表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第一章 トカゲに守られた王女
5/43

戻ってきたルーファス

 クッキーを食べ終え、空になった袋を縦に細く折り、硬く一つ結びにして片づけ、水筒のお茶を飲む。

 聖王城に帰ろうかと腰を上げかけた時。公園に再び先ほどの男性が現れた。

 片手を上げ、安堵したような笑顔を浮かべてこちらに早足でやってきている。


「リーナ、良かった。まだいた」


 男性はベンチの前まで歩いてくると、左手に持つ白い箱を私に差し出した。結構な距離を急いだのか、肩で息をしている。


「広場でケーキを買ってきたよ。大バルコニーを見上げられる良い場所はやっぱり、もう全然空いていなくてね。無駄に人混みの中にいるよりは、リーナの誕生日を祝う方がずっと良い過ごし方だと思って」


 目の前の男性の言わんとすることを理解するのに、時間がかかった。彼は私の隣に腰を下ろし、自分の膝の上に載せた箱を慎重な手つきで開け始めた。

 中には赤い苺で飾られた、白い生クリームのケーキが二つ、入っている。


(ま、まさか私の誕生日祝いのケーキ……? これをわざわざ買って来てくれたというの?)


 男性が顔を上げ、にっこりと笑う。


「どうぞ。一緒に食べよう。ええと……、失礼でなければ、何歳になるのか聞いてもいいかな?」

「じゅ、十九歳です」

「おっと。じゃ、リーナは俺の四つ下だね」


 そこまで言ってから、男性は「あっ」と小さく声を上げてバツが悪そうに笑った。


「しまった。君の名前を聞いておきながら、自分は名乗っていなかったね。すごく失礼なことをしてしまったな。俺はルーファスだよ」

「ルーファス……」

「十九歳のリーナ、おめでとう!」


 その瞬間、まるで世界が華やいだように思えた。雲一つない快晴だったけれど、公園か更に明るくなった気がする。

 ルーファスの笑顔が眩しくて、引き込まれてしまう。

 長いこと忘れていたけれど、おめでとうという言葉は、こんなにも嬉しいものなのだ。


(初めて会った人なのに。私がここにいていいんだと言ってもらえたみたい……)


 ルーファスは箱を大きく開いて差し出してくれるので、ためらいながらも手前のケーキを手に取る。

 小さな紙皿に載せられており、木のフォークも付いている。

 手を出しておいて今更だけれど、本当にもらっていいのだろうか――と迷っていると、隣に座るルーファスがフォークも使わずに豪快にケーキにかぶりつく。


「うん、美味い! 甘くて疲れが吹っ飛ぶな」


 ルーファスの鼻先に、クリームが付いている。それがおかしくて、つい笑ってしまう。


「ルーファスさん、鼻にクリームがついちゃってますよ」

「はは。恥ずかしいな。リーナも遠慮せず食べて。君のためのケーキなんだから」

「ありがとうございます。いただきます」


 私のために、ケーキを買った上でここに引き返してくれたことが嬉しくて、胸の奥からじんわりと暖まる。フォークを刺してケーキを切り、口に運ぶ。

 ケーキは甘くてふんわりと口の中で解けた。


「リーナの家は近いの?」


 食べながら尋ねられ、質問内容にドキンと心臓が跳ねる。自宅は聖王城だとはまさか言えない。


「そ、そうですね。ここまで気軽に歩いて来られる距離です。……どうしてですか?」

「いや、荷物がクッキーと水筒しかないみたいだから」 


 鼻に付いたクリームをハンカチで拭きながら、ルーファスは朗らかに笑った。

 たしかに鞄一つ持たずに出てしまった。


(それにしても、人をよく見ているわね)


 ルーファス自身も鞄を何も持っていない。宿が近くにあるのだろうか。


「ルーファスさんは、お一人で聖都にいらしたんですか?」

「いや、何人かで来ていて……一人じゃない。聖都は初めて来たけれど、聞きしに勝る大きな都で、衝撃を受けているよ。歴史的な価値が高い建物があちこちにあるし」

「聖都の人々は、歴史の長さを凄く誇りに思っているんです。せっかくですから、大教会とグレゴリ美術館はぜひ行ってみてください! あと中央市場も活気が凄いのでお勧めです」


 聖都にある必見の観光地をまくし立てる。私も一度しか行ったことはないが、観光客は誰もが訪れる場所で、遠くから来たのなら行っておいて間違いない場所だ。

 だがルーファスは苦笑した。


「色々と訪ねたいのはやまやまなんだけどね。一泊しかできなくて、今夜には聖都を出ないといけないんだ」


 なんと。それではここで私とケーキを食べている時間がもったいないではないか。

 急いでケーキをかきこんで飲み込む。


「私のせいで時間を使わせてしまって、申し訳ないです」

「いやいや、そんなことないよ。観光に来たというより、大バルコニーの聖王一家を拝むのが一番の目的だったのに、そっちはどうも無理そうだからね。代わりに君のために使えて、有意義に過ごせて大満足だよ」


(そんな。私なんかとケーキを食べることが、旅先での有意義な時間の使い方なはずかないのに。なんて優しいのかしら……)


 聖都で過ごすよりも長い往復時間をかけているのに、目的が果たせないなんて気の毒だ。

 どうにかして、ルーファスに目的を達成して喜んでもらいたい。

 私は勇気を出して、ある提案をしてみた。もし余計なお世話だったらどうしよう、とドキドキしながら。


「あの……。じ、実は、大バルコニーがよく見える良い場所を知っているんです。良かったらケーキのお礼にお連れします」

「本当に? どこも混雑していたみたいだけれど」

「とっておきの場所なので、大丈夫です。そこは私達しか来れないはずです。……行きますか?」

「これが図々しいお願いにならないのなら、ぜひお願いしたいな」


 良かった。頑張って提案してみて、本当に良かった。

 力強いアクアマリンの瞳に見つめられ、私はベンチから立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ