夢中になるのはご用心①
「握りがあまい! 相手から目を離すな!」
「たぁぁああっ!」
いきなりだが、僕は剣を握らされている。
母さんが仕事のため昨日から不在で、しめしめと言わんばかりに朝早くから叩き起こされたのだ。
「はぁあ!」
「もっと相手の懐に入れ!」
7歳の木剣はいとも簡単にかわされ、"左手"で持った木剣にひと振りで弾き飛ばされてしまう。
「えぇぇいっ」
「甘いっ」
カコンッ!
一切手加減のない一撃によって僕の手から木剣が消えて、遠く離れた植え込みの端まで飛ばされていた。
ドスッ
「イテテテ…」
「まだ終わってないぞ! さっさと拾って来い!」
「は…はいぃ…!」
よ、容赦なぁい…
7歳の練習メニューじゃないよぉ…
カコンッ カコンッ カコンッ カコンッ
「何度言えば分かる! 力がないなら相手の動きをしっかり見ろ!
力が足りないなら避けるか受け流すかしろ!」
「うわっ!?」
父さんに足を掛けられ、見事にすっ転ぶ。
「さっさと立て!」
そう言われても…腰が抜けて身体が…!
「火球!」
僕たちの間を割って入るように炎の球が飛び込み、横なぎに炎を受け止めた父さんの木剣に燃え移った。
しかし炎に心乱されることはなく、冷静に無言のまま息を吐いて気持ちを落ち着かせ、木剣を一振りして火を払う。
「人に向けて魔法を放つなとあれほど教えただろ、アルフレッド」
「さっきから朝ごはんだって呼んでるのに、全然終わる気配がないからわざわざ気付かせたんだよ、むしろ感謝してほしいな」
「あぁ もうそんな時間か」
「ほら、クロスも立てるかい?」
アルフ兄から伸ばされた手をとって立ち上がる。
「早く手を洗ってくるといいよ」
「は、はいっ」
稽古から1秒でも早く逃げ出したかった僕はそれを合図に脱兎のごとく走り出す。
「どう? クロスの剣は」
「全くダメだ。 文字通り村の子どもの剣、それ以上伸びる兆しがない。
はぁ…アルフレッド、お前の言うとおりになったな」
「ボクはこの家のみんなのことを誰よりも『観察』してきたんだ、少なくとも父さんよりはクロスやソラ、キッドの性格や才能は理解してる。
父さんがその右手の無念をボクらに押し付けようとしていることもね。」
父さんはかつて騎士団で1、2を争うほどの凄腕だったのだが、当時右腕に受けた怪我の後遺症が残っている。
日常生活程度ならさほど問題ないものの、力が満足に入らない。 剣一筋の父さんにとって満足に剣を触れないことは戦士として死に等しい。
退役する際、上司の計らいでこのサジッタ村の領主の座に着いたのだが、剣の未練を未だ払拭することができず、僕たち男兄弟にもれなく剣を継がせたいのだそう。
「父さんの考え全部を否定する気はないけど、クロスにはクロスなりの戦い方があるとボクは思うな」
そう言いながら、一つの小瓶を取り出す。
「それは…香水か何かか?」
「付与油、錬金術で精製した油にクロスの付与がついた物。
偶然の産物でクロスはこの油の有用性に気付いてないみたいだけど、これを塗ることで一時的に塗った物に付与効果を得られるんだ」
フンッ
「油で付与で付与したところで、お前が使えば引火して終いだろ」
「確かに、普通なら燃え尽きて意味をなさない。でも、付与によってはその逆も然りだよ」
いつの間にか拾ってあった木剣に小瓶の中身を軽く垂らす。
「点火。」
メラメラ…!!
「火炎耐性がついてるから燃えないんだ。
もしボクが父さんをコレで殴打したらどうなると思う?」
そう言いながら有無を言わさぬ勢いで振るう。
当然、この動きに無意識でも反応できる父は呆れた目で木剣で受けるが
ボキィッ!
「…!!!」
「斬撃強化さ。刃物で考えればナマクラにも満たない木剣でもそれなりの力を持つ。」
ハァ…
「確かにすごいことは認める…だが、本当は何が言いたい?
ただ朝飯の呼び出しと弟の成果自慢をしにわざわざ出てきたわけじゃないだろ」
「大したことじゃないさ。 父さん、朝から打ち合い稽古してたけど…先に素振りさせた?」
「素振り? あ…」
「やっぱりすっ飛ばしてた
ボクやキッドとは違って戦いに一切向いてないのはわかってるはず、基礎も無しにいきなり打ち合うとか怪我させるつもりとしか思えないんだけど」
「いやぁ、スマンスマン。ついウッカリ…」
メラメラ…ブォン!!
「あぶなっ!?」
火と凶器並みの付与がついたソレを手加減なしに一振りされ、さらに首元に突きつけられた殺意にも等しい眼光に、さすがの熟練の元騎士の父も怯まずにいられなかった。
「父さんに一つ忠告をしておくよ。
クロスは遠くない未来、ボクを含めたくさんの人の希望になる男だ。
ボクの守りたい存在にちょっかいをかけるなら、たとえ父さん相手でも、どんな汚い手を使っても、ボクは全力で斬るよ。」
ニコッ
「家族の手で死にたくなかったらクロスを闘いの頭数に数えないことだね。」
「母さんに似てきたなぁ…アイツ」
この後ソラ姉に殺されかけ、帰ってきた母さんに消し炭にされかけたのは言うまでもなかった。
「水筒とお弁当は持った?」
「はいっ」
「着替えは持ってんな?」
「もちろん持ってます」
「クロス、タオル忘れてるよ」
「ありがとうございます」
よいしょっと
「それでは、行ってきます」
兄姉たちに見送られ、いつもの道を歩く。
「おはようございまーす」
「おう、来たか」
「ふぁ〜ぁ、おはようさん。 相変わらず早ぇな」
僕の師匠(仮)となった双子のドワーフ兄弟、テッカンさんとカイデンさんは村で唯一の鍛治屋だ。
種族がドワーフだからか、性格は豪快で仕事に関しては一切手を抜かない。 のだけど…
イテテテ…
「いやぁ〜、やっぱり工房で寝るもんじゃねぇな。
腰と肩が痛ぇのなんの」
「ですからあれほど夜は布団で寝てくださいって言ったのに…」
私生活は少々だらしなく、工房で寝落ちはいつものこと、料理しても調味料の加減ができないか焦がすかだし、風呂や水浴びは週一回すればいい方で服なんかひと月は替えないそうだ。
「散らかりすぎでしょ…もう」
「「面目ねぇ…」」
2人に用意した朝食を食べてもらい、その間に掃除と洗濯をする。
一応貴族ではあるが、使用人がいない我が家では掃除や洗濯は子供たちの仕事。
7歳でもゴミの分別や整理整頓、洗濯板の使い方からシワを残しにくい干し方まで、ある程度のことはこなせるし、朝食であれば僕も作れる。
2人の食事が済んだらようやく作業開始だ
カァンッ! カァンっ!
「すごい…」
テッカンさんの槌によって赤白く輝くまで熱せられた鋼がその長さを伸ばしていく。
空気中に漂う魔力や己の魔力を槌に集めて鋼の中に送り込む技術もさることながら、素材の声が聞こえていると言わんばかりに鍛え上げられていく刀身を例えるなら、ゲームで卵から古代竜に育っていくのを早送りで見ているかのようだ。
一方カイデンさんの方は、もう一つある炉と作業台を行き来しながら柄や鞘などの剣を支える部分を作っていく。
一見地味にも思えるが、テッカンさんの音を聞いて最終的な寸法がほぼほぼ分かるらしく、一切の迷いがない。
こうした技と技の掛け算によって一本の業物が出来上がる。
[鋼の剣(攻撃力+50%、耐久+50%)]
「よし」
「こんなもんだな」
「攻撃力も耐久も通常の1.5倍! やっぱりお二人は凄いです!」
「へっ! あったりめぇよ!」
「槌を握って20年、オレ達の右に出るヤツはいねぇ!」
「どうだ、ボウズもやってみるか」
「いいんですか!?」
「元からオレらはそのつもりだ。」
「遠慮はいらねーぞ」
「あ、でも僕…鍛治スキル持ってないんですが…」
「スキルがないからって触っちゃいけねぇってモンでもないだろ。
戦士でも剣術を持ってねぇヤツはゴマンといる。」
「そうだぜ、お前の錬金術も鍛治と近からず遠からずだ。 剣ができるまでの工程をその身で覚えておけば、何かしら参考になるだろ」
「ご指導よろしくお願いしますっ 親方!」
へっ
「そんなかしこまってると肩に余計な力入るぞ」
「あぁ。気楽に行こうぜ ボウズ」
〜〜〜〜
「よっしゃ! 景気よくやってみろ!」
「てぃやぁぁぁ!」
ピキャンッ
ガーハッハッハッハ!
「当たりは悪くはねぇが、やっぱパワーは子供だなぁっ」
「だが初めてで真芯で捉えるとは随分と見どころがある。
今度は腰を落として繰り返しで打ってみろ。」
「はいっ」
ピキャンッ ピキャンッ ピキャンッ ピキャンッ
数時間後
グチャァ…
[金属塊(魔力+4%)]
「ダークマター…ですね」
「まぁ、最初はこんなもんだろ」
「むしろ慣れないことやって4%ついてる時点で上等だ。
オレらがボウズくらいの時は付与なんて全くだったからな。」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。 ウチの親父は鍛冶以外なんも教えてくんなかったんだ」
「付与魔法は個人差が出やすいスキルでな、付与の方法や付与の種類、付与できる数や追加割合、そいつ自身の成長スピードやらその他諸々がてんでバラバラ。
王都の学者どもがペンを投げ出すほどだ。」
「確かボウズは作りながらでも、後付けでもどっちが苦手とかはないんだったな」
「はい。 種類の法則性はまだわからないですけど…」
「そういやまだ聞いたことなかったが、今までどんなのを付与したことがある?」
「えーっと…いつも練習してる紙で耐久、燃焼、攻撃力とかいろいろです。
あっ、重量のマイナスとかもありました」
「重量のマイナス、つまりは軽量化…確かに珍しいものを使えるな」
「紙に耐久、燃焼、攻撃力…そして重量のマイナス…
それからオレたちに使った回復薬もあったな。
確かプラス1000%だから効力で言えば11倍だっけか」
「あの時は本当にまぐれで…あれ以来3桁どころか5〜10%を行ったり来たりなんですよ…」
「そりゃあ、お前さんのイメージの問題だろ」
「イメージ?」
「落ち葉から紙を錬成する時、それをどんな紙にしようと考えた?」
「え…どんな紙って、紙は紙では?」
「やっぱりそういうことか。
おそらくだがお前の付与は偏りはないが、誰に使う何かを明確に想像して初めてお前の付与魔法が奇跡を起こす…とか考えられる気もするんだが、どうだ?」
「なるほど…一理ありますね」
「それから、金属の加工は鋳造にすりゃボウズにもできるかもな。」
「そうか鋳物! その手があったな!」
「えっと…チューゾーとかイモノってなんですか…?」
「鋳造ってのはな、金属を熱でドロッドロに溶かして型に流し込んで作るやり方だ。」
彼らの仮説は、金属の『硬い』という性質に錬金術で一時的に干渉し、液体状もしくは粘土くらいに柔らかくしたモノを型に詰めて錬金術を解除するという方法だ。
鍛治歴1日未満の僕でも、粘土くらいは前世の小学校やそれ以前に何度も触れているので型の作り方さえ習えばあとは錬金術でどうにでもなる。
「確かにその方法ならいろんな物が作れそうですね!」
善は急げということで早速やってみる。
枡型の木の枠を作ってその中に砂を詰める。同じ物をもう1個作ってそこに今朝掃除した時に出た空き瓶を押し付け、2つの枠をたい焼きの要領でサンドする。
慎重に瓶を外したら、瓶があった所にクッキリと空洞が残るのでそこに…
「錬成!」
錬金術でさっきの金属の塊を流し入れる。
…ってそいえば瓶の中って…
[瓶型のオブジェ(付与:魔力+4%)]
「ですよね…」
「瓶の中の空洞作るの忘れてたな…」
「悪い、オレらあんまり鋳物はやらないからうっかりしてたぜ…」
「でもま、形が作れる事が分かったし大収穫だな。
次はちゃんと空洞の作り方をいくつか教えてやるよ。」
外側の金型を作り、そこに溶かしたガラスを突っ込み、空気を吹き込んで膨らませる。
「ガラスならこの吹きガラスだな」
「金属でもできなくもないが厚くなりすぎちまうな、重さと材料費が嵩んで数は作れねぇ。」
「材料は何でもいいって訳ではないんですね…」
外金型はそのままに、内側の空洞分を粘土で作って嵌め込み、小さく開けた穴から材料を流し込む。
形成が出来たら、粘土を掻き出す。
「この方法なら確実に形作れるが…粘土をいちいち作んなきゃならねえ。」
「それならその粘土のための型を別で作ればいいんじゃないでしょうか」
「おぉ、ボウズ頭いいな。
ちょっくらやってみるか」
「はいっ!」
他にも数回のトライ&エラーを積み重ねた。
教える側も鋳造は得意分野でないからこそ、3人で考えながら作るのはとても楽しい。
ただ…
「あれ…ウチって鍛冶屋だよな」
「確かそのはずです、そのはずでした」
「過去形に言い換えんな」
「雑貨屋も出来ちまうなこの量は」
「お値段以上のインテリア雑貨屋さんですね…」
"売りに行くほどある"という例えをそのまま現実にしたような瓶やコップ、お皿にお椀にフォークにスプーン、鍋、やかん…その他にもノリに乗りすぎて鍛冶屋が在庫を保管するバックヤードと化してしまった。
「オレらも年甲斐にもなく夢中になりすぎたな。
どう見てもオレ達2人とボウズがここで使う分を足してもめちゃくちゃ余るぞ」
「ボウズ、今日作った分いくつか持って帰れ。荷車使っていいからよ」
「え、いいんですか?」
「せっかく作ったのに使わねぇんじゃコイツらに失礼ってなもんだ。
それに、お前が作ったもんなら母ちゃん喜ぶと思うぞ」
「そうですね、ではお言葉に甘えても?」
「おう、甘えとけ甘えとけ。ガキが遠慮なんかすんじゃねぇ」
「そうと決まれば急いで荷作りしねーとな。」
カイデンさんに促されるように外に視線を移すと、夕焼けが顔を覗かせて1日の終わりをカラスの鳴き声が告げていた
「おーいクロスー」
「お迎えに来たわよー」
「うっわ 何だコレ!」
「お皿がいっぱーい! もしかしてクロスが作ったの?!」
「そうだぜ嬢ちゃん ここにあるやつぜーんぶクロスエイド先生の力作よぉ!」
「やっぱりクロスはすごすぎねっ!
姉として誇らしいわぁ〜!」
「いやぁ型はお二人に作ってもらいましたし、僕は大したことは…」
「いやスゲーよ! こんなのできるヤツなんて聞いたことねーぞ!」
「こんばんわー…あれ?ここ雑貨屋だったっけ」
「いえ…アルフ兄の記憶通り鍛冶屋です…一応は」
「一応ってなんだよ一応って」
後からやってきたアルフ兄が積み上がった食器類と、盛り上がってるガヤ一同をグルっと見回して一言。
「なるほど、だいたい理解できたよ。」
片目を瞑ったウィンクに口角を上げる意地悪い表情『通称:ズルフ兄スマイル』を浮かべた顔に僕はとっても嫌な予感しかしなかった。
帰宅後
「あら〜♡ すごくよくできてるわ〜♡
ちょうど食器が何枚も割れちゃって困ってたの〜♡」
「そ、それはよかったです…」
「どうして父さんは部屋の端で正座してんだ?」
「さぁね〜 お皿でも割っちゃったんじゃないの」
コショコショ…
「今朝父さんがクロスに剣の稽古を…」
「あ〜、それで怒った母さんに一日中ボコボコにされたのか。
皿もそん時に割れたなこりゃ」
「アルフレッド〜? キッド〜?」
「イエ、ボクタチハ ナニモ シラナイヨ」
「ナニモ ミエテナイヨ」
「それでよし」
「それじゃあご飯にしましょう。 せっかくクロスがこんないい食器を作ってくれたんだもの、使わせてもらうわ〜っ」
「あ、あのぉ…そろそろ…」
「貴方は晩御飯抜きです!」
「そんな折衝なぁ…」
チーン…
「それに関しては自業自得だよ 父さん」
「みんなぁぁぁ!もう2度と剣を押し付けようとしないから許してくれぇぇ!」
そんな一家の大黒柱の悲痛な叫びは誰の耳にも届くことなく、陽が落ちた夜空へと消えていくのであった。