護衛騎士の不満
聖王城に戻った私を出迎えたのは、門の前で腕組みをしたレオンスだった。
後ろに撫で付けた黒髪に、紫色の瞳の持ち主で、先祖に南の島の出身者がいるからか小麦色の肌をしている。子どもの頃から私の護衛騎士を任されているので、近衛騎士仲間達からは「聖都で一番不運な騎士」と呼ばれているらしい。
王家のみそっかすでしかない私に仕えるのは、さぞ不本意だろう。実際、レオンスは近衛の見習い騎士から正騎士になった時に、ミーユの護衛騎士への異動を願い出たらしいけれど、彼の代わりに私につける人材が見当たらないとのことで、希望は通らなかったのだ。
本当は近衛騎士団に賄賂を渡せば結果は違ったのかもしれないが、筋の通らないことが嫌いなレオンスには、出来なかったのだろう。
レオンスは私が無断で長時間出かけていたことには、文句を言わなかった。それでも、聖王城の敷地に入っていく私の三歩ほど後ろからついてきながら、質問をしてきた。
「お誕生日を公園で過ごされたのですか?」
今日が私の誕生日だということを、レオンスが覚えていたのが意外だ。
「そうよ。公園でクッキーを食べた後は、私の別荘の掃除をしたの。勝手に出歩きすぎたかしら? こんなに帰りが遅いと、後で貴方が叱られちゃう?」
「……いいえ。リーナ様はもう少し勝手をされても、いいくらいだと思います。わがままを全く仰らない王女様ですから。今度は黙って出かけず、同行をご命じください」
「でも今日は新年祭だから、貴方は聖王宮の警備を特別に命じられていたでしょう? 頼めないわ」
「それは午前中までの特別任務です。そもそもリーナ様が命じてくだされば、近衛騎士団に掛け合うこともできました」
そんなことをしたら、レオンスの立場が悪くなるではないか。私の身勝手で、彼の騎士としての出世をこれ以上遅らせたくはない。
私は聖王城の前に広がる噴水の脇を歩きながら、気泡の浮く水面を見つめた。水盤の中を延々打ち上げられ、また吸い上げられることを繰り返す水に、自分の境遇を重ねてしまう。自由なようで、自由がない。
どこにも行けず、狭い世界で同じ動きを強いられる水は、聖王城の中の自分に似ているかもしれない。
「私のような不良品王女は、わがままをいう資格なんてないもの。だって知っているでしょう? 誕生日会にさえ、誰も来てくれなかったんだから」
レオンスはいつもの通り、生真面目な無表情を貫いた。彼は私の住まいである北の棟の扉を開けると、小さく肩をすくめて言った。
「ご自分でご自分の価値を下げるご発言はおやめください。余計に聖王城の者達から、低く見られてしまいますよ。護衛する私に、その価値がないと思わせないでください」
辛辣な返事に一瞬、胸が苦しくなる。
「ーー王女たる貴女がお一人で出かけるのに、ついてこいと言えない時点で、王女様失格ですよ」
「ご、ごめんなさい」
「護衛としてどこへなりとついて参りますので、次はお声かけください」
「わかったわ。覚えておくわね」
そうは言ったものの、公園でクッキーを食べるだけの私を護衛しろとは言いにくい。それに、レオンスがいなかったお陰で、今日は思わぬ出会いと楽しいお祭りが経験できた。
日当たりの悪い北の廊下の寒さに腕を擦り、その後でそっと左手の指輪に触れる。
そうすると胸の中から温かくなっていく気がした。