獣人3
夜。暗闇。それはルークにとっては近しいものだ。
獣人において、世界は二つある。人としての世界の昼間。狼としての世界の夜。
月明かりを浴びれば、反転して獣の血と魔力が浮き上がる。理屈はない。そういう風に生まれてきたし、そういう風に生きている。
月が天にあれば、その気配を感じることができる夜ならば、獣化することがなくても、身体能力は飛躍的にあがる。暗闇の中でも昼間と同じように見ることができ、微かな気配も何十倍にも敏感になる。そして、匂い。
ルークはずっと不思議だった。
メアリは祖母の部屋によく入っていった。そこで祖母に声をかけるのも聞いてきたし、食事を持っていっているのも知っていた。
部屋からでてきたメアリは今、祖母がどうしていたかを話してくれた。
「おばあちゃん、寝てるみたいだったわ」
「今日は調子がいいみたい。少しスープも飲んでくれたの」
「ルークのことも心配してたから、元気になったって言ったら、喜んでいたわ」
いや、夜でなくても、何日も同じ屋根の下で生活をしていたら分かる。
祖母はほんとうにいるのだろうか……。
日が落ち、夜になって数時間がすぎた。暗闇の中、外の星々の輝きを感じる。月も天中に向かってゆっくりと登っている。
目を閉じ、行動にうつすか考えるが、答えはもう決まっていた。
猟師の前に出て行ってしまったことに後悔はない。
赤いフードが脱げ、綺麗な赤毛がぼさぼさにし、オレンジの瞳をうるませてふりむいたメアリ。
ゲロルフ。アメリがそう呼んでいたあの猟師。
偉そうな態度でメアリを威圧していた。あいつは悪意と侮蔑しかなかった。あの男の心を傷つけるだけの言葉にメアリをさらしたくなかった。
けれど、それによって危険も増したはずだ。あの弓矢。やはり腕がたつにちがいない。何かに感づいているのかもしれない。いつ、ルークと弓矢で撃った狼男を結び付けるか分からない。
最後にメアリのことをちゃんと知っておきたい。ルークはやはり、そう思った。
寝室をルークに譲ったメアリは祖母と同じ部屋に寝ている。その祖母の部屋にいるメアリが動くのがわかる。メアリが身体を起こし、部屋をでた。そしてそのまま、メアリは静かに玄関から外に出ていった。
「まずは、あの部屋か。そのあと、メアリを追いかければいい」
メアリが祖母の部屋と言う部屋に入っていく。祖母の部屋はメアリの部屋とほぼ同じ作りだ。ベットがあり、机がある。それだけの簡素なものだ。
そして、ベットの中には……………誰もいなかった。メアリがさっきまで寝ていた気配だけがある。獣化した時のように鼻と動かし、耳に集中する。
メアリの匂い。よく知っている薬草と太陽の匂いだ。その奥、匂いの記憶をたどっていくと、少し古くなって消えかかっているが、元の持ち主が見えてくる。そこから漂う最後の匂いも。
「やっぱりだ。とすると……」
ルークも森に向かう。獣化しないように意識して、あくまで人のまま暗闇を走る。すっかり慣れ親しんだメアリの気配を追うのは、かくれんぼの鬼をするよりも簡単だった。
メアリは迷うことなく歩いていた。陽炎のようなメアリの残り香をたどると、あの大木にたどりついた。
「メアリ?」
大木の近くでたたずんでいるメアリの後ろ姿に声をかける。ふりかえったメアリは赤いフードを外している。
「メアリ!」
うつろな表情の彼女は、手にはまじない石を握っている。両手で包み込んだまじない石に祈りを捧げるようにうつむいて何かを呟いた。不思議な言葉だった。旋律のようなものあり歌のようにも聞こえる。これが魔女の呪文なのかもしれない。
何度も何度も呪文が繰り返されるが、手の中の石に変化はない。
「どうして……。私は魔女じゃないの。ねえ、おばあちゃん、教えて」
ふいに射し込んだ月明かりがメアリの顔をてらす。涙がぽろぽろと滴になっておちた。顔を上げたメアリの瞳はルークを捕らえていない。目の前にいる見えない誰かに向かってしゃべっている。
「私がおばあちゃんの子どもじゃないから? ねえ、おばあちゃん。答えてよ。なんで、笑っているだけなの。私のこと置いていかないでよ」
「メアリ。泣かないで。帰ろう、家に」
首をふるメアリは子どものようだった。迷子の子ども。それはルークの気持ちそのもので胸が締め付けられた。
ルークは夢の中のようなメアリの手からまじない石をそっととった。元々あったであろう地面のくぼみに石をもどしてメアリのそばにもどる。
「おばあちゃん。私頑張ったよね。薬草のことも一生懸命おぼえたよ。おばあちゃんみたいな魔女になりたかったから。おばあちゃんがどんどん元気がなくなって怖かったんだよ。眠って、眠って、眠って……ベットからも起きなくなって。死んじゃったらどうしようって……」
「うん、うん。そうだね、メアリ」
メアリは泣きじゃくりながら、ここにはいない祖母に向かってしゃべっている。その証拠に一度もルークとは目があっていない。
「メアリ。夜も遅い。おばあさんの身体にも悪いよ。さあ、手を握って」
ルークが差しだした手をメアリは素直ににぎった。
「おばあちゃん。ずいぶん手が大きくなったみたい。そういえば、ルークは元気になったの。傷が治って良かったわよね。ルークの手ってほんとうに大きいのよ」
来るときには通らなかった道にでてルークの足は一瞬とまった。
小さな泉がある。きれいに澄んだ泉の水面はまるで鏡のようで、欠けた月が地上に浮いていた。
狼の意識が強くなるのを感じて、ルークはメアリの手を離した。身体を丸め、獣化したがる獣人の血を抑え込む。
魔力に鎖を巻きつけるような気分だった。無理やり人であることを選ぶのはこんなにも苦しいのか。
自分の身体に腕をまわし、どうにか衝動をおさえるが、それでも耳が、手が、変化していく。
「ねえ、どうしてそんなに耳がおおきいの?」
メアリの声がして、ルークは顔をあげる。ばんやりとしていた瞳がはっきりとルークの姿をとらえていた。
「どうして、尻尾がはえているの?」
メアリの困惑にルークの尻尾がひとふりして答えた。隠れたいという気持ちに身体が縮こまって固まった。
「るーく? るーくだよね」
「ああ。メアリ……見ないで、見ないでくれ」
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