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【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第三章 王宮での新婚生活
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隠し通路の密会

 ネリーの伝書鳩と明日の結婚式で頭がいっぱいになり、何度も寝返りを打つ。

 明日の大事な日に、目の下にクマを作りたくはない。でもなかなか寝つけず、苛立ちから更に眠気が遠ざかっていく。

 慣れない部屋の中で不安を覚えた私は、一番身近な存在に助けを求めた。


「トッキー、寂しいから出てきて」


 キランと一瞬黄金の光が枕元に表れ、空間の裂け目から転がり出てきたのは、トッキーだ。

 寝ているところを呼び出されでもしたのか、大きなまん丸の目が、眠そうに閉じてほとんど線のようになっている。

 胸の上に抱え上げると、トッキーは私の顎先に甘えるように頭を擦り付け、すぐに寝入ってしまった。


「えっ、もう寝ちゃうの? ちょっとは私を慰めてよ」


 相変わらずのマイペースぶりに呆れて左右に軽く揺するが、トッキーはほんの少しだけ目を開けて、なんとか起きようとしたのか片脚をプルプルと持ち上げたものの、再び脱力して寝入ってしまった。


(もう。ほんとに頼りにならないんだから。――でも、寝顔は可愛いわね)


 口が半開きになって、安らかな寝息に合わせて体が上下している。


「リーナ」


 不意にどこからか声がした。気のせいかとじっとして聞き耳を立てていると、コンコンとノックの音がする。

 どこから呼ばれてるのか、と目だけを辺りに彷徨わせるが、もちろん寝室には私とトッキーしかいない。トッキーも目を覚まし、いつもはクルンと丸まった尻尾を警戒してピンと伸ばして、目を見開いている。


「リーナ、起きてる?」 


 今度ははっきりと、明らかに男性の――多分王太子の声がした。


「で、殿下ですか? どちらにいらっしゃるのですか?」

「クロゼットを開けて、奥の板を外側に引いて」


 急いでトッキーを脇に退けると靴を履き、部屋の隅にある木のクロゼットに向かう。トッキーも私の後を追い、素早く肩まで上ってくる。

 中にはドレスが詰められていたが、両腕でよけて奥に進み、奥の板に触れる。何の変哲もない、通常の家具の一部に思えるが、試しに力を込めて押してみた。

 するとガチャリと留金が外れたような音がして、続いて蝶番が軋むような音と共に、板が奥へとまるでドアのように開いた。そうしてできた隙間からは、ぼんやりとした明かりが漏れ、やがてすぐに手持ちランプが光源だと分かる。

 クロゼットの奥には、一枚の板を挟んで暗い通路が続いており、またしてもまるで扉のような板の向こうに立っているのは、王太子だった。


「殿下。この国は隠し通路が多過ぎではありませんか?」


 半ば呆れて尋ねた私に、王太子はニッと笑う。


「もちろん、全ての部屋に繋がっているわけじゃない。王族の部屋にだけ、身の安全のためにあるんだよ」


 王族、という言葉にドキッとする。私はまだ王太子妃になっていないし、聖王国から来ている花嫁として、反感を抱く者達も多いけれど、自分のことをダルガン王家の一員として認められている気がして、こそばゆい。


「念のため、通路の進み方を教えておくよ。この扉は、内側からしか開かないんだ。だから閉めずに行こう」


 王太子はそう言うなり私の手を取り、通路の奥へと進み始めた。

 通路の幅は、人が並んで歩いてもゆとりがある長さだ。

 壁は一面に白く塗られていて、床にはタイルが敷かれている。

 外光は全く差し込んでいないので、王太子のランプが消えたら昼間でも真っ暗になってしまうだろう。寒さも手伝い、怖くなって無意識に王太子のランプに縋るように、彼の腕に身を寄せる。

 王太子は私を見て、優しい笑みを見せた。


「寒い? これを着て」


 王太子は自分が着ていた外套を脱ぎ、私の肩にかけた。襟周りに毛皮がついており、ふわふわとしていてとても暖かい。

 だが外套の下は彼も寝間着のような薄手のズボンとシャツしか着ておらず、寒そうだ。


「で、でもお借りしてしまうと、殿下が寒そうです」

「リーナが暖かいなら、それでいい」


 私を見下ろすアクアマリンの瞳を、ついじっと見つめ返してしまう。

 真摯な瞳から、彼が本気で私を労ってくれているのだと分かる。

 誰かの前で会う時の厳しくとっつきにくい王太子と、今会っている彼が随分違うので、少しホッとする。


「なんだか、人前で会う王太子様と今の殿下は、別人のようです」

「どちらかというと、今の私が取り繕わない素のヴァリオだよ」

「……本当は双子の王太子様で、私はルーファスさんとヴァリオさんにお会いしているんじゃないかと思ってしまいます」

「それはいただけないな。本当にそうだったら、双子でリーナを奪い合うことになる。一度ヴァリオはルーファスに負けているから、縁起でもないな」

「そ、そうかもしれませんけど……」


 王太子はふと思いついたかのように、首を傾けて真顔で尋ねた。


「リーナはルーファスとヴァリオのどちらと結婚したい?」

「えっ……。そ、それは、」


 私が答える前に、王太子が人差し指を立てて私の唇に当てた。目測を誤った彼の手が微かに唇をかすり、頭が真っ白になる。


「いや、やっぱり聞きたくないな。どちらの名前を言われても、焼きもちを焼いてしまいそうだから」


 王太子は気さくで優しいルーファスでなければ私に好かれず、けれど強く冷静なヴァリオでなければ王太子として許されない、と思っているのだろう。

 でも、果たしてそうだろうか?

 それに王太子には無理をしてほしくない。


「私は……あの、ルーファスさんもヴァリオ王太子殿下も、どちらとも結婚したいです」


 どうやら私の言いたいことは上手く伝わらなかったようで、王太子はきょとんとした直後に笑い出した、


「リーナは優しいな。気を遣わなくていいのに」

「ち、違うんです。皆さんきっと、同じ風に考えると思います。一人称が()な気取らないルーファスさんも、私な威厳あるヴァリオ王太子殿下も、全部殿下の個性であって、完璧な無機質さよりも人間的でお支えしたいと感じるからです」


 王太子は笑いを収め、考え込むように何とか頷いた。


「なるほど。聖王は崇め奉る神のような存在だと聞くが、ダルガンでは国王とは民に守られて、民を率いる存在だ。リーナが言うことも、一理あるな」


 ホッと胸を撫で下ろす。誤解なく伝えられたようだ。思い切って私の考えを伝えてみて、本当に良かった。

 王太子は再び前を向くと、案内するように私の背に手を当てた。


「行こうか。すぐ俺の部屋に着くから。大丈夫だよ。――実は母上が錠前を取り付けたんだけど、もちろん外させてもらったよ」

(殿下の部屋に? この通路で繋がっているということかしら?)


 わけもわからず、王太子の右腕の服の生地に捕まって歩くが、暗くて少し先しか視野がきかない。

 借りた外套の温もりにドキドキと緊張しながら、ゆっくり先を進む。


「あの、途中に落とし穴があったりしないかしら?」

「そんなわけない。王族のための専用通路なんだから」


 歩きながら王太子が愉快そうに笑い、釣られて私も笑ってしまう。すると彼の腕が、遠慮がちに私の肩に回された。


「リーナの笑い声は、とても綺麗だ。新年祭の投げ矢を思い出すよ」


 肩や背に触れる王太子の温もりにドキドキしながら、答える。


「あの、ありがとうございます。新年祭、凄く楽しくて……、私の大事な思い出なんです」

「私にとっても、同じだよ」


 通路は暗くて寒かった。おまけに埃っぽい。

 けれど二人で身を寄せて温もりを分け与え、共に過ごした思い出を共有するのは、私をこの上なく暖かな気持ちにさせた。

 やがて行き止まりになった先に、腰の高さほどの扉があった。王太子はランプで照らしながら、膝の辺りに位置する金属製のノブに手をかけ、扉を引いた。

 扉が開くと同時に、中から煌々と明るい光が通路に漏れ出て、辺りを照らす。


「少し扉が小さいから、頭をぶつけないように気をつけて」


 王太子が屈んで扉をくぐるのに続き、私も背を折って扉の向こうへ歩いていく。 


「うわっ、眩しい」


 通路を抜けて、目をすがめてしまう。光に目を慣らせるためにゆっくり目を開けば、眼前に落ち着いた深緑色の壁紙が見えた。

 王太子が私から離れ、手持ちランプを近くの棚に置く。


「私の寝室だよ。本当に繋がっていただろう?」

「はい。ダルガン王城は、迷路だらけのお城ですね」


 王太子の寝室は落ち着いた雰囲気の内装だった。

 深緑色の壁紙に、金縁のある白い板の装飾が規則的に配置され、その一つが私の寝室と繋がる扉になっていた。

 広い寝室の壁の真ん中には、黒豹が刺繍されたゴブラン織の絨毯が飾られ、窓のカーテンには部屋の明かりを反射して輝く金糸のタッセルがたくさんぶら下がっている。

 奥に鎮座する寝台は天蓋付きで、とても大きい。

 暖炉のお陰か、部屋の中は暖かくて快適だ。

 王太子が私の正面に立つ。 


「二人きりの時に君に伝えたいことがあって、こんな時間だけど通路を使ったんだ」

「伝えたいこと、ですか?」


 王太子が微笑を収め、私をまっすぐに見つめ返す。


「そうだ。実は……、リーナが聖王国からつけてきたルビーのネックレスの中に入っていた錠剤だけど、少し削って鑑定をすると言っただろう? その結果が出たんだ」


 予想外の話題に、驚いてしまう。

 言葉を失う私の目を真っ直ぐに見て、王太子は言った。


「あの錠剤は、毒物でできていた。それも、一錠で体重の重い大男でも殺せるような、強力な毒だ」

「そ、そんなはずないわ。だって、あれは」


 その先を言うことはできなかった。

 あれは聖王が私にくれたものだから……、だなんて到底言うことはできない。

 きっと聖王は、もしものためにあれをこっそり入れたのだ。私は自分の曽祖母であるかつての王太后の話を思い出した。

 私の曽祖母は強力な風の魔力を持つことを見込まれ、聖王に召し上げられた貧乏貴族出身の女性だったが、貧しさゆえ、嫁入り道具は短剣一本だけだったらしい。言い伝えでは、聖王に失礼があったら自害だけはできるように、短剣を持参したのだという。曽祖母は、聖王に全てを捧げて身を尽すという、潔い妃の象徴として語り継がれている。

 きっと、聖王はこの伝説を思い出して、私に毒物を持たせたのだ。他意はないはず。

 考え込む私に、王太子が言う。


「このネックレスを誰にもらったのかを、教えてくれないのか?」

「私の家族です」

「聖王か? 王妃か? それとも、姉妹か弟か?」

「ごめんなさい、言えません。でも、私を害するつもりなんて、なかったはずです」


 私は聖王を、父を信じたい。王太子は仕方がないといった風情で溜め息をついた。


「もしかしたら、中が開くことを知っている者が他にいるのかもしれない。例えばネリーという侍女だ。君とあの侍女は、それほど懇意な様子がなかった。長くリーナに仕えた侍女ではないんじゃないか?」

「その通りです。よくわかりましたね。ネリーは、私の結婚が決まってから侍女になりました」


 王太子は私の両手を取った。


「リーナ、君を落ち込ませたいわけじゃないんだが。もう一つ、知らせたいことがあるんだ。顔を上げて」


 気づけば私は俯いていたようで、視線を上げて王太子を見つめる。彼は私の手をグッと握った。


「聖王国の一行は、伝書鳩を持ち込んでいただろう? それをさっき君の侍女のネリーが放ったから、フィリップに風の魔術で鳩を捕らえさせたね?」

「は、はい。ご存じでしたか。フィリップを見失ってしまって、その後どうなったか分からないんですが」

「フィリップは通信文を掠め取るのに成功して、読んだ後で真っ直ぐに私に報告に来たんだ」


 私を放ったらかして随分じゃないか。まぁ、フィリップが私を信用してくれているとは思っていないけれど。


「それで、通信文にはなんと?」

「妙なことが書かれていたんだ。『万事滞りなく。予定通り。万一、黒が緑に好意を向けてしまった時は、ご指示の通りに』とね。これは一体、どういう意味だ?」

「わかりません。黒……? 黒髪のことでしょうか。それとも黒い肌? ――もしかして、黒豹?」


 王太子の視線が私から、肩の上のトッキーへと移る。


「意味するのが守護獣の色だとすれば、緑は君のトッキーじゃないか?」


 名を呼ばれたトッキーが、首を傾げる。


「でも、そうだとすると、まるで殿下が私に好意を向けるのが、望ましい展開ではないと言っているように聞こえます。そうなってしまったら何か行動に出る、と言っているんですよね」


 王太子は黙っていた。否定しないということは、彼も同じ感想を抱いたのだろう。


「フィリップには当面、リーナの護衛を言いつけておこう」


 その人選はどうだろうか。フィリップは私を守るつもりがあるか、いまいち疑わしい。


「殿下、ネリーが何を企んでいるのか分かりませんので、人前では今まで通り私にご関心がないように振る舞ってください」


 王太子が私を引き寄せ、そっと私の頬にキスをした。肩の上にいたトッキーは、見てはいけないと思ったのか、ギュッと目を閉じる。


「分かっている。ネリーの目的が分るまでは、様子を見よう。でもどうか誤解しないでくれ。私は、君を手放すつもりはない」


 トッキーが肩の上でバランスをとりながら、目を前足で覆った。それを見た王太子がフッと笑う。


「なんだ、ちゃんと人の言葉が分かっているんだな。意外と頭がいいかもしれない」


 王太子が手を伸ばし、トッキーに触れる。頭をゆっくりと撫で、顔を上げたトッキーに笑いかける。


「守護獣らしく、ちゃんとリーナを守ってくれ。頼んだぞ?」


 トッキーはそれに応えるように、サッと片方の前脚を上げた。

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