獣人1
脇腹に刺さった矢からの痛みに頭がしびれてくる。
満月が木々の隙間からみえた。夜目がきくはずなのに、相手がよく見えない。
追手ではないはずだ。けれど、救いの手のはずもない。
どうやら俺の運命もここまでらしい。
だって、俺は獣人なのだから。
夜中だから。
獣化したほうが速く走れるから。
そんな風に考えて満月の明かりをめいいっぱい浴びる。
人の姿から、半獣の姿へ。
狼の顔、尻尾、大きな手足。
身体中を覆う灰色の毛皮。身体をふるわせ、獣としての本能と魔力が強まるのを感じた。人化のときよりも鋭くなった五感。
森の匂い、ざわめきに意識をゆだねる。
人の気配、魔女の住処を探し走り出す。
噂で聞いた魔女の森に入って、少し気がゆるんでいたのかもしれない。
目的に近づいたからといって油断したつもりはなかったが、夜中にこんな森の中で人と出会うなんて思っていなかったのもたしかだ。
まさか、猟師と鉢合わせするなんて思いもしなかった。
向こうも驚いていたから、きっと偶然だったのだろう。こんな風には言いたくないが、優秀な猟師だ。いや、ハンターなのかもしれない。
敵が連れていた猟犬が素早く、俺を追いかけた。
優秀な猟犬だった。
半獣の特異な俺の姿にも怯まない。
獣人は見つかれば、殺される。
速さなら負けないはずだったが、地の利は彼らにあった。方向が分からなくなるくらい夢中で走る。
ひらけた草むらに誘い込まれ、物陰から弓矢を撃たれた。
初手はどうにかかわしたが、二手、三手と素早く矢を撃ち込まれ、足元では噛みつこうとする猟犬がうなり声をあげていた。
彼らの隙をついて、さらに森の奥に逃げこんだ時には、矢が深く脇腹に刺さっていた。
満月の効果が薄れる前に、全速力で走りきったが、痛みが気力を奪っていった。
近くの大木に寄りかかったら、そのまま少し気を失っていたらしい。
(…………かしら?)
声が聞こえた気がして、沈みこんだ意識が戻ってくる。
自分の手を見ると見慣れた人間の手をしていた。それだけで少し安心したが、完全に獣化がとけたわけじゃない。
ほとんど人に戻っていたが、狼の両耳が相手の気配を手に取るように教えてくれる。隠れるように息をしているのも分かった。
この様子だと、尻尾もまだ残っている。
満月の光を長時間あびなかったことに少しほっとするが、ごまかしようもない。相手が気づいていないことを祈るばかりだ。
こんな夜ふけにピッタリの姿だった。
全てが陽炎のようにゆらめいていた。真っ赤なマントでフードを深く被っている。体格から女性だと分かったが年齢はよく分からなかった。
手にはランタンを持ち、かがんだ拍子に髪がひと房落ちてきた。
ランタンの炎と、真っ赤なマントは不安そうに揺れた。
(怪我をしているのかい? ちょっと待っていて)
声は老婆のようにも、若い娘のようにも聞こえた。きっとさっきの猟師を連れてくるに違いない。
ゆらゆらと幻のような人影だった。足音が遠ざかっていく。
十九年。短い人生だった。すぐに殺してくれればいいが、最近はじっくりといたぶるように弱らせてから殺すとも聞く。
ルークは傷の痛みに耐えられなくなり、深く息を吐く。そして、ゆっくりと意識をなくしていった。
☆を押してもらえると作者が喜びます!!