バスティアン王国のパーティー①
私の結婚から二ヶ月後。
ダルガン王太子妃となった私の初めての外交活動は、バスティアン王国を訪問することだった。
彼の国のビクトリア王女と、私の弟であるシャルル王太子の婚約が正式に決まり、そのお披露目パーティーに招待されたのだ。二人の婚約は、父が長年腐心して取り付けたものだ。
バスティアン王国は聖王国とダルガンの双方と交流があったが、二カ国が長年戦争をしていたため、つかず離れずといった関係にあった。だが、これからは三カ国の関係が変わる。
婚約お披露目パーティーは、新しい時代の象徴でもあった。婚約が決まったことを祝うため、バスティアン国王は国内の上位の王侯貴族だけでなく、周辺諸国の君主をパーティーに招待していた。ダルガンでの私の結婚式には、流石に聖王が来ることはなかった。だが今回のバスティアン王城でのパーティーには長年良好な関係を築いているため、聖王とシャルルも来ることになっており、三カ国の王族が珍しく集合するのだ。
当初招待されていたのはダルガン国王だったのだが、彼は多忙のため参加せず、代理として私と王太子が参加することになった。
この多くの人々と顔を合わせるパーティーに際し、私が決めたことがある。
第一に、髪を隠すベールはレースの小さめなものにすること。私はもうダルガンで被っていないものの、バスティアンの慣習も尊重しなければならない。
第二に、ダルガンの王太子妃として、俯かず目を見て話すこと。誰の前であろうとだ。私はダルガンそのものとして見られる。自信のない国家を、誰が信頼するだろう。
パーティーはバスティアン王城の広い庭園に面したホールで開催された。
私とヴァリオ王太子は、馬車で王城に到着した時から、注目の的になっていた。私達の結婚自体が珍しいものだったからだろう。名も知らない人々からの注目に、笑顔でなんとか応える。
ホールの入り口では、王城へ到着した順に招待客を出迎えるバスティアン国王と聖王がいて、彼らに順番に挨拶をする。
聖王と王妃の少し後ろには、ミーユがいた。彼女は私にはまるで気づいていないかのように、王太子を目で追っていた。私が聖王国を離れる時は、ミーユはずっと顔を覆うベールを被っていたのだが、今はつけていない。見る限り顔には発疹の跡は見えないが、化粧でうまく誤魔化しているのだろうか。
王太子がバスティアン国王と聖王の前に進みでて、胸に手を当て膝を軽く折る。
「お招きありがとうございます。この度は、ビクトリア王女殿下とシャルル王太子殿下のご婚約、おめでとうございます」
「こちらこそ遠路はるばる、よくいらしてくださった。――我々三カ国は、大きな意味で家族になりますな」
バスティアン国王は私と王太子どちらにも満遍なく目を合わせ、とても感じの良い笑顔を見せてくれた。
一方で、聖王は私とは全く目を合わせなかった。代わりに王太子に薄く微笑み、声をかける。
「こうしてお会いするのは、初めてですね。これまでは代理人を通したやり取りでしたが、お会いできてとても嬉しいです。殿下は私の義理の息子なのだから、今後はもっと頻繁にお会いしましょう」
聖王のそばに控える聖王国の近衛騎士の中にはレオンスがおり、彼は私を見てとても驚いた様子だった。彼だけでなく、私とは顔見知りの近衛騎士は皆、目を見開いて何度も瞬きをしつつ私を凝視し、判で押したように同じ反応をしていた。
おそらく、私が髪をしっかり隠していないことが、とても奇異に見えたのだろう。
簡単な挨拶が済むと、招待客たちはホールに集まった。管弦楽団が演奏を始め、一番最初に踊るのは今日の主役のシャルルとビクトリア王女だ。シャルルは濃い緑色のジャケットを着ており、立襟に彼の体型に寸分の狂いなく丁寧に仕立てられた衣服のお陰で、いつもより大人っぽく見える。ビクトリア王女と私は初対面だったので、未来の義理の妹を感慨深く見つめてしまう。
青色のドレスは裾のレースがとても柔らかく長く、彼女の金色の髪の毛と青色の瞳によく似合う。
二人は吹き抜けとなっている二階から螺旋階段を下りてくると、ホールにいる人々から割れんばかりの拍手を受けた。
まだ幼さの残るシャルルが、同じくまだあどけなさの残るビクトリアの手を取り、ホールの真ん中へと進む。
二人が踊り始めてしばらく経つと、やっと他の招待客達もホールでのダンスに参加し始めた。
招待客達が次々にダンスを始める中。私は一人で壁と同化していた。王太子は今回、シャルルの婚約を祝うために、ダルガンの最先端技術を使ったものを持参してきていた。彼は庭園にそれを設置する作業に忙しいのだ。
バスティアン王城は、豪華絢爛だった。
(いつもみたいに目線を下げていたら、気がつかなかったかもしれないわ)
天井のシャンデリアの美しさや、壁の装飾を観察しているとレオンスと目があった。彼と会うのは、私の輿入れの時に国境付近で別れて以来だ。
「レオンス、貴方あの後、ダルガンから追い出されて聖王からお叱りを受けなかった?」
「正直なところ、かなり。ですが、まさかダルガンの王太子殿下があそこまで強情な方だとは、思いもしませんでした」
そうね、と答えつつ、ダルガンに入って王太子と初めての会った時のことを思い出す。あの時は、王太子がまさかルーファスだとは思いもせず、怖くて震えていたっけ。
「――王太子殿下は、庭園でお忙しそうですね」
レオンスは庭園でダルガン人技師たちと長い棒を組み立てている王太子を見た。私を一人で放置していることを、遠回しに非難したいようだ。
王太子は今日、自国で発明されたものをバスティアン王国に持ってきていた。シャルルを祝うためというのもあるが、もう一つの目的は、技術を披露して諸国を牽制することことだ。
「ご夫婦で来たはずなのに、お姉様ったら置いてけぼりかしら?」
レオンスの後ろから嘲笑を含んだ感高い声で話しかけてきたのは、片手にワインのグラスをもったミーユだ。
「お姉様ったら、仮にもダルガンの王太子妃ですのに、私の護衛騎士と踊るおつもり?」
どうやらレオンスは今、ミーユの護衛担当をしているらしい。
「ち、違うわ。私はただ……」
「ネリーから聞いたわぁ。王太子殿下は、お姉様を気に入らなかったんですってね。それにしても、殿下は肖像画よりもずっと見映えする方ね。結婚前にもらった肖像画では、無表情に山の前で乗馬されているお姿だったから。てっきり、こういうのにありがちな美化された絵だと思っていたのに! 逆に詐欺にあった思いだわ」
えっ、と首を傾げる。私が結婚前はミーユから渡されて見た肖像画と、その描写は全然一致しない。
「私達が見た肖像画は、ニッコリ笑って親指を立てた男性のものだったわよね?」
「あら、何を言っているの? お姉様のご記憶違いよ」
「そんなはずないわ。ミーユも見たでしょう?」
問い詰めると、ミーユは不自然に目を逸らした。
やがて庭園の扉が開けられ、王太子がホールに戻ってきた。彼はバスティアン国王と歓談している聖王のもとに行き、二人に話しかける。
「バスティアン国王並びに聖王陛下。ビクトリア王女とシャルル王太子のご婚約を祝い、ダルガンよりささやかな贈り物をお持ちしました。どうぞ外をご覧ください」
聖王やその周りの人々がこぞって彼と共に庭園の近くにいくため、ホールの人々もほとんどが釣られて外に注目した。
庭園には、等間隔で長い鉄の棒が二列に立てられている。先には小さな屋根のついた家形の模型が取り付けられ、王太子が長い燭台を使って、鉄の棒の先の屋根の下に火を灯し始めた。
鉄の棒の先に点けられた火は、燭台の火より遥かに明るく大きく灯っている。
ホールの人々が不思議そうに騒つく。鉄の棒の先には蝋燭などの火がつくようなものは何もないのに、なぜか火が燃え続けていることが不思議なのだろう。魔術を使った様子もないのだから。
王太子が庭園の手前まで戻り、ホールの人々に向かって説明をする。
「魔術ではなく、石炭を蒸し焼きにして発生する空気を使って、庭園を照らしています。ダルガンの技術の明かりです」
まぁ、すごいわと澄んだ高い声がして後ろを振り返ると、すぐそばまでビクトリア王女が来ていた。隣に立つシャルルが、頬を膨らませて不満そうな声を上げる。
「何がすごいんだ? 魔術による光のほうが遙かに大きくて力強いじゃないか。僕らには必要ないね!」
窓に額をつけんばかりの勢いで外を見ている老婦人が、呟く。
「私は水の魔術しか使えないから、あれが欲しいわ」
勇気を出して、老夫婦の近くに進み出る。
発言することに気後れも感じるが、ダルガン王城で何度も技術者達と繰り返し練習していた王太子のために、何か言わなくては。ダルガンを背負う一人としての責任感を持ちたい。
「燃える空気は、管で運んでいます。点火にも維持にも、火の魔術を使う必要はありません。蝋燭のようにちょっとした風で消えることもありません」
私が急に発言したからか、周囲の人々が驚く。目を丸くして絶句するレオンスやミーユのそばで、老婦人がにっこりと微笑む。
「まぁ。ダルガンの王太子妃様は、流石にお詳しいんですね。あれは、とても画期的ですわ」
私はダルガンの王太子妃、という言葉が嬉しかった。実際のところ、石炭を蒸し焼きにして発生する空気は、ガス灯だけでなく様々な機械を動かす動力源にもなるらしい。一つの発明が、様々な分野に有効活用できるのだ。
新しい時代への扉をダルガンが開けようとしているこの時に、王太子妃として立ち会えるのは、名誉なことだと思う。




