とは仲が悪いみたいだな。
「二人ともおめでとうございます。……お幸せに」
普段の優しそうな雰囲気に戻った城島は廊下へ出て行った。
少し寂しそうに見えるが気のせいか。
いや~でもさっきの城島は怖かったな。
一歩も引かない遠山もすごいけど。
今気づいたことだが、四大美女って全員仲が悪いのか?
ちらっと隣を見ると、遠山が勝ち誇ったような顔をしていた。
「嬉しそうだな」
「ええ、和也くんのおかげでとても幸せよ」
「俺のおかげ?」
「わからなくて良いわ。これからよろしくね」
「ん、ああ」
後に知ったことだが、四大美女は全員俺に好意があったらしい。
それでも付き合っているのは伊織だけだ。約束だからな。