表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】落ちこぼれ花嫁王女の婚前逃亡  作者: 岡達 英茉
第二章 ダルガンの王太子との結婚
12/43

姉妹の事情

 私の十九回目の誕生日の後、聖王宮は激動の日々を迎えた。

 まず、第一王女のアンヌの妊娠が発覚したのだ。

 婚約すらしていない男性との間に子を持つことは、聖王家のしきたりからすれば大変不名誉な振る舞いだったが、肝心の相手が聖王国の貴族の中でも一、二位を争う名家である公爵家の嫡男だったことから、すぐにアンヌの妊娠はめでたい話として語られるようになった。

 アンヌはお腹が目立たぬうちに、次期公爵と盛大な結婚式を挙げた。

 この世の幸福全てを一身に浴びたかのように皆に祝福され、ダイヤモンドの縫い付けられた豪華なウェディングドレスに身を包み、新郎に抱き寄せられて神の前で永遠の愛を誓うアンヌを、悔しげに見つめるのは妹のミーユだった。

 それまで隣国ダルガンの王太子に嫁ぐのは、第一王女のアンヌとして水面下で話が進められていたのだが、その道が絶たれた。結果、同じ正妃の娘であるミーユに白羽の矢が立ったのだ。

 既にダルガンに送られていたアンヌの肖像画は返送されてきて、代わりにミーユのものが送られた。


「結婚相手となる王女が急に変わったとしても、ミーユ様の愛らしい絵をご覧になれば、ダルガンの王宮の者どもも、文句など言いはしないだろう」


 これが新興国ダルガンに対して、上から目線の聖王宮の者の考え方だった。

 私は無邪気にもこの頃まで、聖王国の王女とダルガンの王太子との縁談について、ほとんど他人事のように考えていた。

 毎日の密かな楽しみと言えば、自分の部屋の鏡の前で、ルーファスに投げ矢ゲームでもらった髪飾りをこっそりつけては、鏡の中の自分をじっと見つめることだった。

 だが、ミーユの妃教育が始まってしばらく経った頃。

 ミーユは孤児院を侍女と慰問し、そこで流行病に感染してしまった。

 医師団の努力の甲斐あって、幸いミーユは一命を取りとめて快復に向かい、誰もがホッと胸を撫で下ろした。もっとも、一緒に罹患した侍女は不運にも回復することなく、亡くなってしまったのだが。


 ミーユの病が治り、数日が経過した頃。

 私は珍しく聖王の執務室に呼ばれた。

 この日、聖王はどういう風の吹き回しか、私の被るベールについて何も言ってこなかった。いつもは私に会うたびに「ベールから汚らしい茶色の髪の毛が見えているから、しまえ」と言ってくるのに。

 だが執務室に入って、すぐに謎が解けた。

 なぜか執務室には正妃とミーユもいて、二人の様子が異様だったのだ。

 ミーユは顔まで覆うベールを被っていた。立っているだけで汗が額に滲むような暑い季節に、どうして顔まで覆うベールを被っているのだろう。

 おまけに彼女に寄り添うように立つ王妃が、急に「うっ」と呻くなり泣き出す。

 王妃は掠れた涙声で言った。


「かわいそうに。ミーユはもう一生、この先ベールが手放せないの。病にかかった後遺症で、顔に醜い痕が残ったのよ」


 驚いてミーユの方を見ると、彼女は堰を切ったように泣き出した。

 大きな机に肘をつき、革張りの席に座っていた聖王が、重そうに口を開く。


「キャロリーナ。お前に大事な話がある」


 私は正式な名で呼ばれたことに、驚いてしまった。大抵はリーナと呼ばれるので、キャロリーナと呼ばれる際は子供の頃から、凄く叱られる時や、真面目な話をされる時に限られるのだ。


(何が起きているの? どうして私が執務室になんて呼ばれたの?)


 緊張で胸をドキドキさせながら、私は聖王を見つめていた。目を合わせないよう、顎のあたりに焦点を当てながら。

 聖王は自分の手にはまる黒い石でできた印章を指先でなぞりながら、私に非情な命令を下した。


「余もお前のような不出来な王女を隣国の王太子妃として差し出すのは忍びないが、こうなっては仕方がない。――半年後、隣国ダルガンのヴァリオ王太子に嫁げ」


 当然ながら、私に拒否権はない。けれど、自分の人生を大きく左右される予想もしない事態に、黙っていられなかった。


「お父様……。私のような側妃の王女が相手では、ヴァリオ王太子殿下も納得してくださらないのではありませんか?」


 聖王が眉間に微かに皺を寄せ、腕組みをする。私が意見したことに、気分を害したのだろう。

 怒られてしまう。反射的に私の体がすくむ。


「そもそも天下の偉大なる聖王国から、野蛮な新参者国家でしかないダルガンなどが王女を娶ろうとすること自体が、笑止千万なのだ」

「ですが、私は……恥ずかしながら、持たざる者です。貴族でさえ……、嫌がる相手です」

「心配には及ばない。ダルガンの奴らは魔力の()()()()にそれほど重きを置かないと聞く。歴史の浅い国は、思慮も浅いのだ」


 たしかに、国によって文化や価値観は違うし、大陸の中で持たざる者の地位が最も低いのは、聖王国だと言われる。けれどアンヌとミーユからの変更となると、あまりな格下げではないか。

 目を合わせぬよう聖王の顎先を見つめていたが、自信のなさから視線が落ちていき、気づけば私は聖王の紺色のマントの裾を見つめていた。

 聖王が私に一歩近づき、厳かな声で尋ねる。


「顔に病の跡が残ってしまったミーユを、嫁がせるわけにはいかん。これでお前は正妃の王女達の代わりを務めることができるのだ。お前には身に余る光栄だと、そうは思わんのか?」


 体の前で組んだ手にグッと力を入れ、不安で震えそうな体を必死に抑える。

 聖王や王妃は、私の意見など求めてはいない。終戦の代わりに私が敵国の王太子に差し出されるのは、既に決定事項なのだ。


「お、王太子妃など……私にはもったいないくらいです」

「今お前には三十年戦争を終わらせるという、歴史に残る役割が与えられたのだぞ。両国の友好の証だ。王女として、これ以上はないという、名誉な結婚ではないか」

「はい。わかっております」


 聖王の言う通り、王女の一人に生まれ衣食住に何不自由なく、安全に配慮されて育てられた私には、王女として当然の義務がある。

 今まで戦場になど一度として行くこともなく、怪我をすることもなく、前線の兵達には死ねと命じる聖王の庇護のもと、私達は聖王国の中心で安全を約束されて過ごしてきたのだから。

 私一人がダルガン王家の一員になることで、平和が約束されるのなら。仲の悪かった二つの国が、これをきっかけに友好を築けるのなら。

 とても名誉な役割だとは、思う。

 聖王は声を落として言った。


「まだ正式に決まってはいないのだが、実はバスティアン王国の王女とお前の弟のシャルルの婚約も、近いうちにまとまりそうなのだ」

「シャルルの婚約が、もう?」


 バスティアンはダルガンの西にあり、聖王国とも国境を接していて、ダルガンと聖王国どちらとも仲の良い国だ。


「我が国は両国と縁戚関係を結び、今後は平和を重んじる時代になる。お前とシャルルはその礎ともいえる」 


 私がダルガンに行き、その少し後でバスティアンの王女が聖王国に来るということか。前者はまるで戦利品で、友好の証とは本来、後者のような結婚を言うのだろう。

 俯く私の肩に聖王の右手が乗せられ、ビクリと震えた。


(驚いた! お父様が私に触るなんて、滅多にないから……)


 聖王の足元を見たまま、困惑で激しく瞬きをする私に、彼は少し優しい声で話しかける。


「いくら持たざる者のお前でも、そのように従順にしておれば、ヴァリオ王太子の怒りを買うことはあるまい。何より、私はお前に最高の教育を与えてきた。王女として受けたその投資を、無駄にすることは許さぬ」

「はい。承知しております……」


 この返事は私の結婚への承諾に値すると思ったのか、王妃がミーユから離れて、珍しく微笑みを見せながら私を覗き込む。


「お前ならきっとダルガンで上手くやれるわ。アンヌやミーユは聖王国のちゃんとした王女らしく、贅沢に華やかに育ってきたから、粗野なダルガンには合わないと思うの。お前は遊びも知らず、勤勉で真面目だもの。きっとどこの生活にもすぐに馴染むわ」


 王妃の言い分は随分と自分勝手だ。アンヌとミーユをどこまでも甘やかしたい、と言っているようなものじゃないか。


「お前に施してきた最高の教育は、王太子妃としてのお前を十分支えるだろう。今までの自分の努力を、誇りに思うがいい」


 聖王の言葉に、私は密かに傷ついた。

 期待されたい、褒められたいとの一心で励んできた勉学が、こんな風に聖王宮から追い出される結果にしか繋がらないなんて。

 聖王は私の後方に視線を投げた。


「レオンス。護衛騎士たるお前もわかっておるな? リーナと共に、ダルガンへ行くのだ」


 いつの間にそこにいたのか、レオンスが執務室の入り口に立ち、直立不動で聖王の話を聞いている。彼は聖王が話し終えるや、胸に拳を当てて首を深く垂れた。


「聖王国のために、身を尽くす所存にございます」


 レオンスは私の護衛をするために、聖王国を離れてくれるのだろうか。まだ独り身とはいえ、あまりに申し訳ない。

 だが聖王は満足げに厳かに頷き、私に視線を戻した。


「茶髪のお前を残念に思うこともあった。だが、この日のために魔力がない王女を神が授けてくれたのだと、今は思うぞ。これはお前にしか出来ない大役なのだ。分かるだろう?」

「はい、お父様……」


 振り返れば、失うことばかりの人生だった。

 けれど思い切って生きる場所を変えれば、得られるものがあるかもしれない。

 聖王城でこのまま、隠したい厄介な王女としてひっそりと生きながらえるよりは、友好の架け橋としての大事な役割を持って隣国へ行く方が、生き方として正しいのかもしれない。

 私も少しは、価値ある存在になれるのだ。

 せめて、この無意味で何の面白味もない日々の連続を、もっと意味ある人生にしたい。

 私は考え方を切り替えて、降って湧いたこの縁談に一縷の望みを託すことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ