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夢中になるのは御用心 2

 イナゴ事件から早数日。

 僕は母さんに仕事部屋へ呼ばれていた。


「というわけで実食部分の錬成は早いうちに断念。 麦の種は必要量の3割、他の野菜も必要量の半分くらい種を回収できていて、各農家さんからもおそらく使えるだろうと確認は取れました。

 ただ、3割でどこまで増やせるかはプロから見ても未知数だそうで…実際にやってみないと分からない、というのが今出せる結論です。」

「充分よ、報告ありがとう」



 〜食い荒らされた作物から種だけでも取り出せないのか〜


 商品として売れる分や村でなら消費できる分を選別した後、自家消費もできないキズモノとして処分の時を待っていた野菜を見て思いついた何の気もない自由研究…だったのだが、ウチの誰か経由で母さんの耳にそれが入り、ただの自由研究が村の運命を左右する研究として扱われてしまったのだ。



「全滅から3割…か、村の財政を支える作物の中でも出荷が多い麦がやられたのは痛いけど、希望は持てなくもない絶妙なラインだね」

「そうね、私の魔法で多少は生育を補助できるけど、やり過ぎると植物本来の自力で育とうとする力が弱まってしまうかもしれなくて、その変のさじ加減が難しいのよねぇ」

「あの」

「なに?」

「今、母さんとアルフ兄は村の財政と、品種の存続を気にしていると思うんですけど…」

「えぇ、そうね。」

「もしかして、既に考えてる策があるのかい?」

「策…というには少し理想論がすぎるんですが、錬金術と付与魔法と、前世の記憶を頼りにやってみたいことがありまして」

「前世の記憶…ブラックエイドの記憶だね」

「別に隠語みたいに言い換えなくても、タイチって名前で呼んでくれていいのに」

「いやぁ…実を言うとまだ慣れてないんだ、どうしても事実が衝撃的すぎて」

「そんなにですか? まだ53万ある中の2しか見せてないんですから早く慣れて下さい」

「何その戦闘力強めな例え…」



 ちなみに、普通なら同席していないとおかしい領主、父さんがいないのは訳があり…書類の山と月末の母さんに恐れをなして逃げ出した罪で、台所で正座したまま3日という謎の刑罰に処されており…


「くっ…足がぁっ…!」

「ツンっ♪」

「がァァァアア!」

「つんっ」

「うギィィイイ!?」


 痺れた足をツンツンされて親の威厳もなく悶絶しているらしい。

 こちらとしては秘密を共有している2人と気兼ねなく話ができて助かるけど、本当になにをやっているんだか…



「それはそうとして、やりたいことって?」

「結論から言えば食べたいものがあるのでこの村で作れないものかなと、前々から考えてまして。」

「食べたい物というと食文化の話かしら

 たしかに他国の文化を取り込むことで街が発展するケースはいくつかあるし、私個人としてもブラックエイドの世界の食文化や技術に興味はあるわ」

「たしかに興味深いね。 クロス、前世ってどんなものを食べてたんだい?」


 アルフ兄の疑問に僕の何らかをせき止めていた蓋が音を立てて吹き飛ぶ。


「白ごはんと味噌汁、卵焼き、カレー、うどん、ラーメン、パスタにピザ、ハンバーガーにポテトにナゲットに…」

「く、クロス?」

「餃子にチャーハン、お寿司、牛丼、チーズインハンバーグ…」

「お…おーい」

「鍋にシチューにTKG…たこ焼きにお好み焼き…!」


「「 わ、わかったから 一旦ストップ! 」」 


「ケーキ、あんパン、シュークリーム、アイスやソフトクリーム、アメやポテチやチョコレート…」


 飢えた獣の如く目を血走らせた僕はもう止まらない。

 今まで押し殺した分の反動で食への欲が噴き出してくる。


「ダメだ、全然止まりそうにないし、甘味っぽいのに突入したけど」

「しばらく言わせてあげましょうかぁ…何年も我慢してたみたいだし、思い出すくらいはね〜…」


 あ〜〜〜〜〜〜〜!!!

「今すぐにでも食べたいのに卵も米も牛乳も砂糖もこの村にないなんてぇぇっ!

 こんな村…天空要塞都市に魔改造してくれる…!」

「「 早まるな落ち着け! 」


 キィーーン…!

『…〜〜〜〜〜〜〜…』

「っ!」


 頭の中へいつもの声が響き飛び起きる。

 俺が困った時に聞こえるあの声だ。


「どうしたの? もしかして頭が痛いの!?」

「いや、そういうのじゃなくて。 これも話してなかったけど、どうやらこの白いキューブ、困ったときに助言もくれるみたいで。」

「そ、そうなのね…」


「アルフ兄! 白いミニロボットを錬成した時に出た箱って」

「まだ持ってるよ ちょっと待って」


 アイテム袋から出された箱と大きな説明書を受け取り開くと、僕の血の気がサーっと引いていった。

 なぜなら…


「え、これ…」

「初めて見た時は衝撃だったよ。 全然見たことない言語が並んでるんだから」


 外箱には雪山を背景に躍動感のある白いロボットの絵柄と名称『LXE01 WHITEーSOLUDIER』と大文字のアルファベット表記で書いてあるだけのシンプルなデザイン。


 ただ説明書は日本語9割、アルファベット1割…要は地球の言語なので、あの場にいたアルフ兄たちにとっては何も手掛かりがないまま組み立てなければならないような鬼畜仕様。


「普通ならあきらめるでしょコレ…」

「分かりやすい絵が描いてあったのと、パーツを指し示す記号があったから分かったら簡単だったよ。」


 プラモデルは組み立て方説明書と骨組ランナーにAー3、Bー10といった具合にパーツごとのアルファベットや番号が振ってあり、説明書の絵とソレを頼りに組み立てを進めていく。


 それをちょっと見ただけで読み解いて組み立てるとは…



 でもこの箱と説明書を持って帰ってくれたおかげで少しわかった気がする。

 WHITEーSOLUDIERと書いてある一個前、『LXE01』というのはシリーズを通しての品番・型番みたいなことで、02や03以降もあるはず。


 たしかに説明書を見るに、このLXEシリーズのミニロボットは頭部、胴体、右腕、左腕、脚部(腰から下)の5つに分かれ、それらを付け替えることができるようだ。


 作物は早い話が有機物。

 ジェット噴射で移動されると周りに引火しない保証は今のところない。泥とかで噴射口が詰まる可能性も全然ある。



「ってことは腰から下だけ作るってこと?」

「いや、村の戦力と前世の食事の両方を追い求めるためには一体じゃ足りないので、いっその事まるっと一体、農業用に作ろうかと。」

「農業用ねぇ、どんな常識破りの存在になるのかしら」

「クロスのスキルはイメージにほぼ依存してるから、なるべく余計なことを考えないほうがいいかもね

 下手したら考えた機能が全部くっついちゃうから…」


 ニコッ

「無敵のホワイトソルジャー様に文句でも?」

「あっ…いや、なんでも…ない…です」

「なら遠慮なく」



 農業用ってくらいだから、鍬やナタを振るパワーは必須マストとして…

 母さんが難しいと言ってた植物の成長に関わる魔法

 収穫などの簡単な作業ならできる器用な手

 畑や田んぼの他にも足場の弱いところも進める力強い足回りも必要だから…


 ピコーンっ!

「キタキタキターーーー!」


「クロスってこんなテンション高いことあったかしら〜…」

「父さんにもおんなじこと聞かれたけど、多分スキルを抜きにしても思い浮かんだものが形になるのがたまらないんだと思う。」

「そ、そうね…別人みたい」

「自分と周りを守るために、今まで本当の自分を封じてただろうからね。」

「えぇ、とっても楽しそう」


 頭の中に見えてきた新たな機体の背中にワクワクが抑えられなくなった俺はアイテム袋から鉄や酒瓶、木材…とどんどん放り込んでいく


「母さん! 魔力を少々おねがいっ!」

「料理に塩ふるんじゃないんだから…まぁいいけど」


 文句を言いながらも手をかざし、魔力を注いでくれる。


「それじゃ、錬成開始!」


 カッシャン…カッシャン…カッシャン…カッシャン…


 カッシャン…カッシャン…カッシャン…カッシャン…

 チーンっ! ぺっ!



 キューブが厚紙製の箱を吐き出す。

 白いロボットもといホワイトソルジャーと同じ絵のタッチで、無限に広がる畑を背景に長身の鍬を槍のように構えた勇姿の下には大きく『FARMY KONG』と機体名が入っている。



「ファーミー…コング…農家のゴリラくん? なんていうか、かなり安直…」


 ネーミングセンスに些かな不満を覚えつつ、それじゃあ早速ご対面と箱を開ける。

 横から説明書を抜き取って開く兄を横目に、俺はパーツがひと繋がりになっているランナーを眺める。


「あの、クロス…また言語が違うんだけど」

「だってこの世界の文字の読み書きまだ習ってないし、組み立てるのは俺だから別にいいかなと」

「できればボクも参加したいんだけど…」

「前に1回作ったでしょ」

「そうだけどボクだってこういうのわりと好きだし!」

「はいはい、量産する時は頼みますね〜」

「それまだ先の話だよねぇ! ねぇ!」

「・・・・・」

「あ…兄のこと無視して集中モードになった」



 兄も母もいることすら忘れて数分後


 オーバーオールを模した胴体から伸びる茶色い剛腕

 どんな悪路に負けまいと裏からキャタピラが覗く大きな足

 頭部は機械的なゴリラ。その頭の上には別パーツで麦わら帽子がちょこんと乗っかっている。

 先輩機と違い、地に足をつけて活動するためだろう、少しだけ腰から下に高さがあるためちょうど3頭身。


 一体のミニロボットが僕たちの元に、この世界に誕生した。



「本当に農業専用ですって見た目ね」

「でもなんでゴリラ…? しかもちゃんと汚れても大丈夫そうな上下繋ぎの服着てるし…」

「た、多分、赤い帽子の配管工と版権的に近しいドンキーなゴリラが頭の中で混ざったのかも」

「なんだろう…それ以上掘り下げちゃいけない気がする…」




「えいっ!」 「どうだ!」

「ヒギャイッ も、もう…許してくれぇぇぇぇーーーーー!」








 翌日


「さぁて 始めますか」


 既存の畑は村のもので好き勝手使うわけにはいかないので、ベンドリック家の隣、何も手が付いておらず雑草の生い茂る場所を好きに使えばいい。と許可が降りたので早速取りかかる。


「ねぇクロス…まさかとは思うけど」

「これ全部草取りからするとか言わねーよな…」


 僕が何かをすると言うと嬉々として参加したがるこの2人もさすがにいやそうな顔をするが、そこはお構いなく。


「大丈夫ですよ この子がいるんで」


 新たな仲間を2人に紹介する。


「へぇ〜、母さんとなに話してんのか気になってたけどコイツのことを話してたんだな」

「白い子とちがってカァワイィ〜〜!」

「可愛いですかこれ…」


 まぁ、猿系の見た目で2.5頭身だしホワイトソルジャーの騎士っぽさからのギャップで可愛くも見えなくもない…か?


「よろしくねファーミーコング」


 ウィン…ウィン…


 背中から電池を装填するとホワイトソルジャー同様に目に光を灯して周りを見回す。


 周囲を確認し終わったのか僕に向き直り、空き地を指して首を傾げる。


『?』

「そうだよ これから僕たちの畑を作るんだ。

 早速たのんでもいいかな?」

『♪』


「今度の機体には感情表現機能があるのか」

「ホワイトソルジャーもコアチップは同じものを使っているので片方にそういう機能が偏ることはないはずです。

 人間と同じように擬似的な性格や個性があるんじゃないですかね」

「な、なるほど」


 足のキャタピラをうまく使って手のひらの上で回れ右をし、手首ギリギリまで下がって全速ぜんしーん!とばかりに手から飛び出す。


「うぉっ、はやっ!」

「可愛いだけじゃなくて足も速いのねぇ!」


 姉たちの声など聞く間もなく自分の仕事場所へ急行するゴリラ君。

 畑の中心…にするのであろう場所に着くとグルッと一周見回し、鍬を振り上げザクっと振り下ろす。

 数回掘ったと思うと今度は少しだけ掘った場所に鍬を棒倒しの棒のように突き立てて、そのまま再度離れるように走り出す。


「どこに行くの!?」

「草取りするんじゃねーの?」


 北向きへとある程度進んだ後ギュッと直角に曲がる


「多分、土地の区画を設定してるんだと思います。

 広すぎても畑を管理しきれなくなっちゃいますから」


 さらに進んで直角に曲がるを4回繰り返し、最初に曲がった北の直角線を曲がって中心へと戻り、突き立てた鍬を引っこ抜いて肩に担いでこっちを向く


『?』

「これくらいの広さでいいか?ってことかな」

「え〜っと、オッケー! それくらいでおねがい!」

『♪』

「正解みたいね」


 この世界の長さの単位はわからないけど、20mあるかないかくらいの正方形が開墾する広さとして適正だと判断したのだろう。

 わざわざタイヤ痕をつけて回ったのは僕に分かるようにしてくれたようだ。


『〜!』


 鍬を天高かく掲げ、魔力を練り上げている。

 本格的な作業が始まるらしい


 ヌン!

『!』


 ザクっ…と静かな音をたてて突き込んだ鍬から地面に魔力を流す。

 すると、正方形の外周と内側に光の線が浮き上がる。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…

 膨大なエネルギーが大地を鳴らし、足から振動を感じる。


「地震…?」

「うわ揺れてる!」

「どうなるの!?」


『!!』


 ゴリラ君がこっちに向きながら身振り手振りで伝えてくる。


 おっ

「3人とも下がって」


 パァッ!

 光の直線に沿って亀裂が入り、亀裂からさらに強い光が飛び散る。


「うわっ!?」

「キャっ!」

「なんだ!?」

「ワァっ!?」



 20秒ほど魔力の高まりは続き、それが治るとともに視界が徐々に開ける。


 目を開けるとそこには、文字通りの『田』を描くように縦横と外周を通路とした4面の畑が出来上がっており、その奥に小屋くらいなら楽々建ちそうな開けたスペースも確保されていた。


「うぉーーーー! 草取りが一瞬で終わったぁ!」

「なんでぇ? どうやったのおサルさん!」

『♪』


「草取りと整地を数秒で…やっぱり常識破りもいいところだよ…」

「あれくらいならまだ序の口ですよ。 そもそも何も無いところに火を創り出したり、触ることのできない風を自由に操ったり、物理の常識ではありえないことを実現させる。

 要するに魔法というものは常識をぶち壊すためにあるんですから」

「魔法のない世界を知るクロスから見れば、そういう見え方なんだね…」



 ドタバタっ!

 家の方から血相を変えた母さんと父さんが飛び出してくる


「お前たち無事か!?」 「みんな大丈夫!?」


「 なっ… なんじゃこりゃぁーーー!! 」

「あら〜、やっぱこうなるのね〜」



 説明中…しばしお待ちください




 昨日の時点で相談済みの母さんは出てきて2秒で全てを察した様子だったが、父さんは別。

 聞けば聞くほど顔が赤くなり僕を含め子供たちの顔はどんどん青ざめる。


「村の財政と自由研究のための畑…か」

「その過程で、ちょっと耕したらもう畑ができちゃいました…的な?」

「いやそうはならんだろ」

「ですよね…」

「普通、この広さなら草取りだけでも3日、整地して耕すなんて1ヶ月くらいはかかる。それをお前たちは…」

「2分で済んじゃいました。 エヘっ」

「エヘっじゃない! 少しは常識を知れバカもんが!」

 ゲンコツッ

「いったぁーい!」


「クロスが怒られてんの珍しっ」

「いつもはキッドの役目だのものね」

「ソラ姉があれこれ言ってくるせいだろ!」

「キッドもよく文句言うじゃいない!」

「はいはい、どーどー」

「「 馬じゃない! 」」



「フローラも何か言ってやれよ」

「私は別にこの程度、予想済みだからなんとも思わないわよ?

 魔法というものは時に常識をブチ壊すためにあるものらしいもの〜」

「お前もそっち側か…」

「あの」

「なんだバカ息子」

「作業の続きに入ってもいいですか?」

「コイツ…! 話を聞けぇい…!」

「適度に休憩するのよ〜」

「はーい」

「それから、家の法が崩れかねないから揺れる作業は最小限にして頂戴ね〜」

「お、おーい フローラ?」

「あら〜 あなたが月末の私と仕事から逃げてなければ『シロちゃん』と協力することができて、元々の損失は少なく済んだと思うのだけど〜?」

「うっ、あの、その…」

「それとも、この畑以外に村の損失を取り戻せる策があなたにはあるのかしら〜?」

「いやぁ、それは、なんというか…」

「息子の常識にケチつける暇があるなら仕事しましょうね〜」


 ガシっ 

「あ、あの おたすけ…あぁ」

 ズルズルズル…


 青筋の拳を静かに制し、口ごもる父を引きずるように家へと撤収していく母を見送る…






「それじゃ気をとりなしまして作業に戻りましょう!」

「怒られたのに全然心折れてねぇ」

「どこにクロスを突き動かすなにかがあるのかしら…

 ちょっと怖くもあるかも」

「ソラ姉、キッド兄、ここからはマンパワーも必要になります、手伝ってくれますか?」

「お、おう!」

「もちろん!」

「アルフ兄」

「分かったよ…それで何をすればいいの?」




 畑をコング、ソラ姉、キッド兄に任せ、僕たちは村の木こりであるボッカさんのところを訪れていた。



「こんにちはー」

「おぉ 来たか」

「こんにちは ボッカさん」

「ん? アルフ坊か デッカくなったな

 一瞬誰か考えたぞ」

「ご無沙汰してます。」

「ったく、たまには顔見せに来いよ。 よっこらせっ」


 話しながら枝を落とした丸太をヒョイっと肩に担いでしまう。


「すご…」

「来い、頼まれてた木はいくつか見繕ってある。 こっちだ」

「やった!」

「いつの間に連絡を取ったんだい?」

「昨日のうちにホワイトソルジャーに手紙を届けてもらったんですよ。

 なにごとも報連相ってやつです」

「無敵のホワイトソルジャーが伝書鳩にされてる…」


「小屋と井戸をって話だったが、なんか細工はすんのか」

「小屋はアイテム袋みたいに中の空間を広げたいですね。

 井戸自体は普通なんですけど、滑車じゃなくてポンプを設置したいので板材で余ってるのがあったら欲しいです」

「なら小屋を優先した方がいいな。 これなんかどうだ?

 魔力の流れは1番いいから付与にもってこいだ。」

「どれどれ…」


 紹介された木の肌に触れてみる。

 僕は魔法使いではないけれど、スキルのおかげか師匠たちの教えのおかげか、素材の良し悪しや魔力の流れを触れることで感じ取ることはできる。


 サラサラと流れる冷たい小川でありながら、命を育む温かい感じ…


「この木がいいです」

「お気に召したようで嬉しいぜ。 次はこっちだ」


 2本、3本…と順調に小屋に使う木を選んでいく。


「こんだけあれば充分か」

「ですね」

「そんじゃ斬るか 危ねぇから離れてろよ」

「あ、待ってください。 実は試したいことがあるんですけど、やってみていいですか?」

「かまわねぇが、どうするんだ?」



 高くそびえ立つ木に右手を触れ、あのゲームのイメージを強く持つ。


「錬成」


 いびつな楕円の木肌に格子状の線が入り、まるで木だけ世界線が変わったかのようにカクカクとしたシルエットに変化していく。


 手を伸ばし、変化した木の一部を手に取ると木製の立方体がジェンガのピースのように抜き取れた。

 立方体の角材は縦3つ×横3つで縦にずーーーっと積み上がっているのだ。


「思ったとおり成功です!」


 もう1個、木の立方体の角材…木のキューブを抜き取る。

 パッと見はジェンガのように崩れそうなものだけれど、どうやら水で言うところの表面張力みたいな力で互いを惹きつけあっているのか、崩れる気配はない。


「な…何がどうなってるんだこりゃぁ!

 どうして枝も落としてない生木が丸ごとカックカクに変化しやがる!?」

「僕の錬金術の特徴を使った裏技です。

 そしてこうすれば、錬成」


 木のキューブ2つを重ね合わせ、もう一度詠唱する。

 すると、一度バラバラになった事実が嘘かのようにピッタリくっつく。


「運搬も加工もしやすくなるわけです。」

「なるほどなぁ、バラせば運びやすくなって、向こうで並べてくっ付ければ子供だけでも家が建てれるかもって考え方だな」

「その通りです! あ、でもこういうのって林業を生業にしている方からすれば失礼にあたったり…」

「いや、この村にいる奴らなら坊のやり方に嫌悪感を示すことはないだろう。

 だが本職の人間として守ってほしい点はあるな」

「守ってほしい点?」

「1つ。たとえ小屋でも建物は建物だ。 高い場所での作業には十分に気をつけろ」

「はい。 高所作業はミニロボット達に担ってもらって僕たちが高いところに上がる必要がないようにします」

「そ、そうか それなら安心。

 もう1つ、何かするときは自分達だけでやろうとせずにちゃんと大人を頼れよ。

 と言っても、白スケ様に手紙を届けさせる時点で分かりきった話だがな」

「えぇ。 根回しは社会の基本と母さんに習いましたので」

「英才教育がしっかりしてることで。

 ってなわけだ、油断してっと置いてかれんぞ長男」

「しょ、精進します…」



 ボッカさんのところにアルフ兄を残し、アイテム袋に木のキューブを詰めててもらい、白スケ様ことホワイトソルジャーに空輸してもらう。

 その間に僕は畑へと戻る。




「小さい村と言っても、歩くとちゃんと遠い…なにか移動手段が必要かも」

「おかえりクロス! ちょうどこっちの畑は種植え終わったわよ」

「え? もう済んだんですか」

「つってもほとんどアイツがやったんだけどな」

「別にいいじゃない、みんなで植えたようなものよ」


 キッド兄の指す方角を見る。


 畑の奥、小屋を建てる予定の場所の傍に土魔法でこさえたのであろう支柱4本とツタのロープ。

 それが囲む中から一定のリズムで土が放り出されていくつかの山が出来上がっている。


「お〜いコング〜って…ワォ」

『!』


 バリケードの中にいるであろうコングに声をかけようと覗くと直径にして60センチほどの穴が口を開けており、底が見えず、その先が真っ暗な闇と化していた。


 穴の奥深くから何やら聞こえてきたかと思うと、勢いよく土の塊が斜めに飛び出してきた。


「コング!?」

『♪』

「どうしたの、井戸掘ってとは指示出してないよ」

『?』

「いや、いずれ掘るつもりではあったけどさ」

『♪』

「うん、ありがとう。 あ、小屋のための穴も掘ってある」


 戦闘用ではないためか、農民に必要なスキルがほぼほぼ網羅しているシゴできゴリラさんは、4面の畑に種植えをさっさと済まし、僕が戻ってくるまでの時間で井戸掘りと小屋の基礎工事を始めてくれていたようだ。


『♫』

「ん? どうした?」


 今出てきた穴を指し、テンション高めにエッホ♪ウッホ♪と喜びのダンスを披露する。


「ま、まさか!」


 コングを持ち上げ、泥人形のように土で汚れたコングの手や脚部に触れ、確信する。


「っ! 濡れてる」

「ぬれてるってお漏らしか?」

「そんなわけないでしょ! 地下水がでてきたのよ!」

「わかってるって、ジョークだよジョーク!」

「アンタねぇ!」


 キィーーーーーーーーン!

 白い運び手の飛行音が近づいてくる。 木材確保チームからの最初の便だ。


 上からは家の資材、したからは穴と水の気。


「どうやら、忙しくなりそうですね」


 並の子供なら農作業も小屋を建てる作業も嫌でしょうがないだろう。

 でも、僕たちにとっては違う。 むしろ夢の秘密基地を作っているワクワクに満ちている。


 僕たちは美味なる食と、まだ見ぬワクワクのためにレンガを錬成しては井戸を囲い、木のキューブを並べては繋げる。


 1段、また1段と直方体レンガ立方体キューブが積み上がっていき、ついにはログハウス調の小屋と、四角く囲われた井戸が完成したのであった。


「「「 できたぁー! 」」」


 気づいたら真っ赤な夕日が地面を染めていた。


「ちょっと見ない間にずいぶん開拓が進んじゃったみたいだね」

「あ、おかえりなさいアルフ兄」

「おつかれー」

「やっぱり、今日のうちに必要最低限のものは完成しちゃったね。後で父さんになんて言われるやら」

「た、たしかに…」

「その時はシロちゃんとおサルさんの出番よ。

 3年は夢に出るくらいコテンパンにしちゃえばいいわ!」


 ソラ姉はホワイトソルジャーの銃撃ポーズや鍬を振り回す真似をする。


 へへへっ

 アルフ兄も土まみれだな」

「こっちはこっちで大変だったんだよ

 キューブにした木が強風で崩れたり、上の方のキューブが落ちてきたりね」

「無事でよかったです」

「ホントだよ」

「さすがにヘトヘトね」

「あーつかれたぁ〜」

『♪』

『…』フっ








 翌日


 ウ〜〜…ウッホ! ウ〜〜…ウッホ!


「大きくなーれっ 大きくなーれっ」


 畑には鍬を天に掲げて儀式のようなことをするファーミーコングと、付き合いながら水をやる長女の姿があった。


「おはよう、ソラ」

「おはようパパ、今からお稽古?」

「あぁ。 ようやく左右のバランスが戻ってきたし月弧以外の技も取り戻さないとな」

「クロスのおかげね」

「そうだな。 我が息子ながら大したものだよ」


 その目線の先に広がる畑と、いつの間にやら出来上がっているログハウスや井戸を見て、昨日常識について叱った事をバツが悪く思い、苦い笑みを浮かべつつこ頭を掻く。


「ところでアイツはなにやってんだ?」

「ほーじょーの舞いだって」

「ホージョー? あぁ豊穣か。 ならオレもお邪魔するかな」

『?』

「隣いいか?」

『♫』


 ウ〜〜…ウッホ! ウ〜〜…ウッホ!


「フンっ! フン!」


 鍬と木刀、農家と戦士と違いこそあれ2つの存在が肩を並べて得物を振るう2つの背中を見て、安心した顔で水やりを続けた。


 そうしていると…

 ピョコッ

 なんの前触れもなく大地から覗く2枚の若葉


「あっ! パパ見て!」

「ん?」

「ここ! 芽が出たの!」

「嘘だろ!?」


 素振りを始めたばかりのシルバスも思わず木刀を下ろし、娘の元へ駆け寄る。


 通常、植物の発芽には短くても3日、種類にもよるが1週間かかることもある。

 村の作物で種を植えて翌日に芽が出るなんてことはありえない。


 ピョコっ ピョコピョコピョコ!

 次から次へと芽吹き広がる若い命。 それらは決して見間違いなどではなく、ファーミーコングの力と1人の子供のスキルが可能にした現実だった。


「夢じゃ…ないよな」

木剣それかして」

「ん。」

「えいっ どう?」

「夢じゃなかった。 気づかせてくれてありがとな」



 2日後…


「…実ったな」

「…実ったわね」

「…実ったね」

「…実がなっちゃった」

「…実っちまった」


 金色に光を放って見える畑を眺め横に並んだ家族全員が呆気に取られていた。



 1人を除いて。


「麦が3日で穫れるなら、薬草を植えたらその日のうちに穫れるかな?

 あ、でも野菜の種を植えて観察しないことには畑としての向き不向きがあるかもしれないし…」


『「 ちょっとはおどろけ! 」』



 この後…なぜだか家族全員からお説教を食らった



「こっちが村の人たちが育てた麦で、こっちが僕の畑でとれた麦です」

「「「 ふむふむ 」」」


 気を取り直して、兄姉の前に比較対象となる麦の実を並べる。


「クロスの畑で取れた方が1粒が大きいわ」

「それに全体的に数が多いね」

「なぁ〜早く食べようぜ!」

「まだダメだよ。 ここから乾燥させて脱穀して粉にひくことでようやく調理前の状態になるんだ」

「ちぇっ…こんなにたくさんあるのにおあずけかよ」

「すぐ食べれるようになるわよ ねっ」

「えぇ。 そのための錬金術ですから」


「おぉ〜! これが!」

「すげぇ! まだ3日しかたってないのに」

「穂の色も垂れ下がりもいい、というか最高級だ…どんな手品だよ」


 畑の入り口に村の人たちが集まっている。

 どうやら畑のことがすでに広まっているらしい。


「こんにちは」

「これはこれはクロスエイド様! この畑いっぱいの麦…というか畑はいつの間に作られたんですか!」

「錬金術の実験と被害を受けた畑の立て直しをするためにこないだ作ったんですが…ご覧の通りとんでもないことになっちゃって…」

「麦って何ヶ月もかかるよな…坊ちゃん、ちょっと中に入れてもらえんですか?」

「もちろんです。 むしろ教わりたいことがありまして」


 村の人たちを畑に招き、麦と土などの状態を見てもらう。

 畑をどうやって開墾したのか、どのような特別な工夫をしたのか…質問責めにあったのだが、僕がしたことというと小屋の建設だけなので答えられるはずもなく…


 気休め程度にミニロボットたちの話をしたのだが…


「おぉ〜! こちらが守護神様と豊穣の神様ですか! ありがたや ありがたやぁ…」

『「 ははぁ〜っ 」』

「いや、ちょっ! 困りますって〜!」


 神様や精霊様だと言って拝みたおしてしまう始末。


「この方々を坊ちゃんがお造りに…」

「精霊の類とはまた別物なんですな…」


 伝わってよかった…


「ところでこの麦、皆さんから見てどうでしょうか」

「そうだな…麦自体の出来はとてもいいんだが、畑がちょっと…な」

「植物に栄養と水分をとられすぎて土が枯れちまってる。

 これじゃあ次を植えても枯れちまうだろうな」

「ではどうすれば」

「土を作り直すんだ。 成長に邪魔な石や残った根っこはみ〜んな取り除いて、何日か日によく当てて、肥やしをよく混ぜるといい」

「あ、結構かんたんですね」

「簡単って…結構な重労働だぞ」

「でも作業はコングに頼むんでだいぶ楽ですよ。

 ここの土木工事は全部できますし。」

「仕事量と物量のバランスがおかしいって…」

「あきらめろ、坊ちゃんの農業はオレらの2個も3個も上の次元だ」

「そうだな」



「それじゃ、オレ達はこの辺で」

「はい、ありがとうございました」


 立ち話もほどほどに村の人たちと別れ、僕たちはコングの手伝いで麦を刈っていった。


 どっさり!

「いや〜 大漁ですね」

『♫』

「こんなにあったら村の全部に配れるんじゃね?」

「どうだろうね、少なくとも乾燥させて脱穀するからすぐには配れないかな」

「それってクロスの得意分野でしょ? ここでできるんじゃない?」

「ですね。 ここのところミニロボットに仕事を投げっぱなしですし、たまには僕も仕事しましょう」



 こういう時、兄弟が4人いると行動が早い。

 家の中やご近所からバケツや桶などを借りてきて、完成したばかりの小屋に運び込んで準備完了。 

 そして…


「錬成」


 殻の外れた麦は桶の中で山を成し、頃合いを見計らってはホイっ次、ホイっ次、と兄達によってバケツリレーが行われる。

 しかし、ひとつ…またひとつ…と入れ物は満タンになり…


「まいったな…」


 入れ物が尽きた。

 後から聞いて知るのだが10m×10mの畑から300kg近い麦がとれる。それがおおよそ20m四方だから単純計算で4倍。

 さらに粒も数も普通のソレとは訳が違うため、その辺から借りて来ただけのバケツや桶では足りるはずがなかったのだ。



「どうする?」

「本当ならまだ続きをしたいところだけど、もう借りるにも限界はあるし…」

「いや、作っちゃいましょう。 余ってる藁を編んで袋か俵にするとか」

「作るってお前、編み物なんかやったことあったか?」

「ないです。 でもなんとかなる気がします。」


 もちろん、編み物なんてやったこともなければ作り方なんて1ミリも知らない。

 こういう時って俵を作るべきか、袋を作るべきか…こんな時は、おなしゃす!キューブ先生!


 キーーン!

『…〜〜〜…』

「ほうほうなるほど」


 1時間後


 [ 麦わらのアイテム袋 (内容量×6) ]


「編み物なんて初めてですけど、意外となんとかなりますね」

「おいおい 本当に作っちまったし、全部入っちゃったじゃねーかよ」

「さっすがクロスね! 藁でアイテム袋を作っちゃうなんて誰も思いつかないわ!」

「これなら全部入るかもね。 それじゃあ作業を再開しようか」

「「「 オー! 」」」



 朝から作業を始め、昼ごはんを挟んでさらに2時間。


 麦わらでできた袋が4つ。左から藁、種用の実、食用の実、脱穀後のモミ殻やゴミ、と木の板に書いて藁紐でくくってある。

 小屋に入りきってすらなかった大量の麦は4つの麦わら袋に収まったのであった。


「正直2日くらいの作業を覚悟してたけど」

「なんとかなっちゃうのよね〜」

「クロスとロボットにとっては、そこいらのジョーシキはあってないようなモンだしな」

「ひどいですよキッド兄。 できないという常識なんて」

「「「 ぶち破るためにある 」」」


 僕の答えを聞く前に3人から揃って返ってくる。

 なんとなく照れくさいような、やりにくいような笑いが溢れてしまう。


「今日のおやつはこの麦を使ったパンにしましょう。 きっと美味しいですよ」

「やった! その言葉を待ってたぜ!」

「とっても楽しみ!」

「クロスがつくるパンかぁ どんなのができるんだろ」

「どうせなら夕飯にも麦を使って麺料理にしちゃいましょうか」

「よっしゃ! 今夜は麦パーティだぜぇ!」



 美味しいものを食べたい僕の目標と、この村の危機を救える希望が手に届くところにある。

 その喜びを家族で分かち合いながら、次なる目標へと小さな1歩を踏み出すのであった。



 一方 子供達の喜びとは対照的に、シルバスとフローラの表情は暗かった。


「やっぱり近隣の農村でも被害はデカいか」

「えぇ、今年は歴史的な不作だそうよ。 街では野菜や果物の値段が3倍、麦が5倍近くになってるわ」

「5倍!? それって盗賊じゃなく街の住民とかが攻め込んでくる事もあり得るんじゃあ!」

「無いとはいえないわね。 この村は良くも悪くも被害は少なく済んでるし、魔物化したイナゴに受けた被害もじきに取り戻せる状況にある。

 イナゴに荒らされたのはこの村だけのようだけれど、それがあってもなくても獣や魔物の動きが活発だったのは影響として大きいでしょうね」

「どうしたもんかなぁ…」


 頭を抱える父シルバスと、声には出せないが焦りの表情を見せる母フローラ


 机の上に広げられた何通もの助けを求める便箋と、脳裏に浮かぶ子供達…特に1番の功労者である末の子の顔が2人を苦しめるのであった


(絶対怒るよなぁ…クロス)

(血が流れる結果は避けれないわね…)

(まぁ、多分許してくれるか)

(この村で金銭的な取引は成立しないだろうし…シルバスを生贄サンドバッグに差し出せば許してくれないかしら…)




 フローラ以外の誰も気づかぬまま、クロスエイド・ベンドリックが生まれ育つこの村、サジッタ村の希望と絶望への時計の針がゆっくりと、だが確実に進んでいた。

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