街を守るのは四角い錬金術②
「はぁっ!!」
ズバっ
「恐れるな! 数が多いだけで一体一体は大したことは無い!」
「よっしゃぁ! エレオノーラ騎士団長に続けぇー!!」
「きたぞーー! ここは一匹たりとも通すなぁ!!」
『「 ウォオオオオーーーーーッ!! 」』
騎士団と冒険者ギルドの合同による街の防衛作戦が始まった。
街中の戦力を東西南北の4つに分け、北を騎士団長エレオノーラ、南を冒険者ギルドマスター、西と東は騎士団の中隊長とAランクの冒険者が共同で率いている。
一方、ベンドリック家の父であるシルバスは、とある人物を探して東にある陣営に向かっていた。
「ぅぅ…」
「しっかりして! 誰か! 誰か助けてください!」
「こいつは急いで救護所に運べ!」
「誰か回復薬持ってないか!?」
防衛が始まってさほど経っていないにも関わらず、あちらこちらに怪我人が横たわっていた…
「よし…。 そこの担架ちょっと待ってくれ!」
「なんだアンタ! こいつは命が危うい状態なんだぞ!」
「んなもん見りゃわかる。」
青い液体が詰められた、丸みの瓶をアイテム袋から取り出し、手渡す。
「これ使え。」
「回復薬…! ありがてェ!」
差し出された手から奪うように取り、虫の息となっている戦士の全身に振りかける。
回復薬は温かい光を放地、全身の傷が塞がっていく
「嘘だろ…致命傷だったのに」
「流れた血はすぐには戻らんらしい。 どこかで休ませてやれ。」
「わ、分かった!」
「ちょっとそこ通らせてくれ」
また別の怪我人の元に駆け寄る。
キュポンッと栓を抜き、雑に瓶をひっくり返す。
「う…あれ…助かった…のか?」
「分かるか?」
「あなたが助けてくれたのか…感謝する…」
「まだ身体を起こすな。少し休んでろ」
「あのっ ありがとうございます!」
怪我人の無事を見届けた後、回復薬を配りながら前線に移動するといくつか懐かしい背中が見えてくる。
その中に目的の人物を見つけ、一気に駆け寄る。
「ハスター!」
「っ? シルバスさん!」
「シルバスさん!」
「先輩!」
「シルバス!」
「おぅ、お前らまだ辞めてなかったんだなぁ」
「東側に来てくれたんですね!」
「あぁ。西にはフローラが向かった。エレンとオーガストがいる陣営もなんとかなるだろ。」
「ですが、ここは…」
「それなら大丈夫だ。 じきに回復薬が届く」
「「「 え? 」」」
「いや、なんでもない。せっかく暑苦しい団長様がいないんだ、焦らずゆっくり行くぞ。」
「「「 おりゃーーっ! 」」」
一方、西側に向かった母、フローラはというと
「まったく…情けない連中ね。 魂だの誇りだの言っておいて全然根性ないじゃない」
文句を言いながら敵の攻撃をヒラリヒラリと避けながら倒れた戦士たちに回復薬をかけて回っていた。
「ん…」
「気が付いたらならさっさとその槍を持って立ちなさい」
「あ、危ねぇ後ろ!」
ブォォォオオオ!
グギェ!
グギャアア!
「いい度胸ね 鮮血喰滅華 」
地面から無数の赤い花が飛び出し、5m級にまで大きくなる。
その蕾が開くと、鋭い牙が生えた花の魔物がオークやゴブリンを本能のまま喰らい尽くす。
「すげぇ…」
「魔獣を食い散らかしている間に怪我人を連れてとっとと下がりなさい。
でないとあれらに喰われるわよ」
「「「「 急げぇーーーー!! 」」」」
「西と東は私たちが食い止める。…頼んだわよ、あなた達」
そして、街の中に残った僕達はというと
[ 回復薬 ( 付与:効率上昇×1.5 ) ]
「アチチチ…ソラ姉、お願いします。」
「うん。 アイシング!」
父さんたちを見送った後、古い道具屋の情報をくれた武具店に駆け込み、台所を借りてひたすら回復薬を作っていた。
鍋に火をかけ、アクを取りながら僕の魔力を流し入れる。
緑色の煮汁が青い輝きを放つようになったら完成の合図。
出来たら熱々の鍋をソラ姉の魔法で冷まして、キッド兄が小分けの瓶に分けていく。
作った回復薬はアルフ兄、この店の店主であるダガルさんによって各所に配達されている。
「マズイぞ、北と南からの重症者がどんどん増えてやがる」
「次ができてます! 持っていってください」
「お、おう!」
「戻ったよ」
「アルフ兄、外の様子はどう?」
「今のところ問題なさそうだったよ。 現場の混乱のおかげで回復薬がどこから来たものかを気にしてられる余裕がなさそうだった。そっちはどうだい?」
「薬草より先に薬瓶が足りてません。
キッド兄に空き瓶を集めに出てもらっているんですが…」
「それなら大丈夫。 さっきすれ違ったから、ボクの勘が正しければもうそろそろ」
キキーーッ
「クロス、集めてきたぞ!」
「ほらね」
「すごっ 帰ってくるタイミングピッタリ!」
アイテム袋からたくさんの空き瓶が出るわ出るわ、まだ出るわと溢れんばかりに机に並ぶ。
「ジャーン! どうよ!」
「こんなにたくさん…! しかもこっちの瓶はここから出た分じゃないですよね」
「さぁな、どれがどれだか気にしてらんなかったんで、片っ端から拾ってきた!」
「ナイスよキッド!」
「それじゃあ、ボクとダガルさんは次を持って出るから3人は引き続き頼んだよ」
「「「りょうかいっ」」」
「ダァぁあ!」
「このやろっ!」
「ハァッ!」
「ファイアーボール!」
「雷の矛!」
「アイスアロー!」
「ウォーターシールド!」
「切り裂け! ウインドカッター」
「グランドウォール!」
ここは剣と魔法が飛び交う異世界。
弱者は強者に淘汰され、法など力の前には意味をなさない。
モォォーーーーーーーーォ!
「うわぁぁっ」
「ガハァッ!」
人間の倍の巨体をもつ二足歩行の牛頭
その巨体から繰り出される攻撃は倍だから人間2人で防げるなんてことはなく、簡単に薙ぎ倒されていく。
「エラルド! ミッチ!」
ズシィン!
モォォォォオオオオオーーーーーッ!!
「クッ…」
もう助からない。
誰もが諦め、次々と来る標的に頭を切り替えようとしていたその時だった。
「月弧!」
突然目の前に現れた存在が命を刈り取らんとする大斧を跳ね除け
「おりゃ!」
ズバッと音を轟かせ、軽々と一刀両断して見せた。
「すげぇ…」
「あのデッカいのを一撃で…」
「早く立て、まだまだ先は長いぞ。」
絶対的な強者が味方にいるという事実は冒険者や騎士たちの士気を繋ぎ止め、とめどなくやってくる魔獣の群れに立ち向かう力に変わっていた。
ちなみにその絶対的な強者本人の心の内はというと…
(あっぶねぇ…摩擦減らすってほとんど切れ味強化みたいなものだろ!
でもこれが斬撃強化の付与油だったら…考えるのが怖い…)
「ガハァ!」
「ロックス大丈夫か! このぉっ!」
「ハスター後ろ!」
「っ!」
地上から攻めてくる魔獣、空中から攻撃を仕掛けてくる魔蟲や魔鳥。 次から次へと押し寄せてくる魔物の波は既に第2波を迎え、戦士たちの疲労や消耗も限界を迎えていた。
「伏せろハスター!」
「ぇ…っ? うぉっ!?」
かろうじて反応してしゃがみ込むことで回避した軌道を通り過ぎる三日月を模した銀色の斬撃は、その延長線上にいる魔物たちを削り取っていく。
「す、すみません シルバスさん」
「謝る余裕があるなら十分だ。 まだやれるな!」
「もちろんです! ここで倒れるわけにはいきませんから!」
(とは言ったものの、戦況はかなりマズい。
クロスから貰った回復薬はもう使い切ってしまったし、アルフレッドが回復薬を持ってくるまでまだ時間がかかる。
このままじゃあ“こっちの陣営でも”犠牲が出るのは時間の問題だ。)
「気はむかんが、仕方ないか…」
「シルバスさん? 何をする気ですか」
「別に。 ちょっと魔物の足を遅くするだけだ」
そう言ってアイテム袋から独特な匂いが漂う布を取り出し、地面から拾った石に来るんで手近で燃える魔物から火をつける。
ゴッフォ ごっふぉ!
「くっっっっっせ!」
鼻だけにとどまらず目や口にもくる匂いのキツさにやられて思わず涙と本音がこぼれる。
『「 くっさ! 」』
「オォエェェェェェ!」
「オロロロロロロロロロロロ」
この兵器の存在を知る由もない周囲の者たちも漏れなく被害を受ける。
「喰らえ魔物ども! うちのチビ助からのプレゼントだっ!」
大ぶりに放られた匂いの手榴弾は、魔物たちのど真ん中少し手前に降り立ち、煙と風に乗せて魔物たちを苦しめていく。
「とんでもない兵器もたせやがって…」
そのあまりにもヒドイ匂いにやられて森に引き返そうとして他の魔物に踏み潰される魔物、半狂乱になる魔物、逃げ惑う魔物、混乱のあまり自らを傷つける魔物、混乱のあまり自らを傷つけ始めたり、同士討ちを始めたり…野菜を守るために使われ処分に困っていたただの出涸らし布には充分すぎる活躍を見せた。
「ウソでしょ…あんなにいる魔物達が布切れを燃やしただけで…」
「魔物の鼻は人間の比じゃねぇからな。
ってか風向きが変わって…くっさぁああああ!」
もちろんその崩れた魔物の勢いを見逃すような人間は誰1人居らず…
『「 今だいけぇええええええーーー! 」』
程なくして西の陣営は静かになったものの、西側の区域と西の陣営で戦っていた者達には悲しくも無農薬農薬の香が根を張ってしまったことは想像に難くない。
またまた戻って子供たちは…
ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…
顔を青くし、肩で息をするソラ。
「ソラ姉、顔色が悪いですけど大丈夫ですか」
「だ、だいじょーぶ。 ちょっと疲れただけで…」
その小さな手は震え、そして力なくしゃがみ込んでしまう。
「ソラ姉!」
「どうしたんだよ!」
「なんか…急に…力が…」
「魔力が切れたんですね、いつもの何倍も魔法を使ってるから無理もないですよ。」
作業を始めて約1時間ぶっ通し。
小学生の魔力量ではここまでが限界か…
「ソラ姉は少し休んでください。 ここからは僕とキッド兄でなんとかしますから」
魔力用の回復薬とかがあればどうにかなるかもしれないけど、村に魔法使いが少な過ぎるせいかレシピを聞いた事がない。
「どうするんだよ、オレの魔法じゃあ…」
キッド兄の雷魔法を使うことで電気エネルギーから熱エネルギーに変換して熱くすることはできるけど、冷やすことはできない。
「ダァ〜もうっ! 冷やさずに持ってけばいいんじゃね?」
「飲む元気がある人ならそれでもいいでしょうけど、意識の無い人にはただの熱湯です。
治療するどころか全身大火傷して命を縮めてしまうことになってしまいます。」
「うっ…そうだ! ソラ姉みたく氷魔法を使える人を探してくれば!」
「信用に足る人物がいるならともかく、僕の掛け算式の付与魔法が外部に漏れるのは避けたいんです。」
「そ、そうだった」
「ソラ姉が倒れた今…氷魔法以外に何か方法は…」
冷蔵庫やエアコンみたいに冷やす方法はあるにはあるんだろうけど、どうやってやるのか、何が必要なのかも分からない
待てよ?
レンガは粘土から水を『分離』した物
回復薬は薬草と水を『混合』した物
それに対して水はお湯になろうと氷になろうとH2Oで同じ物。
違いは水が『熱』をどれだけ持っているかだけ。
「そうか!」
もし、錬金術で『熱』の出し入れができるなら…いや
「やるしかない…!」
「やるって、何をだよ!?」
熱々の鍋の前に戻り、手をかざす。
「錬成!」
鍋を中心に魔法陣が現れ、プシューーっと湯気が工房中を包み込む。
「どわっ!?」
真っ白な湯気が視界から抜けていく。
熱々で触ることもできった鍋の中を慎重に覗くと…
カキカキパッキーン!
そこにあったのは回復薬と同じ色の氷塊だった。
「「 あ… 」」
「「 冷えすぎたぁーー! 」」
冷やす時とは違い、なんとか解氷することはできた。
ふーん…
「なるほど、『熱』を分離しちゃうってずいぶんと思いきったことを思いついたね」
「いやぁ〜、やった本人が1番驚いてます…」
「錬金術で氷魔法の代用ができたのはすごいと思うけど、クロスはもう少し加減を覚えたほうが良さそうだね」
「ぜ、善処します…」
「そうは言うけどアルフ兄、クロスはずっと加減してるわ」
「そうだぜ、付与魔法の加減をだけどな」
付与の練習を陰ながらやっている中で、通常のたし算式付与魔法よりも、かけ算式で付与をした時の方が魔力の消費が少なくて、付与に加減がしやすいことがわかった。
他にも便利なところがいくつかあるのと、回復薬は正しく手順を踏めば魔法なんて使えなくても作成でき、錬金術は補助的にしか使っていない。
だからソラ姉より魔力に余裕があるという至って単純なカラクリだ。
「ただし、気を抜くととんでもないのができるんだけれどねっ」
そう言うソラ姉に促されてアルフ兄が机の端へ追いやられた木箱に目を向ける。
その中にも回復薬が入っており、その付与加減はというと
[ 回復薬 (付与:効率上昇×5) ]
「ちょっとくしゃみした拍子に出ちゃったみたい」
「分かるぜぇクロス。 オレもトイレに行く夢を見た後は布団が大惨事になってるからな」
「あぅぅ…」
「うん、付与を鼻水とかおねしょと一緒にするのはやめようか」
ところ変わってエレンこと、騎士団長エレオノーラが守る北の陣営も、ジリジリと魔物に消耗を迫られながらもその陣を断固守り抜いていた。
「もうじき交代の時間だ! お前たちは一度下がって次の者たちに代われ!」
「そんなこと言われても、こんの! どうやって下がれってんだ!」
「こうするんだ!」
エレオノーラの魔力の高まりに呼応してメラメラと燃え盛る剣を高く天に掲げ、限界まで力を溜める。
「おいおい嘘だろ!?」
「力業すぎるって!」
「みんな伏せろぉ!」
「爆炎斬!」
シルバスと対をなす彼女のふたつ名は『紅蓮』。
真面目な性格と裏腹に、燃え盛る闘志と時折のぞかせる戦闘狂なパワーisパワーの闘い方はどんなピンチも火力押しで焼き斬ってしまわねば気が済まないのだ。
かつて肩を並べて競い合っていた男は『銀月』
当時の性格こそ真逆で、こっちの方が戦闘狂に思えたが実際には『月弧』というパリィ技を駆使し、小回りが効く戦闘スタイルで戦況の変化に強かったとされている。
「よし…みんな下がれ!」
ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…
(さすがに多すぎる…このままでは…)
「相変わらず無茶苦茶な戦い方してるな」
「シルバス!」
妻であるフローラに会ったことから薄々分かってはいたものの、実際に会うのとは話は別。
懐かしい声と顔に心の鎧が一気に崩れ落ちる。
「今さら何をしにきた、ここは騎士ではないお前のいるべき場所では…」
「ここは村から1番近い街だ、買い物くらいしに来るしこういう事態なら手を貸すくらいはする。
それよりほら、休憩無しでぶっ通しなんだろ」
「他に必要な者達がいるはずだ、私はまだ要らん。」
差し出された回復薬に見向きもしない。
が、それを見て相変わらずだとシルバスは鼻で笑う。
「悪いがお前が限界かそうでないかくらい、見てれば分かる。
それともアレか?」
「ん?」
ニタァ…!
「目の前で先を越されていくのを指を咥えて見ていたいのかなぁ?」
チッ!
「そんな訳があるか! さっさと寄越せ!」
キュポンッ グビッグビッグビッ…! プハァっ!
「この回復薬…そこらのソレじゃないな」
「さぁ、どうだかな」
「お前には問い詰めることがたくさんあるが…それは後だ。
まずはこの街を守り抜く! 手を貸せシルバス!」
「しょーがねぇなぁ、死ぬなよ!」
「ボウズども! 次はできてるか!」
「できてますけど…もしかして状況が悪くなったんですか」
「あぁ、南の陣営にサイクロプスとレッサードラゴンが流れ込んで来やがったらしい。
大量の怪我人が運ばれてて、治療が間に合ってねぇんだと!」
『「 !! 」』
ダガルさんが持ってきた悪い速報に僕たちの心の余裕はいとも簡単に奪われた。
備蓄で持ってきていた回復薬は半分は父さんに、もう半分は母さんに渡しており、そこから先はこの工房でなんとか作っている物。
薬草も残りひと抱えほどしかないし、ダガルさんは奥さんとの二人暮らしだから小さな手鍋とフライパンが2つずつあるくらいで、いくら錬金術を持っているとはいえ、一度にたくさんの数を作れないのだ。
ひとまずダガルさんに今できた分を持って行ってもらい、次の準備を進める。
「クロス、魔力はあとどれくらい保つ?」
「うーん…今ある薬草を使い切るくらいですかね」
「そんなにいけるのかい?」
「このままのペースでいったらです、今くしゃみが出ようものならその望みは無くなります。」
「おねがいだから頑張って耐えて…」
「ぼ、僕のクシャミにたくさんの人の命がぁ…」
どちらにせよ長くは保たない。
たとえ父さんや母さんが強くても、4つの陣営から怪我人が途絶えることはない。
下手すると父さん母さんも…
いけないいけないっ僕がしっかりしないと…
「ちょっとキッド! 回復薬1個入れ忘れてるじゃない!」
「あっ! いっけね!」
「どうするのよっ おじさん行っちゃったわよ!」
「ア、アルフ兄の分に入れればいいだろっ」
「そうしたらまた入れ忘れちゃうでしょっ すぐに持っていきなさいよっ」
「はいはいケンカしないよ。 どーどーどー」
「「馬じゃない!」」
こんな状況でもいつもの光景…危機感があるんだかないんだか
薬草も、僕の魔力も長くはもたない。 このままではいずれ…
こうなったら、残ってる魔力で何か作るとか…作るなら何を作ったらいい?
必殺ビームが出る銃?
追尾機能付きのミサイル?
魔獣を楽々斬り裂く勇者の聖剣?
どれだけ攻撃を受けようと傷1つ付かない鎧?
無理だ…僕の錬金術だと回復薬はともかく、固形の物は材料までしか作れない。
紙や鉄のインゴット、粘土、レンガ、麻紐。
ちょっと頑張れば食器やパンの生地、あと鉛筆とかは作れるけど、ロボットとか作れたらなんてちょっとでも考えた僕は夢を見過ぎだ。
僕の力では…
どうせ俺の力では…
ポワポワポワポワァ…!
「…?」
どこから温かい何かが湧いてくるのを感じ、無意識にその力を求めて両手を前に出す。
すると、その温かい何かに呼び出されたかのように、あの道具屋で受け取った謎の汚れた立方体が僕の目の前に現れて、温かい何かは立方体に吸われていく…いや、一つになっていくと言った方がいいのだろうか?
ハッと僕の意識が呼び戻された時、僕の両手の上で浮いている立方体にはまるで卵から何かが孵化するかのようにピシ…ピシピシ…とヒビが入り、パキンっと音と共に工房中に眩い光を放つ。
「うわっ」
「キャッ」
「うぁっ」
「っ…!?」
咄嗟に目を瞑り、光が落ち着いたのを感じて恐る恐る両手の上をもう一度見ると、純白の立方体が緩やかな光を放ちながらゆっくりと回転していた。
「これは…」
どうしてだろう…ついさっき初めて見たはずの物なのに、なんのための物なのかも皆目見当もつかないのに、なぜだか僕と出会う運命にあったのだけは分かる。
キィーンッ
『…〜〜ーー〜〜ーー〜〜…』
そうか、これは『型』なんだ。
頭に響いてくる誰かの声を聞き、僕の先に道が見えた気がした。
アイテム袋から練習に使っていた端材を片っ端から取り出し、頭に浮かぶまま立方体の上にかざしていく。
立方体は真上に置かれた端材たちを僕の魔力ごと吸い込むように取り込み、必要な量が揃ったのか次の行動に移る。
カッシャン… カッシャン…
今度はバランスボールほどに大きくなってルービックキューブと同じ縦横奥行きに3マスずつの線が入り、ルービックキューブの絵柄をずらすのと同じように右へ左へ、上へ下へと己を回し始めた。
チーンッ!
真っ白だから見た目は変ってないけれど絵柄が揃ったのか満足げに光を放ち、電子レンジでお馴染みの音を声高々に発する。
パカっ ペッ!
3×3の立方体が文字通り凹と逆さにした凸に分かれて開いたかと思うと、箱の形をした何かを吐き出した。
「わっ なんか出てきた!」
「なにこれ? 箱?」
「材質は紙で出来ているようだけど…この絵は一体…」
デカデカと絵が描かれた厚紙製の箱を眺めて頭にハテナを浮かべる3人に対し、僕には前世で見たことのある、どう考えても今ここにあるのは場違いに思える物だった。
「どうしてプラモ…」
「「「ぷらも?」」」
ドサッ
力の抜けていく体を兄はとっさに抱き止める。
『「 クロス!! 」』
「大丈夫か!」
「多分…今ので魔力が切れたんだ」
魔法とは魔力だけでなく集中力を要する。
通常の日本人なら最低でも学校に通い授業を受けているか、ゲームや己の趣味などの娯楽にのめり込むことができるため、集中するという能力に長けているのだ。
しかし、僕にはそのどちらもない。
全くないわけではないけれど所詮は病院のヌシ、そして今の体は健康ではあるけど7歳の子供。
学校にも行っていなければ、趣味も大して知らない子供にとって魔力量以前に集中力なんてあってないような物。
ここまで持ち堪えたのは家族の理解と協力に応えたいという想いと、後悔したくないという願いがあったからこそ。
「アルフ兄…ソラ姉…キッド兄…」
ゆっくりと遠ざかっていく意識の中で兄たちに箱の正体を話し伝えた。
とある記憶の中で子供から大人まで愛好家達に愛されているソレは、骨組みからパーツを切り離して組み立てることで形を成す物であること。
このタイミングでコレが生み出されたことにはきっとそれ以上の意味があるはずだということ。
そして
「ごめんなさい…俺…」
"前世の記憶がある、隠していてごめんなさい"
そのひと言を伝えようとした途端、急に言葉が喉から出なくなる。
それが襲ってくる眠気のせいか、秘密を話すことへの躊躇いかは分からないけど、兄達の顔すら満足に視認出来なくなっている。
眠い…気持ち悪い…頭が痛い…
それでも僕は残された全てを、薬草や鍋がある方へと向け、
「れん…せぇ…」
この記憶を最後に、僕は意識を手放した。
西の防御陣営はというと…
血肉の紅で染まりきった大地を踏みしめたのは人間の方。
街の防衛という名を借りた、フローラをその他大勢で補助するという異様な“作業”によって魔獣の子1匹すら残っていなかった。
フゥ…
「敵も味方も根性無しばっかりね」
うわぁ…
「本当に全部倒しやがった…」
「サイクロプスの五感を毒で奪って、穴という穴からツタを生やすとか、並の人間がやっていい芸当じゃねぇ…」
うふっ♪
「何か文句でも?」
「い、いえ! なんでもねぇっす!」
「オレ達アンタに惚れたぜ!」
「一生ついていくぜ姐さん!」
「そう、ありがと。 でもあいにく私は旦那と子供がいるの〜♪」
熱いラブコールをヒラリといなし、戦士達に後始末の指示を出す。
「それじゃあ、息子達のところに戻るからあとはお願いね〜」
「うっす! 任せてくだせぇ!」
「ご家族によろしく伝えてくれ!」
「姐さんもお気をつけて!」
「ええ。」
そう言葉を交わし、次の地点へと走り出す。
(東の魔力反応は…よかった。 済んだみたいね。
今は…そう、南でエレンと一緒なのね。 …でも)
周囲の惨状を憂う。 今もなお運び込まれ続ける怪我人たちが北の陣営の被害の大きさを物語っていたからだ。
「母さん!」
「アルフ…」
「ここにいるってことは、西側もひと段落ついたみたいだね」
「えぇ。 北の方はまだやってるみたいだから、少しばかり急かしに行かないとだけれど。」
「そっか…」
「なにか問題が起きたようね」
「ちょっといいニュースとすごく悪いニュース、どっちから聞きたい?」
穏やかな口調の中に静かな焦りを感じ取り、母として息を呑む。
「悪いニュースから聞かせてもらうわ」
「クロスが魔力切れでダウンして、それと同時に薬草も尽きた。
回復薬はもう…」
「……そう、いいニュースの方は?」
「クロスが倒れる前に回復薬を錬成してくれた。 これを。」
そう言ってアイテム袋を母に手渡す。
「すごいよね、僕より5つも下なのに弱音もはかず、自分にできることを全力でやってた…兄として素直に頭が下るよ」
「ありがとう。 大事に使わせてもらうわね。」
「それと、コレ」
「これは?」
アルフレッドが差し出したソレは、小学生向けコミックに登場するような2頭身半ほどのロボット。
一見コミカルで、オモチャにしか見えない全高十数センチの人形を見たフローラの顔にも思わず『?』が浮かぶ。
しかし、クロスエイドのことを1番理解していると豪語している兄は勝利を確信した顔をしてたったひと言。
「クロスが作り出した切り札さ。」
「はぇ?」
と、言われても流石になんのこっちゃ状態の母親に苦笑い。
「まぁ、見てて」
小さなロボットの背面の蓋を開き、子供の小指ほどの筒状の金属を入れて蓋を閉じる。
筒状の金属…電池を入れられたロボットは瞳に光を灯し、まるで周囲の情報を処理しながら準備運動をするかのようにウィンウィンと駆動音と共に首や腕を動かす。
「いけ!」
アルフレッドの命令を受け、手の上からタタタッ ピョインッと飛び降りたと想うと、足の裏の噴射口から轟音と炎を噴きながら北に向かって飛び立った。
「今のなんだ?」
「鳥か?」
どこかから聞こえてくる轟音は、なにも知らない者には追えるはずもなく、何かが通った音と、2本の細い煙の跡に首を傾げることしかできなかった。
ワァーーーッ ワァーーーッ
「守れ! ここだけはなんとしても守れ!」
「立てる者は武器を拾って応戦しろ!」
「くっ…倒しても倒しても数が減らねぇ」
限界などもうとっくに超えていた北の陣営
互いに倒しては倒されての均衡状態を保つのがやっとで、突破されていない方が不思議なほどだった。
グォォーーーーーーーーーーッ!!
魔物を統率するボスが標的を威嚇しつつ同胞を奮い立たせる雄叫びをあげる。
するとこれまで一切衰えなかった魔獣の波がさらに荒く、そして激しくなる。
「なんっ がはっ!?」
「魔獣の動きが…!」
状況のさらなる悪化に10人、20人と薙ぎ倒されていく。
「もう…だめだ」
誰かがそうこぼし、それがドミノ倒しかのように大勢を絶望に叩き落とした。
武器を落とし、膝を落とし、戦意なんて戦場の泡沫に散った。あとは魔物たちに蹂躙されるのを待つだけとなった。
そんな時、人間たちが守る街の街壁の上から希望の光はやってきた。
ピュン! ズドォォン!!
右手に構えた銃身から放たれた光線によって一体の魔物の首から血飛沫があがる。
さらに次、次、次・・・・・・と正確で無駄のない射撃によって魔物の数と勢いを落としていく。
「な、なんだあれは!?」
まったく意識していない方角からの援護により人間、魔物ともに戦況が一時停止。
騎士の1人の魔力感知によりその発射元に気付くも…
「小さい何か…遠過ぎてよく見えん!」
子供の手に乗るサイズでは、なんのこっちゃ分からない。
「あいつは味方なのか!?」
「一撃であの魔物どもを次から次へと…」
「ギルマス! こんな秘密兵器があるなんて聞いてませんよ!」
「あんな兵器置いてるギルドがあるか…! あんなの用意出来るとしたら騎士団…も無理か。 なら一体誰が…」
「ギルドの長が知らないなんて…」
人間たちが狼狽えている間にも、小さなロボットは無慈悲にも魔物を肉片に変えていく。
はっ!
「お前たち! あの小さいのが時間を稼いでくれているうちに怪我人を連れて街に戻れ!」
ようやく我に帰ったギルドマスター、オーガストによって負傷者の救護へと全体の舵が切られる。
「ウソでしょ…」
少しの息切れと共に驚愕の声を漏らすフローラ。
長男の言っていたことを疑っていたわけではないが実際に見るのとは全く訳がちがう。
たかが10数センチの人形が飛行するカラクリもさることながら、その人形が数百にもなる魔物の群れをまさに血祭りにあげているように見える光景は明らかに前代未聞の事態だった。
「10秒で説明して」
「ふ、フローラさん!? え、え〜っと…崩壊3秒前ですが、何やら援軍が来たようで…」
「なるほど、大体理解したわ」
「それよりあの小さいのが突然飛んできて攻撃魔法で魔獣をブチ抜いてやがるんですよ!
あれは一体何者なんですか!?」
「あの小さい戦士は私たちの味方よ。とはいえ私も細かいことは聴いていないの。
もっとも…今は考えるだけ時間の無駄なようね」
「おっと…いかん。 首領のお出ましか」
敵陣の最後尾、劇場の暗幕を引きちぎってそのまま着てますと言わんばかりの大きな翼が全てを薙ぎ倒しそうな風の音と共に街に急接近してくる。
「ワイバーン…かなりマズイわね」
「この辺りでは出現報告が出たことがないというのに…どう考えてもおかしい…
生態系が完全に壊れたか何者かによって呼び込まれたとしか考えられん…」
「どうだっていいわ。 早く終わらせましょう。」
ギャォォオオオオオーーー!
超高速で突っ込んできたワイバーンが口から炎を放つ。
「危ない 逃げろぉぉ!」
炎を吹く前の呼び動作にいち早く反応した冒険者の1人がそう叫び、大多数は右へ左へと散って逃げる。
怪我人やそれらを気にして逃げ遅れた者に対しても、炎は容赦なくその手を伸ばす。
ピュン! ピュン! ピュンッ!
小さなロボットも反応して炎に対して攻撃を放つが歯が立たず、飛行体制もフラつき始める。
目に灯っていた光が点滅し、小さく警告音を数回鳴らす。 エネルギーが残り少ないのだ。
ウィ…ン…
飛行を維持するのがやっとな小さなロボットは少しの間だけ首を回し、後ろを見る。
そして再度ワイバーンを見据え、点滅していた目の光を煌めかせる。
足の向きを大きく変え、ジェット噴射を最大出力にして…敵が放った炎の進行方向へ飛び込む!
「あいつ!」
「なにをっ」
やがてコップほどの小さなロボットは大木のような炎とぶつかる。
「炎が…止まってる…」
「急げ! 今のうちに撤退だ!」
通常の物理法則ならば軽く吹っ飛ばされるか、一瞬で焼き尽くされて終いだろう。
だが、一見しただけでは心許ないボディを構成するのは未知の技術によって生まれた合金と、桁外れな付与魔法。
物理法則を超えた奇跡と運命の掛け算は炎に屈することなく街の人々を護りきったのだ。
フラフラ…
宙を踏みしめる力と瞳の光を失い、重力によって地面に引き寄せられていき、誰かの惜しみゆく声も遠く虚しくガシャァン!という音と共に叩きつけられる。
「ちっこいの! いま助けに、うぉっ!?」
「…」
小さな英雄を助けに行こうとするオーガスト。 だがその行動はフローラの、1人の魔法使いが足元を刺々しい菱の実だらけにしたことで阻まれる。
「危ないじゃないか フローラさ…ヒィッ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…
「せっかくの休日をメチャクチャにしてくれた罪…子供たちの頑張りに炎を吐いた罪…その命で償いなさい」
自身の周りに木の杭を生成し、さらに追加で生成した毒でコーティングする。
「猛毒槍!」
ワイバーンに向けて放つ。
しかしワイバーンもそう易々とやられる訳がない。 1、2本目は軽々とかわす。
「それで避けたつもりかしら?」
そういう間にも3、4、5本目…と次々放つ。 1、2本目はオトリだったかのように避けた先に放たれた毒濡れの杭は翼を貫き、バランスを失ったワイバーンも重力に逆らえなくなる。
グッ…ガクッガクガク…
未だ戦意を捨てていないワイバーンはなんとか体勢を立て直そうと足掻く。
フローラは臆する事なく歩み寄り、手をのばす。
「よくがんばったわね」
黒焦げのロボットと電池をアイテム袋ではなく懐にしまい、ワイバーンは眼中にも止めずに街の方へと戻っていく。
「あとはそっちで処理しておいてちょうだい」
「と、トドメは?」
オーガストの問いかけにとてもめんどくさそうな顔で一言
「なにか言ったかしら?」
「い、いえなんでも…。 本当に助かりました。」
魔物の進行は完全に止み、後片付けに祝い酒にと月の輝きと共に街は日常に戻り始めていた。
「とんだ休日になっちゃったわねぇ」
「そうだな。 でも、クロスにとってはそれ以上のものを得たと思うぞ」
後ろで仲良く話している長男、長女、次男そして、この街に来た時と同じく兄におんぶされて眠る三男坊を見て微笑む2人。
「ホント、信じられないわ あんな普通の子供が大勢の命を救ったなんて。」
「あぁ 親の知らぬ間に子供は成長するとはよく聞くが、それどころの話じゃないしなぁ…
色んな意味で、先が思いやられる。」
うふっ♪
「そうね とっても楽しみだわ〜」
「シルバス!」
「おうエレン、今日はおつかれさん」
「あぁ、おつかれ様。 …じゃなくてだな!」
「どした?」
「お前、腕は治っていたのか」
「さぁ どうだかな」
「おまえは…また剣を持てるのだろ!」
「それもどうだか」
「真面目に答えろ! お前の剣は…もう一度…もう一度…」
エレオノーラの頬を伝う雫が言葉を詰まらせる。
時に競い、時に助け合い、幾千の苦難を乗り越えた戦友の復活を誰よりも望んでいた長年の渇望や、待ち望んだあの時と変わらない剣を感じた喜びと、色んな感情が彼女の中でグチャグチャになっているのだ。
時間にして1分の沈黙を打ち破りなんとか絞り出した言葉は
「…戻ってこい」
シルバスには守るべき家族がいる。守るべき領地がある。守るべき民が居る。
そもそも、待遇の悪い騎士団に戻ってくることはない。
そんなことはとっくに分かっている。 それでも
もう一度剣を共にしたい。
互いの数年間を語り合いたい。
心強い“相棒“に戻ってきてほしい。
その全てを詰め込んだ一言だった。
「気が向いたらな」
「!」
何も知らない者が聞いたらこれ以上ない冒涜のような返事だろう。
だが、互いをよく知るエレオノーラとシルバスにとっては最大限の気遣いのこもった返事なのだった。
「仕事が落ち着いたら遊びに来い。 茶くらいは出すさ。」
「あぁ。近いうちにお邪魔する。 客間は頼むぞ」
「泊まる気かよ 図々しっ!」
「フローラも、手を貸してくれて本当に感謝している。」
「あら〜私じゃなくて私によく似た誰かかもしれないわよ〜?」
「分かっている。 王都の貴族連中には君が関わったことは伏せておくつもりだ。」
「さて“今回は“どこまで隠し通せるかしら」
「が、頑張ります…」
そしてフローラとシルバスを通り過ぎ子供たちの元に歩み寄り片膝をつき頭を下げる。
「君たちもありがとう。 君たちが用意した回復薬のおかげで私も含め、部下やたくさんの冒険者の命が救われた」
「「 !!! 」」 「…!」
アルフレッドはもちろん、ソラとキッドも話の流れから目の前の女性がかつての父のライバルで、王都でも偉い人。
つまり回復薬のことを1番知られたくない人物だと理解できていた。
故に感謝の言葉を逆の意味として捉えて必要以上に動揺し、弟をどうあっても守ろうと身体が動いていた。
「あの、今の言葉の意味分かってますか」
「安心しくれ。 救ってもらった恩を仇で返すほど私は欲深くない。
ただ礼も言えないでは私の気が収まらないからいっただけだ。
上には君たちのことは街の住民の誰かが協力してくれたとしか報告しないし、もし不義理を働く者がいた時には遠慮なく我々を頼ってほしい。
騎士の名に誓って助けに行くと誓おう。」
「しんじても…いいのか?」
「もちろんだ。」
「うそ言ったりしない?」
「言わないが…君たち両親にどう教わってるんだ…?」
全く悪気のない回答に苦い笑いを漏らすしかできないエレオノーラだったが、少し遠くから書類を抱えたギルドの職員が見えたたことで我に返る。
「どうやら仕事が山積みらしい。 近日中に今回の埋め合わせとお礼はさせてもらう。 背中の彼にもよろしく伝えておいてくれ」
「はい、クロスが起きたら伝えておきます。」
子供達に背を向けて駆け出す…が、おっといけないとまた振り返る。
「またいつか、力を貸してほしい。」
「今のところ、そんな時が来ないことを祈ってます」
フフッ
「その通りだ。 ではまた、今度は村で会おう!」
心の底から満足そうに駆け出すエレオノーラの心は明るく、そして逞しい太陽のように温かかった。
「帰りましょうか〜」
「あぁ。」
「帰りは私が御者するからあなたは後ろね〜」
「ちょっ! オレが乗る馬車はオレが」
「それだとクロスが酔うじゃな〜い 軍馬と馬車を引く馬では扱いが違うのよ〜?」
「そ、それぐらいオレだってだなぁ…」
「くどい」
「ハイ…スンマセン…」
こうして、僕たちベンドリック家もいつもの日常へと戻っていくのであった。
だが、この事件は僕の進化の始まりでしかない。
そう気づくのはまた別のお話。