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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第三章 王宮での新婚生活
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大きな賭け

 帰国した私と王太子は、バスティアンの祝賀パーティーについての報告を兼ねて、ダルガン国王と王妃と共に、王城で晩餐を取った。

 ダルガン国王は王太子からガス灯と花火のお披露目が成功裏に終わったことを聞き、大変喜んだ。


「我が国の技術を目の当たりにした皆の反応を聞いて、安心した。今後は新興国などと、侮られることも減るだろう」


 王太子は「仰る通りです」と答えながら、牛肉のソテーを一口大にナイフで切り、フォークで刺した一切れを素早く床に落とした。その直後、目にも止まらぬ速さで黒いものが王太子の足下に駆け寄り、落ちた肉を食べ始める。


(ぼ、ボーグ⁈ びっくりした‼︎)


 いつの間に王太子に呼ばれたのか、王太子の椅子の下に大きな図体を隠すように丸くなり、分けてもらった肉を咀嚼している。

 気づいていないのか、国王が続ける。


「だが、手放しでは喜べぬな。王太子妃の前では言いにくいが、我々にとってはシャルル王太子とビクトリア王女の婚約は、祝うよりも警戒しなくてはならない」

「と、仰いますと?」

「バスティアン王国は長年、どこの戦争にも首を突っ込んではこなかったが、未来永劫中立を貫くとは限らない。我が国にとっての最悪のシナリオは、聖王国とバスティアンが手を組んで攻め込んでくることだ」


 そんなはずはない、と断言できない自分がいる。なぜなら、聖王がダルガンとの三十年戦争を終わらせる決断をするより前に、聖王自身がシャルルとビクトリア王女の縁談を強力にかつ慎重に推し進めていたからだ。

 国王の隣で優雅に口元を拭いた王妃が、艶然と微笑む。


「攻め込んできたらそれまでですわ、陛下。そうなれば我が国は王太子妃をお返しして、火球を聖王城に山ほど打ち込んでやればよろしいかと。何しろ、ヴァリオとリーナ王女はまだ、白い結婚のままですもの」

「王妃よ。少しはその短気をどうにかいたせ」


 国王が王妃を睨んでいる横で、王太子が手の中に余ったパンの耳を、こっそりと床に放る。

 すると今度こそ国王が気付いたのか、額を掌で覆い、長い溜め息をつく。


「…………。ヴァリオ。お前はいくつになったらその最悪のテーブルマナーをやめるんだ? ボーグに晩餐を分け与えるのは、何回目だ?」

「分かりません。数えておりませんので」

「まさか、あのマッキーまで呼んでいないでしょうね?」


 王妃が険しい顔で椅子を引き、テーブルの下を覗く。

 マッキーとは、もしやトッキーのことだろうか。一応、答えておく。


「あの、私の守護獣は呼んでおりません。トカゲですので今は冬眠中でして、それにマッキーではなく……」

「ガッキーでもラッキーでも、なんでも結構! だいたい、冬眠するのはトカゲだからなの? 私は爬虫類が苦手なのよ。食事中は絶対に呼ばないでちょうだい」


 もちろんだと返事をしつつも、私は出てきてくれないトッキーが心配だった。冬眠が二週間も続いたことはないのだ。




 ダルガンの春は、遅い。

 四月ともなれば、聖王国ではとうに暖かくなっているのだが、ダルガンの王都ではまだ吐く息が白い。

 寒さは相変わらずだったものの、凍てつく冷たい態度に変化が現れたのは王太子の側近フィリップだった。

 彼は私と出会って以来、ずっと私を目の敵にしてきたが、徐々にその態度が軟化してきていた。なぜなら王太子がフィリップに私の護衛をするよう命じていたため、渋々ながらも私と共に過ごす時間が増えてきたからだ。

 私は今日も王都の郊外へ移動する馬車の中で、フィリップに書類の束を見せた。


「ねぇフィリップ。建物の外観はどっちが素敵かしら? 改修費は同じくらいだけれど、決めきれなくて」


 話しかけられたフィリップは、さも嬉しくなさそうに眉根を寄せる。


「別に、どちらでも……」

「どちらか選んでほしいの。お願い。貴方のセンスを信じてるから」


 聖王国のように城の片隅で勉強ばかりする生活は、したくない。とはいえ、お茶会や観劇三昧の王太子妃というのも、今までの私の生活とは違いすぎて、目指したくない。この国に来て私が今新しく取り組み始めているのは、職業訓練校を作ることだった。

 書類を更に近くに押しつけられたフィリップが、長い溜め息をつく。


「そもそもわざわざ郊外の廃校を、ご自分が聖王国から持ってこられた財産を使ってまで、なぜ作り直すのです?」


 足を組んで首を傾け、私を見下ろすフィリップは偉そうで、とても王太子妃に対する態度ではない。

 けれど嫌々ながらも、彼は右手で片方の書類をポン、と叩いた。


「個人的には、こちらの建物の方が好みですが」

「ありがとう。あのね、私はただの学校を作るんじゃないのよ。職業訓練校を作りたいの。ダルガンの技術を教える学校よ」


 私が笑顔を向けるなり、フィリップは目を逸らした。長いまつ毛が灰色の目を隠している。


「……こんなことを言ってはなんですが、妃殿下は王妃様に嫌われているではありませんか」

「そ、そうね。――それを面と向かって私に言ってしまうのが……貴方らしいわね」


 ダルガン国王と王妃は今、執務で地方に出かけている。鬼の居ぬ間に、ではないが大きな動きをするには、王妃がいない時の方が目をつけられなくて済む。


「王太子殿下とも、特段距離が縮まっているようには見えません」

「そうかしら。そうね、もしかしたら――、貴方との距離の方が、縮まっているかもしれないわね」


 向かいの席のフィリップを、真っ直ぐに見つめて言い返す。フィリップは驚いたのか目を瞠り、どこかバツが悪そうにそっぽを向いた。


「……妃殿下はいつ離縁されて、もしくは王城から追い出されるか分からない身の上だというのに、人が善すぎやしませんか?」

「追い出されたら、この職業訓練校に入学するから、大丈夫よ。持たざる者でも入れる学校だもの。良いアイディアだと思わない?」


 開き直ってそう伝えると、フィリップは珍しく私の前で薄く笑った。


 廃校を訪れ、工事関係者と丸一日打ち合わせをした私は、へとへとだった。まだ椅子や机といった、家具類をそろえなくてはいけない。一つ一つの選択によって、最終的な経費の合計がとんでもなく変わるから、注意深く話を進めないといけない。

 帰りがけにはいくつかの教会にも立ち寄った。

 ハイマーの大司教と話したことが、気がかりだったのだ。ダルガン王家の国政の舵取りは、ゆくゆくは宗教界との対立を引き起こす可能性が高い。技術と魔術は相反する立ち位置にあるからだ。

 今後のことを考えれば、持たざる者の代表のような私が、教会を尊重しているのだと表明しておくに越したことはない。


 私は寒さと疲れのためか、王城に戻って寝る支度をする頃には、頭痛を感じ始めていた。

 側頭部に指先を当て、グリグリと押して頭痛を和らげようとする私に気づいたネリーが医務室へと向かう。

 早めに就寝しようと寝台に腰掛けた私に、戻ってきたネリーは優しく話しかけてきた。


「医務室から、頭痛薬をもらって参りました。お休み前にお飲みください」


 ネリーが私の背中を労るように上下に撫でてくれ、それがとても心地よい。

 私はネリーが差し出す木の丸いトレイを受け取った。


「ありがとう。後で飲むわね」


 トレイには水で満たされたグラスと、見覚えのある錠剤が載っていた。黄と青色の錠剤だ。しばらく、色の対比が鮮やかなその錠剤を見つめる。

 ネリーが去った後、念のため就寝と入浴の時以外は肌身離さず下げているネックレスを開き、収納部を確認してみる。

 二錠入っていたはずだが、一錠しかない。

 入浴中に抜き取られたのだろう。

 疲れているからか、脳裏をごちゃ混ぜに様々な記憶が駆け巡る。

 誕生日会を開くために、乳母と食堂を飾りつけた日の、銀色のモールと料理の数々。

 遠くから見上げるしかなかった、新年祭の大バルコニーの聖王一家。彼らの一員であることを確かめたくて、毎朝の礼拝堂での朝のお祈りは、体調が悪かろうと毎朝参加を欠かすことがなかった。その同じ長椅子に座れることで、感じる安心感。


(聖王。――お父様にとって、私はちゃんと貴方の娘ですか? お父様は、私を愛してくれていたのかしら……?)


 私は早く眠りにつきたい気持ちを押して、寝台から下りて隣の書斎に向かった。

 聖王に手紙を書くのだ。

 これ以上何も疑いたくない。

 私は賭けにでることにした。


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