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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第三章 王宮での新婚生活
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結婚式とパレード

 結婚式の朝は、まだ外が薄暗い時刻に起こされた。

 王都からほど近い教会で、招待された王侯貴族達が集う中、長く重たいトレーンを引きずるように王太子と並んで進む。

 ドーム型の天井には一面にフレスコ画が描かれていて、あまりの精緻さに、その美しさに感激するというよりは、圧倒されてしまう。

 衆人環視の中、王太子と私は互いに目を合わせることなくひたすら前を見ていたが、緊張で気を失ってしまいそうな状況でも、左手で掴まる王太子の腕の温もりだけは、私を支えてくれる温もりに思えて、すごく確かなものに感じられた。

 私は王太子と並んで「原初の光」の前に立った。神父の言葉を聞いている間中、私は聖都の教会でのルーファスとの思い出を振り返っていた。互いに言葉にはできなかったが、同じことを思い出していると確信できることが、心地よい。

 結婚指輪の交換をし、神父が私達の結婚を宣言すると結婚式は終わりだった。両国にとって重要な出来事であるはずだが、実際の結婚式自体は、終わってみればあっという間だ。

 結婚式の後は、馬車に乗って王都を回ることになっていた。

 結婚式には王侯貴族しか参列できないため、一般の人々に王太子夫婦を見てもらう、絶好の機会として設けられたパレードだ。

 見られることを第一の目的としているのは明らかなので、緊張しかない。

 馬車に乗り込む前に、ネリーが私の全身を確認して、話しかけてくる。


「ベールがまくれてしまっております。お直ししましょうか?」


 当然のように問われ、いつものように直すようお願いしようとした私は、聖王国と違って微風にすら揺れるダルガンのベールに立ち止まった。今日つけているのは、聖王国から持参したものではなく、ダルガン製のベールだ。

 果たして色すら透けるこの国のベールに、着用する意味があるんだろうか。衛兵が守る教会の敷地の外では、新婚の王太子と妃を見ようとたくさんの民衆が駆けつけている。彼らもまた、茶色の髪の者達は聖王国に比べれば申し訳程度にしかならないベールを付けている。

 私は幼い頃、誕生日会について知った絵本を読んだ時のように、稲妻に打たれたように悟った。


(ああ、やっと分かったわ。このベールには、何の意味もないんだわ)


 私は……いや私達は、誰も髪色を隠すために何かを被る必要などない。


「ネリー、そうじゃないわ。ベールを直すんじゃなくて、外してほしいの」

「何をおっしゃいますか。ベールを外すなど、裸になるのと同じではありませんか……!」


 ネリーが慌てるのも無理はない。

 私だって小さな子供の時からずっと髪を覆ってきたから、ベールを取って髪を晒すことにはかなりの抵抗がある。


「私はベールを被ることの方が、不自然だと思うの。ネリー、髪を崩さないように外してちょうだい」


「出来るわけがございません! ご自分が何を仰っているのか、お分かりですか?」とネリーが小声で懸命に抵抗する中、ベルタが一歩私に近づく。


「分かりました。妃殿下は外されたいのですね?」


 それを受けてネリーが般若のような顔でベルタを睨み、言う。


「ダルガンの方々は、聖王国の王女様に恥をかけと?」


 先に馬車に乗り、席に座った王太子が何事かと私達を見下ろしている。話は聞こえているはずだ。

 だが口を挟んでこないということは、この場をどうするかについて、彼は私に委ねている。

 私はネリーの言葉が妙に引っかかった。


(私が髪を晒すことは、本当に恥なのかしら? ここには茶色の髪の人がたくさんいるというのに?)


 顔を上げれば、馬車が通るのを待っている人々がいて、彼らの中にも、私と同じ茶色の髪の者達が大勢いるのだ。元は聖王国からもたらされた悪しき風習だと思う。

 私がここで恥ずかしがってベールを被るのは、彼らの髪色をも恥ずかしい色だと言うのに等しい。

 ベルタの正面に立ち、彼女に頼む。


「私は自分の髪の色を、もう恥じていないの。だからベルタ、今すぐ取りなさい」


 私の命令ということにしておけば、ベルタの行為が後で問題になることもない。

 ネリーは険しい表情を浮かべていたが、ベルタは「はい……ただいま!」と答え、やや緊張した面持ちで私のベールに手をかける。

 ベールを外した私を見て、王太子は少し驚いていた。

 やはり茶色い髪を晒しているのはおかしいだろうか?

 決意したものの、不安は残る。

 馬車の中でも不安と緊張が混ざり、心臓がドクドクと鳴る。

 覆うものがなくなって、空気を頭に直に感じ、その違いが気になってしまう。

 馬車が動き始め、石畳の上を車輪が走る音が響き、集まった人々の顔がはっきり認識出来るようになると、彼らは様々な感情のこもった眼差しを私に向けていた。 

 私は今、恐らく聖王国への憎しみや持たざる者への軽蔑、新時代への期待など、数多くの気持ちの混ざった視線を浴びている。震えそうになるのを堪え、微笑を作って皆に手を振る。

 沿道から上がる歓声の多くは王太子に向けたものだった。だがやがて「王太子妃殿下! おめでとうございます!」と私に向けた声もチラホラと上がるのが聞こえる。たとえ少なくても、そう言ってくれる人がいることで救われる。

 王太子は前方の沿道に視線を向けたまま、言った。


「ベールを外してくれて、外で初めてリーナをちゃんと見られた気分だ」

「あの、変でしょうか……?」

「いや、全然。ベールで隠してしまうなんて勿体ないと、今はっきり分かったよ。リーナ、ありがとう」


 一瞬、王太子が何に対してお礼を言ったのか思い当たらなかった。だが分かると胸に込み上げるものがあった。私にとって、髪色を晒すということがどれほど勇気がいることかを、彼は理解してくれたのだ。

 そのことがとても嬉しかった。

 相手を思いやって行動に移したり言葉にしたりすることは、きっと今日結婚した私達には何より必要なことなのかもしれない。


(今日からは、もう二度とベールで髪を隠したりはしない)


 固く決意して、人の多さに何度も馬車の中でしゃがみ込んで隠れてしまいたい衝動を、懸命に抑えた。


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