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Love Your Neighbor  作者: 澤村尚到
section 2 「クラス替え」
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section 2 「クラス替え」 - 1

 section 2 「クラス替え」


 一


 明日香が通う公立中学校では、クラス替えは一年から二年へ進級する時、一度だけ行われ、二年から三年への進級時には行われない。これは、卒業後の進路を決めるという、少年少女の重要な人生の岐路に係るため、必要以上に環境を変えず、二年時から各生徒の成績、性格、得意不得意を把握したクラス担任が卒業まで、継続して担当する方が、各生徒の進路決定においてサポートしやすいというのもあったろう。

 明日香と潤子は、三学期の終わりから、春休み中も、会えば二人でクラス替えやだね、とか、絶対同じクラスが良い、とか二人で言い合った。でも、万が一離れても、ずっと「親友」だよ、などとお互いに言って、不安をごまかし、来るべき「別れ」は別離にはならないのだと納得しようとしたりもした。明日香の家から三十分くらい歩いたところにある、竹林の中に鎮座する神社へ二人で何度か詣で、二年生になっても、同じクラスになれますように、とお参りしたりもした。初詣に二人で鎌倉へ行った時も、鶴岡八幡宮と高徳院の大仏様に同じことを祈った。神様にも仏様にも祈るの変じゃない?と二人で笑ったりした。

 そして四月になり、新入生が入ってくるよりも一日早く、旧一年生は登校して、一旦昨年度使っていた昇降口の下足箱で、春休み中に洗ったり、あるいは体が大きくなって新調した上履きに履き替え、下足箱が面する廊下の掲示板に張り出された、二年のクラス毎の出席番号と氏名一覧で自分の名を探して、新クラスと新しい出席番号を確認し、下履きを新しいクラスの出席番号で二年生用の下足箱へと移してから、それぞれの教室へ向かうことになっていた。現三年生は、既に二年生時の最終登校日に下足箱を移していて、二年生用は明日香たちの代のために空けておいてくれていた。

 明日香と潤子はいつも一緒に登校していたから、登校中から二人で、どきどきしながら学校へ向かった。クラス違ったら嫌だなとか、違ってもずっと親友、そんな風に何度も同じことを繰り返した。ふざけて二人で浮気禁止ね、と言い合って指切りしたりとか、ヒットした浮気を題材とした歌謡曲を二人で歌ったりしながら、まるで絶対離れない、とでも言いたいかのように二人でしっかりと手を繋ぎ、大きく手を振りながら歩いた。

 どうせ下足箱移動するのだからと、下履きを一年時の下足箱に仕舞わないで、下足履き場に脱ぎ捨てたまま、クラス替えの張り紙を見に行く生徒もいるから、昇降口の下足履き場は、紺か白のスニーカー、あるいは革靴で埋まっていた。この登校時の下履きも、校則で色や形状などが決められていた。時折不良や、不良とまで言わなくても、男子も女子もどうしてもお洒落に気を使いたい年頃で、彼ら彼女らが赤いスニーカーとかを履いてきたり、革靴の踵を踏み潰していたりするから、靴を見れば大体持ち主がどんなやつなのかわかってしまう。こんなに取り散らかっているところを学年主任が発見したら、また怒鳴られ、整列させられ、叱られるに決まっているのに。なんでちゃんとやらないのか明日香には不思議だった。人に怒られる、ということに対してあまり抵抗がないんだろうか。それとも怒鳴られ、張り手や拳骨を食らいすぎて、慣れっこになってしまったのか。明日香は自分より「上の立場」の人間から叱られたり、怒鳴られたりするのが嫌いだった。それは自分を否定されているような、歴史の教科書に出てくる奴隷や、虐げられた人々が受けてきたような、人を人とも思わないような扱いを受けているように感じられるからだ。

 既に掲示板の前には人だかりがある程度出来ていて、女子がきゃあきゃあ喚いたり、男子が快哉を上げていたり、あるいは誰かが上げた不満の声を笑い声が囲んだりとうるさかった。教師は二、三人ほどいたが、何かにこやかに生徒たちに囲まれて話している。担任が変わらなかった子たちだろうか。あるいは教科担任が変わらないことを聞いていたりするのか。ああいうのは贔屓なんだろうか。担任が自分で自分のクラスの生徒を選り分けるのか、くじ引きみたいなものなのか、明日香は知らないが、ある程度こいつは要る、こいつは要らない、みたいな会話はされているんだろうなと思った。

 明日香と潤子はお互いの両手を握り合って、神妙な面持ちで掲示板の端から自分たちの名前を探した。明日香が先に自分の名前を発見した。クラスの名簿は男女2列で縦に列挙されていて、アイウエオ順に並ぶ。大沢と澤井だとちょっと離れているが、明日香はすぐに潤子の名前も発見した。自分の名前のある列の何行か下に見つけた。つまり同じクラスだ。これで中学校を卒業するまで、潤子とクラスメイトだとうことが決定したのだ。

 「やったー!」

 そう二人で大きな快哉を上げて飛び上がってから、お互いに抱き合ってくるくる回転しながら喜び合った。

 「お前ら仲良かったからなあ。同じクラスで良かったな。」

 一年時、明日香と潤子のクラス担任だった末原が大げさに喜んでいる二人のところへやってきて言った。

 「先生、でもあたしたちのこと捨ててるじゃないですかー。」

 明日香は笑いながらそう突っかかっていった。クラス名簿の一番上にクラス担任の名前が書いてあった。女性の国語の教師だったが、一年時の明日香のクラス教科は担当していなかったので、よく知らない。

 「先生ひどーい。」

 潤子も一緒になって、「元」担任に突っかかる。末原は、悪気がない冗談には割と付き合ってくれる教師だったので、いやいや、人聞きの悪い、捨てたわけじゃないぞ、とか反論して笑っていた。そこへ明日香、潤子とクラスメイトだった男子生徒もやってきて、末原に同じように突っかかり始めた。体育教師にしては静かな教師で、余程教室の中のやかましさが収まらないとか、何か校則違反があったとかでない限り、怒る教師ではなかったが、そんなに笑う教師でもない、というのが明日香の印象だったので、「元」担任クラスの生徒たちに、次々と見捨てましたね、などと冗談で絡まれると苦笑しながらも、楽しげに見えるのは、明日香には意外だった。

 「大沢、澤井、また一緒だな、よろしくな!」

 潤子の次に末原に絡み出した男子生徒が、そう明日香と潤子に声を掛けた。小林という男子生徒だ。真面目でもなかったが、不良というほどでもなかった。下履きも上履きも踵を潰して歩くから、時々末原だけじゃなくて、学年主任にも見つかってよく鉄拳制裁を食らったり、学生服のスラックスを標準のものではなく、脚が二、三本入りそうな太さのスラックスを履いてきたりして、末原に怒られたりはしていたが、愛想は良く、女子に話すときも、この年頃の男子が抱きがちな変な照れも持っていないようなので、明日香も良く話す間柄だった。学級委員長を後半やってはいたが、ガキ大将という感じではない。何かあるとクラスの中心になるような、いわゆる人気者の男子だった。

 昼休みなんかには、彼や他の男子がサッカーやバスケットボールをやっているところに、明日香はよく混ぜてもらっていた。女子で男子に混じって昼休みに球技に興じるのはものすごく珍しいので、当初は目立とうとしているとか、媚を売っているとか、いろいろと明日香は陰で言われていたようだが、明日香は小さい頃から男子相手に遊んでいたのと、運動神経が良く、とにかくすばしっこかったので、力で勝る男子にも、素早さや技が必要とされる球技では、混じってついていけるばかりか、戦力として計算できることで、今日戦力足りないから入ってくれなどと、男子から頼まれることも少なくなかったから、そういった雑音は聞かれなくなった。

 「ほんとだ!」

 「ほんとだー。」

 明日香と潤子は二人で、二人が編入されるクラスの名簿の、男子の列に小林の名前を見つけて声を上げた。潤子はそんなに積極的に男子と話す方ではなかったが、明日香と常に一緒にいるので、明日香が始めたり、声を掛けられたりして始まる会話には混ざるようになったから、明日香のおかげで男子慣れした、と潤子に言われたことがある。潤子のように大人しい女子は、男子と話したりするのをとても恥ずかしがる。

 「あのさあ、二年になったら、今度こそ俺のチームに入れよ。」

 小林はそう明日香に言った。これは昼休みのサッカーやバスケットボールのチーム分けのことを言っている。小林も男子の中で、しかも学年の中で一番になる項目があるくらいの運動神経なので、だいたいチーム分けをするとき、他の男子が、まず明日香と小林を分けて、その下にそれぞれ散っていく、という感じだったから、ある意味、明日香は小林とのこの「ライバル関係」を面白がっているところがあった。

 「ベー。やだよー。小林のいるチームとやるのが面白いんじゃん。」

 明日香は目を瞑って、舌を出してから、そう返した。小林はわざとらしくずっこけながら、勘弁してくれよ、と言って、この昼休みの遊びに参加している男子たちから笑いを誘っていた。明日香は女子としては普通の身長で、小林は男子としては身長があまり高くないから、バスケットボールであればお互いポイントガード的なポジションになる。そうは言っても、昼休みの運動も兼ねた遊びでしかないし、そんな大層なものでもなく、十人前後対十人前後とか全くルールに則ってもいないから、単なる切り込み隊長みたいなものだ。そんな役割になるので、明日香の方が体が柔らかいこともあり、ボールの取り合いになった時、上手く抜けるのは明日香のことの方がちょっとだけ多いから、たまには同じチームになってくれ、というちょっとした褒め言葉だ。球技大会や運動会は、基本男子女子別に競われるのだが、運動会には教師チームを入れた男女混合クラス対抗リレーがあって、小林も明日香も足が速かったので、もちろんリレーメンバーに入っていた。その男女混合クラス対抗リレーでは、断トツで明日香のクラスが優勝を獲得出来たくらいだから、球技大会でも男女混合の種目があれば、面白いかもしれない。

 明日香と潤子、それに小林と、あと数人、三年間同じクラス、ということになる生徒がいた。明日香が苦手にしていたり、話しにくかったりする生徒はおらず、それについても少し安堵したが、何よりも潤子と同じクラスになれたことがとにかく嬉しくてしかたがなかった。潤子も同じようで、二人はずっと手を繋いだまま、クラスは分かれてしまうが仲の良かった女子生徒や、そこそこ喋る関係だった男子生徒と、別のクラスだね、などとしばらく雑談をした。

 明日香と潤子のように、抱き合いながら飛び上がって、同じクラスになったことを喜ぶ女子や、ハイタッチをして同じクラスになったことを喜ぶ男子、クラスが分かれてしまうことを嘆く声など、ここに学年主任がいたら、怒鳴り声で静粛を強制されそうなくらい、廊下はうるさかった。

 「えー。まったグロ子と一緒だよー。」

 そう嫌そうに、あまりまわりに聞こえないよう、ため息混じりに漏らす男子生徒の声が聞こえた。それに同調する声も聞こえてくる。一体何のことだろうか。明日香は、聞きたくない、知りたくない、という思いの方が勝ってしまい、潤子や、同じクラスになる小林の小学校からの友達だという男子たちとの会話に集中して、その男子生徒たちの声が聞こえないようにした。「グロ子」というのはあだ名だろうが、明らかに彼らがそのあだ名を蔑む意味で使っているのは、明日香にもわかったけれど、今は耳を塞いでしまうことにした。

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