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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第一章 トカゲに守られた王女
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新年祭の出会い①

 聖王国の中心、聖都はお祭り騒ぎだった。

 聖王城を見上げる広場にはたくさんの屋台が軒を連ね、飲み物や食べ物を売っている。新年を祝うために着飾った人々が集まり、その賑やかさたるや聖王都中の住民が来ているのではないかと思えるほどだ。

 今年の新年祭は特別だった。

 我が聖王国は「三十年戦争」とも呼ばれるほどの長い間、隣国ダルガンと武力衝突を繰り返してきたのだが、昨年暮れについに終戦協定が結ばれたのだ。

 長かった自粛期間が明け、ようやく私達は何のわだかまりもなく、国を挙げた一大行事を心から喜ぶことができる。

 新年祭を観にきた私の定位置は、毎年決まっている。

 今年も市場を見下ろせる高台の公園のベンチに腰掛けると、私は持参した水筒から紅茶を飲んだ。

 公園の木々にも今日のために色とりどりのリボンが巻かれ、とても華やかだ。

 膝の上にクッキーの入った袋を置く。


「さてと。お誕生日おめでとう、私」


 今日で十九歳になる自分をお祝いし、クッキーを頬張る。

 母亡き後に私を唯一大事にしてくれた乳母は、三年前にこの世を去った。一緒にケーキを食べてくれる相手はいなくなり、以来自分の誕生日はここで過ごすようにしている。

 聖王の教育方針は厳しく、姉や妹と比べて美貌も魔力も持たない私は、毎日朝から晩まで家庭教師が付けられ、勉強づくしだ。上流階級の女性に必須のダンスや刺繍はもちろんのこと、歴史に古典、そして算術など科目は多岐にわたる。

 何しろ聖王からすれば、あまりに条件が悪すぎてこのままでは私の結婚相手を探すのに苦労するから、せめて学を持たせて価値を上げる必要がある、と考えているらしい。

 王家に生まれた女性の人生は、道が二つしかない。

 嫁ぐか、修道院に入るかだ。

 だがそれでいて王女の結婚というのは、身分が高すぎるために簡単ではない。結婚相手は一部の超上級貴族か、他国の王家に限らなければ聖王家の価値を下げることになるからだ。

 そのため、結婚適齢期に適切な相手を見つけることができず、結局修道院に入らざるを得ない王女が歴史上、何人もいた。

 けれども、私は事情が違った。

 持たざる者である私は、修道院に入ることが出来ないのだ。だからこそ、聖王は生涯衰えることも誰からも奪われることもない、教養という付加価値を私につけようとしていた。日頃は目も合わせてくれない聖王だが、私の将来を案じてくれていて、それは愛情からくるものだと私は信じている。


(本をたくさん読めば、お父様はきっといつか褒めてくださる。毎日お勉強を頑張ることが、お父様の愛情に応えることになるんだ)


 私は聖王に振り向いてほしい一心で、使用人も数えるほどしかいない寂しい北の棟で勉学に励んだ。

 そして新年祭の今日だけは、家庭教師が誰も来ない。つまり私は誕生日を一年で最も孤独に過ごさなければならないのだ。それが嫌で、去年からはあえて聖王城を抜け出して、この公園で過ごすことにしていた。

 今日が何の日であるかを覚えているのは最早自分しかいないのだが、新年祭に合わせれば雰囲気満点だ。特に今年は盛大で申し分ない。

 ベンチに座ったまま広場を見下ろし、人々がワインや串刺し肉を片手に、笑顔に溢れて過ごしている様子を楽しむ。ここに来ればこちらまでウキウキと心が躍り、華やかな気持ちになれる。

 幸せのお裾分けだ。

 この公園には屋台が出ていないからか、今年も人がおらず静かだった。

 だが遠くから音楽が微かに聴こえており、離れていても臨場感がある。

 そうして一人静かに新年祭の雰囲気を味わい、自分の誕生日を祝っていたが、穏やかな空間に突然乱入してきたのは、一人の若い男性だった。

 公園に駆け込んでくるなり、彼は高台の縁に張られた柵に身を乗り出した。


(私みたいに、広場を観にきたのかしら? 毎年ここは私だけの特等席なのに、珍しい)


 男性は落ち着かない様子だった。

 キョロキョロと首を振り、公園の柵を左右に横向きに忙しなく移動している。黒い外套についたフードを被っているので分かりにくいが、よくよく見れば彼は広場を見下ろしてはいない。てっきり新年祭を観にきたのかと思ったのだが。

 男性は顔を上げて、広場の向こうにある聖王城を見ていた。

 やがて私に観察されていることに気づいたのか、男性はハッとこちらを振り返った。

 その動きで男性のフードが頭から滑り落ち、彼の金色の髪の毛が露わになる。サラサラで量の多い直毛が、風に靡く。


(水の魔術の使い手だわ。いけない、目が合ってしまう……!)


「持てる者」は私のような「持たざる者」と目が合うのを極端に嫌がる。神に祝福された人々を、私のような茶色の目で正面から見据えるのは、生意気だし不遜なことだ。

 急いで俯き、膝上のクッキーの袋を握り締める。

 ところが男性は何を思ったのか、真っ直ぐに私の前まで走ってきた。よく磨かれ、ピカピカに輝く革靴が、私の視界に割り込んでくる。


「もし知っていたら教えてくれないか? 聖王城の大バルコニーはどこに行けばよく見えるんだ?」


 どうやら大バルコニーがよく見える場所を探しているらしい。毎年の新年祭のクライマックスの一つが、聖王城の正面に位置する大バルコニーでの聖王一家のお披露目なのだ。

 祭りは朝から続いているが、正午になると聖王と王妃、それに王太子と王女達が大バルコニーに出てきて、国民に姿を見せる。もちろん、王女の中に私は含まれていない。茶髪茶目の王女を国民に晒すなど、聖王家の恥を晒すようなものだから。

 王族を確実に見られる機会はほとんどないから、この日を楽しみにしている国民も多いと聞く。

 私は目を合わせないよう、男性の顎の辺りを見つめて答える。


「大バルコニーでしたら、この公園からは角度が悪くて見えないんです。広場からなら、見えるんですが」

「いや、広場は人であまりにもごった返していて、さっき諦めてきたところだ。広場に面したカフェやレストランは満席な上に、店の外まで長蛇の列ができていた」


 広場の中でも大バルコニーが見やすい位置は、朝から場所取りをしている人々もいるくらいなのだ。この時間ともなれば、広場でも大バルコニーが門や棟の死角になってしまう場所しか、空いていないかもしれない。


「今年は特に賑わっているので……」

「そうか……。チラリとだけでも良かったんだが。頑張ってもう一度、広場に戻ってみるよ。さっきより空いたかもしれないしね」


 広場は大バルコニーへの聖王家の登場時間をピークに賑わうのだ。より混雑に磨きがかかっているだけで、空くとは到底思えないのだが。


「多分、この時間ですと広場の奥はもう、入場規制がかかっていると思います。聖王城から距離がある場所なら、きっとまだ空いていますが。新年祭は初めてですか?」

「ああ、そうだ。実は……ソレントから来たんだが、聖都に来るのも初めてで、勝手があまり分かっていなくてね」


 ソレントといえば、国境に近い街だ。聖都からは遠く、馬車を使っても二日はかかる。

 

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