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聖女選定石

 王妃と同じく眩しさに目を閉じていた王太子がどうにか薄目を開けると、黄金の光はある一点から放たれていた。

 聖王の指にはめられた、印章である。

 王太子や衛兵達も、困惑して棒立ちになっている。

 印章は聖女選定に使われる道具でもある。輝かせられるのは、聖女のみだ。

 輝く印章は眩しいだけでなく高熱を持ち、聖王は火傷(やけど)をしそうなほどの熱さにパニックに陥った。主人の危機を感じ取ったのか、空間を切り裂いて聖王の守護獣である大蛇が現れ、印章に巻きついてその光をどうにか弱めようともがいている。

 何度振っても光の弱まる様子がない指輪の熱さにたまりかね、聖王がついに己の指からそれを抜き取り、床に落とす。大蛇は聖王を守るようにその腕に巻きつき、尚も印章を睨みつけている。


「これはどういうことなの? 聖女が印章である選定石を、反応させたということ?」


 声をひっくり返しながら王妃が薄目でどうにか指輪に近づき、右手でつまみ上げようとする。だが指先が触れた刹那、悲鳴をあげて飛び退く。


「熱いっ! 何なの、焼きゴテのように熱くて、触れやしないわ!」


 指を庇ってのたうつ王妃を視界の片隅にとらえ、ミーユが指輪に近づく。


「もしかして……、印章はわたくしに反応したのかしら?」


 ここに正統な聖王の娘は、わたくししかいないもの――という自信の表れか、左手を胸に当て興奮を抑えきれない様子で、ミーユは印章にたどり着くための栄光への一歩一歩を進んだ。

 王妃は自分が長年夢見た、ミーユが聖女となるその時がついにくることを確信し、いまや眩しさをものともせず、恍惚とした表情で彼女の動きを目で追った。


「ああ、わたくしが輝かせているのよね……?」


 気持ちの高揚のあまり手を震わせたミーユが、指先を光の根源に近づける。

 だが触れた瞬間のあまりの熱に、ミーユも耐えきれずに手を引っ込めた。再び手を伸ばすも、火傷しそうな熱さに到底手に取れそうにない。


「ダメだわ、私も触れない。……どうしてよ! おかしいじゃない!」


 悔しげにミーユが歯軋りをする。

 そこへゆっくりと近づいたのは、リーナだった。

 思い切って手を伸ばしたリーナが指輪に触れた途端。

 まるで昼が一瞬にして夜に変わったように、指輪の光が収まった。熱もないのか、リーナは指輪をまるで何でもないことのように拾い上げている。

 聖王はその様子に、唾を飛ばしながら激怒した。


「なっ……なんだ、これは。どういうことだ?」


 誰も返事が出来ず、沈黙が続く。

 聖王はハッと顔色を変えると、王太子を鋭く睨んだ。


「まさか、余の印章をダルガンの技術とやらで強制的に光らせているのではないだろうな!」


 王太子は聖王を振り向きもしなかった。


「……リーナ。君がまさか、聖女だったなんて」


 王太子が聖王を無視してリーナの腕に触れ、一緒に手の中の指輪を見つめる。


「私が、聖女? まさか……」


 目を血走らせた王妃が、王太子に向かって叫ぶ。


「そんなはずはないわ。聖女は聖王家の血を引く者にしか、現れないはずなのだから! これはダルガンが仕組んだ茶番だわ!」


 指輪の上から目の前の王妃に視線を移したリーナが、怒りに満ちた声で答える。


「私のお母様をそれ以上貶めるのは、許さないわ。私が聖女なのは、間違いなく私が聖王家の王女だからよ」

「お前が王女なものですか。汚れた色の瞳と髪を持つお前が!」


 王太子が反論するより先に、リーナが前に踏み出し、怒りを込めて王妃の頬を引っ叩いた。指輪を持っていない左手ではあったが、一切の手加減をしなかったために、予想外に大きな音が響き、痛みより音の大きさに叩かれた王妃が驚きすぎて、言葉を失う。


「二度と言わせないわ。私と同じ色を持つ者達、全員を貴女は侮辱したのよ!」


 リーナは印章を持ったまま、自分の右手で左手を押さえた。こうしなければ、王妃の横っ面をまた叩いてしまいそうだったのだ。


「お義母様。……全部、棺の中で聞いたわ」


 怒りは沸々と湧き起こり、抑えるのが大変だった。側妃を殺したことを、反省の色も見せずに得意げに語った王妃が、許せない。

 でっち上げられた流行病のせいで、恐らくは殺されたミーユの侍女の無念は、いかばかりか。

 だが同じく憤怒を露わにしているのは、聖王も同じだった。彼は仁王立ちになり、王太子とリーナを睨めつけた。


「この茶番、決して許さぬぞ。今すぐダルガン国王を呼べ! くだらん技術とやらで、神聖なる聖女の地位まで捏造しようとは。これ以上聖王たる余を(たばか)るなら、終戦条約は破棄する。印章を返せ!」


 聖王はまだ印章を持っているリーナに大股で近寄り、彼女の手首を力任せに掴んだ。

 その直後。

 礼拝堂に差し込む夕陽が突然遮られ、室内は更に暗くなった。一体何が太陽を遮ったのかと誰もが顔を上げて窓を見やれば、人の大きさほどの生き物が、外から窓目掛けて突っ込んできていた。

 信じられないほど大きな翼を広げ、鳥のように飛んでいるが、間違いなく鳥ではあり得ない。

 次に起きることを予想した皆が、両手で顔を庇って屈み込む中、その翼を持つ大きな何かは窓を打ち破り、粉々のガラス片を礼拝堂に散らしながら、中へと飛び込んできた。

 破片の転がる音がなくなると、皆が恐る恐る薄目を開ける。窓ガラスを破って飛び込んできた衝撃からか、それはしばらくの間、お腹を上にしてひっくり返ってジタバタと四肢を動かしていた。

 緑色の皮膚は固そうで、尾も太く長い。四本の脚の先から伸びる爪は、まるで短剣のように鋭い。翼は世に存在するどの生き物の翼よりも、大きくて力強そうだ。

 その異様な生き物は緑色の体を上手く捻って起き上がると、ギョロリと大きな目でリーナと聖王を捉える。

 翼を広げたまま、緑色の生き物がドスンドスンと足を踏み鳴らしてリーナに近づく。

 恐怖で硬直するリーナの周囲を急いでダルガンの衛兵達が固める中、生き物はぐるんと回ると長い尾をムチのように聖王にぶつけた。


「ウオッ……!!」


 驚愕と困惑、そして痛みに短く叫ぶ聖王が、自分の大蛇ごと棺まで吹っ飛ぶ。

 衛兵達は、口々に囁いた。


「長い尾に、大きな翼……。これは、まさかドラゴンか……?」


 ドラゴンはリーナの目の前まで来ると前脚を高く掲げ、急に固まった。

 そのまま不思議そうに首を傾げる。

 ドラゴンはなぜ自分がリーナと同じ目の高さにいるのか、分からなかった。ドラゴンに踏み潰されるのかと真っ青になるリーナを前に、上げかけた前脚をおずおずと下ろす。

 大きな丸い目はやや眠そうで、体躯に似合わず間抜けだった。

 リーナはまさかと思いながらも、喘いだ。


「その瞳……。まさか、貴方トッキーなの?」


 ドラゴンはそうだとばかりに首を何度も振った。

 いつものようにリーナの肩に駆け上がりたいのだが、登ろうものならリーナが潰れてしまいそうだ。トッキーは代わりにリーナに頬擦りをしたが、力加減がよく分からず、体格差のせいでリーナが転びそうになり、両足を踏ん張ってなんとかこらえる。


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