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22   変革の波は静かに動き出すものじゃ(後)

 固く閉ざされた分厚く無機質な総鉄製の扉を開ける。

 暗闇の中に差し込んだ光に、中におった男は目を細めた。

「……お主、ホントはとんでもないアホなんじゃなかろうな?」

「くっはははっ!」

 扉を閉めると全く光が差し込まなくなる暗い部屋で、儂はザインザードにあの時思ったことをそのままぶつけた。

 返ってきたのは笑い声――否、嗤い声だけじゃったが。

 儂が今おるのは関所の地下牢じゃ。その中でも特別頑丈に造られた最奥の牢の中におる。

 無論、そこにおる理由はザインザードじゃ。

 ザインザードは今、下着だけの姿で、両手は上から吊り下げるように鎖につながれ、両足はわずかな範囲しか移動できないよう同じく鎖につながれとる。

 法国軍の精鋭部隊である寺院兵団を率いる者に対し、クーデターを持ちかけた。

 本来なら即刻首を刎ねても何ら問題のない行為じゃ。

 それがなぜ五体満足で牢につながれとるのか?

 全てはこやつの正体が原因じゃ。

 無論、儂はあの場でザインザードを殺そうとした。

 ところが、ここで思わぬところから待ったがかかったんじゃ。

 何を隠そう、ヒバリとソレイユからじゃった。

 戦友を見殺しにしたくなかった、なんちゅう理由でヒバリはそんなことは言わん。

 ヒバリとソレイユから明かされた話は、儂のみならず、バランにもそれなりの衝撃を与えた。

 こやつ――ザインザードは、こともあろうに「ラプラスの使徒」じゃった。

 バランが獣帝国の宮廷呪法師長ルチカ・アシヤから聞いた情報――法国に入り込んだっちゅう使徒は、ザインザードのことじゃったわけじゃな。

 さて、こうなると厄介なんじゃ。

 使徒や明王といった神に選ばれし者が死ぬと、神はそのことがわかるらしい。

 そして、何の断りもなく使徒を殺せば、ラプラス皇国を敵に回しかねん。いや、間違いなく敵に回すじゃろ。

 じゃから、ヒバリとソレイユはこやつの処刑に待ったをかけたわけじゃ。

「全く……ため息しか出んわ……。アレか? お主の狙いはこうして儂に精神的苦痛を与えることか?」

「くはははは……心にもないことを言うのはやめろ」

「………………」

 そうなんじゃよなあ……。

 あの時はこやつの狙いが全くわからんかった。

 ぶつけた言葉も、あの時は本気で思っとったことじゃが、今では皮肉にすらならん、愚にもつかんことじゃったと痛感しておる。

 あれから三日が経っとる。部下が持ってきた面会記録を改めて全て見返し、ようやくその狙いに気付けた。

 こやつの狙いは、あの場で儂ら全員に「クーデター」っちゅう選択肢を認識させた上で、一人ひとりと話すことじゃった。

 牢につながれることすら計算の内。しかもそれがどの牢かまでこやつの思惑通りじゃ。こやつが持っとる使徒の力を考慮すると、どう考えても最奥の牢を使わざるを得んからのう……。

 最奥の牢は特別頑丈な分、とても狭い。ザインザードと記録係の部下以外じゃと、人間一人入るのが限界じゃ。つまり、一人ひとり会うのに最適っちゅうわけじゃな。

 話す内容も計算ずく。脱走をほのめかすようなことは一切言うとらん。じゃから、どんな話をしようとも、部下は止めるわけにいかん。

「……最初に来たのがバランなのも狙い通りか?」

「俺との会話内容を読んだんだろう? ならば自明の理だと思うが?」

 狙い通り、か……。

 かゆくもないのに、思わず後頭部をボリボリとかいてしまう。

 そして盛大なため息を一つ。

「……まあ……こうしてお主に会いに来てしもうた時点で儂の負けかのう……」

 呟くようにぼやき、背負ってきた酒樽を降ろし、その上に杯を二つ置く。

「ちと付き合え。私見じゃが、それなりにいける口じゃろ、お主?」

「……応じたいところだが――この通りほとんど動けん身なんでな」

「ふん……お主ならそんなもの簡単に壊せるじゃろうに」

「くはは、無茶を言わんでほしいな」

 確かにこやつの身体能力だけでは無茶じゃが、牢の扉が開いとる今なら不可能ではないはずじゃがなあ……。

 光源さえあれば使徒の力を揮えるらしいしのう。

「……まあ良いわ。――おい、両手は外しちゃれ」

「よろしいので?」

「構わん。何かしようとも儂が対処する」

 儂の命令を受け、記録係の部下が両手の鎖を外した。

 ザインザードは両手首を軽く確かめると、何も言わず酒樽の前に座った。

「さて……まあ、最初から話すかのう……」

「………………」

 何も言わん、か……。

 まあ、儂から話さねば何も進まんからのう。

 一番上の記録を手に取る。

 バランとザインザードの会話の記録じゃ。

 日時は三日前の夜中。バランはザインザードが投獄されてすぐに面会しとった。

『――あなたに訊きたいことがあります』

『何だ?』

『オウサツジュウオウ』

『…………』

『……どうやら、ご存じのようですね。何が狙いですか?』

『……? 別に狙いなどないが』

『嘘ですね』

『嘘ではない』

『いいえ、嘘です。でなければなぜシロコなど――』

『少なくとも法国に対しては、な』

『――。…………なるほど、矛先は獣帝国ですか。……わかりました、でしたらボクは何も言いません』

 っちゅうてもいきなりわけわからんのじゃよなあ……。

 何となく獣人に関わる話っちゅうのはわかるんじゃが……、法国には関係ない話みたいじゃし、訊かんでもええことではある。

 じゃが気になる!

 個人的な好奇心を抑えられんわ!

「オウサツジュウオウ、とは何じゃ?」

「…………チャンク殿は――獣人は元々コルピタゲム大陸にいなかった、ということを知っているか?」

「……無論、知っとる。獣人共はおよそ二百年前、海の向こうからやってきた種族じゃろ。それがどうした?」

「――紙とペンを」

 振り返り、記録係に目と顎で命ずる。

 紙とペンを受け取ったザインザードは、

「鏖殺獣王とは――」

 そこにその名を書き、儂に見せた上で続けた。

「――獣人達がこの大陸に来ることになったきっかけだ」

 鏖殺――すなわち、皆殺し、か。けったいな名じゃのう。いったい何をすればそんな忌み名で呼ばれるようになるのやら。

「……つまり、獣人共はただの移民ではなかったっちゅうことじゃな?」

「俺も仔細まで知っているわけではない。だが少なくとも、この大陸に来た獣人達が鏖殺獣王から逃げてきた者達であることは確かだ」

「その恐怖が二百年経った今でも残っとるっちゅうことか……」

「もはや当の本人は死んでいるだろうにな。単なる伝聞を伝承し、伝説にしたが故に、自らを縛る強固な鎖と化してしまったわけだ」

「ままならんのはどこも一緒か……。で? なぜバランがそんな話をお主に?」

「くはは、伝説に曰く、かの鏖殺獣王は、その肌雪の如く白く、その髪肌よりなお白く、その瞳血の如く赤し――という見た目らしいぞ?」

「…………」

 なるほど、のう……。

 あの白い獣人の小娘は、まさしく鏖殺獣王を彷彿とさせるわけか……。

「……鏖殺獣王についてはようわかったわ。お主……獣帝国に何を――いや、儂には関係のない話じゃな。ほんなら次じゃ」

 記録の続きを確認する。

『――あなたにはもう一つ訊きたいことがあります』

『…………』

『仮に――仮に、ですよ? 総長とボクがあなたの提案を飲み、クーデターを起こしたとして――成功するとはとても思えないんですが』

『ほう、なぜだ?』

『民意です。確かに総長とボクがやると言えば、寺院兵団の皆は協力するでしょう。寺院兵団は法国軍の精鋭部隊ですから、法都を落とすくらいはできます。――ですが、そこまでです。武力で法都は落とせても、民意がついてきません。繰り返しますが、寺院兵団は法国の精鋭部隊です。つまりですね――民から最も遠いんですよ』

『……なるほど、貴殿の懸念はよくわかった』

『何か腹案でも? 言っておきますが、並大抵の策じゃあ、ボクは納得しませんよ』

『当然だな。そして腹案だが――無論、ある』

『どうやって民意を得るおつもりで?』

『……暴力で権力を握っても、民意がついてこなければ張子の虎。ならば――民意はあるところから持ってくればいい』

『…………それで?』

『残りはスコッチ・チャンクに話す』

『……総長があなたに会うことはありません』

『いいや、奴は必ず来る。だが、その前にカロン、ソレイユ、ヒバリと話をさせろ』

『……あなたは……自分の立場がよくわかっていないようですね』

『くっはははっ、わかっておらんのは貴様だ、アルデバラン・バートル。ここで何を吐こうが、貴様は俺の言うことを実行する。必ずだ』

『…………』

『なぜなら、貴様は軍師でありながら――策士の真似事をせざるを得んからだ』

 ……そしてバランは、ザインザードの要求を叶えた。こやつの言うた通りに。

「民意はあるところから持ってくれば良い……。では聞かせてもらおうかのう、この続きを」

「……貴殿は心にもないことを言うのが好きなのか?」

「…………」

「続きならばとっくに知っているだろう。その――面会記録に書いてあったはずだ」

「確かに、のう……。じゃが全てではない」

「そうだな、全てではない。だが続きはそこにある」

 そう言って酒をあおるザインザードから、二枚目の面会記録へ視線を移す。

 日付は二日前の午後。あの白い獣人の小娘とザインザードの会話の記録じゃ。

『――主様……?』

『ん……? ああ、来たか、カロン』

『主様……! (ここで面会者――カロンが近づこうとしたため阻止した、とある)』

『心配するな、カロン。何も問題はない』

『ばってん主様……!』

『問題ない。それより、伝言だ。ソレイユには「この国で冒険者として活動してどう思った? 思うところがあるなら会いに来い」、ヒバリには「このままではケインの街のようなことが繰り返されるぞ。人々を守りたいなら会いに来い」、そう伝えろ』

『あぅ……わ、わかったばい……』

 ……これそのものに意味はない。じゃが、ソレイユとヒバリへの伝言が気になった。

 ソレイユは他国で主に活動しとる冒険者じゃ。その冒険者が法国で活動して思うところがあるっちゅう。儂は冒険者のことはよう知らん。じゃから、これだけではようわからんかった。

 ヒバリへの伝言もそうじゃ。内容からケインの街で何かが起きたことはわかる。じゃが、具体的に何が起きたかを儂は知らん。わからん以上は、面会を止める理由がない。

 三枚目、四枚目の面会記録を手に取る。

 どちらも日付は昨日の午前中。三枚目はソレイユとザインザードの、四枚目はヒバリとザインザードの会話の記録じゃ。

『――来たぞ、ザインザード。わざわざ色々と根回しをして呼び出したのだ、くだらないことだったら即刻帰るからな』

『ん……? ああ、ソレイユか』

『……そなた、よくその姿勢で眠れるな……』

『慣れると意外に楽だぞ? まあ、まだ一日半しか経っておらんからかもしれんが』

『……あまり焦っていないのだな』

『まだやれることがあるんでな』

『そうか……。カロンちゃんから伝言は聞いた。私に何を喋らせたい?』

『話が早くて助かるな。――ヒバリと合流するまでの間、数は少なくとも、冒険者として依頼をこなしたはずだ。そこで思ったこと、気付いたことを言ってくれればいい』

『……むしろ私は、そなたが何を思ったかを聞きたいのだが』

『ふむ……まあ、その方が早いか。では問おう、A級冒険者ソレイユ――貴殿は、この国の依頼料が低すぎると思わなかったか?』

『……全く、そなたは……まるで見ていたかのように言うのだな……。――ああ、思ったとも。私が見たのはB級とA級の依頼だけだったが、どれもこれも獣帝国の半分以下。あれじゃ誰も請けたがらない』

『依頼料が低いと、なぜ誰も請けたがらないんだ?』

『む……? そうだな……冒険者は確かに肉体労働だが、使っているのは自分の肉体だけじゃない。剣でも槍でも弓でもそうだが、武器というのは基本的に消耗品だ。しっかりとメンテナンスしなければ、あっという間に使い物にならなくなってしまう。……怪我をすればポーションを飲むこともあるだろうし、そもそも生きている以上、食料も必要だ。依頼料が低いと、そういったもろもろを惜しみながらこなすしかなくなる。となると儲かるか否か以前の問題だ。そんな生きるか死ぬかの瀬戸際を繰り返す仕事は誰も――したくない……だからか……』

『そうだ、その結果がモンスターパレードだ。依頼料が低いと、冒険者という職業に魅力が無くなる。魅力が無い仕事など誰もしたがらん。そして緩やかに冒険者の数が減っていき、モンスターの間引きが追いつかなくなる』

『…………うむ、それはわかった。だが、だからといって何をどうしろと言うのだ? 高難易度依頼の依頼料を決めるのは領主だ。領主が金が無いと言っている以上、無理矢理上げさせたところで財政破綻するだけだろう』

『ふむ、金が無い、か。その領主はどんな理由で金が無いと言っていたんだ?』

『正確には、領主が冒険者ギルドの幹部に言っただろうことを、受付嬢から言われただけだが――確か、開拓に多くの金がかかるからとか――』

『法国の全てが発展途上なわけではないのに、か?』

『――!!! そう、だな……言われてみればおかしいな。あの受付嬢は確かに、法国じゃこの依頼料が普通だ、と言っていた。しかし一方で、その理由は開拓にお金がかかるからだと……』

『つまり、領主が言っていることは本当かもしれんが、それが全てではないということだ』

『…………』

『そもそも、だな。基本的に、開拓途中の領地に対しては、いろいろと優遇措置を取るものだ。国に納める金を免除したり――開拓資金を貸したり、な』

『……! ならば、なぜ……』

『理由など決まっているだろう? 私腹を肥やすためだ。民の命を見捨てることでな』

『…………だからクーデターなのか?』

『そうだ。法国の領主達一人ひとりを説得していては、時間などいくらあっても足りん。ならば法王の首をすげ替え、法王の命令として難易度ごとに最低依頼料を決める。消化期限を設けるのも有りだろう。早急にやらなければ、モンスターパレードが各地で頻発するぞ』

『……あの街の冒険者達は……誰かがやらなければ皆が困るからと、そう言って懸命に戦っていた。彼らの戦いは……無駄だったのか……?』

『……無駄――と切り捨てていいものではないだろうな。だが、誰かがやらなければ皆が困る仕事を、誰もがやりたがらない仕事にしていたのは領主だ。「あの街」というのがどこかは知らんが、その冒険者達は戦うべき相手を間違えていたと言わざるを得んな』

『そうか……。……返答は、ヒバリと相談させてくれ……』

 ……よもや法国の冒険者に対する依頼料が低すぎる、とはのう……。他国に行くことなぞないし、そもそも冒険者と関わることすらないものじゃから全然気付かんかったわ。

 そりゃ、ソレイユからすれば思うところくらいあるじゃろうなあ……。

「……ちなみに、俺もソレイユもコーラ枢機卿領までは行ったが、その道中を含め、真っ当な依頼料だと思えたのはサイダー大司教領だけだった」

「そうか……。まあ、ここは獣帝国との国境があるからのう……。あまりにも差があっては、冒険者共が獣帝国に行ってしまうじゃろ」

 儂がそう指摘すると、

「……それだけではないと思うが、な……」

 ザインザードは何やらボソッと呟いたようじゃったが、声が小さすぎてよう聞こえんかった。

 気にせず、四枚目の会話記録に視線を戻す。

『――来たわよ、ザイン君。お姉さんにお話があるんだって?』

『ヒバリか……ソレイユとは話したか?』

『ええ……少しだけ』

『ならば俺が言いたいことはわかっているはずだな?』

『…………法王と戦うの?』

『戦わなければ多くの命が失われる。貴殿のパーティーだけでは、いずれ対処療法すらできなくなるぞ。いや、すでにできなくなりつつある。後続を望むなら、今、ここで変革するしかない』

『………………』

『……何をそんなに迷っている?』

『……お姉さんの知り合いにね……、マックスさんっていう冒険者がいるんだけれど……彼は――領主に抗議して奴隷にされてしまったわ。……なのに、それよりもっと上の法王と戦うなんて…………。たとえスコッチさん達が協力してくれても勝てるとは思えないのよ。それだけ法王の権力は絶大なの、だから――』

『ヒバリ』

『――――』

『……ヒバリ、貴殿ははき違えている』

『え……?』

『相手は権力者ではなく、横暴勝手な権力者だ。奴らがモンスターパレードの頻発を予想しなかったと思うか? 奴らは予想した上で切り捨てたんだ。可能性も、民もな。そんな

奴らが、民の声を聞くと思うか? そのマックスという冒険者が、その身をもって証明しただろう。横暴勝手な権力者は――民の声など聞かん。むしろ排除しようとする。故に、多くの冒険者が力を合わせようと、寺院兵団が協力しようと、法王には勝てん。それは正しい』

『なら――!』

『だから貴殿ははき違えているんだ』

『……???』

『それでも横暴勝手な権力者に民の声を聞かせたいなら――それを民の声ではないものにすればいい。つまりだな――横暴勝手な権力者に勝つ方法は――別の権力者を味方につけることだ』

 ……この地下牢で行われた会話記録はこれで全部じゃ。

 つまり、ザインザードが言うところの「続き」とやらもここまで。

 ここから先は、目の前で酒をあおるこやつから直に訊き出さねばならん。

「――っちゅうかお主飲みすぎではないか!? すでに三分の一ほどないんじゃが!?」

「ここ三日ほどろくなものを食べておらんのでな。空腹を紛らわしていただけだ」

「ったく……の割にさほど酔っとらんのう」

「自分の限界は知っているんでな」

「っは、さよか」

 呆れつつ、儂も杯をつかみ、喉に酒を流し込む。

 所詮は安酒じゃが、こういった場にはちょうどええのう。

「さて……ほんなら本題といこうかのう」

 バラン、カロン、ソレイユ、ヒバリ。四人とザインザードが交わした会話の記録を読み、儂は一つの結論に達した。

「お主――どこの領主を味方につけとる?」

「――くっはははっ」

 堪らずといったように、ザインザードが嗤い声をこぼした。

「一応、なぜそう思ったのか聞いておこうか」

「……バランに対して言ったことと、ヒバリに対して言ったことを組み合わせれば自明じゃろ。民意はあるところから持ってくれば良い、別の権力者を味方につけろ――つまり、別の権力者を支持する者達も味方につけ、それを民意として打ち出すっちゅうことじゃろが」

 問題は、なぜそんな話を儂らにしたか、じゃ。ヒバリはともかく、寺院兵団についてくる民なぞほとんどおらん。せいぜい兵団員の家族くらいじゃろ。

 つまり、寺院兵団に期待されとるのは、単なる「暴力」としての側面でしかない。

 ならば、まずはヒバリを味方につけるのが先決なはず。じゃというのに、こやつは儂とヒバリに同時に話を持ちかけた。っちゅうことは、寺院兵団とヒバリの協力はあっても無くても構わんっちゅうことじゃ。

「じゃとすれば、お主はすでに味方となる権力者を得とるっちゅうことじゃろが」

「ふむ……まあ、概ね合っているな」

「あん? 概ね?」

「領主の味方がいるのは正解だ。だが、寺院兵団とヒバリの協力はあっても無くても構わんものではない」

「ほお……?」

「仮に貴殿らの協力を得られなかった場合は――おそらく、内戦を起こしていた」

「内戦……!」

「それだけ多くの人々が死ぬことになっただろう。だが――」

 そこでザインザードは酒の入った杯から視線を外し、儂と話し始めてから初めて儂の目を見た。

「――貴殿らの協力があるなら、死人は十人以内に抑えてみせる」

「……!!! 言いおるのう……」

「大言壮語ではないはずだ。法国に来てから得た情報を組み合わせれば、それくらいのことはできると導ける。むしろ――。…………」

「……? どうした?」

「いや……何でもない」

 ふむ……クーデター、か……。

 ……正直なところを言えば、「ふざけるな」の一言に尽きる。

 法国に来てわずか一月程度の奴が、何を知ったようなことを言うておるのか、と。

 こやつは何も知らん。儂やヒバリが明王をやっとる理由も、バランが策士の真似事をしなければならん理由も。

 そのくせ、ほんのわずかな表層を見て、クーデターなんちゅう大それたことを口にしおる。しかも死人を十人以内に抑えるじゃと? っは! 儂の半分も生きとらん若造が、いい気なもんじゃ!

 ……じゃが、言うとることは正しい。

 『戦わなければ多くの命が失われる』『後続を望むなら、今、ここで変革するしかない』――ヒバリとザインザードの会話記録に再び目を向ける。

 モンスターの間引きは絶対にしなければならんことじゃ。じゃというのに、各地の兵団は訓練ばかりで表に出ようとせん。

 六年前、儂が総長になるまでは寺院兵団もそうじゃった。

 そこからコツコツと意識改革を重ね、ようやく名実共に精鋭部隊となった。

 兵団員はサイダー大司教領以外にもおる。法都リスティングで働く者もおるし、オベリスク都市国家連合との国境で働く者もおる。

 そして家族がおる。

 法国各地がモンスターパレードに飲み込まれれば、きっと先頭に立って戦うじゃろな。

 皆、儂の自慢の部下達じゃ。

 今でもハッキリ覚えとる。明王になったあの日、儂がメビウス様に望んだことは――

「一方では前線に出たがる戦好き。だが一方では戦争をしたがらない戦嫌い。一見、矛盾しているように思えるが、この二つが両立する答えが一つだけある」

 まるで心を読んだかのように、ザインザードは言葉を発した。

「部下を死なせたくない――誰よりも前で、誰よりも目立てば、敵の矛先は常に自分に向く。それが結果的に、部下を守ることになる。戦争などクソ喰らえだ。そんなものを起こすから、大切な部下が死ぬ。家族を残して、仲間を残して、上司である自分を残して。それが貴殿の願いだろう? スコッチ・チャンク総長」

「……………………」

 何も答えず、もう一杯酒を流し込む。

「……儂が動かんかったらどうなる?」

「内戦を起こす。人が死ぬ。大勢が死ぬ。貴殿の部下も、その家族も死ぬ」

「お主と戦ってか?」

「そうだ。俺と戦って、だ」

 杯を酒で満たし、しかし口はつけず、もう一度口を開いた。

「…………お主が動かんかったらどうなる?」

「……人が死ぬのは変わらん。大勢が死ぬのも変わらん。貴殿の部下が死ぬのも、その家族が死ぬのも変わらん。ただそれが少しだけ遅くなって、より多くの民が死ぬことになる。運が悪ければ、メビウス法国は無くなるな」

「それでもわずかな人々は生き残るじゃろ」

「だろうな」

「じゃが……そこに儂らの――鬼人の居場所はあるか?」

「…………」

「翼人の居場所は? 獣人の居場所は? 儂ら少数種族の居場所は――あるか?」

「…………」

「……いや、すまん、お主に言ってもわからんことじゃったな」

 そうじゃ、こんなことを言うてもこやつはわからんじゃろ。

 鬼人や翼人がかつてどんな扱いを受けとったかなぞ――

「――ないだろうな」

 じゃというのに、ザインザードは答えた。

「獣人は獣帝国へ行けば何とかなる。だが、鬼人や翼人に居場所はない。最北の大国へ行けばあるいはだが……そこに辿りつく前に死ぬだろうな」

 明言こそしなかったが、ザインザードは知っとるようじゃった。

 古の大国で、鬼人や翼人がどんな扱いを受けとったか。そして古の大国の教えをそのまま受け継いだ法国で、儂らがどんな扱いを受けとるか。

 法国が不安定になれば、今ある枠組みも揺らぐ。そうなれば、儂ら玄鬼族もヒバリの翠翼族も今度こそ滅びかねん。

 獣帝国があるとはいえ、バランの風狼族も相当な苦労を強いられるはずじゃ。

「…………何からすれば良い……?」

「……。まずはソレイユが持っているはずの遠方と連絡が取れる魔術道具を壊すべきだな」

「あん? なぜそんなことが必要なんじゃ?」

「ソレイユだが……実を言えばあいつも使徒だ」

「は……?」

「しかも俺と違って皇国の中枢とつながっている。おそらく、ソレイユが送った情報は、俺がクーデターを持ちかけて拘束されたところで止まっているはず。今、破壊すれば、皇国の動きを長期間止められる。クーデター中に横槍を入れられたくないだろう?」

 ソレイユが――使徒じゃと?

 こやつ、そんな大事な情報を今まで黙っとったのか!?

「いや待て! それが事実ならヒバリはどうなんじゃ!? あやつがそのことを知らんはずなかろう! まさかヒバリは法国を裏切って――!」

「自分の影響力すらわかっておらんかった奴だぞ? そんなことを考えていると思うか?」

「――。…………」

 考えとらん、じゃろうなあ……。

 あやつは確かに心優しいし、頭も良いはずなんじゃが、興味のないことに対してどうにも思慮不足なところがあるからのう……。

「まあ、ソレイユの役割はあくまで俺に対する監視だろうしな。法国の情報はほとんど流出しておらんと考えていいと思うぞ」

「じゃったら良――くはないが、気にするのはやめるわい……」

「まあ、妥当な判断だな。ああ、それと、魔術道具を壊すのは秘密裏に、な。事故に見せかけられれば、なおいい」

「なぜじゃ?」

「どうせなら味方にしておきたいだろう?」

 こやつめ……ヒバリとソレイユの関係を利用するつもりじゃな?

 ソレイユと皇国を切り離しつつ、味方として振る舞うよう誘導するつもりか。

「お主、結構悪辣じゃのう……」

「くはは、俺などまだまだ可愛い方だろう?」

「心にもないことを……」

 皮肉くらい言わんとやってられんわい……。

「……で? そのあとはどう動けば良い?」

「まずは噂を流してくれ」

「噂?」

「『ラプラスの使徒が法国に入り込んでいるらしい』『誰かが法王の命を狙っているらしい』という二つの噂だ」

「ふむ……」

 ザインザードは紙に文言を書き、儂に手渡した。

 前者は事実。後者はよくある噂といえばよくある噂じゃ。

「確実にどこかで『使徒が法王の命を狙っている』という噂に変わるはずだ。それを利用して、寺院兵団を法都に集めろ」

「……! なるほど、のう……。あいわかった」

 紙を懐に仕舞い、立ち上がったところで、記録係の部下がおったことを思い出した。

 そうじゃった、こやつもおったんじゃったな……。

 どうするかのう……。

「私は何も聞いておりません総長は誰とも面会しておりません記録は手違いで破棄してしまいました!」

 ジッと見て思い悩んどったら、何を思ったか記録係の部下は儂の手から面会記録を奪い、今書いとった分もまとめて地面に投げ捨て、執拗に踏んづけた揚句、火をつけて灰にしてしまいおった。

 儂まだ何も言うとらんのじゃが……。

「……ということらしいぞ?」

「優秀な部下を持てて幸せじゃわい、とでも言えばええんかのう……」

 少々自己犠牲が過ぎる気もするが……。

「では、すぐに出すからのう。もう少し待っとれ」

「なるべく早く頼むぞ? 酒が尽きる前にな」

「まだ飲む気か、お主……。ああ、そうじゃ、お主はこれからどうするんじゃ?」

 呆れつつそう尋ねると、ザインザードはニヤリと嗤い、

「――聖女を味方にしてくる」

 その悪辣な笑顔の影に、一瞬、悪魔を幻視した気がした。

 この日、法国を覆う変革の波は、静かに、じゃが確かに動き出したんじゃ。

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