2.外の犠牲者
毒で死んだ癖に無数の咬み傷と聞いて、俺ゃ内心で首を傾げたね。強力な毒を持っていながら群れを作るってのが、ちと腑に落ちなかったのよ。野犬に噛まれた傷から炎症を起こす事ぁあるが、それを指して〝毒死〟たぁ言わねぇだろう。思案の挙げ句に俺が思い付いたなぁただ一つ。
「スクヮードヴェスパにでも襲われたってんですかぃ?」
常に数匹で行動して統率のとれた狩りを行なう、体長一m前後のでっけぇハチの事だった。けど――
「いや。そういった類の……噛みちぎったような傷ではなかった。然るべき専門家に見てもらったところ、クモの咬み傷に似ているそうだ。……桁外れに大きいとも言われたが」
「………………」
「屍体から検出された毒の成分も、その見解を裏付けていた」
「……てぇと?」
「あぁ。お察しのとおりクモの毒だった。即死させるようなものではなくて麻痺系の毒らしく、襲われて館から逃げ出したところで息絶えた……そんな感じだったな」
「………………」
「もう解るだろう。名立たる〝蜘蛛男爵〟の館から、そんな危険な大グモが逃げ出して辺りを彷徨いてるとなれば……下手をすると国の安全にも関わる大事件だ。一刻も早く、大騒ぎになる前に、秘密裡に、事態の収拾を図らねばならん」
「ははぁ………」
「そろそろ気付いているだろうが、火事が発生したのは三日ほど前。今に至るも大グモ発見の報告は素より、不審な毒死の報告も、大グモの足跡らしきものも見つかっていない。空を飛んだか地に潜ったか、その消息がとんと知れない有様だ」
「………………」
「おまけに屍体――屋敷の外で毒死していた方だ――の身許を洗ってみたところ、何やらおかしな気配になってきてな」
領兵本部の旦那の言うところじゃ、件のクロイヤー男爵ってお方ぁ人嫌いだもんで、跡取りや奥方は勿論、付き合ってる相手もいなかったんだとよ。そうすると当然、男爵家の家督ってもんが問題になってくるんだが……
「死んでいたのは男爵の従弟。あまり評判の芳しい男ではなかったが、男爵の唯一の係累だったのは事実だ。で――能くある話だがこの御仁、借金で首が回らない状況に陥っていてね」
「……ドツボから抜け出すためにゃあ、男爵家のお従兄さんが手っ取り早くおっ死んでくれて、その遺産をせしめるのが一番早道だ……って事ですかぃ?」
「そういう事だ」
……なるほど。こりゃ確かに焦臭ぇ話になってきやがった。
けど、そうするってぇと……?
「当初は大グモが逃げ出して被害者を襲い、その弾みで燭台か何かが倒れ、その火が燃え広がって火災に至った……そう考えていたんだが……」
「そいつが怪しくなってきたってわけで?」
「あぁ。その辺りも順序立てて話すとしよう」
――って前置きした領兵隊の旦那は、改めて事態の推移ってやつを話してくれた。それによると……
「名にし負う『蜘蛛男爵』の館の傍で、大グモに襲われたと覚しき犠牲者が発見され、しかも、当の蜘蛛男爵の館は火に包まれている……我々としては最悪の事態を想定せざるを得なかった」
「化け物屋敷から逃げ出した化けグモが、誰彼構わず人を襲う……って、結構な想定の事ですかぃ?」
「あぁ、その〝結構な想定〟だ。重装備の歩兵を投入して警戒と捜索に当たらせたが、大グモどころかその痕跡も発見できなかったのは、さっきも言ったとおりだ。既に現場を離脱して、遠くに移動している可能性も考えたが……クモの性質を考えると、それはあまり現実的ではないとの指摘があった」
まぁなぁ……何たってクモってなぁ網を張るくれぇだ。あまり動かねぇんじゃねえかって推測は付くわなぁ……
「それに第一、あのサイズの化けグモがどこかへ移動したんなら、目撃者が出ないというのはおかしい。となると……」
「現場付近に潜んで機会を窺っている……って答えに辿り着くわけで?」
「その筈なんだが……その〝隠れている〟気配というのが全く掴めないのも事実なんだ。こうなると我々にできる事は――」
「……現場で一体何があったのか、そいつを明らかにするしか無ぇ――って事ですかぃ?」
「そういう事だ。我々が最大限の警戒心と注意を持って現場の捜索に当たったのは、君も理解してくれると思う」
「ご愁傷様な事で……」
「現場で何があったのか、実際の時系列は不明なので、ここからは我々が発見した順に話を進めていく」
――そう前置きして、領兵隊の旦那が話してくれたところによると、