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あかずきんちゃん3

「よう、赤の魔女。ひさしぶりだな。最近、森に来てなかったな」 


 大木の後ろから、大柄の男が現れた。弓を携え、足元には猟犬がいる。男は熊のような威圧感でメアリに近づいてくる。いなければいいと思っていたけれど……よく知っている相手。できれば会いたくない相手だった。メアリは赤のフードをさらに深くかぶった。


「ここには猟では入らない約束でしょ。ゲルロフ」

「もちろん、約束は守っているさ。この大木が境界線だ。そうだろ」


 メアリが黙ると、ゲルロフは手に持っていたものを放りなげて、また同じ手でキャッチした。


「それは! まじない石……どうやって」

「どうやってだろうな。俺にはわかんないんだよ。なあ、教えてくれ。いままで触ることもできなかったこのきたない石を触れる理由をさ」


 足元をみると、真っ黒な目の猟犬がメアリから視線をはずさず、じっと見ている。ゲルロフが合図をだしたら、その指示を忠実に守るだろう。


「なあ、魔女の婆さんは元気か。婆さんが死んだら、俺もぜひ葬式によんでくれよな。その時は盛大に送り出してやるからさ。そしたら、すぐに結婚式だ」

「死んでないわ。おばあちゃんは元気なんだから不謹慎なこといわないで」


 手ごろな獲物を見つけたようにゲルロフは目を細めた。


「ああ、そうだったな。婆さんは元気だ。俺の親父に弟子の将来を託すくらいには。なあ、俺の婚約者」 

「…………」

「森のまじないが薄れてきてるなら、俺が家まで送ってやる。そこで少し待ってろ」


 いつものように言いたいことだけ言って、ゲルロフは大木の方に戻っていった。猟犬に大木の根本を嗅がせ、自分も膝をついて何かを探している。

 からみあって地面から盛り上がった根っこの間に手を入れたゲルロフが何かを見つけたのか、指についた物をじっとみている。

 

「なにがあるの……?」


 声が震えていないか、しらしらじくないかとか心配になったが聞かずにはいられなかった。


「いや……なにも。おい、もう帰れ。送っていく」


 腕をとられたメアリは、引っ張られるように歩いていく。かぶっていたフードが落ちて、赤毛がこぼれでる。


「ちょっと。いたい……」


 ゲルロフに合わせて必死に足を動かしても、彼の速度はメアリより半歩早く、腕はぎゅっと握られてあざになりそうだった。魔女の家の近くに戻ってようやく手を離してくれた。


「いいか、とうぶん、森を出歩くときは気をつけろ」

「なんで?」

「狼がいる……たぶん。でかい狼だ。こないだ追いかけたんだ。間違いない。さっき見つけたのは毛だ。鹿ともウサギとも違う。狼の毛皮を俺は見たことがあるから知ってる。あの灰色の毛は狼だ」

「あの獣人の毛だっていうインチキな毛皮ね」

「お前もそう言うのか。でも、俺の家に昔からあるものだ。獣狩りの猟師ってのは獣人狩りをなりわいにしていたって意味ってことを忘れるなよ」


「そんな昔話、信じてないくせに」と吐き出すようにつぶやくメアリをゲルロフは射抜くように睨む。メアリが固まって何も言えないのを、ゲルロフは勘違いしたのか笑いだす。


「心配するな。手応えはあったんだ。まだ生きているが俺が獲ってやる。それを結婚の印にお前に送ってやるよ。メアリ」

「メアリって呼ばないでって言ったでしょ。私は赤の魔女よ」

「いいかげん物分かりの悪い子どもみたいなこと言うのをやめろよ。お前は魔女にはなれない。あくまで、魔力が少しある普通の人間だ。魔女のばあさんだって、俺の親父の前でそう言っていた」

「ちがう! ちがうっ!! 私は魔女よ。赤の魔女の後継者なの!」


 駄々っ子をなだめるようなゲルロフの仕草にメアリは声を荒げるがそれは逆効果だった。

「メアリ」とよぶゲルロフの声はやさしいふりをして、獲物を待っている猛獣のようで思わず顔をそむける。その仕草にムッとしたゲルロフが乱暴にメアリの腰に手をまわす。


 ゲルロフの身体の中におさまりそうになって反射的に腕をのばすメアリをにやにやと見下げていたゲルロフが、急に顔をあげる。


「誰だっ…………!」


 足元でも猟犬が唸り声をあげる。ゲルロフはメアリを離し、矢をつがえ茂みの方を警戒した。

 

 弓が引かれる細い音がして、メアリも息をとめる。茂みが大きくゆれ、音を立ててルークがでてきた。

 敵意がないことを両手をあげ表しているが、ゲルロフに鋭い目をむけている。


「メアリ。遅いから様子を見にきたんだ」

「あ、ありがとう」


 ルークのそばに急いで向かう。ゲルロフが弓矢をおろしたのがわかった。けれどお互いに警戒をゆるめていない。


「あ、あのルーク。大丈夫よ。ゲルロフももう帰って。ここからはちゃんと帰れるわ」

「……誰だ。こいつは。銀色の髪……この辺のやつじゃない」


 口を開いたのはゲルロフ。それに沈黙でこたえるルークの態度にゲルロフが怒りを貯めているのがわかる。


「お客さんよ。赤の魔女の噂を聞いてわざわざ来てくれたのよ」


 ゲルロフはあごを引き、ルークをみる。ルークもうなずいた。


「婆さんが優秀な魔女だったのはずいぶん前のことだぞ。無駄足だったな」

「……そんなことはないさ。今でも立派な魔女でいらっしゃるよ。さあ、メアリ。帰ろう」


 ルークのさしだした手をメアリは自然にとった。口元をゆがめるゲルロフがちらりと目に入ったがメアリはそのままルークをひっぱって歩き出した。ゲルロフは追いかけてこなかった。そのかわり「メアリ!」と命令するように名前を呼んだ。


「かえしておく」

 メアリが思わずふりかえると、何かがとんできて籠の中におさまった。それは赤の魔女のまじない石だった。

 

 無言で歩く二人だったが沈黙はすぐに終わった。


「「ごめん」」


 メアリとルークは顔を見合わせた。どちらともなく笑い声がもれる。


「まさか一緒のタイミングであやまるなんて」「ああ、家が見えてほっとしたんだな」「ルークからどうぞ」「いや、メアリから」 

 

 門扉に手をかけメアリから先に言う。


「私のごめんなさいはね。おばあちゃんに会いにきたって嘘をついてしまったこと」

「…………俺はでしゃばってしまったことだ。知り合いなのはすぐに分かったんだが、メアリが嫌がっているようにみえたから」


 戸をくぐったルークに振り返った。眉をまげ、困ったような不安そうな顔が見えた。


「そっか。聞こえてた? ごめんなさいがもうひとつ増えちゃったわ。私は魔女じゃないの。ごめんね。嘘つくつもりはなかったの。魔女になるには魔力が足りなくて、でもおばあちゃんが薬草学はみっちり仕込んでくれてたから、魔女の真似事はできてたの。じっさい、ここに住んでる分には私よりも薬草に詳しい人なんていないし。村の人も私をふくめて赤の魔女って呼んでくれるから」


 メアリの告白にルークは首をふった。


「素晴らしい治療だよ。俺の村の薬師に教えてやってほしいくらいだ。効き目は抜群の調合と丁寧な治療。欠点はなんともいえない匂いだけだけど、いかにも魔女の薬らしいよ」

「ふふ……ありがとう」

「俺もあやまることがある。さっきの……魔女に会いにきたっていうのは本当なんだ。理由は」「いいわ、理由なんて。きっと力になれないもの」


 メアリは突然の雨にあった時のような気分だった。最悪で、すべてが台無しになった気分。


 ゲルロフのことをルークに知られてしまった。彼と結婚したくもないけどする予定。魔女のこと。


 これ以上、この話をルークとしたくなくて


「さあ、夕飯にしましょ。思ったよりも遅くなってしまったわ」


 偽物の笑顔で家へ入っていった。



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