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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第一章 トカゲに守られた王女
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聖都観光をあなたと

 せっかく知り合ったのに、あっという間に別れの時間がきてしまった。遠いソレントに住んでいるのだから、もう今後会うことはないかもしれない。

 ――もう少し、彼と話してみたかった。

 テーブルに散らばってしまったパイ屑を寂しい気持ちで集めていた私は、ふと違和感を覚えた。

 一番遠い端の席でパイを頬張る二人組に、見覚えがあるのだ。

 彼らはなぜか私と目が合うなり、大仰に顔を背けて目を逸らした。 


「ねぇ、ルーファスさん。あっちの席にいる青いマントの若い男性達なんですけど。さっき私達のいたベランダのすぐ近くにいたんですよ。大バルコニーじゃなくて、なぜか私達を見上げていたので、覚えているんですけど……」

「偶然だろう。これだけ人がいるから、たまたま出くわしてもおかしくはない」


 そうだろうか。違和感があるのは、彼らが二人でパイを一つしか買っていない上に、やたら時間をかけて食べていることだ。私とルーファスは既に二つずつ完食したのに。


「なんだか、私達を見張っているみたい……」

「リーナ! あっちにある屋台で、投げ矢ゲームがあるみたいだ! ソレントでは見たことがないぞ。景品に大きなぬいぐるみもあるみたいだし、やってみないか?」


 私の話を遮るようにルーファスが急に喋り出し、遠く見える別の屋台を指さす。

 正直なところ、投げ矢ゲームは私もやったことがない。それに、流石に私はぬいぐるみを欲しがる年齢ではないのだけれど。


「そ、そうね。楽しそう……かも」


 棒読みの返事になってしまい、私の笑顔もひきつっているはずだが、ルーファスはお構いなしに大慌てで食器類をまとめた。

 まるでその場を早く離れたいかのように、急いで食器類を返却し、私の左手首を掴んで広場の雑踏の中へと飛び込んでいく。そのかなりの力に、困惑してしまう。

 食べ物の屋台から人混みをかき分けて歩き、たどり着いた区画には、ゲームの屋台が集まっていた。

 ルーファスはその一つである投げ矢に興味をそそられたようで、店主の後ろの棚に並ぶ景品を吟味し始める。

 ルールは簡単で、クルクルと回る大きな円形の的に小さな矢を投げ、当たった部分に書かれた番号の景品がもらえる仕組みだ。

 的を外した場合の景品は、飴玉だった。

 ルーファスがさっさと二人分の代金を支払い、楽しげな笑顔で私を振り返る。


「お互いに相手の欲しいものを狙わないか? その方が本気になれて、盛り上がりそうだ。リーナは何が欲しい? どんな狭い的でも、頑張って狙ってみせるから」

「ええっ⁉︎ そのやり方だと、ルーファスさんは景品が手に入らなくなっちゃいます! 私、矢を的にすら当てる自信がありません」

「大丈夫、大丈夫。その時はその時だから」

「いやいや、だめだめ、絶対……」


 ルーファスには損しかない方式を止めようと反論してみるものの、彼は気に留める様子もない。

 的を狙って舌舐めずりでもしそうな勢いで、ニヤリと口角を上げて右手に矢を構えている。


「何が欲しい? 教えてくれ」


 投げてもらうなんて申し訳なさすぎる。でも、早く言わないと、ルーファスは今にも矢を放ってしまいそうだ。

 焦りながら景品の並ぶ棚に視線を走らせる。

 景品に一番多いのはぬいぐるみだ。でも目立ってしまって、聖王城に持ち帰りにくい。

 乳母の家に置く手もあるが、埃だらけになってしまって、それでは可哀想だ。持ち帰りやすい大きさで、女性向けのもの、と考えて私はおずおずと答えた。


「ええと、それじゃ……髪飾り! 髪飾りに当ててください」

「了解。任せてくれ!」


 勇ましくルーファスが答えてくれるのが、本当に申し訳ない。

 店主が「一投目!」と合図を出すと共に、的に手を掛けて回し出す。

 ルーファスの大きな手にすっぽり入った矢は、何度か彼が振りかぶった後に素早く放たれ、ガン! と的に見事刺さった。

「二投目!」との合図で隣の的が回され、ルーファスが再び矢を放つ。それも的に命中し、次なる最後の三投目もは、的のほぼ真ん中に刺さった。

 ルーファスの的確な投げ矢は近くにいた人々の注目を集めたらしく、どよめきと歓声が上がり、見知らぬ客までが拍手を送って喜んでくれた。


「にいちゃん、凄いなぁ。最後のなんて、ど真ん中に当たってるよ?」

「良かったわね! 貴女の恋人、素晴らしい腕前ね」


 後ろにいる若い女性の二人組が、興奮した様子で私に声をかけてくる。


(恋人って……! 違うのに。でもそう見えるのかしら?)


 ドキドキと恥ずかしさで胸を高鳴らせて周りを見渡した私は、あっと気がついた。

 今度は隣の屋台に、さっき見た男性の二人組がいるのだ。パイ屋にいた青いマントの二人組が、また私達を見ている。いや、正確に言えば、ルーファスを。


(なんだろう。こんなに出くわすのは、本当に偶然なのかしら?)

「さぁ、お兄さんの矢は、どこに当たったかな?」


 店主がいまだ回る的を両手で止めた。的が止まってようやく、矢が刺さった番号が判読できる。


「やった! リーナ、髪飾りに当たったぞ!」


 ルーファスが拳を握り、喜びに煌めく瞳を向ける。棚には色んな髪飾りが並べられ、自分で好きなものを選んでよいようだ。


「リーナが気に入った髪飾りを選んで!」とルーファスが笑顔で言う。

 棚に並んでいる髪飾りは、ウサギやクマのモチーフがついたものばかりで、やや子ども向けのようだった。流石に聖王城で自分がこれをつける場面は、想像できない。

 でもルーファスが私のために的を当ててくれたことが、嬉しい。

 私が選ぶのを待つ、ルーファスの弾ける笑顔に思う。もしかしたら、的当てゲームの醍醐味は、誰かのために的を当て、そして自分のために当ててもらえる特別感を味わえることにあるのかもしれない。


(ルーファスが喜んでくれて、良かった) 


 ピンク色のゴム部分の脚に、ウサギの顔がついている髪飾りを指差す。店主からそれを受け取ったルーファスは、私に渡せるのがとにかく嬉しい、といった様子で手渡してくるので、私も両手で大事に受けとり、丁重に礼を言う。

 次の的に当たったのは、瓶入りのジュースと来年のゲーム券だった。


「的の真ん中を射止めた人は、実はお客さんが初めてだよ! 景品は、来年使える二十投分の券だよ」

「ありがとう」


 店主が袋に入れてくれた景品を、ルーファスがそのまま私に渡してくれる。

 こうなったら、私も彼のために何としても、的に当てなければならない。投げ矢をするのは初めてで、完全にルーファスの見よう見まねだ。

 店主がクルクルと回す的に意識を集中させ、えいやと投げる。

「ギャッ!」と店主が叫ぶのと同時に、矢が彼の足元の地面にぶつかる。


「すみません!」

「大丈夫、矢は壊れたけど、俺の足には刺さらなかったからね!」


 苦笑しつつ、店主が先の折れた矢を拾う。

 真っ直ぐ正面に飛ぶようにしたつもりなのに、明後日の方向に行ってしまった。


「リーナ、まだ二回あるから頑張って。手に力を入れ過ぎない方がいい」


 力を抜いて、力を抜いてと自分に唱えて矢を放る。今度は的に当たったものの、刺さらない。


(今度こそ、当てなくちゃ。ルーファスをがっかりさせなくない)


 最後に放った矢は、気合を入れ過ぎたのか、的の裏へ回ってしまった。この残念な結果に、ルーファスは沈むわけではなく、愉快そうに爽やかな笑い声を上げている。

 残念賞の小さな飴玉を三つもらい、二人で投げ矢の屋台から離れる。

 雑踏の中で並んで歩くせいで、周りの人に押されてお互いの肩が何度も触れ合う。

 男の人とこんなに近づくことがないので、ぶつけるたびにドキンと心臓が跳ねる。  

 私達は屋台が途切れるエリアまで来て、立ち話をするためにどちらからともなく足を止めた。


「ルーファスさん、飴玉しかもらえなくてごめんなさい。貴方はこんなに取ってくれたのに。あの、ジュースは貴方が持って帰ってください」

「いやいや、せっかく当てたんだから、リーナが持ち帰って。髪飾りを使ってもらえたら嬉しいし、こちらこそ楽しかったから」


 なんていい人なんだろう。

 感激している私をじっと見てから、ルーファスは遠慮気味に尋ねてくる。


「ええと。その……、リーナも楽しんでくれた……?」

「はい、もちろんです。すごく楽しかったです」

「そうか。良かった。――もしもまだこの後時間があるなら、大教会まで案内してもらえないか? 実は、地図を宿に置いて来てしまったんだ」


 ここで別れるのは名残惜しかったから、心惹かれる提案ではあったけれど、ルーファスには連れがいるのではなかったのか。公園ではそう言っていたはず。


「広場からは歩いて十分くらいですので、案内するのは大歓迎です」

「本当に? ありがとう、付き合ってもらえて嬉しいよ!」

「でも、ソレントからお連れさんと一緒に聖都に来られているんですよね? このまま私と観光をして、大丈夫ですか?」

「それなら問題ない。さぁ、そうと決まれば、一緒に行こう!」


 遠いソレントから来ているのに、本当に私なんかと過ごして、大丈夫なんだろうか。

 とはいえ、ルーファスに道案内ができる展開に、密かに私が喜んでいるのも事実なのだが。

 ルーファスに背を押され、歩き出す。

 聖都が誇る大教会に行く途中には、私のお気に入りの場所がある。聖都に来るのが初めてのルーファスに見せたくて、少し遠回りして橋を渡る。

 橋の真ん中に立ち、川の向こうに広がる街並みを指差す。


「見てください。あちらが旧市街で、手前が新市街なんです」


 聖王城は新市街にある。だが、かつて私の先祖が大陸で最初に建国した時、聖王国は旧市街ほどの大きさしかなかったという。

 旧市街の中にある一際大きな灰色の石の建築物を指差す。


「大教会は二千年前から、あの場所にあります。新市街も歴史的な建物が多いですが、旧市街はもっと古くて、丸ごと歴史的な価値があります」

「なるほど。確かにここから見ると、川を挟んで建物の色が微妙に違うな。しかし、視界の限り街並みが続いている。聖都は本当に美しくて大きいな」

「建物の一つ一つに意匠が凝らしてあって、歩くだけで楽しいんですよ。私はこの橋を、時間をわたる橋だと思っています」


 私は欄干に手を置いて寄りかかり、橋から見える有名な建物の一つ一つについて、説明をしていった。

 家庭教師から歴史を学び、誰も来ない北の棟で本ばかり読んでいたことが、こんなところで役立つとは。


(わざわざ遠いソレントから来てくれたんだもの。ルーファスさんには、短い滞在時間でもより多くの見応えある物を見ていってほしい)


 ルーファスは私が話すことにしっかりと耳を傾けてくれた。そしてひとしきり私が説明しつくすと、彼は私と同じように橋の欄干に手をかけ、こちらに優しげな瞳を向けてしみじみと呟いた。


「リーナは、聖都に凄く詳しいね。きっと自分の国が好きなんだな」

「そう……ですね。片思いだけど、私の国ですから」


 するとルーファスは一歩私に近寄り、顔を覗きこんできた。

 風に弄ばれる自分の髪を片手で押さえ、ルーファスは少しの間私をじっと見ていた。


「……国への片思いとは、面白い例えだな。リーナは随分可愛い言い方をするね」

「か、片思いと言ったのは……ええと、つまり。み、みんなは私のことをなんとも思っていないでしょうから、多分相手への気持ちは私の方が大きいってことです」


 可愛い、だなんて。

 変な言い回しをしてしまったことが、かえって恥ずかしくなり、慌てて欄干から離れる。


「さぁ、大教会に行きましょう!」

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