3.焼け跡の状況【間取り図あり】
「玄関を入るとエントランス・ホールになっていてね、左手に二階へ上がる階段があった。尤も後で聞くと、クロイヤー男爵は足が不自由になってから二階は使わず、館を訪れるような客もいないしで、空き家も同然の扱いになっていたそうだ。ちなみにその後の調査でも、二階からはめぼしいもの――証拠として重要なものという意味だが――は発見されていない。ホールから延びる廊下を左手に進むと地下室に下りる階段があるが、こっちもほとんど使われていないようだった。……あぁ、口で言うだけじゃ解らんな」
旦那はそう言うと、館の見取り図を取り出して見せてくれた。
「男爵の遺体が発見されたのは食堂、戸口を入って直ぐのところだった。この食堂に接して小食堂があるんだが、そこからはテラスを通って館の裏手に出る事ができる。扉は開けっ放しになっていたから、我らが従弟殿はここから逃げ出したようだ。館の燃え具合から見て、火元は食堂……はっきり言えば男爵の遺体の辺りらしい。傍に燭台が焼け残っていた事も、この見解を裏付けている」
……ここまで聞いた限りじゃあ、殿様とお従弟さんが食堂で化けグモに襲われた――って見方に、別段おかしなところは無ぇように思えんだけどな。
「それが、そうでもないのさ」
妙な目付きで俺を見た旦那が言う事にゃ、
「まず、数少ない訪問者の話では、男爵は食堂も小食堂も使っていなかったそうだ。食事は自分で配膳室で作って、そのままそこで食べていたらしい」
「……お従弟さんが来なさるってんで、ちゃんとした食堂をお使いなすったんじゃねぇですかい? ……いや、そんくれぇなら応接室を使うか……」
「普通ならそう考えるところだな。ただ、男爵は足を痛めてから、館の間取や内装にも手を入れている。まず食堂だが……テーブル掛けは無論、椅子も燭台もどこかへ片付けて、テーブルが幾つかあるだけだったそうだ。応接室に至っては、資料置き場と化していたようだな」
「……するってぇと、客が来た時は?」
「書斎で応対したようだな」
俺ぁ間取り図に目を遣ったんだがよ……だとしたら、
「二人して書斎から出て来たところを襲われたんじゃ?」
「その挙げ句、男爵だけが逃げ場の無い食堂に逃げ込んだというのか? 袋の鼠だぞ?」
「小食堂に逃げ込もうとしたんじゃ……そんなら最初からそっちに逃げ込むか……」
書斎に逃げ戻りゃあ、温室伝いに外へ逃げる事だってできた筈だしな。
「それに、食堂には燭台は置いてなかったという証言を忘れるわけにはいかん。だとすると、男爵は燭台を掲げて食堂に逃げ込んだ事になる」
「食堂に灯りが点いてなかったから、代わりに燭台を……いや、何も好き好んで、真っ暗な中に逃げ込むわきゃ無ぇか」
「普段から燭台が置いてあったというなら、逃げ惑っている最中にそれを倒すという事もあるだろうが――な」
「化けグモに襲われたもんで、手に持ってた燭台を投げ付けたんじゃ?」
「真っ暗闇になる危険を冒してか?」
……確かに……説明が付かなくはねぇんだが……何となくスッキリしねぇな。
「てぇと……どうしても説明を付けようって事になると、殿様はこの日に限って食堂に燭台を持ち込んでお従弟さんと話してて、そこに化けグモが乱入して来た……なんかピンと来やせんね」
「おかしな点は他にもある。男爵がその化けグモを飼っていたとすると、それなりに大きな飼育容器か……或いは檻のようなものが必要だった筈だ。なのに、それが見当たらん」
おやおや。……大グモの存在自体が怪しくなってきたのかよ。
「……他の飼育箱はあったんで?」
「あぁ。飼育室――元は倉庫と撞球室だったらしいが――の中に多数の飼育容器、正確にはその焼け残りがあった。ただし――中身は全て空だったがね」
「――空!?」
おぃおぃ……クモの殿様が飼ってたっていう、剣呑な毒グモとかが逃げ出したってのかよ。こっちも化けグモに負けず劣らずヤベぇ話じゃねぇかって思ったんだがよ、
「……いや。それらのクモは全て屍体を確認済みだ。男爵の遺体を取り囲むようにして焼け死んでいた。……一匹残らず――な」