新年祭の出会い②
驚いてつい視線を上げたせいで、男性と目が合ってしまう。しまった、機嫌を損ねてしまうかもしれない、と焦る私の恐れに反し、なんと彼は柔らかな笑みを見せた。
まるでアクアマリンのように澄んだ水色の瞳は、目が合ったことを喜んでいるみたいに優しげで、逸らしがたいほど美しい。肌はまるで誰も足を踏み入れない標高の高い山に積もった雪のように、滑らかでくすみがない上にとても白い。
「ソレントからとは、遠くから来られたんですね……」
ここから聖王城を見ても、突き出る塔のせいで大バルコニーは見えない。男性が聖王城の方角を、寂しげに見つめて頷く。
「新年祭のために遥々ここまで来たのに、何も見えないなんて……。聖王一家のお出まし時間まで、まだ一時間以上あるのに、こんなに混むものなんだな」
「わざわざ聖王一家を見に来たのですが?」
「ああ、そうだよ。滅多にご尊顔は拝見できないからね」
男性はくるりと振り向くと、少しいたずらっぽく笑った。
「もっとも、ここでお菓子を食べている君は、聖王一家には全く興味がなさそうだがね」
「そ、そうね。そうかもしれない」
クッキーの袋を軽く胸元まで持ち上げ、曖昧に笑って誤魔化す。
流石に私は大バルコニーに立つ父や異母姉妹達を見たいとは、思わない。毎朝聖王城の礼拝堂で、彼らと顔を合わせるのだから。
「君は新年祭に行かないの? 聖都の人にはむしろ珍しさがなくて、毎年行ったりはしないのかな」
「ここで雰囲気を味わうだけで、十分楽しいんです。皆のワクワクする気持ちが伝わってきますし。それに、今日は私の誕生日なんです」
袋いっぱいのクッキーを、両手で抱えて見せる。男性は袋に焦点を当て、数回瞬きをしてから平板な声で聞いてきた。
「――誕生日? ええと、今日が君の誕生日なの?」
「はい、そうなんです。毎年ここで一人で過ごすのが、私の習慣なんです。家の者は、色々と忙しいので。誕生日の今日だけは、太ることを気にせず袋いっぱいのクッキーを食べてもいい日なんです!」
(あれ? 滑ったかしら。ぜんぜんウケない……)
気の効いた笑いを挟んで答えたつもりなのだが、男性はちっとも笑ってくれない。それどころか、微笑が消えて固い表情になってしまった。彼のアクアマリンの瞳が素早く私の靴からマントまでを滑る。私にバレないように一瞬で私の身なりを確認したようだが、正直なところ分かりやすく値踏みされたのが分かった。曲がりなりにも王女である私の手持ちの服は、派手ではなくても質の良いものばかりだ。その中でもとりわけ質素で目立たないデザインのものを選んで着てきたつもりではあるものの、貧相に見えるほどではない。
(恥ずかしい格好はしてきていないと思うのだけれど……。どうして黙ってしまうのかしら?)
アクアマリンの目つきが、なぜか神妙なせいで落ち着かない。
男性の服装はと言えば、仕立ての良い黒い無地の外套を羽織っていて、私と似たり寄ったりの地味なものだ。
何かおかしなことを言っただろうか、と不安になって目を伏せる。もしかしたら、目を合わせ過ぎて不快になったのかもしれない。
義母である王妃は「お前と目が合うと私の高貴な風の力が減ってしまうわ!」といつも怒り出す。持てる者達からすれば、茶色の瞳は呪いのようなものなのだろう。
せっかく会話を楽しんでいたのに、無駄に怒らせてしまって残念な気持ちでいっぱいになり、手の中の袋をもてあそぶ私の前で、男性は急に屈んだ。
顔の位置が低くなり、否応なしに再び目が合ってしまう。
「君の名前はなんていうの?」
なぜ急に名前を聞いてくるのだろうと不思議に思いながら、「リーナです」と答える。
すると男性はキラキラと目を輝かせて笑った。
「リーナ、お誕生日おめでとう。素敵な一年になるといいね」
祝福の言葉に、胸が熱くなる。水色の瞳を正面から覗いていることにドキドキしつつ、暖かな笑顔に目が離せない。
「ありがとうございます。……貴方も、大バルコニーが見やすい場所が見つかるといいですね」
男性は微笑みながら頷き、そのまま私に背を向けて公園を離れていった。
遠ざかっていく背中を見つめ、膝の上の袋を握り締める。
(こっちは名乗ったのに、向こうの名前を聞き漏らしちゃったわ。名前を知りたかった……)
気を取り直して袋に手を突っ込み、ナッツの入ったクッキーを一枚取り出し、サクッと音を立てて齧る。
三年ぶりに、誰かにおめでとうと言ってもらったお陰か、いつもよりもクッキーが美味しく感じた。