スキンウォーカー ― もう誰も、信じてはいけない ―
「奴らは静かに紛れ込む。」
そんな世界で生きる人々の、一つの物語。
※この作品には暴力描写が含まれるため、R15指定としています。
楽しんでいただけたら幸いです。
気付いたときには、もう何もかも手遅れだった。
世界に人類は……何パーセント残っているのだろう。
私たちの町の人間は、もう誰も信じられなかった。
いつから始まっていたのかさえ、誰にもわからない。
私たち夫婦にできることは、立てこもり、震えながら息を潜めることだけだった。
だが、すぐに。そんなことさえ無駄なのだと知った。
「――ああぁぁぁぁっっっ!」
部屋の中に響き渡る、喉が引き裂けるような慟哭。
白い煙を吐きながら火花が散り、轟音が鳴り響く。
眉間を撃ち抜かれ、倒れた妻の顔を私は撃ち続けた。
何発も何発も。
弾倉が空になり、銃が物言わぬただの鉄となるまで。
割れたスイカのように。
醜く破壊された妻の頭に安堵し、絶望する。
ごとり、と鈍い音を立てて。
力を失った手から銃がこぼれ落ちた。
木の板で目張りされた窓に、ふらふらと歩み寄り。
その脇に立てかけた猟銃を手に取る。
ひざまずき、猟銃の先を口に咥え。
引き金を引いた。
――一年後。
それは良く晴れた、風のない爽やかな朝だった。
開放的な、広く整備された道。
制服姿の少女たちが歩いている。
「は~めんどくさいなぁ」
横並びに歩く三人のうち、車道側の少女がぼやく。
首元でそろえた明るい金髪の、活発そうな少女だ。
「だめだよ真希ちゃん。すぐサボろうとする」
真希をたしなめる隣の少女。
腰まである亜麻色の髪が、きれいに巻かれている。
大人びた雰囲気の少女だ。
「真希は反省しないからね。雛がママになるしかないんじゃないかな~」
にしし、と悪戯っぽく、雛の隣で笑う少女。
片側で結んだ、肩下ほどの黒髪。
小柄であどけない少女だ。
「香奈っち知ってる?雛っち本当にママになるかも」
ママという言葉で、最近知った面白い話を思い出し、真希はにやにやと笑みを浮かべた。
「おやおや~?あの話ですかな~?雛の~彼ぴっ」
真希と同じ顔をして、香奈も楽しそうに答える。
「そーそー。あたし部屋が隣じゃん?毎晩聞こえてくるわけよ、二人が」
「ちょ、ちょっと真希ちゃん!何の話してるの!」
「なにそれなにそれ!香奈も聞きた~い!具体的に」
「ダメー!わかった、わかったから!今度から気を付ける!だからやめよ?ね?」
「どうしよっかな~?香奈っち聞きたいよね〜?」
「もういいから!二人ともこの話はお終いに――」
ザッ。雛のイヤホンマイクに、短いノイズが入る。
『こちらDブロック。Aブロック応答せよ。繰り返す』
定期通信だ。
「こちらAブロック。異常なし。繰り返す。こちらAブロック。異――」
――雛の頭が弾け飛ぶ。
二人の耳に、遠くで微かな鈍い音が聞こえた。
瞬時に二人は左右へ別れ、建物の影に身を隠す。
「こちらAブロック。狙撃された。一人減った」
真希は、肩に下げた自動小銃を構えなおした。
淡々と現状を報告する。
「Aブロック、一人欠員だそうです」
報告を受けた本部の管理室で、刈り上げ頭の男が爽やかな声をあげた。
「狙撃か。気を抜いてたな。馬鹿なやつらだ。やられたのは? なんて呼称のやつ?」
壮年の、巌の様な身体をした片目のない男が、調子の外れた酷い女声で答える。
「雛です。……えっと、あんたなんて呼ぶんだっけ?長官?大佐?」
刈り上げの男は、今にも泣きだしそうな悲痛な面持ちで、声を震わせ問い返す。
「大佐だった気がする!雛ってあれか?お前と恋人とかいうのやってなかったか?大樹!」
大佐が目を細め、肩を怒らせながら、大声で怒鳴りつけるように問い返した。
「そうですね。色々試してみたんですが、よくわかりませんでしたよ大佐」
「人間は、男の個体と女の個体で、そういうことするのが普通なんだ」
「らしいですね。意味不明ですが。あぁでも、交尾は楽しかったですよ」
大佐と大樹。二人は報告を忘れたみたいに、能面のような無表情で会話を続けた。
壁のモニターに映った、Aブロック監視カメラの映像に、動くものはない。
頭を撃ち抜かれた二人の少女が、画面の端に転がっているだけだった。
――人類は、いつの間にか侵略されていた。
その生物が、どこからやってきたのかさえ。
誰にもわからない。
宇宙から来たという若者、深海からという学者、氷の中からという調査員。
すべて根拠に乏しく、憶測でしかない噂話だ。
その生物は人間の体に入り込み、あるいは人間の身体に化け、巧妙に正体を隠していた。
大佐と大樹と呼ばれた個体は、肉体を手に入れて、まだ日が浅かったのだろう。
知識と記憶が上手く取り込めておらず。
分かりやすくちぐはぐだ。
最初に気付いた人間が誰なのかさえ、誰も知らない。
いつしか、人々に認知されたその存在。
それは『スキンウォーカー』と呼ばれていた。
人類はいまだ。
彼らの目的も、その正体も解明できていない。
わかっているのは、誰も信じられないという絶望だ。
世界中の町で。
あちこちの壁や看板に落書きされている言葉。
その言葉は各種メディアが伝えていた。
人々の間に広がったスローガンのようなものだ。
この世界で生きるために。
守らなければならない、たった一つのルール。
――『隣人を疑え』
もう誰も、信じてはいけない。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
この作品の世界観や感想、ぜひコメントで教えてもらえると嬉しいです!
(気に入っていただけたら、評価やブックマークもしてもらえると励みになります!)