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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第一章 トカゲに守られた王女
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大バルコニーの家族

 大混雑する広場を歩き、私がルーファスを連れてきたのは広場に立つ一軒の民家だ。

 鍵を使って中に入り、真っ直ぐに二階のベランダを目指す。

 家の中の家具には白い大きな布が被せられ、床は歩くたびに埃が舞い上がる。

 私の後ろからゴホゴホと咳き込みつつ、ついてくるルーファスを振り返る。


「埃っぽくてすみません。今日はクッキーを食べた後で、この家を掃除する予定だったんです。ずっと空き家なので」

「ここは、君の家なの?」

「元々は私の知り合いの家です」


 実際は三年前に亡くなった乳母の持ち家だった。離婚して親族とも疎遠になっていた彼女は、遺言で私にこの家の所有権を譲ってくれたのだ。人を招き入れたことはなかったが、ルーファスにどうしてもお返しがしたい。

 ギシギシと軋む扉を開けて、ベランダに出る。吹き付ける冷たい冬の風につい目を閉じてしまいそうになりながら、ルーファスを振り返る。 


「どうですか? 狭いですけど、ばっちり大バルコニーが見えるでしょう?」


 正面ではないものの、もし聖王一家が現れれば目鼻立ちは確認できる距離だ。

 ルーファスは風でサラサラとなびく後毛を片手で押さえて、聖王城を見上げながら目を瞬いた。


「本当だね。ありがとう、リーナ。特等席じゃないか!」


 ベランダの下では新年祭を楽しむ人々で、ごった返している。ルーファスは狭いベランダの中を隅々まで歩き、顔を上気させて興奮した様子で外を眺めた。

 やがて彼は手摺りに寄りかかり、聖都全体を見回した。


「聖都は、本当に美しいな」

「ありがとうございます! 聖都の人達は皆お花を飾るのが好きで、どの家も花壇や窓の下に取り付けた植木鉢に好みの花々を植えていて、街並み全体がとても華やかななんです」

「それにしても聖都がダルガンとの戦争の影響を全く感じさせないのは、流石だね」

「大陸で一番古い歴史を持つ都ですから。でもソレントはダルガンとの戦いで、かなり被害が出たと聞いていますけど、大変だったのではありませんか?」


 ルーファスはゆっくりと息を吐いてから答えた。


「もっと国境に近い街のいくつかは壊滅したから、それに比べればマシな状況だったよ」

「戦争が終わって、本当に良かったです」


 聖王国とダルガンの戦争の発端は、国境の山に金の鉱脈が発見されたことだった。両国は互いに鉱脈の所有権を主張し、ついに三十年前に戦争が始まったのだ。

 戦争ほどバカバカしいものはない。なぜなら、鉱脈は当初の想定よりずっと小さく、争うほどの価値はなかったのだ。

 聖王国とダルガンは欲しかった「金の眠る山」が幻想に過ぎなかったと判明してもなお、殺し合いを続けているだけだったのだから。


(私達の国は国家のプライドを保つために、戦っているに過ぎなかったのよ。それに気づくのに何十年もかかったんだから、本当に虚しいわ)


 やがて聖王城で動きがあった。

 大バルコニーの大きな両開きのガラス扉が開き、トランペットを携えた二人の騎士が中から現れる。

 騎士達は大バルコニーの両端に寄ると、短い曲を吹いた。 


「あれは聖王一家が出てくる合図なんです」


 私の説明は不要だった。広場に集う人々がお喋りをやめ、一斉に大バルコニーを見上げたので、その場にいる者は誰もがついに高貴な一家がお出ましになることが分かった。

 ルーファスはベランダの手すりに身を乗り出すようにして、大バルコニーを見上げている。よほどこの時を待ち望んでいたのか、静寂の中で彼が喉を鳴らし生唾を嚥下した音が聞こえた。

 ドッ、と地鳴りのような歓声が上がる。

 大バルコニーに聖王が現れたのだ。濡羽色の髪をなびかせ、金糸の縁取りがされた紅のビロードのマントを肩に掛け、堂々たる歩みで大バルコニーの真ん中に立つ。その後ろについてくるのは三人の女性と王太子で、先頭が私の義母である王妃だ。

 ここからはよく見えないが、王妃は燦然と輝くダイヤモンドが並ぶ、プラチナのティアラを燃えるような紅色の頭上に頂いているはず。

 続いて王妃の隣に立ったのは、聖王と同じ色の髪を持ち、まだ背が低い十二歳の王太子で、そして最後に歩いてくるのが、私の姉と妹にあたる二人の王女達だった。二人は左右に分かれ、並んで立つ聖王と王妃の隣に歩いて行き、聖王一家の両端を埋めた。

 ルーファスが手すりに手を掛け、アクアマリンの目を見開く。彼は熱心に聖王一家を見ていた。私の視線に気づいたのか、顔を聖王城に向けたまま、呟く。


「五人しか出て来ないのか? 聖王には四人の御子がいると聞いたが……。王女は三人いるんじゃなかったのか?」


 ルーファスが誰のことを言っているのかは、すぐに分かった。胸をチクリと刺す痛みを愛想笑いで誤魔化し、説明する。


「第二王女は側妃の王女なので、毎年大バルコニーには出て来ないんです。聖王一家が表向きに顔出しする時は、いつも五人なんです」

「なんだそれは。王女は王女じゃないか」


 ルーファスが私を振り向き、目が合う。彼は明らかに気分を害したようで、眉間に微かにシワを寄せている。納得しかねるのか首を傾げて言い募る。


「俺には随分、酷い話に思えるな。第二王女は家族の一員なのに出て来られないことを、どう思っているのだろう?」


 こんな質問を面と向かってされたことがなかったので、私は一瞬答えに窮した。

 もしも、あの五人の中に一緒に並んで立って、集まった人々に笑顔で手を振ることができたら。――それはとても光栄な夢のような一瞬だと思う。

 でもそんなことはできようもない。なぜなら、私は持たざる者なのだから。こんな風に生まれてしまったのだから、仕方がないのだ。


(大丈夫よ。私は、傷ついたりしないわ。持たざる者には望むべくもない、贅沢だって分かっている。ううん、分からなくちゃとても生きていけない……)


 あやふやに笑いながら、私の誰にも暴かれたくない胸の真ん中を一突きで射るようなルーファスの問いを、適当に受け流す。


「第二王女様は……き、きっともうこの状況に慣れていると思います」 

「そんなもの……慣れるだろうか?」


 どうやら説得力がなかったのか、ルーファスはいまだ表情を曇らせたまま、大バルコニーに視線を戻した。

 私の心情を慮る人がいようとは、あまりに意外だった。


(ルーファスさん、本当に凄く優しい人なのね……) 


 広場でも大バルコニーが見やすい位置に立っているのは持てる者達だ。茶髪の人々は、遠慮がちに隅の方で狭そうに立っているしかない。

 世界を創造した神が、人を二種類に分けてしまったのだからどうしようもない。

 ルーファスは再び大バルコニーに見入って、口を開いた。


「ところで、右端と左端のどちらの王女がアンヌ王女だ?」

「第一王女のアンヌ王女は、左端にいます。右端が彼女の妹のミーユ王女です」


 二人とも黒髪の持ち主で、聖王と同じ風の魔術の使い手だ。二人とも何より、美貌でその名を大陸中に轟かせていた。


「ここからは距離があるので見えにくいですが、アンヌ王女は瞳が緑色で、ミーユ王女は青色です」


 アンヌの方が背が高く、切れ長の瞳と細い顎の持ち主で、洗練された都会的な雰囲気がある。対するミーユは大きな丸い瞳とふっくらと愛らしい薄紅色の唇が、見る者に無垢で天真爛漫な印象を与える。

 私の乳母の言葉をかりれば、王妃の二人の王女達は「妖艶な魔女と純真な天使の皮を被った王女達」だった。

 細かい部分までは見えないだろうから、更に説明を加える。


「お二人とも、大変お美しいそうです。噂によれば、アンヌ王女はひれ伏したい美を、ミーユ王女は命がけの庇護欲を掻き立てる愛らしさをお持ちだそうです」

「――どんな性格なんだろう?」


 どうやらルーファスは外見だけではなく中身にも興味があるようだ。


(一言で言うなら、二人とも凄く意地悪よ……)


 つい本当のことを言ってしまいそうになるが、王女達があの綺麗な顔をどう歪めて、私を罵るかなんて話すわけにはいかない。普通なら会うこともない人達なのだから。

 答えあぐねている私に申し訳なさそうな顔を向け、ルーファスが苦笑する。


「ごめんごめん、そんなことリーナが知るはずないね。……左がアンヌ王女で、右がミーユ王女か」


 ルーファスは手摺りに身を乗り出すようにして、随分真剣に聖王一家を見つめていた。

 そんなに王女達に興味があるんだろうか。不思議に思う私に、ルーファスが呟く。


「終戦のための条約で、聖王国の王女とダルガンのヴァリオ王太子の結婚が決まったのを、知っているか……?」


 この政略結婚のお陰で、聖王国は北の軍事力に怯えずに済み、ダルガンは大陸で最も歴史ある王家と縁戚を結び、自国の王家に箔をつけることができる。

 だが正直に言えば、この条約は聖王国にとっては屈辱だった。聖王国は大陸一の歴史を持ち、長い歴史の中で負け知らずの唯一無二の超大国のはずだったから。にもかかわらず、我が国はこの数世紀で急速に力をつけたダルガンに対し手を焼き、挙げ句に今後の友好のために王女を差し出すという条件を呑まされたのだ。


「知っています。条約の中身が明らかになった時は、とても大騒ぎになったので」


 アンヌもミーユも、この条約には激怒していた。内容としては領土の争いがあった山については、決着させず棚上げにされていたものの、王女達には不平等な条約に思えたのだろう。

 そもそも近年の戦いでは、聖王国が押され気味だったので仕方がないのだが。この条約が締結された日、王妃が娘を思って部屋にこもり、ずっと泣いていたのを私は知っている。

 長年の戦争の相手国に娘を送り出すのは、誰だって嫌なはずだ。

 ダルガンの王太子はいつも傍に双剣と呼ばれる双子の軍人を従え、自身も剣の達人として名高い、寡黙で冷静沈着な王太子だと言われていた。華やかで洗練されていることを最上の美徳とする聖王家のアンヌとミーユには、ちっとも魅力的に思えないのだろう。


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[良い点] 連日の更新ありがとうございます [気になる点] これからどうなるの、とワクワクしています
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