白とクロの計算式
「んん…ん…?」
いつもの天井、姉と共有している長い枕とシナシナペラペラのブランケット。
上がりきった太陽の光が差し込む我が家の寝室。
鳥のさえずりとちょっとだけ聞こえてくる誰かの声。
朝か…起きないと。 歯を磨いて顔を洗って、カイデンさん達の朝ごはんを作って… あれ? 今日って朝食いる日だっけ…?
っていうか今日ってなんの日だっけ?
確か昨日は…
少しずつ意識と記憶を呼び出す。
昨日は家族で街へお出かけしてて、僕の錬金術用アイテムを探して、魔物に街を囲まれて、兄弟総出で回復薬をひたすら作り、何かの拍子に魔力を使い切り気を失い、そして今に至る…と。
あれって夢だったり…と、思ったのも一瞬。
枕元に置かれていた白い立方体が現実だと教えてくれる。
あの後…どうなったのかな
回復薬を作っている最中に何かが起きて、紙でできた箱ができたのまではなんとなく覚えてるんだけれど・・・
ダメだ、どうしてもその辺がボンヤリしてる。
どれだけ考えてもどうにも思い出せない…
とにもかくにも喉が渇いた。
オシッコもしたい。
そして腹の虫がグゥゥ〜〜〜〜〜〜っ!
ふぁ〜〜〜〜〜っ 起きよ。
ギシィ…と不安になる音をよそにベッドから降り、トイレへ向かう。
「クロス!」
トイレから出たところで素振りをしていたのか木刀を持った父さんが僕に気付き、近づいてくる。
「おう、起きてたんだな」
「おはようございます。」
「調子はどうだ? 魔力切れになるのって初めてだろ」
ん〜〜〜…
「言われてみれば少しだるい気もしますが…まぁ、平気ですね」
「しんどいならあまり無理するなよ」
「はい。 それはそうと…みんなは?」
「アルフ達なら山菜を取りに行った、フローラなら村の会合だ。
もうじきに戻ってくる頃だろ」
「そうですか」
よかった みんな無事なんだ
「父さん…あの後って、どうなったんですか」
「あの街のことか」
僕が頷いたのを見て、ふぅっ…と一息吐いた後に、戦いの顔と父の微笑みが混ざった表情に。
「多少の被害はあったが、あの魔物の数から考えれば少なく済んださ。
お前たちの頑張りのおかげでな」
「よかった…」
報告を聴き、胸を撫で下ろす。
ただ、父さんは嘘をつけるタイプではない。
もちろん僕を気遣ってかなりオブラートに包んだ伝え方をしてくれているが、表情と言葉を聞くに、いくつかの犠牲もあったということだ。
「そんな暗い顔をするな。 お前の回復薬がなかったらもっと大勢の人が死んでいた。
エレン…あ〜、騎士団の団長も言ってたが、あの規模を思えば被害が少なすぎるくらいだ。
それでも悔やむ気持ちがあるなら、いつかそいつらの分も誰かを助けられるように努力するんだ。」
そう言って僕の頭を優しく撫でる。
父の手の温かさが少しだけ僕の心を溶かしてくれた。
この世界では命というのは日本とは比べ物にならないほど儚い。
魔物や戦さで戦って命を落とすことも、寒さや食糧不足、病気や過労。
この村も決して例外ではなく、毎年何十人も亡くなる。
ただし、人が亡くなることは悲しいことより次に繋げるためのものという考えが生きていくために必要なのだと、父さんは常日頃教えてくれる。
「ク〜〜〜ロ〜〜〜〜〜ス〜〜〜〜〜〜〜!!」
どこか遠くから聴き慣れた『頭にお花が咲いている』ような猫撫でボイスが迫ってくる。
その声の主は僕が振り向くよりも早く、僕を腕の中に収めてしまう。
「むふぁっ!?」
「よがっだぁ〜〜〜! もう目覚めないがど思っだわ〜〜〜!!」
「し、心配かけてごめんなさい 母さん」
「ほんとうにあなたって子は〜〜っ 子供なのになんで無茶するの〜〜!」
アニメでしか見ないようなグジュグジュの泣き顔で僕の顔を見ては抱きしめるを繰り返す母さん。
前世の性格のままならただただ鬱陶しいだけだろうけど、今は少し違う。
「母さんも、無事でよかったです。 ついでに父さんも」
「オレはついでかよ!?」
あぁ、この感じ。 ようやく帰って来れた気がした
「いろいろ聞きたい事もあると思うけれど、お腹空いたでしょう?
そろそろパンが焼きあがる頃よ〜」
「やった! ちょうどお腹が空いてたんですよ」
「4日も寝込んでたんだもの〜 お腹の1つや2つ減るわよ〜〜」
「よっかぁ!? 僕っ、4日も寝ていたんですか!?」
「冗談よ〜 本当は丸1日くらいね〜」
「なんだ…ビビらせないでくださいよ…」
そんなこんなありつつ、時間的にはおやつらしい大きなパンを頬張る。
幸せだぁ…
「ねぇ、クロス ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、いいかしら?」
モグモグ…
「ふぁい? なんうぇす?」
「これのことなんだけれど」
母さんが机に置いたのは黒焦げの金属の塊と…乾電池?
あっこの形、気を失う前に見たプラモデルの外箱に描いてあったやつだ。
なんで焦げてるのかすごく気になるけれど…
欠けていた記憶のピースが脳内でカチッと揃う。
そうか…気を失う前に…
「この人形が…その…無数の魔物を倒したのよ。 それも空を飛んで。」
「・・・・・・・・・へ?」
母さんの言っていることの意味が分からず、変な声が出る。
魔物を倒した?
空を飛んだ?
ナニヲイッテルノ?
「変なキノコでも食べました?」
「食べてないわよっ!」
「なら徹夜してテンションがおかしくなって…」
「おかげさまでグッスリ寝れたわよ!」
「そんな訳ないですよ こんな小さなボディのどこにそんなパワーが…」
「クロスエイド」
「はいスミマセン」
ここで母さんの表情を見てようやく理解する。
あ、これ 知らないうちにやっちゃったやつだ…と
「私もゴーレムは見たことあるけれど、ここまで小さくてあんな機動力をもつ個体は見たことはないわ」
ごー…れむ? あ〜、ゲームに敵キャラで出てくるゴーレムね
この世界にはファンタジーな生物もいるのか…いまさらだけど
キィーーン…
『 …〜〜〜… 』
「!?」
頭の中に声が響いてくる。 確か、あの時も聞こえたような…
キィーーン…
『 …〜〜〜… 』
え? ロボットを?
白い立方体を取り出す
「あら、その四角いのは?」
「僕もよく分かってないんですけど、錬金術の『型』みたいなんです。」
「錬金術のためのアイテムってこと? 見つけられたのね」
「父さんとアルフ兄が僕のわがままに付き合ってくれました。」
キューブに僕の魔力を込める。
僕の手のひらから浮かび上がり、上に向いた一面だけが光を放つ。『投入物をここに置いてください』の光だ。
その光に従って黒焦げのロボットと電池を置くと、いくつかのパーツに分離して光の中に吸い込まれる。
「錬成開始」
カシャカシャカシャカシャ…チーンっ!
元々パーツの形自体は出来ているからか、初めて作った時とは見違えるほど速く絵柄が回るキューブ
ぺっ!
3×3の面が開き、完成品が吐き出されるが
「ちょちょちょちょ!」
「あららららら〜」
パーツのまま飛び出てきたせいでバラバラバラバラ…!といくつかのパーツが机から落ちてしまう。
母さんに手伝ってもらい机と床に落ちたパーツをかき集める。
幸いにも行方不明のパーツはないようだったので組み立てを開始。
パチ…カチャッ
説明書がないけれど組み立て手順は手にとるように理解できる。
これも起用スキルの効果かな…それとも作成者権限的な?
「できた…」
時間にして5分。なんということでしょう!
黒焦げだった金属の塊が、白を基調として赤、青、金色の塗装が入った2.5頭身のロボットの姿に生まれ変わったではありませんか!
その姿は子供の両手に乗るサイズというコミカルさと、対象を守り抜くという決意と近未来のロマンを共存させ、文字通り今にも動き出しそうな佇まいに仕上がっています!
『…〜〜』
頭に響く声に促されるまま、背中のパーツを開いて電池を装填して机の上にそっと置く。
ウィン…ウィン
目に黄色く光が灯り、静かなモーター音と共に目覚める。
頭を動かし、周囲を見回したかと思うと僕の前まで歩き、立ち止まって僕側に向いて仁王立ち。
「ってことは…ガチ?」
「えぇ。ガチよ」
「本当に魔物を倒したんですか?」
「倒してたわ」
「空も飛んで?」
「飛んでたわ」
「マジかぁ…」
「マジなのよ」
夢物語だと思っていたことがいざ目の前で起きると人間は思考回路が停止する。
それが半分無意識の自分が関わっており、明らかにサイズに見合っていない成果を挙げたとなれば『信じられない』より『信じたくない』が勝ってしまう。
ふーん
「クロスの反応を見るかぎり意図して作ったものではないようね〜」
「そ、そうですね…」
本当は心当たりがないでもない。
もしこの白いキューブがなんでも作れる魔法のアイテムだとして、あのとき必殺ビームとか勇者の聖剣とか、ミサイルだの鎧だのを想像したのがぜんぶ混ざったのなら、このロボットという結論に辿り着いても不思議じゃない。
原理はとても不思議だけれど…考えても分かるものじゃない。
でも今はもう余計なことは言わないでおこう。
カサカサッ
ビクっ!
「っ!」
「どうしたました?」
「今、何か音が聞こえたような気が…」
「いや、特に何も聞こえなかったですけど。」
カサカサっ
「あ…」
「聞こえたでしょ?」
「はい…多分この音って」
音が聞こえた気がする方を恐る恐るみる。
すると台所の壁を横切る黒光りする楕円のシルエット。 奴だ。 Gだ。
「「 出たぁーーー!! 」」
僕はもちろん母さんだって奴の存在は怖い。
人間の遺伝子には奴に対する恐怖が刻まれているのかもしれないと結論づけるほどに、奴の存在はベンドリック家にとっても脅威だ。
「いやっ ちょっとクロスなんとかして頂戴!」
「無理ですよ! 僕が対峙できる訳ないじゃないですか!」
普段言い争いをすることはない母さんと僕もこの時ばかりは逃げ道を取り合う。
「ちょっ! なんでもいいから早く! こっちに来ちゃうじゃない!」
「あぁもうどうしたらっ そっそうだ ロボットおねがい! あいつを撃ち抜け!」
ウィィン ス…
僕の言葉に反応したロボットは顔色ひとつ変えることなく銃を構え、ピュン!と一発。
「…」
「…」
焦げた匂いと沈黙が台所を流れる。
その間にお構いなくと銃口を下ろし、置物のように仁王立ちに戻るロボットのモーター音だけが部屋に響く。
「と、とりあえず…この子には我が家を引き続き守ってもらおうかしら…」
「ですね…」
そんな気まずい母子の間を引き裂く勢いで足音が。
「「クロス!」」
バタバタとその手に摘まれた山菜を投げ捨てる勢いで雪崩れ込んでくるソラ姉とキッド兄、その後にゆっくり入ってくるアルフ兄
「あ、3人ともおかえりなさい」
「ただいま、って言ってる場合じゃないわよ! 普通な顔してるけど具合大丈夫なの!?」
「あ、はい 昨日魔力を使いすぎたせいか少しだけ体がだるいですけどそれ以外は元気です。」
「ほんとう? 我慢してない?」
「まだ寝てた方がいいんじゃねーの?」
「いやぁ 食欲のほうが勝っちゃいまして」
「そか ならいっぱい食ってもっかい寝ろっ あっ、オレの分、半分やるよ」
「抜け駆けは禁止よ! わたしのもあげるからね」
「あ、はい…ありがとうございます」
スッ…
2人と話している横からボクの額に手が伸びてくる。
「どれどれ…熱はないようだね。 クロス、指は何本立ってる?」
「さ、3本です。」
「視界に異常はなし。 あとは…」
「「ちょっとアルフ兄! まだはなし中!」」
「はいはい ごめんごめん。」
「あーなーたーたち? 手は洗ってきたのかしら?」
「うわっ いっけね!」 「洗ってくる!」
帰ってきたときの勢いそのままに井戸に走っていくソラ姉とキッド兄。
それを見届ける母さんと僕、そして…
「手を洗いに行かないんですか、アルフ兄」
「ボクは先に洗ってきてるからね」
しれっと残っている兄に気付かないほど僕の頭脳は幼稚じゃない。
「…もう大体のことは気づいているんですよね」
「あぁ、薄々はね」
無論、家族としては十分に信頼しているし、素直に尊敬している。
だがそれはクロスエイドとしての話。
彼が僕のことを観察しているように、前世の俺としての部分が彼のことを警戒してしまうのだ…
「アルフ兄は…」
「ん?」
「アルフ兄は、僕のことが怖くないんですか」
「そりゃあ全く不安がないとは言えないけど、そこまで心配してないさ。
だって記憶のことをごまかす時のクロスの目には悪意がないからね」
そんな根拠…信じる価値ないのに
「俺はアルフ兄の思っているような善人じゃないよ…」
フッ…
「ようやく聞けた。 クロスの本音」
「あっ」
「もういいんだよ。 いずれボクから聞くつもりではあったし」
「…ならいっか」
今まで張り続けたナニかが解け、少しだけ肩の荷を下ろす。
「ちなみに言うけど、中身はアルフ兄の4つ上だよ」
げっ…
「なんか今までごめん…」
「別にそこは気にしてないよ。 ほっといても4年過ぎたら帳尻合うし…家族のことは大好きだし…」
「ん〜? 聞こえなかったなぁ〜?」
「明日の朝ごはん用に下剤の錬成でも試そっと。
「ごめんって!」
「近くにトリカブトとか生えてたかなぁ」
「それ死ぬやつだよねぇ!?」
改めての自己紹介の代わりに兄弟漫才を繰り広げる。
「幻滅した?」
「いいや全然 むしろホッとしたかな。
実は悪魔か悪霊にでも半分乗っ取られてるんじゃないかって仮説を立ててたことがあるくらいだから、それと比べたら人間なだけ良かった方だよ。」
「悪魔と悪霊…か、あながち間違ってないかもね」
「それはどういう…」
「俺の世界では」
俺は前世の記憶をかいつまんで話した。
治りもしない病に継ぎ接ぎのような治療でやりたかったことは何ひとつできなかったこと。
友達と『勝手に名乗る』人たちはいたが、所詮は形だけの存在で結局は『ひとりぼっち』だったこと
周りの全てを恨んで妬んで、でも何かを企てる力も度胸もない。
誰かの幸せを蔑むことしかできないただのクソ野郎だということも。
「だからクロスエイドとしての自分は、前世の俺を押し隠すための…母さん?」
ちなみに、このやりとりを間近で見せられている母親はというと…
チ〜〜〜ンッ…
「・・・・」
あはは…
「母さんには刺激が強かったみたいだね」
「そうかも…」
なぜこの場に母さんがいるまま話をしたかというと、薄々違和感こそ持ってはいるだろうけど、肝心なところで親バカを発揮する母さんにも真実を把握しておいてもらうためだったのだけど…ちょっといきなり過ぎたかな。
「だからキッドは雑すぎるのよ」
「そう言うソラ姉こそ時々雑だろうがよっ」
「「「 っ‼︎ 」」」
いつもの真ん中姉兄の言い合いが聞こえ、会話を止める。
コホンッ コホンッ
「この話はまた後にしましょっか ズルフ兄」
「そうだね “ブラックエイド“」
「なんの話?」
「大した話じゃないですよ。 ボクが魔力切れで倒れてからのことを聞いてただけなので。」
「なぁ〜んだ、2人でおもしれー話でもしてんのかと思ったぜ」
まだソラ姉とキッド兄に話せなかったけれど、何も知らない2人に話すにまだ少し早い。
いずれ話すことになるかもしれないけれど、今でなくてもいい。
きっと受け入れてくれる。
あれ? 誰か忘れている気が…まぁいいか
ヘックション!
「ん? 誰か噂でもしてんのかな?」
後日
ウィン…ウィン…
「ほぇ〜〜〜っ こんなに小さいのが魔物をなぁ」
「どういう原理で動いとるんだ まったく見当もつかん」
「やっぱり2人にも分からないですか」
「武器・防具・刃物なら知らないことはないつもりだがな、鍛治士1本でやってきたオレたちにとっちゃ、この手のカラクリは専門外だ。 さっぱり分からん」
「それに小さすぎて魔法陣を刻むのが不可能だろ。
その白くて四角いのもどんな構造したらこんなの作れるんだ…?」
ロボットと白いキューブを交互に見て頭から煙を上げる師匠たち。
鋳物と錬金術という関連性を見出してくれた彼らなら何か分かるかもと聞いたはいいものの、長い時間かけて出たのは常識的に考えて製造できるはずがないという事実だけ。
「ま、待てよ…?」
「どうしたカイデン」
「ボウズ、コイツの動力源をもっかい見せてくれ」
「電池ですか? いいですけど」
言われるがままロボットから電池を取り外して渡すと、カイデンさんは電池を上から下から見つめて、数秒後にカッと目を見開いてガタガタと震え出す。
「ウソだろ…?」
「ど、どうしたよカイデン」
「間違いねぇ…こいつは魔晶石だ!」
「嘘だろ! 魔晶石ってあの魔晶石か!?」
「あの…話の流れからして、なんかすごい素材ですよね…」
魔晶石というのは早い話が魔力の超絶高密度の結晶体で、魔力の特別濃い場所で長年かけて形成されるらしい。
鍾乳石とかダイヤモンドみたいなことなのかな?
通常、電池のような電源的役割を担うのは魔物から採れる魔石だ。
魔物は人間と身体構造が違い、生命の維持にすら大量の魔力を必要とし、厳しい自然界を生き残ろうと思えば人間のように自然回復ではとても間に合わない。
そこで体内に長い時間をかけて魔力を貯めるための器官を作る、それが魔石だ。
魔石は電池のように魔力を貯めたり使ったり、杖の材料や魔法を放つための媒介に使用したりなど、ありとあらゆる用途に使うことができる。
そして魔晶石は魔石からすれば狼と神狼くらいの上位互換で、永久機関に匹敵するとも言われているんだとか。
「あれ? でも電池切れしたって聞いたような…」
「そりゃこんな小さいのが空飛びながら魔物をブチ抜く火力と百発百中の正確性を出そうと思ったら魔石じゃ足りんだろうなぁ!」
「魔力切れ寸前のお前から出たんだからそれでも長く保った方だ、魔晶石様に感謝しろよっ!」
そう言ってそれぞれチョップとデコピンを僕にお見舞いする。
「ゴフッ イタッ」
ゴッホン…
「これはまずいことを知っちまったなぁ…」
「あぁ。 まさか原理は分からんままだが、魔晶石が人の手で作れてしまうとなると…」
「やっぱり狙われちゃいます…?」
「「 狙われちゃうな 」」
「母さんに報告してこないと!!」
急いで家へ引き返すべく、工房の外へ向けて駆け出したその時だった。
「クロス!」
今の声はアルフ兄の?
ゼェ…ハァ…
「クロス! クロスはいる!?」
「アルフ兄、どうしたんですか?」
「たいへんだ、魔物がでた!
しかもかなり大量にいるるらしい」
「「「 っ! 」」」
「まさかこないだの撃ち漏らしか」
「あり得るな、この村は馬車で2時間の距離だ。
ハグレがこっちに流れてきても全然不思議じゃねぇ」
「母さんはなんと?」
「今日は月末だからね、誰の声も聞こえてないんだ」
あちゃぁ…
「月末の決算処理でしたっけ 母さんからすればそこらの魔物より優先事項、きっとテコでも動きませんね」
「領主様がいるじゃねぇか」
「父さんは森の調査だと言って朝から逃げて行きました。 不機嫌な母さんにビビって。
近くにはいると思うんですが、どこに行ったかまでは…」
「おいおい、それって…」
「はい…方法が1つしか無くなりました」
僕を含め、全員の視線が一箇所に集まる。
謎の人形から我が家のゴキブリ処刑人へとランクアップしたばかりの小さなロボット
話には聞いたけれど、本当に強いのかな…?
「畑に近付けるな!」
「苗は絶対に守れ!」
「くそっ あっち行け!」
「やめろ来るなぁ!」
向かった先は村の畑。
なにやら村の人たちがナタや斧、ナイフを持って畑の内外でたくさんいる何かを追い回しているのが分かる。
「な、なんだありゃあ!」
「あの形…イナゴか!」
イナゴって佃煮のあれ? 作物を食い荒らすっていうあの?
にしてもおかしいでしょ! だって…
「イナゴってあんなに大きいものでしたっけ?」
「さぁ…流石に見たことないよ」
イナゴって大きくても4センチくらいだったはず。
どう見てもあのイナゴ、20センチはあるぞ!
「オレ達も加勢するぞ。」
「おう!」
大きめのナイフを構え、村人達に混ざっていくドワーフ兄弟。
「クロス、頼むよ」
「あっ はい!」
ロボットに魔晶石電池を装填し、パーにした手の上に置く。
「おねがい! 村のみんなと畑を守って!」
ウィン…ウィン…
タタタッ ピョインッ!
僕の手の上を駆け下り、足から炎を噴いて飛んでいく白い戦士。
ピュンッ
「なんだ!? イナゴが弾けた!?」
ピュンッ
「イテテテテテ! どわっ!」
ピュンッ
「クッソ! 大人しくしやがれ! わぁっ!?」
ピュンッ
「ヒィィィィっ お助けぇ! …へ?」
ピュンッ
「コイツめっ! 作物の仇ぃ…っていない!? なんで?」
ピュンッピュンッピュンッ
ピュンッピュンッピュンッ
ピュンッピュンッピュンッ
ピュンッピュンッピュンッ
ピュンッピュンッピュンッ
ピュンッピュンッピュンッ
空を駆け身を翻し、数多無数とも言える標的をただ正確無比に、ただ冷酷無慈悲に殲滅していく。
「僕たちも手伝いましょう!」
「待った。 それは賛成できない」
「え、でも…」
「あれ」
アルフ兄の指差しに促されてロボットの手が行き届いていない方の畑に注目する。
ドガッ!
「ガハッ」
ガブっ
「イデデデデデデデデデデ!」
虫にだって口はあるし、脚力は体長の数十倍のジャンプ力を誇る。
その虫がそれだけ大きな魔物と化せば、噛みつく力は増し、人間1人くらい軽々蹴飛ばせるようになるのだ。
「狼煙をあげて来たから父さんはすぐに戻ってくる。
討伐は父さんとクロスのロボットに任せて、ボク達で村の人たちを畑から避難させて、戦いやすくしながら手当てに回った方がいいと思う。」
「そうですね やりましょう」
村の大人が総出で動いており、そこにロボットが加勢したことで効率は上がっているが、怪我人はもちろん畑の内外を逃げ回っていることで被害は出続けている。
まだ人にもロボットにも見つかっていない巨大イナゴは今のうちにと言わんばかりに餌を食い荒らし、他の畑へとその足を伸ばし続けている。
全部倒すまでにこの村の畑が残っているかどうか…
「大丈夫ですか」
「クロスエイド坊ちゃん…面目ねぇ、足をかじられただけです」
「これ、飲んでください。」
「ありがとさんです。 それじゃ早速。」
回復薬を口にし、苦痛に歪んだ顔が穏やかになる。
「傷も痛みも綺麗さっぱり無くなっちった…」
「よかったです。」
「坊ちゃん、さっきから空中からイナゴに魔法を放っているあの小さいのはなんですか?
妖精にしては姿がくっきり見えすぎているような…」
「あ〜、あれは妖精では無いけど僕の頼れる相棒です。」
白い小さなロボットは顔色ひとつ変えることなく淡々と作業を進める。
時折、イナゴに襲われるがそんなもの予測済みと言わんばかりに銃を持っていない方の手で掴んで、ゼロ距離でズドン!
炭と化した亡骸は、いらね!っと言いたげにポイっ
「みんな! ここはあのチビ介に任せて畑から出るんだ!」
「オレらが居たら足手纏いになっちまう! 急げ!」
師匠達も僕たちの意図を察して、避難を手伝ってくれている。
ドワーフ特有のよく通る低音によって、わらわらと村の人たちが畑から離れていく。
その間も人間に襲い掛かろうとする個体は上空からの一撃によって黒コゲにされ、ついに畑の中にはイナゴと上空にいるロボットだけとなった。
キィーーン!
『…〜〜ーー〜〜…』
「!!」
頭の中の声がまた新しいことを教えてくれる。
細かいことはどうだっていい、とにかくやらないと!
「 必殺コマンド発動! 無限光弾幕! 」
命令を受けたロボットの目が金色に光り、天高く銃を掲げてエネルギーを溜める。
「なんだあれ…」
「あれが小僧の作ったカラクリの全力だってのか…!」
銃身の先にビー玉大→拳大→スイカ大…と魔力の球を生成し、次第にバランスボール大になるとロボットは引き金を引き、後ろに下がる。
金色の魔力球から無数の光の筋が放たれ、次の瞬間には畑全体から血飛沫があがる。
その勢いは止まることはなく、畑の外に逃げようとする個体や、畑からは出たがある程度までの距離の個体を殲滅し尽くしていく。
「何がどうなってるんだ…!?」
ここでようやく帰還した父、シルバスは早速驚きで思考が完全に止まっていた。
妻から前もって話を聞いていたが、実際に見れば事の異常性に脳天を叩き割られるほどの衝撃を受ける。
「領主さま!」
「よかった! 戻られたのですね!」
「あ…あぁ…。」
領民がいる手前、毅然とした態度を保とうとするが空いた口は塞がらない。
どちらにせよ事の顛末を知るべく、息子達を探す。
「アルフ!」
「父さん遅いよ どこまで行ってたの」
「す、すまん それより状況は!?」
「大量のイナゴに畑は荒らされて3箇所はほぼ全滅、他も被害は少なくない。
怪我人はざっと数えて40人、みんな軽傷だよ。ボクとクロスで十分手当てできると思う。
ただここから逃げ出した個体も結構いるみたいだし、ロボットはさっき強力な魔法を放ったせいでエネルギー切れ。
撃ち漏らしは人力で処理しないといけないようだね」
「分かった 撃ち漏らしの方はオレが引き受ける。 手当の方は引き続き任せるぞ」
「りょーかい」
元の数が減っていたのもあり、魔物を倒し切るのにそう時間は要さずに済んだ。
しかし、この村にとって倒せてよかったねで終われるほど簡単な問題で済まなかったのである。
「こっちは全滅だ。 商品にならねぇ」
「収穫まで後少しだったのに…」
「なんてことだ…豊作だと思ったのによぉ…」
この村は農村。 当然、村の大部分を占めるのは畑、収入源の9割が農産物だ。
そんな村で農産物が食い荒らされるなど死活問題どころではない、次の年に植えるための種も無くなる。
絶望以外のなにものでもないのだ。
「領主さま…申し訳ありません…。 せっかく坊ちゃんに救っていただいたのに、なんとお詫びしたいいか…」
「頭を上げてくれ、自然の脅威は領主であるオレにも責任がある。
むしろ謝らなければならないのはこっちの方だ。 戻るのが遅れて済まなかった。」
「いえ…」
「領主さま! ちょっと来てくれ!」
「?」
農民に呼ばれ、畑の方に寄る。
「どうした」
「ここ、亡骸が4つほど転がってた所なんだが、ちょっとおかしくねーか?」
「おかしい? 魔物が無作為に食い荒らした跡なんだから食べられる部分が残ってたりも…」
「そうじゃなくて、地面が綺麗すぎる。」
「…っ! そういえば確かに!」
ロボットの光線は冷酷無慈悲。 一撃で仕留めるための威力となると貫通は必須。
となると地面にも突き抜けるため、無数のイナゴがいた畑は穴だらけ、途中にある茎や葉が焦げ付いていたりもっとズタズタになっていないのは不自然なのだ。
「おーいクロスー!」
「? はーい!」
「呼びました?」
「あぁ、すまんな。 ちょっと聞きたいことがあってな
お前、例の人形に器用な命令でも出したか?」
「いいえ 特にヘンテコなことは言ってませんが…」
「ちなみになんて命令した?」
「え〜っと 『村のみんなと畑を守って』とだけ…」
「村の人と畑…それって地面も込みだったり?」
「さぁ、そのあたりは何も注文してないです」
「そ、そうか。 まだ何かしてるところか?」
「今は残っている実から種を錬成できないか試してるところです」
「なにっ!? そんなことができるのか」
「今のところナスとニンジン、あとカブは大丈夫そうです。
ただイモ系がうまくいかなくて…」
「そ…そうか…。 今日はほどほどにして、暗くなる前に帰ってこいな」
「はーい」
「あ、そうそう 父さんに一つお願いが」
「なんだ 言ってくれ」
「ロボットを人形って呼ぶのやめてほしいです。 僕の相棒なんで」
「それくらいならまぁ…以後そう呼ばないようにする」
それだけ言い残して、文字通りの自由研究へと戻っていく末の息子を見送る父の顔はなんとも複雑だった。
「“また“なんとかなりそうですね…」
「そうかもしれん…。」
「おっ また坊ちゃんが面白いことを考えついたクチか?」
「聞いてくれよ 坊ちゃんが残ってる実から種を作り出せるかもって話だ」
「本当か! そうと分かればここで油売ってるわけにはいかねぇ!
すぐにでも準備しないと! おーい みんなぁーーー!」
「まだできると決まったわけじゃぁ…ちょっ 待てーい!」
「クロスエイド坊ちゃんがまたやらかしてくれるってよ!
「マジか!」
「クロスエイド様が動いてんならなんとかなるなぁ」
「あぁ。 ウチの子を飢えさせずにすむぜぇ」
「それならいっそ、畑の面積を増やすか!」
「それもいいかもなぁ! どうせやるなら寒さに強い品種も取り寄せてみるか」
つい数分前まで絶望していた彼らを照らした小さくて無邪気な希望にもう立ち上がる農民達とは対照的に…
「ダァーーーー! また書類の山と格闘かよぉーー!」
より一層の絶望へと叩き落とされる男が1人いたことは別のお話。