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プロローグ 

 聖王城の前には、数えきれないほどの王侯貴族達が集まっていた。――今日、隣国ダルガンの王太子に嫁ぐ第二王女を見送るために。


 馬車までの長い石畳みには真紅の絨毯が敷かれ、ドレスと同じ色の銀色のヴェールが、冬の冷たい風に靡いている。

 誰もがこの歴史的なめでたい瞬間のために、豪奢に着飾り生まれ育った国を出ていく私を祝福した。


「我が聖王国とダルガン、万歳!」

「リーナ王女殿下、どうか両国の架け橋とおなりください!」


 道の両側に並ぶ王侯貴族達は、私が目の前を通るのに合わせて膝を折り、笑顔で声をかけてくる。

 皆めでたい言葉を山ほど浴びせてくれるけれど、内心では祝福どころか、私に同情しているに違いない。

 なにしろ私は三十年もの間対立し合い、敵国だった国へ嫁ぐのだから。

 馬車までの距離は長いものではない。

 だが私は震える足をなんとか動かし、どうにか前へ前へと進んでいた。

 ついに馬車の前にたどり着いた足が止まる。

 馬車の扉の前には父である聖王と義母の王妃、そして私とは腹違いの王子王女達が立っていた。

 真っ先に口を開いたのは、第一王女のアンヌだ。

 彼女は絹のハンカチを握りしめ、悲しげに目尻を下げて私に声をかけた。


「ああ、リーナ。本当はわたくしがダルガンに嫁ぐはずだったのに。わたくしの代わりに補欠として貴女が嫁がねばならないなんて。本当にごめんなさいね」


 アンヌは三ヶ月前に生んだばかりの赤ん坊を、大事そうに腕の中に抱えていた。

 愛らしい赤毛のその男の子は、ゆくゆくは公爵家を継ぐ予定である。

 アンヌの実母である王妃は、まだ産後で体が本調子に戻っていない娘を気遣ったのか、彼女の肩を優しく抱く。


「貴女が謝ることはないわ。泣いたりしたら、かわいい赤ちゃんに申し訳ないでしょう?」


 そうは言っても、アンヌの目には涙が出ておらず、手の中のハンカチもカラカラに乾いている。


(正直なところ、泣いている芝居をしているだけのように見えるのだけれど……)


 それどころか、ハンカチで隠した口元は笑っているかもしれない。自分がダルガンに行かなくて済んだという、安堵のあまり。


「わたくしの代わりに敵国に嫁ぐことになって、申し訳ないわ」


 姉の謝罪が本心から出たものではないと分かっているものの、俯いて耐える。

 次に口を開いたのは妹――第三王女のミーユだ。泣き真似をするアンヌの手に触れ、まるで舞台の主人公のように芝居がかった悲痛な声を上げる。


「リーナに謝らないといけないのはわたくしの方ですわ。お姉様が公子と相思相愛になられてご結婚されて、代わりに次にダルガンの王太子様の婚約者になったのは、わたくしだったのですから!」


 ミーユは顔を白いレースのベールで覆っていた。

 昨年末に重篤な病に罹り、幸い完治したのだが顔に大きな発疹の痕が残ってしまったのだという。

 ミーユは悲しみに暮れるように鼻を啜った。彼女もすすり泣く様子を見せているけれど、実際にはきっと鼻の調子は最高に良いんじゃないかと思う。

 今度は王妃がミーユの肩を抱く。


「おお、泣かないでミーユ。病はお前の責任ではないもの。リーナは貴女達のように聖王国の至宝として有名ではないし、魔力のない『持たざる者』だけれど、れっきとした聖王家の娘だもの。ダルガンの王太子様も、きっと許してくださるわ」


 ミーユが王妃の耳元に顔を寄せ、呟く。


「わたくしリーナが心配だわ。……噂ではダルガンの王太子様は、我が国から与えられる妃が側妃の王女だと知って、それはそれはお怒りになったとか」


 心配だなんて言っているが口調は至極愉快そうで、ミーユは明らかにこの状況を楽しんでいる。アンヌと違って顔がベールで隠されているから、今堂々と笑っているのだろう。

 私の腹違いの姉と妹にとっては、昔から私を困らせることが何よりの娯楽なのだ。

 芝居がかった嗚咽をやっとやめたアンヌが、ミーユの失言をやんわりと諌めるように、重そうなダイヤモンド指輪のはまる人差し指を左右に数回振る。


「ミーユったら、そんなことを今言ってはいけないわ。いくら本当のこととはいえ、リーナが王太子様に嫌われていると知ってしまったら、かわいそうでしょう?」

「そうね、お姉様。私ったらつい正直に……。リーナ、ごめんなさい。ふふふっ」


 よほど面白くなってしまったのか、ミーユは謝罪の途中で喉の奥から込み上げる笑い声を抑えるのに失敗していた。

 娘の失態を庇うように王妃が咳払いをし、私の肩にそっと触れる。


「亡くなった側妃も、一人娘の貴女の晴れ舞台を、きっと喜んでいるわ。胸を張ってお行きなさい」


 私の生母はかなり前に他界していた。


(お母様がこの場にいたら――?)


 アンヌとミーユを敵国に嫁がせなくて済んだことを大喜びして、女官たちに臨時ボーナスを支給するほど上機嫌になったくせに、王妃は同じ母親としてなぜそんなことが言えるのだろう。

 王妃が私の正面に立ち、手にしていた扇子の先で私の顎をピシッと軽く打つ。突然の痛みと、何を言われるのか分からない不安で、手のひらを握りしめる。

 王妃は私を言う諭すように言った。


「そんな風に、暗い顔をしてはいけないわ。それではまるで結婚を悲しんでいるように見えるもの。気をつけなさい。――もちろん、貴女は悲しんでなんていないわよね? 仮にも王女とはいえ、貴女のような魔力を『持たざる者』が王太子妃になれるのだから」

「は、はい。お義母様。この結婚は……身に余る幸せです」


 悲しんでいないはずがない――とは流石に言えず、懸命に口角を上げて微笑を作る。

 聖王城の正門の外の広場には数多の民が駆けつけ、聖王国の旗を振っている。でも私は彼らが夜になると、酒場でこう言っているのを知っている。


「ダルガン王国は聖王からサファイヤかルビーを与えてもらう代わりに、聖王国に剣を向けるのをやめたはずなのに。実際に与えられたのは、城に落ちてた石ころだったとさ! ダルガンにはいい気味だよ」


 誰も石ころの気持ちなど、考えないのだろう。

 これが、私の結婚だった。

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