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獣人2

 ルークは干し草の匂いで懐かしい夢をみていた。


 陽だまりの中、兄弟たちと転げ回った幼い日。「おーい、帰ったぞ」と遠くから父の声と足音がする。遊びに夢中だったルーク達は父の元に走りだす。狩りから帰ってきた父はたくさんのトビウサギをかかえている。皆で家に帰るとそこには母がいて……。


 暖かな気持ちになって身体を丸めると脇腹に痛みが走った。


 そこで、ルークは思い出す。自分の身に何があったのかを。


 勢いよく身体を起こす。


「ああっ!」


 さらに強い痛みが頭の上まで突き抜ける。

 無意識にかばった脇腹の矢はなくなっていて、そのかわりにきつく包帯が巻かれている。上半身は裸だったが、寒さを感じなかったのは、落ちてしまった干し草いりの寝具のおかげだ。


 バタバタと音がして、扉があく。


 部屋に赤毛を両耳の下で結んだ少女が入ってきた。


「良かった。目が覚めたのね」


 ほうと息を吐き笑みを浮かべる少女の年齢はルークと同じくらいに見える。そばかすが頬に散らばっていて、ひまわりのようにはじけていた。


「昨日のこと、覚えている?」

「もちろんだ。ありがとう。感謝してもしきれない」


 ベッドに腰かけ、ルークは頭を下げる。少女は慌てたように両手をふった。


「いいの、お礼なら、うちのおばあちゃん「赤の魔女」に言って。おばあちゃんが夜に出かけなければ、あなたのこと見つけられなかったもの」

「いや、この包帯もあなたがしてくれたのだろ。あなたにも感謝するのは当然だ」


 そう? と彼女は眉をまげ、困った顔をしながら笑顔になった。


「名前を教えてくれないか? 恩人の名前も知らなくてはきちんとお礼も言えない」

「メアリよ。でも、この名前で呼んでくれるのはおばあちゃんだけだから、魔女でもいいわ」

「いや、メアリ。ありがとう。俺はルークだ、このお礼は必ずさせてくれ」

「いいのよ、本当に。それに治るにはもう少し時間がかかるわ。ゆっくりしていってちょうだい。おばあちゃんも久しぶりに治療ができて張り切っているの」


 立とうとして、痛みからバランスをくずすと、メアリがルークの身体をささえる。

 メアリの顔が、身体が間近に感じられる。急に体温が上ったような気がした。

 オレンジ色の瞳に覗き込まれ、ルークは思わず下をむいた。

「ゆっくり立って、ルーク」と彼女に名前をよばれ熱がさらに顔に集まってくる。


「ほんとうに大丈夫だ。立つことくらい、一人でできるから。一回離れてくれないか」


 痛みとはちがう違和感をどう扱っていいかわからなくて、ルークはそうメアリにお願いをした。


 部屋をでると、そこはこの家のメインルームだった。かまどがいくつかあり、大きな作業台と別にテーブルがひとつ。天井には良く知っている野草から見たこともない野草まで、いくつも吊るされている。そこらじゅうに瓶やら道具が置いてあるが雑然とはしていない。


 メアリはテーブルの空いた椅子を引いて、ルークを座らせた。そして、もう一つの部屋に入っていった。


「おばあちゃん、ルークが目を覚ましたわ。ほら、昨日の……」


 部屋にいるのだろう老婆に説明するメアリの声をぼんやりと聞きながら、ルークは窓の外をみる。外は真っ暗だった。一昼夜は眠っていたらしい。玄関の横には昨日みた真っ赤なマントが掛けてあった。


 メアリがルークの前の椅子にゆっくりと座ったのは、老婆の部屋から戻ってしばらくしてからだった。温めたスープがルークの前に置かれた。


「魔女は本当にいるんだな」


 噂でしかなかった魔女に初めて会ったルークは興味深くメアリに聞いた。


「そうね。魔女は少ないものね。魔力がある人も年々減っていると聞くし。この辺りだと、魔女は私たちくらいだと思うわ。ルークの住んでいたところにはいなかったのかしら」

「そうだな。会うのは初めてだ。思ったよりも恐ろしくなくて驚いている」


 それどころか、人間と喋ることも初めてなのだが、それは黙っていた。


「とりあえず、スープでも食べて。最近は村にまで出かけてないからお肉は入ってないんだけど、野菜はよく煮込んであるから、今の身体にはちょうどいいはずよ」


 皿にスプーンをいれ、口元にスープを持っていく。思いのほか熱くて、息をふきかけスープをさますルークにメアリはくすりと笑った。


「猫舌なのがおかしいか」

「おかしいわ。そんなに立派な身体をしているのに、子どもみたい」

「これは家族みんな、そうなんだ。我が家の癖みたいなもんだ」

「あら、そうなの。それなら、笑ってしまって悪かったわね」


 いいさと、ルークはおどけて肩をすくめた。こんな風に人間と喋れるなんて思っていなかった。食事をするルークをじっとメアリは見つめてくる。居心地は悪かったが、嫌な気はしなかった。


「そんなに人が食事するのが珍しいかったか」


 優しい味付けのスープはあっという間に胃袋におさまって、皿を片付けるメアリに声をかける。


「ずっとおばあちゃんと二人っきりだからかしらね。そういえば、男の人が家の中にいるのも初めてなの。どうやって食べるのかしらと思って」

「なにか、違うところはあったか」

「なにも……。とても綺麗に食べるんだなって感心したくらいよ。もっと男の人って乱暴なのかなって思ってたの。ほら、音を立ててスープを飲んだりとかね」


 次にメアリは大小の瓶が並んだ棚から、いくつかの薬をとりだし、片付けたばかりのテーブルの上においた。


「そろそろ薬を塗りなおしたいから、包帯をとってもらっていいかな。痛いなら、私が交換するけど」

「ああ……いやいや。自分でやるから、やらせてくれ」

 

 メアリに恥じらいの気配を感じられなくてわすれていたが、上半身が裸のままだった。自分の身体をペタペタと両手でさわる。

 矢傷以外の傷らしい傷がないことにほっとし包帯を解きにかかる。

 獣化していた時の怪我は人化の時以上に治りがはやい。治療の効果も感じられる。これなら、きっと傷の治りも早い。


「しみたりしたら言ってね。良く効く調合にしてある分、身体に負荷がかかるはずだから」


 昨日よりもどろどろとして濁ったヘドロのような色をした液体をすくい取ったメアリはむきだしになった傷口に塗りつけた。

 同時に魔力の流入を感じる。魔女の力は初めて見るが、獣人は体内に常に魔力が巡っているから他人の魔力はすぐに分かる。メアリが自らの魔力をあたえているのだろう。

 じんわりと傷口が温かくなった気がすると同時に、傷口の奥から感じていた回復のための身体への負荷に身体が重たくなった。

 一瞬だったが、息が止まりそうになる。


「大丈夫? 回復力を高める薬だから、きっと今日も熱がでるわ」

「いや、問題ない。怪我が早く治るにこしたことはないから」


 薬を塗り終わるとメアリは新しい布を傷口にあてた。メアリも魔力を使ったせいか、おでこに汗を浮かべ、疲れた顔をしていた。


「魔女の治療はいかがかしら」

「抜群に効果を感じている最中だ。魔女とは医者なんだな。呪いをかけるのだとばかり思っていた」


 身体のだるさは続いていたが、さとられたくなくて冗談めかして言うとメアリも大げさにため息をついた。


「そうなのよね。おとぎ話なんかで、悪役ばかりしているせいかしら。本当の姿は忘れられていってしまうのよね。おばあちゃんが元気だった時なんて、村の人は私たちのことをいつも頼ってくれたのよ。病人をみるためにしょっちゅう村にいったのよ。最近は、おばあちゃんの調子が良くなくていけていないんだけど、それでも、薬が欲しい人はわざわざ森まできてくれるの」


 包帯を巻きなおすのに手間取っていると、メアリも手伝ってくれる。背中にまわってルークから包帯をうけとり、またルークの元に包帯を戻す。

 その作業を二人は無言で繰り返し、包帯の端を結び終えた時、メアリがぽつりとつぶやいた。


「ごめんなさい。猟師がいたのはきっと私のせいだわ」


 ルークは聞こえないふりをして、メアリにもう一度お礼を言った。


読んでいただきありがとうございます!


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