甘いプリンは黒い味!?
「よっ ほっ」
村は混沌の収穫期も終わりを迎え、土室や野菜の保存、防寒具の作成、その他もろもろ。冬を越すための準備に追われていた。
毎年ある何気ない平和な秋の暮れの光景である。
ドガァーーーーーーン
「うわぁっ!!」
「なんだ!?」
「爆発!?」
「今の方角って…」
「…お、おい!アレ!」
突如として村中に轟く爆発音に村の誰もが動揺し、音のした方を見ればベンドリック家から煙が上がっている。
「領主さま!!」
「無事か! ボウズ!」
「クロスエイド坊ちゃん! アルフレッド坊ちゃん! ソラ嬢ちゃん! キッド坊ちゃん! フローラの姐御! どこだ!」
比較的近所の者達が現場へ駆けつけるも、素人でも身の危険を感じてしまう程の圧と煙が近づくことを阻んでいた。
ドォーーーーン!
最初の程ではない小規模の爆発音が聞こえたと思うと、煙の中から煤だらけのシルバスが飛び出てくる。
「くっ…!」
『「「「 領主さま! 」」」』
「近づくな!! 今すぐここから離れろ…! あいつは今…」
着地を決めた男は誰もが知る戦士の顔になっており、数箇所に滲む血、袖や襟がボロボロになったシャツが状況の把握をさらに困難にさせる。
「領主様があんな状態になるなんて一体なにが…!?」
シルバスの視線の先の煙を風が流し、この状況の元凶の影を少しずつはっきり見えるようにする。
「みんな離れててください…これは僕と父さんの問題です。
できることなら巻き込みたくない。」
「クロスエイド坊ちゃん!?」
「ボウズ!」
口調こそかろうじてクロスエイドを演じているが、1歩、また1歩と標的へと近づくその少年は、まるで別人のように真っ黒な瞳を冷たく鋭く、ただ静かにこう言った。
「それで父さん、どう死ぬ?」
遡ること2週間ほど前
「近隣の村に支援…ですか」
「あぁ。 知っての通り、この村は大打撃こそ受けたがなんとかなる範囲まで持ち直した。
だが、他所はかなり厳しいとのことだ」
机に広がる手紙の1枚を手に取り、開いて読…ダメだ読めねっ!
「そこにある手紙はシュトニックを通してべジッタ村へ届いた…いわば救難信号だ」
きまりの悪い顔であれやこれや取り繕いながら説明してくる。
あ、シュトニックというのは僕たちが先日行ったあの街の名だ。
基本的に村の人たちの大半は村から出なくても生活は成り立つため、シュトニックとかじゃなくて街としか呼ばない。
それに僕は行きも帰りも記憶がないため、恥ずかしながら知ったのは最近の話。
街は村と村を、村と人を繋ぐ役割を担うことで財政的に潤うようになり、街が潤えばそこと取引をする村も自然と安定する。
もちろんその逆も然りで、村からの供給が減れば街の経営も揺らぐ。
すでに影響は出ており、例年の市場では考えられない価格高騰が発生して、日本でいうところの米騒動が起きかけている。
そこで不作の影響が少ないこの村に白羽の矢が立ったというのがこの手紙で、作物をいくつか融通していただきたいとのことらしい。
「というわけだ。 わるいがお前たちが育てた麦を中心に提供することにし」
「…断固拒否です!」
机をバン!と叩き、父さんの言いかけている要求に正面から切り掛かる。
「あの麦は僕を信じて村の皆さんから預かった大切な種を育てたものです…!
あれを渡せばこの村だって冬を越せませんし、その信頼を裏切るわけにはいきません。」
そう、あの麦は来年分の必要量3割から分けてもらった種が育ったもの。
その麦は足りるかすら怪しい食料でもあり財源でもある、村の未来そのもの。
タダで渡すなんて論外もいいところだ。
「クロスエイド、状況を考えろ」
珍しく僕を見る目が強くなる
「今は緊急事態なんだ。余裕がない者に手を貸さなければならない、分かるだろ。」
「…っ」
…『大人』というのはいつもこうだ。
何かと理屈をつけて子供が正しいと思ったことも聞き入れない。
所詮、父さんも『大人』ってことか…
「というのは建前で…」
「え…?」
すると父さんが手をあわせて叫んだ。
「神様、王様、クロスエイド様! なにとぞ力を貸してくれぇ!」
「へ?」
先ほどの表情とは打って変わって、必死にお願いしてくる。
「いや…な? 一応ウチも貴族だし、フリでも嘘でもいいから息子に対してちゃんと言って聞かせたって体裁を整えておきたくってな。
警戒させてすまんな」
「なんで…?」
「なんでとは?」
「あのまま言っても僕から麦を取りあげられたのに、どうして途中でやめたんですか」
「そりゃオレもだいたい同じ考えなんだぞ? ここでケンカしても時間の無駄ってものだろ」
「よかった…良くも悪くも父さんで」
「『悪くも』ってどういう意味だよっ」
僕は安心して座ってるソファの後ろへ目を移す。
「ソルジャー、コング、もう大丈夫だよ」
僕の声に反応してソファの下から歩いて出てくる2体のミニロボット
「おいで」
「そちらはケンカの用意がご立派なことで…」
「だって僕、弱いでしょ? 父さんが力づくの交渉をしようものなら、なす術もなくされるがままですし」
「大量の魔物を相手にできる戦力を父親1人に差し向けるお前が一番こえーわ」
「父さんだって勘を取り戻すって言って1人で盗賊団潰したじゃないですか、ハンデはほしいですよ」
それぞれの方法で僕の横に到着したミニロボ2体に安心感を感じる僕と、冷や汗をかく父。
「それならここからは本音で話させてもらうがいいな?」
「僕も本音でいいなら」
僕の了承を得ると伸ばしていた背筋をヘニャ〜と緩め、中堅サラリーマンの疲れた目になる。
「小さい村の領主としては領民の信頼を無碍にするのはなるべくしたくないが、貴族としての仕事もしなきゃならんという板挟み状態でかなり辛くてな…」
「どこぞの錬金術師の信頼も失ったら一巻の終わりですしね」
「そうなんだよ…加減も常識も一切考えないバカチンのやらかしによって支えられているのも事実だしな」
あ、そこノるんだ
っていうか今日の父さん表情忙しいな…
「そこに追い打ちをかけるように今朝コレが来たんだ」
そう言いながら机に広げられたものとは質が桁違いの“書簡“を見せてくる
紙を自作する錬金術師として、コレばっかりは文字が読めずとも流石に分かった。
偉い人からだ。
受け取って一応目を通すが…もちろん読めねっ
「王宮の宰相から、近々シュトニック周辺の魔物の発生状況やダンジョンの有無を調べる調査団を派遣するから便宜を図れってよ」
「便宜って事はこれも麦や野菜をよこせって事ですか」
「村の食料と、近隣の食料に調査団の食料にって振られて…どうすりゃいいんだよぉ〜…」
ソファに倒れ込み駄々をこねるシルバスくん30代
「なぁクロス、どうにかならないか?」
「大人が頭を抱える内容を僕に振られても…あと普通に座ってください、子供じゃないんですから」
「だってぇ…」
「まぁ、方法がないわけではないですけど」
「マジで!?」
「あくまで思いつきです」
「なんでもいい! まずは話してくれ!」
「パッと思いつく方法は…3つですね」
方法その1 ファーミーコングと人海戦術で秋冬からでも育つ野菜を育て、とにかく量を確保する
方法その2 環境の違いにも強い品種や個体をさらに短期間で育つよう魔改造し、種か苗で提供する。
方法その3 ファーミーコングを連れて各地を訪問し、土壌改良しつつ不作を一気に取り戻す。
「お、おぅ…」
「聞いておいて引かないで下さい。 撃ちますよ」
ウィン…
「怖ぇよ…ちょっ、おいホントに向けるなっ!」
「まぁそれは冗談として、どうですか」
「正攻法なら方法その1だが、育てる面積も足りないとすればその2もありかぁ…」
「そこからは私も加えてもらうわ」
ガチャっ
書類の束を抱えた母さんが急ぎ足で入ってくる。
「聞いていたんですか」
「広い家じゃないもの、隣の部屋で耳をすませば大体聞こえるわ」
「オレがお前を怒らせんように見張ってたんだよ。」
「な、なるほど…でもその必要なかったですね」
「えぇ。 むしろもう少し大人としてのプライドを持ってほしいモノだわ」
「そんなプライド、今はこれっぽっちもない!」
「言い張らないでくださいよ」
はぁ…
「それはそれとして、今言った方法だけれど…方法その1とその2を半々でやりたいっていうのが私としての結論ね。」
「あの、量を確保しようと思ったらどっちかに集中したほうがいいんじゃ…」
「街は魔物との戦いの被害が残っていて麦は作れない、他の村でも不作か魔物にやられて収穫量3割未満。 対してこの村は子供の思いつきに付き合ったおかげで不作の影響をほとんど受けずに、むしろ例年より少し多めの出荷が可能。けれどその程度というのが世間の認識よ。
仮に成長を促進するなり品種改良なりが十分可能だとして、たくさん作っても価格の高騰を狙って収穫と出荷時期を合わせたと言われ、苗や種を渡すだけだと支援する気がないとか言われて物と恩を売るつもりが、かえって顰蹙を買うわ。」
「どこがどう苦しむかが変わるだけってことですか」
「そういうこと。 あと方法その3だけれど、どちらかと言えばあなたも気が乗らないでしょ?」
「はい…できることなら村から出たくないです」
この世界では移動といえば徒歩か馬か馬車、ほぼ2択だ。 それに対して僕はこの世界では致命的な馬車酔い体質。
当然、近隣の村と言っても子供が徒歩で行き来できるような距離ではなく、距離はだいたい馬車か馬の時速で換算される。
「他の誰かに預ければいいんじゃないか? ほら、魔力切れのお前に代わってアルフレッドが命令して動いてたって話だろ」
「あれはロボットの人工知能が必要だと判断してアルフ兄に起動権限を許可しただけで、命令自体は僕の願いを組み立てる前のコアチップが記録したものです。
比較的相性がいいソラ姉とコングで試しましたけど、起動できませんでした。 僕の命令に関係する『お願い』を聞くことはありますが、それはあくまで『お願い』であって人工知能が必要のないものだと判断したら普通に拒否してました。」
「意外にセキュリティがしっかりしてるのね、まるで勇者の剣みたいだわ」
「剣じゃなくてロボットですし、盗難や悪用防止のそういうプログラム…仕掛けがあるんだと思います」
「まさか性能の良さが裏目に出るとはね…」
『…』『…』
「…」
「クロスエイド、どこか腑に落ちない部分があるの?」
「別に…村の人たちの食糧に影響がない範囲なんで」
母さんに少しばかり痛いところをつかれ、無愛想に返す。
「これだけのことを頼んでるんだ、お前の本音の1つや2つ返してもいいんだぞ。
っていうか、さっき本音でいいならってこの話を続けたところだろ」
「ほら、言ってみなさい」
両親に優しく催促され、それなら…と出ない声を少しこぼす
「見ず知らずのだれかを助けるためって言っても見返りもなく手を貸して、僕がいま目指しているものをしばらく後回しにするのがちょっと…。 僕も貴族の子供なんで損得感情で考えるものじゃないのは分かっているんですが…」
求める食のためにこれからいろいろ挑戦しようってタイミングに邪魔が入ったと言える。
それに顔も知らないどこぞの誰かのために無償で何かをする理由はない。
ハハハハハハハハっ!
「そりゃそうだ。」
フフフフフフフフっ
「そうね、私たち大人が言ったからって他人のためにタダ働きする気は起きないわよね」
突然2人が笑い出したことに戸惑う僕をよそに、何を納得したのかさらに爆笑する両親
「説明してなかったけど、支援っていうのは別にタダってわけじゃないのよ。」
「そうだったんですか」
「もちろん金銭的な取引で済むところは適正価格にすこ〜しだけ色をつけて支払ってもらうし、そうでない村は物々交換や私に対する『貸し』で代用するつもりよ。」
「な、なんだろう…ものすごく単純明快でわかりやすい説明なのに、言葉の裏に黒い何かを感じるような…」
ニコッ
「何か言った?」
「イ、イエ…ナンデモ」
ゴホンっ カチャリ…
「それでクロスエイド、私と商談する気はあるかしら?」
母さんが咳をひとつしてメガネを直す。仕事モードにギアが入った音が聞こえた気がして、ベンドリックの血が本能で萎縮する。
だが、今は少しニュアンスが違う。
ブラックエイド…『俺』への取引だ。
「聞きましょう」
「これを見てちょうだい」
母さんが持って入った書類の束から2枚を目の前に並べる。
片方はいくつかの絵と説明書きのようなもの、もう片方は地図かな
「世間は案外せまいというのも嘘じゃないわね、物々交換であなたが欲しそうな物がいくつか手に入るわ。 例えば…タマゴとかハチミツなんてどう?」
「もっと詳しく!」
本日2回目の机バン!して母さんの提案に食いつく。
「ここがエルク村、ここがニーハ村っていう名前のところなんだけどね」
「ふむふむ…」
母さんの説明、いや商談を聞くこと十分…
「ウチから支援するのは全部で3カ所。 量はそれぞれ1ヶ月分くらい欲しいわね。 期間はそうね…2週間以内には届けたいから1週間でできるとこまでやって欲しいわ」
「よし…その依頼、引き受けましょう」
「交渉成立ね。 もちろん協力は惜しまないから人手でも知識でも必要なものがあったらなんでも言ってちょうだい」
「了解です。 それじゃあ早速!」
ドタバタビューーン!
「全員しゅーごー!!」
「なんだい?」
「なぁに?」
「どした?」
「この村の食事に革命が起きるんです! とにかく来てください!」
「わらしべ長者になるぞーー!」
「「「 お、おーーっ! 」」」
「おいおいフローラ、ありゃ熱入れすぎじゃないか?」
「いいのよあれで。 あの子の夢が叶うように少しでも力になりたいもの。」
「クロスの夢…か、そういや聞いたことなかったが、何かなりたいものでもあるのか?」
「まぁ楽しみに見守ることね、あなたが考えてるより身近で壮大な野望よ」
1週間後
「こっちがエルク村、こっちがニーハ村、これがもう1カ所ですね。」
母さんの目の前に蓋付きの木箱を並べる。 アイテム袋と同じく中の容量を広げてある木箱にはその見た目からは想像がつかない量が入っている。
「用意した物のリストです。 アルフ兄に代筆してもらいました」
「確認するわ」
僕から受け取った紙面に目を通す
指を動かしながら上を向いてブツブツ言っているのは多分、供給と消費のバランスでも計算しているのだろう。
「そうね、これだけあれば1ヶ月どころか2ヶ月、やりようによっては3ヶ月は保つと思うわ」
合格をもらえたことにホッと胸を撫で下ろす。
「ちなみに聞くけど…苗の方はどれくらい魔改造したのかしら」
「成長速度は1.5倍、自然影響への耐性が2倍となってます。」
「なかなか手厚いこと…」
「そこまでに調整するの苦労したんですよ。 なんせ僕の付与魔法って少数が絡むと加減が難しくなるんですもん、3倍にするより半分の1.5倍の方が難しいってどういう構造してるんだか」
「それは知らないけど…自然影響への耐性ってあれかしら? 雨がどれだけ降ったかとか、寒さで成長が妨げられたりみたいな」
「認識としてはそれで十分です。 もし場所に原因があるならそこも防いでおいた方がいいですし、日持ちもするんで。 ただ…デメリットもあります」
「下に書いてあるコレのことね。 『普通に育てた方が美味しい』『青臭いのが嫌い』『芯が固い・歯応えが強過ぎる』…」
「いっぺんにたくさん作ったせいかあまり美味しくないみたいで、しっかり煮込んで味付けをすれば食べれるんですが、こっちの世界の味付けでは臭みが残って子供の口には合わないんです」
「メリットがあればそれに見合うだけのデメリットがあるのは当然よ。特に今は贅沢言ってられないわ」
「いえ! 子供がいるご家庭用には別で村の人たちから分けてもらった分を用意してるんで、そっちを。」
思わず語気が強くなった僕に驚き、少し目を見開く母さん
「あ…すみません」
「いいのよ。 でもその考えって、やっぱりそういうことかしら」
「病院で食べてたご飯ってあまり美味しいと感じたことがなくて…。
大人にとって食べれるものであっても、子供が食べて美味しくなければ食べたいとは思えない。 食べたいと思えなければ生きる力も生まれない。
見ず知らずの大人を助けるのは気が進まないけど、腹を空かせた子供から希望を奪うことはしたくないから。」
「そういう考えもあるのね…でも助かるわ。 おかげで潤滑に事が進みそうよ」
「俺に…いや、僕たちにできることはしました、あとの交渉はお願いします。」
「えぇ、任せて。 責任もって預かるわ」
さらに数日後、母さんが帰ってきた。 たくさんの依頼報酬を携えて…
「コケッ!」
『アルジ…』
「母さん…この子たちは一体?」
「コッコと蜂、それぞれの代表者よ〜」
「現物ではなく生産元が来た…」
「もちろんタマゴとハチミツはもらったわよ〜この子達はなりゆきで来ることになったのよ〜」
「どうしてなりゆきで生産元まで連れて帰ってくる話になるんですか…」
「実はねぇ〜」
母さんの話をまとめると…
前もって母さんと取引相手を護衛するよう命令しておいたソルジャーを同行させていたところ、エルク村の近くで遭難していたコッコと村の子供がゴブリンに襲われており、命令を拡大解釈して実行。
はぐれたコッコを助けたという恩義で何羽かのコッコがついてくることに。
ニーハ村では、不作の影響で蜂の数に対して花が育たず、このままだと見殺しにすることになるから引き取って欲しいと打診を受けた母さんが魔法で花を咲かせてやったところ、蜜が大変気に入ったらしく、母さんについてきちゃったらしい。
「って訳で連れて帰ってきちゃったの〜、私からの報酬だから受け取ってちょうだい♡」
「なんか大事になった気がするけど、村で卵と蜂蜜が手に入るのは嬉しいし、いっか! これからよろしくね!」
「コケっ!」
ブ〜〜ン♪
『アルジ…』
「卵と蜂蜜かぁ、作れるものが一気に増えるなぁ。 何をつくっ…」
「どうしたの?」
「プリン…食べたい…」
「ぷりん?」
ソラ姉が首を傾げる
「すっごく甘くて美味しい…幸せの食べ物です。 せっかくですし作ってみましょう!」
場所を変えて台所に。
「卵はある、砂糖の代わりに蜂蜜を使うとして・・・」
まだこの村に牛乳はない、でも
「牛乳がなければ豆乳で作ればいいじゃない…ってね」
まずは大豆と水を混ぜて・・・
「錬成!」
生豆乳ができた。 これを鍋に入れて弱火で加熱する。 少し経つと表面に白い膜ができるので取り除く。
「ソラ姉、前やったみたいに冷やしてもらえますか?」
「オーケー! 甘い物のためなら特大魔法でも使える気がするわ!」
「いや、そこまでされると…」
「分かってるわよ、ちょっと冷たいくらいでいい?」
「お願いします」
次にボウルに卵を割り入れて蜂蜜を目分量で流し入れる。
泡立たないようにゆっくり、でもしっかり混ぜる。
「もっと早く混ぜないの?」
「泡立つと口当たりが悪くなるらしいんですよ」
混ぜながら少しずつ豆乳も加える。
完全に混ざりきったら液を布で濾してプリン液は完成だ。
「もう完成か!?」
「いえ、まだです。 プリンの幸せの秘訣はここからが難しいんです!」
蜂蜜を弱火で煮詰める。 焦げやすいのでヘラでこまめに混ぜる
「濃いめの飴色になるタイミングは…今だ!」
今できたカラメル、プリン液の順でガラスの器に流し入れて水が入らないよう防水の付与をした紙で1つ1つ蓋をする。
「次は弱火で蒸し焼きにしてっと」
蒸し器なんてものはこの家にないので、大きめの鍋に3センチほど水を張り、加熱しても大丈夫な器を底に並べて台座に。
その上にザル、そしてザルに人数分のプリンをセッティングすれば蒸し器の代用としては十分だ。
「15分くらい蒸して、冷蔵庫で3時間くらい冷やして完せ…」
言いながらあることを思い出し、僕の顔から血の気がサーッとひく。
嘘であってくれと、台所を見回すが…
「ない…え、無いじゃん」
「どうしたの?」
「冷蔵庫が…ない…! 母さん! この家に食べ物を冷やす設備は!?」
「ないわよ〜、この家で甘味なんて作ったことがないもの〜」
「なん…で」
思わず膝から崩れ落ちる。
「寒くなってきたんだから外に置いときゃいいだろ?」
「いい訳ないでしょう! プリンとは繊細な食べ物なんです! 外に置いておいたら常温では固まらないんです!」
「お、おう…ごめん」
「まさかここまで来たのに…もう手に届くところにあるのに…」
「なんだかよく分からないけど冷やせばいいなら、わたしやるわよ?」
「多分…ソラ姉では冷やしきれないと思います…結構な冷気で長時間冷やすんで」
「ねぇクロス、この際だから作れないかしら〜?」
「あっ…」
母さんの何気ない提案を聞いて体に電流が流れたような衝撃が迸る。
「そうだ、僕は生産職。 無いなら自分で作ればいいんだ!」
「時々クロスってバカなのか天才なのか分からなくなるよな」
「うるさいわよキッド、そんなに言うならあんたの分は抜きよ」
「別に悪口で言ってねぇよ!」
キィーーーン!
『…〜〜〜〜…』
白いキューブ先生からのアドバイスもスパイスとなり、無意識に口角が上がる。
「制作開始、ですね」
作業小屋で余っていた木の立方体を取りだし組んでいく。
「錬成」
大体の形ができていれば錬金術で隙間なく1つに繋げることができ、一本の丸太をくり抜いたのと同じことになる。
木の箱が出来たら同じ原理で石を板状に錬成して、木箱の内側にくっつけて補強と保冷性を高める。
「手元に部品はないけど、僕にはこれがある。」
キューブに鉄屑を入れて魔力を込める。
「錬成開始」
カッシャン…カッシャン…カッシャン…カッシャン…
チーン! ぺっ!
できた蝶番を扉と木箱に固定する。
「ソラ姉、キッド兄、魔力を分けて下さい」
「いいけどどうやるの?」
「手をかざして下さい」
「お、おう」
恐る恐る手をかざす2人から遠慮なくとばかりに魔力を吸い込むキューブ僕の魔力を込め、石ころを投入。
「錬成開始」
カッシャン…カッシャン…カッシャン…カッシャン…
チーン! ぺっ!
石板に大きな魔法陣が施されており、その真ん中には緑、青、黄色の結晶が1つずつ嵌っている。
「なんだコレ?」
「冷却装置です。 水属性で冷気を生み出し、風で冷気を循環させる。
雷属性は温度を測る魔法陣と他2つに繋がっていて、中の温度を調整してくれます。
最後にコレを取り付ければ…」
石板を冷蔵庫の天井に取り付ける
「できた! ソルジャー、時間は!?」
『…』
小さな手で親指をグッと突き立てる。
間に合ったみたい。
魔力を軽く流すと冷却装置が動き始める
「触ってみてもいい?」
「まだあまり冷えてませんがいいですよ」
「うおっ! ホントに冷てぇのが出てる!」
「すごいすご〜い! こんなに冷たくなるのね!」
「あら〜、これはいいわね〜。 夏場は食材がいたみやすいからこれが一個あるだけで助かるわ〜」
家族が満足してはしゃぐのをほどほどに、プリンを中に並べて扉を閉じる。
「よし、お昼前なのでおやつの時間まで冷やしましょう。
食べるのが楽しみですねぇ!!」
昼食を挟んで僕たちは家の隣のさらに隣を開墾していた。
新たな仲間、コッコと蜂の住処を用意するためである。
「ホイっ」
『…』
「おねがい」
『♪』
錬金術で木材を立方体にして建築をするのはもう慣れたもので、子供と小さなロボットのバケツリレーによって建築とは名ばかりに大体の形を作るのに20分もかからない。
あっという間にコッコたちが住むには十分な広さの鶏舎が完成する。
「コケっ! コケコッ」
早速、コッコのリーダーに続いて引っ越しが行われていく。
引っ越し荷物は意外に多いようで、どこで買ってきたのか、風呂敷に包まれた大荷物。
これが人なら泥棒かっ!なんてツッコミたくなるのだが、そこらの動物の中では人との社交性に富んだ彼らの常識ではこれが普通なのだろう。
ブゥ〜〜〜ン
一方、巣箱ごと村に来た蜂たちはというと土台さえ作ってそこに固定するだけなので引っ越しはすぐに完了。
ブゥ〜ン
『アルジ…ナカマ』
無数の働きバチが巣箱から出てきて全校集会のように整列し、リーダーのお言葉に耳を傾ける。
『アルジ…ミツ…アゲル』
聞いている限り、この村の注意事項などを教えているみたいだ。
「人間の言葉…話してねぇか?」
「羽音で仲間と意思疎通を図るって聞いたことがありますけど言葉を話す蜂もいるんですね…」
「相当知能の高い個体なんだろうね」
「不思議ぃ…」
蜂たちの蜜源はもちろん花。 母さんやコングに手伝ってもらって家の前に花壇を設営すると、まもなく一匹…また一匹と働きバチが仕事を始める
「急に住民が増えましたけど、なんとかなりそうですね」
「でも大丈夫? 村の人たちビックリしちゃうんじゃないかな?」
「たしかに…虫が苦手な人とか近付かなくなりそう」
「きっと大丈夫ですよ。」
コッコたちの引っ越し作業と、蜂たちの集会がひと段落するのを待って、それぞれの代表者を呼ぶ。
「せっかくこの村に来てくれたわけだし、君たちに名前をつけようと思うんだけどいいかな?」
「コケっ!」 『ナマエ…』
「そうだなぁ…」
ウ〜〜ン…
ピコーーン!
「君がカラアゲ、君はメープルだ!」
「コケコっ♪」 『メープル…メープル!』
「食べたいものの影響を受けすぎだよ…」
名前を聞いたコッコと蜂…改め、カラアゲとメープルは喜んでいる様子。
すると…
ピカァァァァ!
突然、カラアゲとメープルの体が光に包まれる
「な、なんだ!?」
「どうして光るの!?」
「ま、まさかコレって!?」
「進化の光ですよきっと!」
30秒ほどかけて進化を完了する。
「コケコーー!」
『メープル…オオキクナッタ』
茶色いニワトリとほとんど見た目が同じコッコだったカラアゲは白い騎士みたいな模様をもち、全体的にゴツく一回り大きくなった。
どこかホワイトソルジャーの見た目を次いでいるような…
さらに、カラアゲの進化につられて他に3羽いたオスも同様に進化。
メスも4羽も、オスとは系統こそ違うが丸みを帯びたコッコとして進化したようだ。
また別で名前をつけないと。
5センチくらいだった女王蜂のメープルは姿形はそのままにグンッと大きくなって15センチくらいになった。
こっちは残念ながら他の個体は見た目が変わってない。
「なんかめちゃ強そう…」
「大きい…」
「生き物が進化したところなんて人生で1回見るかどうかなのに…同時に2つ見るなんて奇跡どころじゃないよ」
「村に頼もしい仲間が増えたってことですね。 みんな改めてよろしく!」
『「「「 コケっ! 」」」』
『メープル…アルジ…チュウセイ』
カラアゲに続いて進化したこともあり、オスにはナンバン、タツタ、ロースト。メスにはオムレツ、ダシマキ、イリタマ、カルボナと名前をつけた。
メープルが言うには蜂たちは全にして個。 パッと見は変わっていないが、メープルの進化の恩恵は十分に受けているらしい。
ゴチンっ!
『メープル…オウチ…ハイレナイ…』
どうやら進化したことによって発生するのはメリットばかりじゃないようで…結局巣箱はメープル基準に増築する形で作り直すことになった。
そしてそして…
「「「 おやつだーー!! 」」」
待ち侘びていた3時もやってきて、僕たちは家の中へ雪崩れ込むように入る。
「取りに行ってきますね、みんなは楽しみに待っててください。」
「ワクワク♪」
「どんな味すんだろうなぁ」
「村で初めてのスイーツ…こればかりはボクも興奮を抑えられない!」
もうすでにスプーン片手に待っている兄たちに声をかけ、台所に向かう。
「プ〜リンッ♪ プ〜リンッ♪ しあわせプ〜リンッ♪」
初めてのプリンでもあり、恋焦がれた何年振りかのプリンに心が躍る…が
「プ〜リンッ♪ プ〜リンッ♪ しあわせ…」
踊っていたはずの足が思わず止まってしまう。
開きっぱなしの冷蔵庫、不自然に漂う甘い香り、そして誰かがいる気配、うっすら聞こえる声とスプーンが器に当たる音
「うめぇ…やべぇ止まらん…これがプリ…ん」
「…父さん…何してるんですか…」
ボクと目が合った父さんは顔面蒼白、冷や汗ダラダラ
父さんと目が合った僕はどんな顔をしていただろう、とりあえず分かったのは心の中に黒い火が灯ったことだけ。
「い、いやぁ…味見、っていうか毒味ってああああ…あるだろ? 領主としてのアレコレや、父親としての…」
「食べた…?」
「ちち違うんだ! これは仕事! 大事な仕事で」
「仕事…? 子供が楽しみにしていた物を…初めての幸せを奪うのが仕事…?」
「別に1個くらい食ったっていいだろ…あ…」
そう言い逃れする父さんの足元には空になったガラス容器がいくつも転がっている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「テメェ…プリン全部食ったな…!」
「クロス…? なんかすごい怖いぞ」
「………」
手近にあった鍋の蓋を掴む
「 付与! 」
[ 鍋の蓋(付与:粉砕×5) ]
それをためらいもなく投げる!
「あっぶなぃぃ!」
殺意と付与の込められた鍋の蓋は背後の壁に大きな風穴を開ける。
「ヒィィ!」
自分が今までいたいちに開いた風穴を見て、脱兎の如く逃げ出す父さん。
もちろん俺がそんなやつを逃すはずもなく
「ソルジャー…逃すな」
ウィン…ビュン! ズドォ〜ーン!
ホワイトソルジャーの銃は父さんの足元を吹き飛ばす
「うわぁあ!?」
父さんの体勢が大きく崩れる。 そこに
「 錬成! 付与! このっ!」
「ガハァ! いてぇ!」
土間と水瓶の水から錬成した泥団子を錬成し、容赦なくぶつける。
「なんだ今の!?」
「泥団子です。 愛情の結晶ですよ!」
「愛情の使い方が違うし、愛情で出していい威力じゃねぇぇ! ガハッ!」
ウィン…ピュン! ピュン! ピュン!
ドガァァアアーーーン!
「や、やめろクロス! 話せばわかる!」
「食べ物の恨み…それもプリンの恨みは万死に値します。」
「たかがおやつだろ! そこまですることは…あっ」
プチン!
「そのたかがおやつに人生かけてるんだよ俺はぁ!!」
手近に合ったフォークに付与をして投げる。
フォークは音もなくシルバスの横顔をかすめ、キズ口から血がタラり。
「お許しをぉぉ!」
「プリンの罪を…償え」
そして現在に至る・・・
「領主さま!!」
「無事か! ボウズ!」
「クロスエイド坊ちゃん! アルフレッド坊ちゃん! ソラ嬢ちゃん! キッド坊ちゃん! フローラの姐御! どこだ!」
ドォーーーーン!
最初の程ではない小規模の爆発音が聞こえたと思うと、煙の中から煤だらけのシルバスが飛び出てくる。
「くっ…!」
『「「「 領主さま! 」」」』
「近づくな!! 今すぐここから離れろ…! あいつは今…」
「領主様があんな状態になるなんて一体なにが…!?」
シルバスの視線の先の煙を風が流し、この状況の元凶の影を少しずつはっきり見えるようにする。
「みんな離れててください…これは僕と父さんの問題です。
できることなら巻き込みたくない。」
「クロスエイド坊ちゃん!?」
「ボウズ!」
ニコッ
「それで父さん、どう死ぬ?」
「う…うわぁあーー!!」
両手に持った泥団子、それは砂や土の塊だがもはやその範疇じゃない。
ドガァァン
ほぼ手榴弾である。
「おーおー…思ったよりすごいことになってる」
「すっげ、クロスがブチギレじゃんか」
「滅多に怒らないクロスが起こるとあぁなるのね」
「坊ちゃんたち無事だったか!」
「あ〜大丈夫。 父さんがクロスを怒らせただけなんで」
「アルフレッド坊ちゃん! あれは一体何が合ったんですかい!?」
アルフレッドから村人たちに説明が行われる。
「つまり…そのプリンとかいう幸せの食べ物を領主様が勝手に食っちまってクロスエイド坊ちゃんが怒った…と」
「そういうこと。」
「そりゃ領主様が悪りぃよ。 村で初モンの甘味だろ? クロスエイド様が怒るのも当然だって」
「心配して損した…帰ろうぜ」
「そうだな。 シルバスさんは頑丈だし、死にはしないだろ」
パコォォン!
「イデェ!」
「おっ いい音なったなぁ」
「はははっ ありゃ相当痛えぞ」
「痛いどころじゃないって! これ死ぬやつ! 本当に殺る時のやつ!」
「だいじょーぶ、生きとる生きとる」
「声が出とるうちは大丈夫だ。」
「ごめんなさぁぁ〜〜い!!」
バチコーーン!
「ガハッ」
高く昇っていた太陽が赤く染まり始める平和な村に響く断末魔が響く時…それはシルバスの絶望と村の未来への希望が同時に実った瞬間だった。
その夜…
「プリン…食べたかったなぁ」
「コケコッ」
『アルジ…プリン…マタツクル…』
ウィン…ポンッ
『…』
『♪』
コッコと蜂に優しい言葉をかけられ、ソルジャーに優しく頭を撫でられ、コングは卵と蜂蜜が入った瓶、大豆を鍋に入れて差し出す。
「うん、ありがとみんな…」
はぁ…
「分かったよ、明日からまた頑張ろう」
この世界に生まれ変わって、僕は前を向けるようになったようです。




