小さい奴らのちょい無双
「何か…すごく嫌な予感がする…」
よく晴れた空なのに、森の色が、いつになく灰色がかって見えた。
「コケコココっ!」
『ツヨイ…ナニカ…オキタ』
カラアゲ達やメープルも
『…』
『?』
ソルジャーとコングも森から感じる何かに警戒している
「そうだ、父さん達はこれに気づいてるのかな…!」
慌てて家の中に引き返す。
仕事部屋のドアを叩くとただ一言、それもいつになく低く重たい声で
「入れ」
ドアを開くと母さんもアルフ兄もいて、部屋の空気が明らかにヒリついていた。
「ここに来たってことはクロスも感じ取ったみたいだね」
「僕だけじゃありません。 ソルジャー、コング、カラアゲ達、メープルも森の違和感を感じて警戒モードです」
「チビ助達も…」
「父さん、母さん、今…森の方でなにが起きてるんでしょうか」
「分からん。 この村に住んで10年以上たつが、こんな空気が重くなる感じは初めてだ。
戦場でも…ここまでのは滅多になかった。」
父さんの声色に一切の誇張はない。
「最近変わったことで、原因に心当たりがあるとすれば…やっぱりあれだよね」
「ダンジョン…」
ようやく口を開いた母さんの声はこの事態に対する危機感と同時に、なにやら呆れも混じっていた。
「この村は果たすべき責務を全うした。 調査団を助けにいく義理はねぇ。だが、村に被害が出るのは困る。」
「場所の確認だけでもした方がいいわね」
母さんも同意する。
「ダンジョンの確認はオレがいく。 フローラ、大体の場所は絞れるか」
「方角が分かってるから街と村の位置関係と照らし合わせて導き出せるとは思うわ。 でも」
「ダンジョンは洞窟型か遺跡型かも分かってないんだ、正確に当たってなくてもかまわん。」
「分かったわ」
短い打ち合わせを終えると母さんは鉛筆と地図、紙を取り出し、ガリガリと情報を書き殴っていく。
「クロス、剣と回復薬の用意をたの」
「僕も行きます」
父さんが言い終わる前に発した僕の言葉で一瞬、部屋の空気が止まった。
「…は?」
父さんが耳を疑うように僕を見る。
「なに言ってるんだよ…クロス、お前は」
「戦えないのは分かってます。」
逃げずに僕は言う
「僕だって行かないで済むなら行かないですよ。 でも、ここで行かなかったら後悔する気がするんです。
父さんだって、戦えるようになったと言っても魔物が何体いて、ダンジョンにどんなトラップがあるかも分からない状況下で20人だか40人だかを守るのは簡単じゃないはず。
父さんが動くなら、僕のような回復担当は必要です。違いますか?」
僕の言葉に父さんは黙る。
僕を連れていくメリットとデメリットを現場の視点で天秤にかけているのだろう。
戦場で何度も似た判断をし、そして後悔もたくさん経験したはずだ。
「下手すれば命はないぞ」
「そうですね、でも僕が死ぬとしたら父さんよりかは後になるはずです。」
「?」
開けっぱなしのドアの方に視線を誘導する。
お馴染みとなった鳴き声や羽音、ウィンという機械音と共に僕の仲間達がひょっこり顔を出す。
「総力戦で行くつもりですから」
「これは一本取られたね。 これだけ前線要員がいるならクロスが前線に出る意味がない。」
「ったく…とんでもないわがまま坊主をこさえたもんだな。
だが馬車の問題はどうする お前は馬車に乗れんだろ、騎馬だって教えてない。」
「それは簡単です。 陸路がダメなら」
「浮いていきゃいいってもんでもないだろォォーーーーーーーーー!!」
僕は馬車に酔う。 その原因が整備が行き届いていない陸路と父さんの荒い運転にあるとしたら答えは簡単。
馬車がダメなら魔法の絨毯に乗ればいいじゃない…ってね
「なんだろ この感じ…」
風が吹いても落ちそうになることのない確かな安心感
立って歩いてもバランスを崩すことのない安定感
そして遮るものもなく道なき道を行く疾走感
「最っ高ぉ!」
「うわぁぁああああ!!」
馬車に乗っていれば僕は酔って父さんは平然としているが、今日は完全に逆だった。
「コケェ…」
「コココッ!」
カラアゲたちは皆、翼を広げて風を感じている
進化したとはいえ鶏の魔物であるコッコにとって空中は一生かかっても届くことのない領域。
でも、鳥としての血が騒ぐみたい。
「風が強くなってないか!? 落ちる! 落ちるぅぅぅ!」
「魔法の絨毯をみくびらないでください。風の影響を受けないから成立するものです。
それから怖いなら下は見てないで前か上を見ててください。」
「よ、よし…前か上だな…」
恐怖を誤魔化すために仰向けに寝転ぶ。
しかし、風を滑るような飛行音が逆に耳へ流れてくる。
「み、見えないのも怖いぃぃいいいいい!」
父さんの断末魔は森中に響いた。
「あれかな」
「見つけたか!? あ…」
僕が見つけたものを確認しようと絨毯から顔を覗かせる父さんはすぐに引っ込む
「ヒィィ!! お、お前なぁ!」
「別に見てくれと言ってませんって…。 ソルジャー、周りに魔物がいないか確認して」
『…』
自力で飛べるソルジャーに先行してもらう。
『…』
1分ほど周囲を見まわした後、戻ってきて僕に向けて軽く頷く。
「外敵なし…と。 なら」
ゆっくりと高度を下げ、目的の場所に近づいていく。
上からは気で隠れて見えなかったが、テントがいくつか見えてくる。
「父さん、もう地上ですよ」
「や、やっとか…まったく肝が冷えたぞ…」
急な斜面を無理やり抉り取ったような洞窟、寸分先の中が闇がかって見えない入り口という異様さ
「ここで間違いないだろうな。 調査団の馬車がある」
「ってことはこの洞窟が」
「ここからは歩いていくぞ」
絨毯を丸めてアイテム袋に入れ、今から入ろうとしたその時だった
「た、助け…!」
中から血と土埃にまみれた白衣が転がるように出てくる
「どうした、何があった」
「あなたはベジッタ村の…中でダンジョンボスが…デーモンが…同僚が」
そこまで言いきったところで、男性の意識は途絶えた
「おい、おい! しっかりしろ! くっ…」
「急いで回復薬を」
「いや待て」
目の前で気を失った人を見て動揺しながら僕を父さんの一声が静止し、白衣の裏を確認する。
「気を失っただけだ。 白衣の血はこいつの傷じゃない、ほら」
1番血の面積が多い腰側をめくって見せてくれる。
大量出血するような傷はない。
「ならこの血って」
「他のやつのだな。 だがこの量は…急ぐぞ」
「はい。」
ダンジョンに突入する。
中は真っ直ぐ続く岩の洞窟。
倒された魔物の死骸はダンジョンに吸収されるらしく、もう無い。
たまに魔物と遭遇するが
「お前たち、やってみろ」
「「「「コケェーーーー!」」」」
「次はメープルな」
『メープル…ヤル!』
父さんの出番はない。 もちろんソルジャーとコングの出番も。
「何も…心配する要素がないですね」
「あいつらならそんじょそこらの低ランク魔物に苦戦することはない。
それに向こうもモルヴァインの私兵が護衛についてるし、トラップも、ほら」
壁の至る所にチョークで円を描いてある。
確かに、よく見れば周りの壁より出っ張ったりへこんだりしている。
「さすがはダンジョンのプロってわけですね。 察知は完璧だし、踏みそうな機動装置は入念に無効化してあります」
「はぐれたのがいるとしたらさっきの1人とボス部屋付近ってところだな。」
階層を降りる階段までほぼノンストップ。 だが、
グゥォォォオオオオオーーーーー!
「!!」
「!!」
階層を貫くように響き渡る轟音。 あの時、村で感じたのと同じ圧を感じる。
「ビックリしたぁ」
「大丈夫か」
「はい。 みんなは」
従魔たちを確認する。 流石の大きな音に驚いて転がってはいるが、声をかけると大丈夫そうな返事が返ってくるので下の階層に降りることに。
「父さん、止まってください」
「どうした」
「ここ、調べてもいいですか」
僕が示したのは壁に開いた穴。
「そんなとこ調べてどうするんだ」
「下から上に向かって空気が流れてるんです。 もしかしたらボスのいる最下層につながってるかも…」
僕の膝くらいの高さにあいた穴へ耳をすます。
「人の声が聞こえます!」
「どけっ …確かに人の声だ。距離は2階層以上離れてそうだな」
「この穴のサイズなら、いけるか。」
「お、お前まさか…階層を!?」」
「そのまさかです。 ソルジャー、この穴の先に行って天井をぶち抜いて!」
『…』
「ちょ待て待て待て!」
父さんの静止も虚しく、ソルジャーは穴の中へ身を投じる。
15秒ほどたった頃、僕たちのいる階の床を見慣れた小さな魔力の弾丸が1発! 2発!…と突き抜ける。
「下がってください」
「こんな雑な探索する奴はどこ探してもお前だけだぞ…」
次第に弾痕は床に円を描き、円の真ん中に一発空いたその瞬間、床が音を立てて崩れる。
「わぁ〜びっくりした。 さっ 降りましょう」
「なんでそんな淡々とリアクションして次に進めるんだよ!」
来た時に使った魔法の絨毯を使って階層を安全に降下していく
舞い上がる粉塵、飛び交う怒号、血と火炎の匂いが鼻をつく
「…ひどい状況…」
倒れた人、無数に湧いたゴブリン、あちこちから血を流しながらも戦う兵士たち。
初めて目の当たりにする戦場の空気は、僕の思考に衝撃を与えるには十分過ぎるほどだった。
「ぐっ…!」
「まだ立てる奴はいるか!?」
「誰か回復魔法を!」
調査団と兵士たちは壊滅寸前。
両手で数えきれないほどのゴブリンの波に押しつぶされ、残りわずかとなった戦力では全滅など時間の問題であった。
「あれが元凶か」
父さんの声が重く響く。
ゴブリンの奥、壁のように見えていた巨大な影が、ゆっくりと姿を現した。
デーモン。
赤紫がかった黒い外皮。岩を削るような鋭い爪。ひと目で“普通の魔物ではない”と分かる異様な存在感。
そこに立っているだけで、場の空気がぴりつくように張り詰める。まさしく、この異変の中心だった。
父さんの手が無意識に剣を抜き、稽古で見たことのない構えに、ガチの臨戦体制をとる。
デーモンが腕を振り上げ、黒い炎を放つ!
「伏せろ!!」
間に合わない!
「コング!」
『!!』
僕の肩から腕を駆け抜け、人とデーモンの間に入って鍬を振り下ろす。
地面から岩壁がせり上がる。
黒炎が岩を叩くが、爆散。
岩壁も4割ほど消し飛ぶが、かろうじて立っている。
「なんだ今の!?」
「ロックウォール…一体誰が…」
コングの生成した壁が防御として機能することを確認した僕は仲間たちに向けて叫んだ。
「ソルジャーは父さんの後方火力! コングは防御壁を作ってセーフティゾーンを設営!
メープル、カラアゲ、タツタ、ロースト、ナンバンはゴブリンを倒しながら避難誘導、セーフティゾーンへの退路を確保して!」
『…!』
『! ♪』
「コケコッ!!」
「コケココッ!」
「コケェーッ!」
「コケコッ、コケッ!!」
『メープル…ミンナ…タスケル!』
仲間たちの返事を受け取り、ポケットから1本の瓶を取り出す。
「父さん、僕たちで後ろは繋ぎ止めます。 “これを“」
「あぁ。 前線はまかせろ! そっち頼んだぞ!」
「はい!」
コッコたちは特製の木の棒を構え、メープルは羽音を高めて全速力で、父さんとソルジャーはゴブリンの波を高々と飛び越えてデーモンへ。
「…よし。 コング!」
コングを下げて、僕も負傷者の元へ駆ける。
「大丈夫ですか、分かりますか!?」
腹部から血を流して倒れている人に回復薬をかける
傷が塞がるのを見る間も無く次の人へ
「使ってください」
「小僧、助かる…」
「そこのお兄さん、これを」
「もらった!」
「こっちにも2本くれ!」
「ごめんなさい投げます!」
「おっし!」
回復薬の数は足りるが僕1人で見るには怪我人が多過ぎる。
行儀が良いだの悪いだの言ってもいられないので、動ける人に手渡し、時にはアンダースローで投げ渡し、1人でも多くの人を助けるために最善を尽くす。
その頃、シルバスとソルジャーもデーモンと衝突。
「硬ぇな…」
剣と爪がぶつかり合い、金属音と火花が飛び散る
『!』
ソルジャーの1発がデーモンの肩を撃ち抜き、デーモンが苦悶の咆哮を上げる。
「不条理だろデーモン! あんな人形の攻撃が痛いなんてなぁ!
オレも同じだ!」
シルバスが近接で隙を作り、ソルジャーが魔法攻撃を放つ隙を潰す。
「だが、もっと反則なのはこれからだ!」
小瓶を軽く投げ、剣で切って刃に浴びせる。
クロスエイドから受け取った付与油を。
「よそ見すんなよ!」
一方、ダンジョンが作ったものか、デーモンの魔法か、展開しっぱなしの魔法陣からゴブリンが次から次へと湧いてくる。
「くそっ、キリがねぇ!」
「ここまでか…」
「コケっコココッ!」
「「「コケェーーー!」」」
兵士たちの横を白い丸が通りすぎると同時に、まるでボウリングのピンかのようにゴブリンたちが吹っ飛ぶ。
「なんだ!?」
「増援! ってコッコ!?」
『…ジャマ!』
吹き飛んだゴブリンの外周を黄色い残像が通り抜けると共に、ゴブリンの全身に無数の傷が入る。
1匹と4羽の完全な連携に、前にいたゴブリンはあっという間に一掃されたのである。
「い、今のうちに負傷者をつれて下がるぞ」
「おう! お前達すまない! ちょっとの間、持ち堪えてくれ!」
「負傷者をこっちに!」
「急げ!」
カラアゲ達が向かった方角から負傷者を抱えて何人か走ってくる。
「子供!? こんなところにいたら危ないぞ!」
「バカやろっ! この子達に助けられてるんだよオレたちが!」
「は? お前何言って…うわぁ!」
突然、岩壁に何かがぶつかった音がする。
次の瞬間、地面に深々と刺さる鎌の刃のようなものーー爪だ。
壁の向こうで見えないが、父さんとソルジャーが確実にダメージを積み重ねている証拠だと理解した。
「オレたちはあのコッコに加勢に戻る。 ここは頼んでいいか」
「待ってください。 お2人がもっている剣も槍も、もう限界です。」
「それでも行くしかない。 護衛対象を最後まで守るのが兵士の役目だからな」
「その覚悟は立派です。ですがもう少しマシな装備をもっていってください」
兵士たちを引き留め、近場に転がっていた盾や剣を次々に白いキューブに吸わせていく。
「錬成開始」
緊急事態だから出し惜しんでいられない。
「必ず戻ってきてくださいね」
キューブから吐き出された剣と槍を渡す。
「元通りに…なった」
「ありがとう。 君も気をつけてな」
「はい。あとこの棒を僕の従魔達に渡してください。 訓練用の木の棒もそろそろ限界のようで」
「えっ あいつら木の棒と体術だけで戦ってたのか!?」
「とにかく行くぞ! 必ず届けるからな!」
「そっちは頼んだぞ!」
心身ともに復帰した兵士に武器を持たせて送り出し、僕はまたヒーラーとしての役目を全うする。
そして前線
「月弧! そこだっ!」
デーモンの爪による斬撃を弾き、反動を利用して身を翻して腕を斬る。
その隙を逃さずソルジャーが急所の可能性が高い角、右目、口をビュンビュンと撃ち砕き、流石のデーモンも大きくよろめく。
「今だ!」
一気に踏み込み、剣を振り下ろす。
胸部の硬い外皮が砕け、赤く強い光を放ちながら鼓動を打つモノが露出する。
「シロすけ! そこだ! キッチリ決めやがれ!」
『!』
「!」
喧騒の中、その声は僕にも聞こえた。
まるで、ソルジャーと感覚が一瞬だけリンクしたかのように。
相棒が僕の言葉を待っている…と
「ここお願いします!」
「ちょっと待ちなさい! 危ないわよ!」
岩壁から出て叫ぶ
「ソルジャー! 無限光弾幕!」
『!!!』
ソルジャーの目がキラン!と光り、エネルギーを銃口の先に集める。
「ちょちょちょちょちょ! オレまだいるって!」
父さんが慌てて離れる。
その間に巨大化し、わずか数秒でバランスボール大になった魔力球はトリガーを引くことでデーモンのど真ん中ーー核を目掛けて容赦ない光弾の雨を降らせる。
心臓どころか胴体を失ったデーモンの身体は音もなく砂粒のように崩れ落ち、階層全体を覆っていた黒い魔力が霧のように消えていった。
「終わった…?」
「…生きてる…」
「オレ達…生きてるぞ…!」
誰かがそう声を上げたと同時にあちこちで立っていた者が膝をつく音が聞こえる。
「助かった…」
「本当に…もうダメかと思った…」
フロア全体に安堵の声が広がった。
僕もヘニャヘニャとへたり込む。
「よかった…」
『♪』
「コケッ」
「コケコケ」
「ケケコッ」
「コッコケ!」
『アルジ…タダイマ』
カラアゲ達、ソルジャー、コングも戻ってきて、メープルが僕の肩に乗り、赤く目を点滅させたソルジャーが目の前まで進んできて、力無く僕の手の上に落下する。
「みんなお疲れさま。 本当に助かったよ」
「なんとかなったな。」
「はい…父さんもみんなも無事で良かったです」
父さんの手が僕の頭に置かれる。
「まったく…とんでもないことばっかりやってくれるバカ息子だなお前は。」
父さんの顔がいつもの父さんの顔に戻りつつあるのを見て、僕はホッと息を吐いた。
ゴゴゴゴゴゴゴ…
「なんの音だ?」
「父さん、後ろ…」
フロアの奥、デーモンが守っていた壁の一部が軋みながら横に開き始める。
グゥォォォオオオオオーーーーー
「あの音…」
「まだ…終わりじゃないってことか」
戻りかけていた父さんの表情がまたこわばる。
僕も、仲間達も自然と扉の奥を見つめていた。
扉の向こうはやはり暗くて、何も見えない。
だが、そこに“何かいる“ことだけは、はっきりと分かった。
「おい、隠し扉じゃないのか? さっきのデーモンが倒れてから開いたってことはダンジョンの最深部だぞ」
「待って、まずは魔力濃度の観測をーー…な、なにこれ!? 何もないはずなのに進めないわ!」
「魔法の障壁だと!? クソっこのっ…ダメだびくともしない!」
調査員数名が開いた扉に群がるが、闇の向こうに進めるものは誰1人としていない。
次の瞬間、扉が淡く光る。 すると僕と父さん、メープルやカラアゲ達、コングと電池が切れたソルジャーまでもが扉と同じ光に包まれる
「え…なにこの光…」
「要するに入れるのは勝利に大きく貢献したやつだけ、ってことか」
光った僕たちと光らなかった調査団…その違いは明白。
だが調査員にとってその資格の有無はあまりにも大きかった。
「ふざけるなよ…私たちだって命を張って調べてきたんだぞ!
なんで子供と…こんなオモチャみたいなのとチキンと虫が入れるんだよ…!
勝手に選別しやがって!」
「戦況を動かしたから? 分かってるわよ、確かにこの子達には助けられた。
でもそれと入る資格は別でしょ…こんなの、あんまりじゃない…」
「判断基準も示さないで黙って締め出すとか…ボクたちの努力をなんだと…」
「で、でも…! さっきの戦い、あの子達がいなかったら私達はもうここにはいない。
ダンジョンの基準がどうあれ、この結果は否定できません」
「悔しいが、現実として受け入れるしかない。 今は生きて帰れるだけ十分ありがたいのだから、彼らが呼ばれたなら…任せる他ない。」
調査員達は不満の中でなんとか折り合いをつけようとしている様子を見て、少し視線を落とす。
「納得はいかないと思います。
これで代わりになるか分からないですけど…」
白いキューブを取り出し、地面に転がっていた真っ二つの小瓶を吸い込ませる。
「錬成開始」
10秒ほど絵柄が回ったのちに吐き出されたのは、子供の掌にちょうど収まる大きさの澄んだ結晶の玉
それを近くにいた女性調査員の手に握らせ、人差し指を口に当て、軽くウィンクする。
「僕が作ったガラス玉です。内緒ですよ。
あ、ダンジョンのドロップ品ってことにしといてください。 じゃないと…皆さんをバキュンしなきゃいけないかも。なんてね」
女性が戸惑いながらそれを受け取ると、重かった調査員達の空気が、ふっと一段緩んだ。
さっきまで悔しそうだった面々の表情にも、どこか苦笑い混じりの余裕が戻ってくる。
「行ってきます」
一言だけ残し、僕たちは扉を潜った。
扉の向こう側は明かりがないため暗く、静かだった。
「錬成」
木の棒切れに火が灯る
「クロス、火魔法使えるようになったのか?」
「薪が炭になり灰になるまでをしっかりイメージできれば着火は錬金術で代用可能なんです。 火球とかはもちろん無理ですけど」
「お前ってそういうの不便しないよな…」
「器用スキルとひらめきの応用です。 これがフィジカルに一切の恩恵がないのが悲しいところです。」
「チビスケ達いるし別にいいだろ…これで戦えたらもう人間じゃねぇよ」
「僕以外人間じゃないですよ」
「見りゃわかるよ」
父さんと久方ぶりの冗談を言っていると廊下を抜け、ひらけた空間に出る。
薄暗い空間の中央に、巨大な影が横たわっている。
「…腹が…減った…」
グゥォォォオオオオオーーーーー!!
巨体から聞こえた声に、警戒体制をとる。
「おぉ…人の子よ…食べ物を…持っておらぬか…」
「へ?」
「できればパン…願わくばサンドイッチなど…」
「図々しいな!」
そのあまりに現実的な要求に、張り詰めていた緊張が音を立てて崩れる。
「サンドイッチなら…あるけど」
「頼む…サンドイッチを我に…」
ゆっくりと弱々しく手を伸ばすドラゴン。
恐る恐るアイテム袋を開き、木製の弁当箱を取り出し、サンドイッチを1つとって渡す。
指…というか爪…というか、とにかく大きな手の先で慎重につまみ、そーっと口元へ運ぶ。
サイズ感の違いはパクっではない、小指で塩の粒を味見するくらい慎重な一口だった。
「う…これは…! このふわりとしたパンの食感、濃厚な黄身、塩気と油がケンカせず、全部が手を取り合って共存しておる…!
噛むたびに腹だけでなく心まで満たされる…これは栄養だけではない、生命の源そのもの…!
我、生きておる…生きておるぞ…!」
弱々しく横になっていた真っ黒いドラゴンが雷に撃たれたかのように跳ね起きる。
「人の子よ、感謝する。 もう少しで我はダンジョンの糧になるところであった。」
「え?あ、はい…どうも」
「ところで…今のサンドイッチ、まだ残っておるか?」
「まぁ残ってるけど…人を襲って食べるとかしないんですね…」
「我が人を? 我は肉よりパン派、そしてサンドイッチを好む。
それに人を襲う元気があるなら我は本を読み漁っておるわ」
そう言って壁の方を指さす。
本棚がズラりと並んでいる。ただ本棚といっても比較的平面な岩の上に板を置き、その上に同じような物で作った粗末とも言える物ではあるが、岩との間に板を噛ませて本が傷つかないようにしているあたり、相当に本が好きなのは分かる
「それで、そんなインドア派のドラゴンさんがどうしてダンジョンの裏ボスを?」
「あれは我の意思ではない。」
黒いドラゴンは語り始めた。
つい数ヶ月前、住処としていた洞窟が突然ダンジョン化したこと。
ダンジョンという空間と強い繋がりができてしまった影響で、外に出られなくなってしまったこと。
基本的に引きこもってるため最初は何の問題もなかったが食料がつき、最終的に死を待つだけの状態まで動けなくなっていたこと。
「つまり…住処ごとダンジョンに取り込まれて、身動きが取れないまま餓死寸前だった、ってことだな」
「そういうことになる。何度か我も脱出を試みたが、ダンジョンは生き物のようなもの。我の魔力を奪って再生しよるのだ」
「自分の一撃を自分の魔力で再生されるのは確かにメンタルにくるかも…
ならあの大きい雄叫びは? グォーー!ってやつ」
「あ、あれは…」
黒い鱗を真っ赤に染め、ぼそりとつぶやくように言う
「に、人間だって…空腹になれば鳴るであろうっ…」
「「腹が鳴った音かい!」」
「わ、我も生き物だ! 何ヶ月も飲まず食わずで限界だったのだ!」
「そりゃそうだろうけど…」
「ドラゴンの腹の音が鳴れば、無意識に食欲がダンジョンの外に漏れるのも当然か
まぁ、聞いたところ悪いドラゴンってわけでもないし、さすがに倒すのも気が引けるぞ…」
「そのことだが人の子よ。」
「僕?」
「そなた、名をなんと申す?」
「クロスエイド・ベンドリック。みんなからはクロスって呼ばれてます」
「そうか。 我が名はイリス、今日この瞬間より我はそなたの従魔となろう」
「え!?」
「ハァ!?」
「我はお主の作るサンドイッチに惚れた。 他にも作れるのであろう? そこの小さなサル型のゴーレムも、父君の剣に塗られた油もお主が拵えた人智を超えた力と見える。
であれば我を側においても問題はないであろうよ。」
黒いドラゴン…イリスがそう言い終わると同時に僕の中に何やら繋がりができた感覚が。
「従魔契約、成立である。 これから世話になるぞ、主よ」
「拒否権なしぃ…?」
パリィン!
イリスとさっきの扉の2箇所から何かが割れた音が聞こえる。
「今の音…まさかゴブリンが残ってやがったか!」
「案ずるな。 我と主との間に新たな繋がりができたことで、ダンジョンと我との繋がりが切れただけである。
じきにこのダンジョンは機能停止するであろう。」
「ってことはイリスは自由の身…ってことですか」
「主よ、我に丁寧語を使う必要はない。 そこのコッコと蜂と同格として扱うがよい。」
「そんなこと言われても…ドラゴンと話したことだって初めてなのに」
そんなやりとりをしていたその時、裏ボス部屋の奥の地面に大きな魔法陣が生じる。
「ダンジョンも出ていけといっておるようだ。
主よ、我の荷物はその本だけ。 そなたのアイテム袋に入るか」
「いや、さすがにこの量は…」
「置いてくか」
「それはダメじゃ! この本たちは我が長年集めてきたコレクション、歴史そのものである! 置いていくなどあってはならぬわ!」
「わ、分かったからそんな怒るなよ…耳が…」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
壁や床が揺れ、ダンジョンの空間そのものが歪み始める。
「マズい…! このままではダンジョンの崩壊とともに我の本が!本がぁ!」
「外に出たみたいですね」
「あぁ。 しばらくダンジョンは御免だな」
ダンジョンの入り口は完全に消滅した。
イリスが住処としていた洞窟は人が入るほどの窪みすらなくなり、完全に岩肌と化していた。
「領主様方、ご無事でしたか!」
「あんたらも無事脱出できたみたいだな」
「おかげさまで。 調査団17名、兵士15名、総勢32名、1人の犠牲もなく生還いたしました。」
「なんか減ったな…村で見た時40人はいたのに…」
「えぇそれは…バルド殿を連行したために取り巻きは早々に去り、それぞれの理由でバルド殿やモルヴァイン家の私兵を辞した兵士たちの一部も次の職探しのために抜けまして…。
今残ってくれている兵士も大半はこの仕事を全うすれば、ほとんどが辞めるつもりだと…」
「そりゃあんなのに仕えてたら命がいくつあっても足らんわな」
「あの…貴重な食料を提供していてだき、危機を救っていただいておきながら、ちゃんとお礼もできていない内に重ね重ねのご相談で申し訳ないのですが…」
「はぁ…王都に帰るまでに希望者を募っておけ。 働く気があるなら住むところと食べるものは何とかする。」
「ありがとうございますぅぅっ!!」
父さんの気まずそうな視線が僕に向く。
もちろん少なからず帰ってから忙しくなるのは僕なのは明白。
でもきっと大丈夫。 彼らは悪い人たちじゃない、あの窮地に追い込まれても周りのために動けるだけの人間性を持っている。
それだけで充分だと僕は思ったから、父さんに微笑んで頷き返した。
『「「 やったぁあーー 」」』
野太い声が天高くこだまする。
一方で涙を流して本の山を撫でている存在が1人
「おぉ…本たちよ、よくぞ無事で…
これからも我が1ページ1ページ大切に読んでやるから安心するがよい」
魔法の絨毯に積み込んだ本、一冊一冊に声をかける女性…もとい人型形態のイリスだ。
身にまとうマントと服は擦り切れ、裾は裂け、縫い目もほつれて今にも裂けてしまいそうなほど。
ただ、年の頃は十代半ばほどの、小柄で細身の少女の姿をしていた。
藍色ーー夜色の長い髪に、頭から小さな角がちょこんと覗いている。
少し眠たげな黄金色の瞳と角さえ"見なければ"、この少女がダンジョンの奥にいた“ドラゴン”だとは、すぐには信じがたいだろう。
「領主様、あの少女は…?」
「あぁ、あれは…」
「ダンジョンの隠し部屋で囚われていたので保護しました。
どうやら身寄りがないそうなので、ベンドリック家で引き取ります。
問題ないですよね?」
「ですが、あのコブ…いやあの角はもしや、ドラっ…!」
ドラゴンの単語が出る前に父さんの手で塞がれる。
「あんま騒ぐな。 あいつも巻き込まれた被害者だ。
本が好きなだけの無害なやつを害する道理は国王から命を受けた調査団にもないだろ」
それだけ言い聞かせて手を離す。
「わ、分かりました。 あの少女は見なかったことにします。
それから、お二人とお仲間のことは報告書に書かないようにしようかと」
「そうしてくれ。 オレとコイツは村に被害が出そうな魔物を必要に応じて倒しただけだからな。それと」
父さんは調査団の代表になにやら耳打ちする。
「クロスを敵に回すとマジでヤバいから気をつけろ。」
「で…ですな…」
「オレたちは先に帰る。 そっちは荷物の整理だとかシュトニックで終わった後の手続きでもするんだろ」
「ご配慮、感謝します。」
兵士たちと調査団たちが一斉に僕の元へ集まってくる。
「本当に感謝してもしきれません!」
「君のおかげで全員生きて帰れるよ!」
「村に着いたら改めて世話になります!」
「皆さん、家に帰るまでが調査です。 王都まで気をつけて帰ってくださいね」
『「「 ハイっ! 」」』
短い別れの言葉を残し、僕たちは別れた。
「主よ、落とすでないぞ。 これは我の命より大切なものなのだ」
「分かってるって…ほら、狭いんだから座って」
「うむ。」
「っていうかイリスは自力で飛べるでしょ、ドラゴンなんだから…」
「うわぁぁぁ! 落ちる! 落ちるぅぅ!」
「父さんもうるさいなぁ…」
ベジッタ村への道中、いや空中は、いつになく騒がしかった。
村に降り立つと、真っ先にアルフ兄、ソラ姉、キッド兄が駆けてきた。
遅れて母さんもやってくる。
「クロス!」
「おかえり!」
「無事だったか!?」
「ただいま。 みんな無事です」
「もうっ! 心配したんだからねっ!」
「でもクロスなら大丈夫だって信じてたぜ!」
「あははは…ご心配をおかけしました」
「父君よ、その方らは主の兄君と姉君であるか」
「あぁ。 左からアルフレッド、ソラ、キッド。で、その隣がフローラ、オレのカミさんだ」
「クロス、そちらの人は…」
「「 だ〜れ? 」」
兄姉たちの目線からすれば大量の本を持って帰ってきているだけでも異様だが、その本を愛でている角の生えた少女の存在はアルフ兄たちにとって未知との遭遇であった。
「我の名はイリス。 今日よりこの村で世話になるゆえ、母君、兄君、姉君、よろしくなのである」
「もしかして、ドラゴン…?」
「「ドラゴン!?」」
「あなた、クロスエイドちょっといらっしゃい。詳しく聞かせてもらいましょうか
1から200くらいまでねぇ!」
「あ、はい…」「こうなると思ってました…」
2人でどうにか説明中…
しばらくお待ちください…
「なるほどね〜。害意がないなら討伐する義理もないし、クロスの従魔になっちゃった以上、見捨てる訳にもいかない。
でもウチだってそこまで余裕があるわけでもーー」
「であれば、母君よ」
イリスが魔法の絨毯からよっこらせっと降り、ボロマントのどこかから黒く輝く丸みを帯びた板を取り出し、母さんに手渡す。
「我の鱗だ。 売れば我の生活費くらいにはなるであろう。
人間の言葉で言うならば…家賃とかいうやつの代わりだな」
母さんの表情がカチン!と固まり、冷や汗がダラリダラダラ…
「…面倒みましょう。 どのみち行くあてもないのよね」
「よろしくなのである!」
その日のうちに家族会議が行われ、ベンドリック家にもう空き部屋がないことから、イリスは家の隣、作業小屋に居候する運びとなった。
イリスは自分の荷物ーー山のような本を満足そうに抱えて早速引っ越しを開始した。
「ここが我の巣であるか! 外見以上に広いであるな!」
「アイテム袋の容量増加を応用して広げたんだよ。
縦横高さで増えたから、持て余す高さは階層に区切って有効活用できるようにしてある。」
「ほうほう! では遠慮なく住まわせてもらうのである!」
そう言って、間仕切り代わりに本棚を並べ始める。
「こっちが我のスペースなのである。 立ち入りは禁じぬがノックはするである。」
「あ、はい…でも、ノックするドアがないけど」
「それを作るのは主の得意分野であろう。 今はひとまず本棚のこの辺でもノックするがよい。」
それから数日。
イリスは完全に小屋の片隅に根を下ろした。
パンやサンドイッチを抱えて本を読み
「…ふむ。ここで勇者は仲間を信じ、あえて大群を任せて先にいく。
なるほど、この作者…なかなかに分かっておるな」
時々ソラ姉とキッド兄に読み聞かせをし、
「ーーこうして勇者は魔王軍の脅威を退け、民を救ったのであった」
「ウォーー! 聖なる魔法をあんな風に使うか! すげぇな勇者!」
「うんうん…でも、この時の王女様の気持ち、ちょっと切ないね」
アルフ兄と本の内容で盛り上がり
「この戦術、前に見た歴史書と似てる気がする。 実際にあった戦争を元にしてるのかな」
「ほう…実に興味深い。やはり人間の歴史も物語の宝庫よな
次はそなたが知る話も聞かせよ。 この本の中の好きな話でも良いぞ」
母さんには何やら怪しげな布教活動をしているらしい…
「…待って。 つまりこの2人は、互いのことを想って身を引いたの?」
「うむ。尊い自己犠牲の精神とすれ違いの美である。
母君の好みであれば、読めば読むほど胸が締め付けられるだけでなく、無意識のうちに引き込まれていくであろうよ。」
従魔たちや父さんとの関係も良好である。
ただし…
「あのなぁイリス…戦闘訓練だって言ったのによぉ」
「なんじゃ」
「本を読みながら結界張ってたんじゃ訓練にならんだろ!」
「ドラゴンである我も」
モグモグ
「痛いものは痛い。防御も攻撃の内というものであろう」
ちょっとズルいというクレームも入ってきているけど、これはこれでありだよね。
そんな光景を見て、作業小屋の一角で手持ちの魔導ランプを組み立てながら、僕は笑った。
「…賑やかになりましたねぇ」




