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17   理不尽は気付かぬ間に襲い来る(中)

 カロンちゃんに案内された先――つまりザインザード・ブラッドハイドが寝てるっていう宿は、ケインの街で一番の宿だったわ。

 ……C級冒険者のはずなのにお姉さんやソレイユより良い宿の部屋を取るってどういう金銭感覚をしてるのかしらね……?

「……妬むだけ無駄だぞ、ヒバリ。あの男は、臨時収入があったと言って大金貨五十枚をポンッと手渡す金銭感覚の持ち主だ」

「何よ、それ……。どこぞの大富豪なの……?」

「さあな……。ラプラス皇国が調べてもさっぱりだそうだ」

「うわぁ……すっっっごくうさんくさいわね」

 コルピタゲム大陸の中心と言っても過言じゃない皇国が調べても何も出てこないっていうことは、大陸の外から来た可能性が高いわね……。

 南のロープレゲム大陸か、その先にあるというタルジゲム大陸か、もしくは東のシムショゲム大陸か。

 いずれにしても、調べようがないのよね……。

「それで、カロンちゃん、部屋はどこだ?」

「二階ん奥ばい」

 カロンちゃんに導かれるままにソレイユは階段を上がり、お姉さんもそれを追って、最奥の部屋の前に三人が集まったわ。

「カロンちゃん、頼む」

 ソレイユの言葉にカロンちゃんはコクリと頷くと、部屋の扉をノックしたわ。

 ソレイユは「カロンちゃんは孤児だ」って言ってたけれど、その割には礼儀正しいのよね。

「――誰だ?」

 しばらくの間、廊下にノックの音が響き続け、ようやく部屋の中から反応が返ってきたわ。

「主様、カロンばい」

「待て、今開ける。…………ずいぶんと早かっ――」

 扉を開けた黒髪金眼の若い男は、カロンちゃんの後ろに立つソレイユに気付くと、言葉を途中で打ち切り、眉間にしわを寄せたわ。

「ひ、久しいな、ザイ――」

「断る。帰れ」

 そしてカロンちゃんの腕をつかんで部屋の中に引き込むと、端的に吐き捨てて扉を閉め――

「待て待て待てっまだ何も言っていないのだが!?」

 ――ようとしたとこで、ソレイユが慌ててそれを阻止したわ。

「聞かずともわかる。面通しは断ったはずだ」

「そんなことはどうでも――よくはないが、用件はそれじゃない!」

「ならば髪の件か。あれは勝利の証だ、返さんぞ」

「それは今すぐ返せと言いたいところだが――ああ、凄まじく言いたいところだがっ! それでもないのだ!」

 かたや強引に扉を閉めようとし、かたや強引に扉を開けて中に入ろうとする――事情を知らなければ間違いなく事件ね……。

 ……それにしても、髪の件って何かしら……? お姉さんとっっっても興味があるわ。

 まあ、今は一刻を争う事態だし、それは置いておきましょ。

「あの……ホントに大事なお話だから、中に入れてもらえないかしら?」

「ん……? 誰だ、今の声は? 貴様の仲間……いや、それはないな。ああ、助っ人か。ということはリベンジマッチか。二人がかりとはずいぶんと必死だな?」

「そんなわけがあるか! リベンジするなら正々堂々とタイマンでやるに決まっているだろう! 彼女はその……あれ、人探しを手伝ってもらったわけだし、助っ人なのは間違いないのか?」

「お姉さんに訊かれても……」

「何でもいいが、とにかく要件が何であろうと断る。即刻帰れ」

「ええい、強情な奴め。こうなったら扉を斬って――」

「――(ウォール)

 ソレイユが強硬手段をほのめかした瞬間、扉が黒い何かに覆われたわ。

「お前、さすがにそれは卑怯じゃないか!? そこまでして寝たいか!?」

「くはは、扉を斬ろうとした奴には言われたくない。それに夜通し歩いてきたんでな、今日くらいゆっくり寝させろ。無論、明日もこの街にいるとは限らんが」

「いや、お前、モンスターパレードに襲われたらそもそも街など残っ――あふっ!」

 突然、扉を反対側から押す力が消えて部屋の中に倒れこんだソレイユを見下ろし、

「……それを早く言え……」

と、彼はため息交じりに言ったのよ。

 これがお姉さんとザインザード・ブラッドハイドの出会いだったわ。

「全く……面倒な奴と再会した上にモンスターパレードとは……今日は厄日か」

「その『面倒な奴』とは、よもや私のことじゃないだろうな?」

「……それで? リベンジマッチの助っ人ではないが――」

「おい、答えろ」

「――助っ人ではあるというそっちの貴様は結局何者なんだ?」

「初めまして、S級冒険者のヒバリ・マニよ」

「……! ヒバリ・マニ……メビウス第一明王か」

「あら、お姉さんのことを知っているのね」

「多少はな」

 無視されたソレイユが「ぐぬぬ……!」と後ろで唸ってたけれど、努めて無視したわ。

 ザインザードを加えたお姉さん達は街で一番の宿屋(重要)を後にし、南の街門へと向かったわ。

 そろそろ街からモンスターパレードが見えてもおかしくない時間だったから。

「すでに知っているとは思うが、ザインザード・ブラッドハイドだ。ザインでいい」

「弟子のカロンばい」

「ええ、よろしくね」

 自己紹介を終えたとこでザイン君はわずかに目を細め、

「……さて、貴殿は俺のことをどこまで聞いている? そこのヒマワリに」

「ザイン君のことなら一通り聞いてるわよ。新たな十番目だそうね?」

「ザイン君……まあいい。ならば細かい話は省いていいな」

 どうやら警戒する必要がなくなったみたいで、ザイン君の目つきが元に戻ったわ。まあ、それでも鋭いことに変わりはないけれど。

「……で? 使徒と明王が揃って助けを求めに来るとは尋常ではないが、敵の数は何万だ?」

「万……!? い、いや、モンスターの数は五千だが……」

「五千……?」

 ソレイユが口にした数字をいぶかしげに繰り返し、ザイン君は歩みを止めたわ。

 そして呆れたようにため息をこぼすと、お姉さん達の方に目線だけを向け、

「たかが五千程度、貴様らだけで充分だろう」

「「はい……???」」

 お姉さんとソレイユは二人して目をしばたたかせ、

「いや……いやいやいや、五千だぞ? 二人でどうにかなるわけないだろう!?」

「そうよ、ザイン君。千ならまだしも、五千は無理よ」

 口々に反論するけれど、ザイン君はジトっとした目をやめないまま。

「…………そっちのヒマワリは後にするとして……おい、S級冒険者、パーティーメンバーはどうした?」

「……! え、えェっとォ……」

 結構痛いとこを突かれちゃったのよね……。

 言いたくないわ、と視線で訴えたけれど、逆に「さっさと言え」と言わんばかりに睨まれてしまったわ。

「……置いてきちゃった、てへっ☆」

 可愛く言って誤魔化そうとしたけれど、返ってきたのは深いため息だけだったわね。

 確かにパーティーメンバーが揃っていれば、二千まではどうにかなるはずなのよね……。

 お姉さん、自分の危機管理の無さにガックリよ……。

「……そして第一使徒、貴様に関しては訊かずともわかる。まだ太陽を見て走っているのか」

「むぅ……何も言い返せない……」

 ソレイユに関してはお姉さんもいろいろ聞いてるし、ぐぅの音も出ないのも無理はないと思うわ。ずいぶんと迷走してたみたいだし。

 二人してガックリしてると、ザイン君は再び深いため息をこぼし、

「……ちっ……まあいい。こちらも事情が変わったんでな、答えの一つを見せてやる」

「…………む……? 今のは私に言ったのか……?」

「貴様以外に誰がいる。俺は第一明王の力など知らんぞ」

「お、教えて……くれるのか……?」

「この街を守りたいんだろう? それは俺も同じだ」

 ソレイユの顔が一気に明るくなり、次いでいろいろ思い出したのか複雑そうな表情になったわね。

「それとヒバリ、貴殿は後詰を頼む。その頭上の輪を見る限り、確かに貴殿は広範囲の殲滅には向いておらんようだ」

「あら、それだけでわかっちゃうの?」

「多少は噂も聞いているんでな。まあ、俺の戦い方を参考にするのは自由だが、貴殿はそのままでいいと思うぞ」

「あらあら、お姉さん、ザイン君に褒められちゃったわ」

 強い人に褒められるのって思った以上に嬉しいものなのね。

 隣でソレイユが「わかる」と言わんばかりに頷いてたけれど、ソレイユもザイン君に褒められたことがあるのかしら?

 その後も、街門へと向かいながら情報を共有していく。

「ところで、特にパニックは起きておらんようだが、住人の避難はどうしている?」

「ケインの人口は約一万人だ。外に避難するのは時間がかかりすぎる。ならば街の中にとどまった方が安全だと判断した。ギルド職員が街中を回って避難誘導しているはずだ」

「ふむ……まあ、妥当か。それと、領軍――兵団の姿がないが?」

「兵団は…………逃げたわ……」

「逃げた?」

「正確には、代官が兵団を連れて逃げ出したんだけれど……」

「どちらにしろ同じこと、か……。まあいい、そっちは捨て置け。となると戦力は冒険者のみだな? 何人残っている?」

「百五十人といったところだが……その、いいのか? 兵団を放っておいて」

「兵団と言うからには馬くらい持っているだろう。追いつけるとは思えん。時間の無駄だ。それに――代官がやりそうなことは推測がつく。冒険者だけで対処しきってしまえば、相応の罰が下るはずだ」

「罰って……?」

「ん? 何だ、気付いていなかったのか? この街の名は『ケイン』だぞ? 砂糖の一大生産地ではないか」

「「あ……」」

 なるほど、畑に何もなかったから気付かなかったわね。

 このコーラ枢機卿領は食文化を最重視してる領地。豊かな食文化に砂糖は欠かせないわ。そんな大事な砂糖の生産地を放って自分達だけ逃げ出した――間違いなく処罰されるわね。

 ……そうなると、「代官がやりそうなことは推測がつく」っていうのも納得がいくわね。たぶん、代官は冒険者ギルドに全ての責任を押し付けるつもりだったんじゃないかしら。ところが冒険者だけで乗り切ってしまった、となるわけね。

「ソレイユはともかく、ヒバリが気付かんのはどうなんだ……」

「返す言葉もないわね」

 外から来た人に気付かされるとは、法国冒険者のトップとして恥ずかしい限りね……。

 街門に着くと、すでに戦いの準備は終わってたわ。

「お、来たか、天使様方」

「とびっきりの追加戦力を連れてくるって話だったけど……その男がそうなのかい?」

 早速、冒険者達の指揮を任せたB級冒険者の二人が声をかけてきたわ。

「ああ、この男がそうだ」

「ほお……」

 片方がザイン君をマジマジと観察する。

「……どうにもピンと来ねえな……。ランクは?」

「C級だ」

「C級……!? おいおい、ホントに役に立つのかい?」

「そこは私が保証する。この男は、間違いなく私より強い」

 もう一方が疑義を唱えたけれど、ソレイユが即座に否定したわ。

「……ラプラス教徒の言うことは信用ならねえ――って普段なら言うんだが、天使様のご友人だからなあ……」

「まあ、せいぜい期待してるよ」

「むっ……」

 二人の言い草にソレイユは眉をしかめたけれど、結局言葉を飲み込んだわ。

 まあ、ここで争うわけにはいかないものね。

 などと思ってたら、

「くだらん。信じる神で冒険者の評価が変わるものか」

 ザイン君が噛みついてしまったのよ。

 これは間に割って入らなければならないかも、と気を揉んだけれど、

「まあ……なあ……」

「そりゃそうなんだけどさ、やっぱどうにもねえ……」

 意外なことに、二人は気まずそうにするだけだったわ。

「あー……いや、うん、まあ、今の言い方は悪かった」

「ラプラス教徒でもメビウス教徒でもない人に言われちゃあ、さすがにねえ……。っと、そうだった天使様、あれどうにかしてくんない? 言っても全然動かないんだわ」

 どうやら、教徒としての考えより冒険者としての考えの方が強かったみたいね。

 何事もなく終わってよかったわ。

 それはともかく、指差された方を見ると、そこには年配の方達が数人いたの。

 そして彼らはお姉さんの視線に気付くと、両手を合わせて拝み始めたのよ。

 お姉さんは思ったわ。

 ああ……またか、ってね。

 仕方がないから、近づいて一人一人に声をかけ、危険だから避難するように説得したわ。

「……何だ、あれは?」

「メビウス教徒の中でも、ヒバリを本物の天使だと信じている人達だ。特に年配者に多いらしい」

「何だ、それは……? メビウス教の教義に天使は存在せんはずだが……」

「私が知るわけがないだろう。とにかく、そういう人達がいるのだ。…………一応、忠告しておくが、若い連中には気をつけろ。年配者は問題ないが、中にはヒバリに近づく男に嫌がらせしてくる奴もいる……らしい」

「……なるほど……『周りが厄介』とはそういうことか……」

 お姉さんが説得してる間にソレイユが説明してくれたみたいね。

 二人のやり取りが少しだけ聞こえたわ。

 街門近くから非戦闘員がいなくなると、戦いへの緊張感が高まっていく。

 今のうちに作戦をおさらいしておきましょ。

 まず、最前線はザイン君とソレイユが受け持つ。

 ソレイユは少しだけ不安そうだったけれど、戦力が足りない今、ザイン君の「問題ない」っていう言葉を信じるしかないわね。

 二人の後ろはお姉さんが抑える。

 これに関しては、お姉さんの戦い方が知られてたこともあり、すんなりと通ったわ。

 最後に、最終防衛ライン――つまり街門前で冒険者達が迎え撃つ。

 お姉さんの役割は、二人を抜いてきたモンスターを一体でも多く倒すことね。

「まあ、そう心配するな。使徒が二人に明王が一人、これほどの理不尽が待ち構えていることなど、奴らは知らん。目指すべきではなかった場所だと気付かれる前に、全ては終わる」

「ザイン君……」

 責任の重さに緊張してると、ザイン君が声をかけてくれたの。

 不思議なのよね……彼の「大丈夫」っていう言葉を聞くと、ホントにそんな気がしてきたのよ。

「……っ! 来たぞぉぉぉおおお!!」

 その時、見張り役が街門の上で声を張り上げたわ。

 ハッとして南に目を向けると、わずかに土煙が見えたわね。

 いよいよよ。

 いよいよ、モンスターと人間、互いの命を賭けた闘争が始まるわ。

「では行ってくるか。行くぞ、ソレイユ」

「……ああ」

「それと、カロンも戦闘に参加しておけ。一体でも倒せばE級になれる」

「がまだす!」

「お、おい、カロンちゃんも戦わせるのか……!?」

「D級程度の実力はついている。問題ない。それより、貴様は自分のことに集中しろ」

「う、うむ……」

 ザイン君とソレイユが門前から離れていく。

 ザイン君は、一体どうやって五千体ものモンスターを抑えるつもりなのかしら。

 きっと、集った冒険者達も同じ思いのはずよ。

 門前から十メートルほど離れたとこで、ザイン君は止まったわ。

「……さて……ソレイユ、右半分は任せる」

「な……!? お、おい!? 無茶を言うな!」

「無茶ではない。それを今から証明してやる」

 さほど離れてなかったからか、二人のやり取りがかすかに聞こえてきたわね。

「――領域(ゾーン)

 ザイン君の足下から、妙に黒い何かが広がっていく。

 いえ、お姉さんはそれが何か知ってたわ。

 影よ。

 影が地面を覆っていく。

 二メートル……三メートル…………五メートル……え、まだ……!?

 その影はお姉さんの足下にまで広がり、門前ギリギリでようやく止まったわ。

 わかりにくいけれど、ザイン君を挟んで反対側にも同じように広がってたんじゃないかしら。

「おい、ザインザード、何をするつもりだ……!?」

「見ていればわかる。それより近すぎだ。五メートルは離れろ」

「む……。むぅ……」

 やや不満そうにしながら、ザイン君から離れていくソレイユ。

 一体、何をするつもりなのかしら?

 ソレイユから聞いた「ハンドレッド」かしら?

 聞く限りだと対多数には不向きな気がするけれど……。

 ――その時、唐突にお姉さんはえもいわれぬ悪寒を感じたのよ。

 周りを見ると、冒険者達の顔も青くなってたわ。

 これは――間違いないわね。魔力とは違う何か別の力が過多に使われる予兆。

「天候は良好――時間も良し――では、やるか」

 ザイン君がボソッと呟いた次の瞬間――大地がその形を変えたわ。

 目の錯覚じゃないわね。

 間違いなく――地面を覆った影が隆起してるわ!

 その影はザイン君を飲み込み、そのまま高く高く伸びていき――街壁の高さを超え、なお伸びてったわ。

 実に二十メートル以上。

 ザイン君がいたその場所には巨大な影の柱ができてたわ。

 そしてその形が少しずつ変化して――

「――巨人(タイタン)

 誰もがポカンと見上げてたわね。

 これはおそらく、ソレイユから聞いた「メイル」と同じもの。

 ただし――二十メートル以上の。

 影の巨人。

 それ以外に、表現しようがないのよね。

 気付けばずいぶんと近くまで迫ってたモンスター達も、突然出現した巨大な存在を警戒して止まってたわ。

 誰もが動けなくなった静寂の中で、いっそ軽薄なほど軽々しく、ザイン君はソレイユに告げたの。

「よく見ていろ、ソレイユ。これが貴様への答えだ」

 言い切ると同時に影の巨人が一歩踏み出し、その勢いのまま、巨大な拳を大地に突き立てたわ。

 衝撃が駆け抜けていく。

 圧倒的。ただただ圧倒的。

 土煙が晴れた時、そこには何もなかったわ。

 十体以上はいたはずのモンスターの姿はどこにもなく、そこには破壊の跡しか残ってなかったのよ。

「っふ……ふふふ……ふはははははははは! 何だ……そうか……! そんな簡単なことだったのか!!」

 呆然と影の巨人を見てたソレイユは、突然、哄笑を上げると、モンスター達に向かい合ったわ。

「光武創製――」

 キーワードが唱えられると同時に、ソレイユの手に光輝く鎖が創り出され――そして彼女はその鎖を真上に力強く投げたの。

 天高く、光の鎖が伸びていく。

 と同時に、再び襲い来る悪寒。

「そうだ、それでいい――」

 ソレイユが何をしようとしてるのか、当然、ザイン君にはそれがわかってたのね。

 巨人の拳を再度大地に突き立てると共に、ザイン君は言葉でソレイユの背中を押したわ。

「――有象無象など、圧殺してしまえ!!」

 もはや光の筋となった鎖の先、そこに膨大な量の光が集まっていく。

 それはまさしく太陽みたいだったわ。

 ただただ巨大な棘付きの鉄球――光輝くそれにつながった鎖を、ソレイユは思いっきり振り下ろし、

「――モーニングスター・ソレイユ!!」

 一人のエルフが創り出した太陽が、モンスターへ向かって落ちていく。

 そして大地が悲鳴を上げたわ。

 彼女はその日、ついに太陽を手に入れたのよ。

 そこからは一方的な蹂躙だったわね。

巨人(タイタン)!」

 ザイン君が影の巨人で破壊したと思えば、

「圧殺する――。光武創製――ソード・ギガント!」

 ソレイユが巨大な武器で圧殺する。

 そんな光景が次々と巻き起こされたわ。

 っていうかソレイユ、その言葉気に入ったの……?

「俺達は一体……何を見てるんだ……?」

 冒険者の一人が呆然とそんなことを呟いたけれど、光と影の蹂躙劇としか言いようがなかったわね。

 そしてこちらも、呆然としてる暇はなくなりそうね。

 二人がモンスターパレードの中まで突っ込んでいったからか、二人を避けて回り込んだモンスターがチラホラと見え始めてたわ。

 つまりお姉さんの出番っていうわけ。

「ほらほら、お仕事の時間よ」

 周囲に声をかけながら、冒険者達の前に出る。

 さあ――お姉さんも蹂躙を始めましょ。

 頭上に輝く魔力の輪を、幾重にも分裂させていく。

 今回はあの二人が大部分を引き受けてくれてるから、百もあれば充分よね。

 ちょうど五十に分裂したところで、明王の力を発動させる。

「――メビウス・リンク・チャクラム」

 指を鳴らすと同時に、元の一つを除く全ての輪が消えたわ。

 一見、何をしてるかわからないと思うけれど、これは必要なことなの。

 お姉さんの武器は、言うまでもなく、魔力によって形作られた大量のチャクラムよ。

 この魔力によって武器をつくるっていう方法は、便利そうに思えるけれど、その反面、維持し続けるには常に魔力を供給し続けなければならないのよね。

 けれど、当然のことながら、魔力量には限界があるわ。お姉さんの場合はちょうど五十がそのラインね。百のチャクラムをつくるには、必然的に魔力を回復しなければならないわよね。

 ところが魔力を回復するためには、一度、魔力の消費をやめなければならないの。

 つまり、本来なら百のチャクラムを同時に操ることは不可能なのよ。

 それを解決してくれるのが、お姉さんの明王としての力よ。

 お姉さんがメビウス様から与えられた力は、輪状のもの限定で未来へ飛ばすことができるっていうもの。

 先ほど、チャクラムが全て消えたのは、未来へ飛ばしたからなのよ。

 上級魔力ポーションを飲み干し、再びチャクラムを五十に分裂させ、

「――メビウス・リンク・チャクラム」

 また未来へ飛ばす。

 そして二本目の上級魔力ポーションを飲み干し……過去から飛ばされたチャクラムに魔力の線をつなぐ。

 こうして百のチャクラムを同時に操るわけ。

 ザイン君が言ってた、お姉さんが広範囲の殲滅に向いてないっていう理由もわかったと思うわ。

 魔力の線を伸ばせる範囲に限りがあるからなのよね。

 まあ、その代わり――届く範囲なら確実に削り取ってみせるけれど。

「さあ、ここから先は死地よ」

 百のチャクラムを、自身の周囲を回るように動かす。

 なるべく広く、けれど隙間なく、すり抜ける余地などないように。

 強いモンスターほど、その体格は大きくなりがち。街の中に最も侵入しやすい街門の前にお姉さんがいるだけで、モンスター達は二の足を踏まざるを得ないわ。

 お姉さんを先に何とかしようとすれば、チャクラムの餌食に。

 お姉さんを避けて進もうとしても、冒険者達の餌食に。

 そして諦めて逃げだそうとすれば、ザイン君とソレイユの餌食になる。

 あの二人がモンスターパレードの中へ突っ込んでったのが効いてるわね。

 上手い具合に三角形の中にモンスター達を閉じ込められてる。お姉さんとソレイユだけじゃあ、こうはいかなかったと思うわ。

 ホントに、ザイン君がいて良かったわね。

 ようやく最後の一体が倒れたのは、陽がかなり傾いた頃だったわね。

 街門付近にはモンスターの死骸が山のように積み上げられていたわ。

 ザイン君とソレイユが大部分を粉砕したはずなのに、これだもの……。

 そう、モンスターパレードは倒しただけで終わりじゃないの。山のように積み上がった死骸を処分するっていう地獄の作業が待ってるわ。

 とはいえ、そこはギルド職員や街の住民達も手伝ってくれるから、そんなに時間はかからないんだけれどね。

 ザイン君もカロンちゃんに教えながら参加してたわ。一番暴れた片一方だっていうのに元気よね……。

 一方のソレイユはっていうと……、

「……ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

 ええ、完全にバテてたわね。

「……ま、まさか……ぜぇ……こ、こんなにしんどいとは……ぜぇ……お、思わなかった……」

「当然だ。今まで通常の大きさでしか創ってこなかったところに、突然、十倍以上の大きさ。消費するエネルギー量は千倍以上。言わば、散歩しかしてこなかった奴がいきなりフルマラソンを走るようなものだ」

「……お、お前は……ぜぇ……何で、平気なのだ……!?」

「くははっ、毎回創り直さなければならん貴様と違い、俺は壊されるまで使い続けられるんでな」

「……ぜぇ……ぜぇ……」

「あら……確かにそうね。ソレイユ、ちゃんと考えて戦わないとダメよ?」

 もはや悪態をつくことすら面倒になったソレイユの代わりに、反省点を指摘しておく。

 ……あら? これってもしかしてチャンスかしら?

 ソレイユはバテすぎて何もできなさそうだし、カロンちゃんはモンスターの解体を練習していて離れたとこにいる。

 ザイン君にいろいろ訊くチャンスよね?

「…………ところで、ザイン君……髪の件って何かしら?」

「むぐっ……! ……ま、待てザイ――」

「髪……? ああ、ソレイユに勝利した証のことか? さすがに首を斬るのはどうかと思ってな。代わりに頂戴することにしたんだ」

「ふぅん……そうなの、そうなのね……モンスターに食べられたっていうのは嘘だったのね……」

 お姉さんの問いに、ザイン君は全く隠すことなく答えてくれたわ。

 一方、止める間もなく暴露されてしまったソレイユは、パクパクと口を動かすだけで何も言えなかったけれど。

「ザイン君がどういう意図で切ったかはわかったわ。け・れ・ど、男性が女性の髪を持っているっていうのは、好き合う恋人同士と誤解されかねないわ。ザイン君はソレイユのことが好きなの?」

 女性が髪の一部を男性に送るっていうのは、会いたくても会えない恋人同士とかがたまにやる行為だものね……。

 その問いに、ザイン君はパチクリと目をしばたたかせ、

「……なるほど、その発想はなかった。……まあ、好きか嫌いかで言えば好きだが――」

「なっ……!」

「――俺が持っていては問題があるということならば、これはカロンにでも持たせるとしよう。それで問題ないだろう?」

「え、ええまあ問題ないと思うけれど……別の問題が今、発生したわね……」

 唐突な「好き」発言に、ソレイユが別の意味で口をパクパクしてる。

「……い、いやあれは人として好ましいとかそういう意味なのだそうだそうに違いないっ……」

 そして現実逃避――いえ、自己暗示かしら……。

 まあ、どういう意味で言ったのかはお姉さんが訊くことじゃないし、特に何も言わないでおきましょ。そっちの方が面白そうだし。

 自己暗示を繰り返すソレイユと、それを不思議そうな顔で見るザイン君を眺めてニヤニヤしてると、冒険者ギルドケイン支部のギルドマスターが近づいてくるのが見えたわ。

「ちょっといいかね?」

「ん? 俺か?」

 どうやらザイン君に用があるみたいね。

「お前さんが、飛び入りで参戦してくれたという影の巨人使いの冒険者かい?」

「影の巨人を使ったということなら俺で間違いないが……貴殿は?」

「おっと、自己紹介がまだだったか。冒険者ギルドケイン支部のギルドマスター、ブラックだ。よろしくな」

 ギルドマスター――ブラックが差し出した手をザイン君は握り返し、

「ザインザード・ブラッドハイド。C級冒険者だ。こちらこそよろしく。それで?」

「いや、何、法輪の天使様が連れてきたって奴が大活躍したが、まだC級だって聞いてな。だったら手っ取り早く礼をしようとこれを渡しに来たのよ」

 そう言ってブラックがザイン君に手渡したのは、丸めた羊皮紙だったわ。

「ほう……これは?」

「あん? 登録時に聞かなかったか? B級への推薦状だよ。……ホントはA級への推薦状も書いてやりたいんだが、B級への推薦者は書けねえ規則でな。ま、お前さんならギルドマスター三人の推薦くらいすぐ集まるさ」

「なるほど……ん……? 領主の承認がいるのか?」

「ああ、そうだぜ。ホントは代官でもいいんだが……逃げちまったからなぁ……」

「領都リブレに行くしかない、ということか……。まあ、ありがたく頂戴しよう」

 羊皮紙を丸め直し、ザイン君はそれを懐にしまったわ。

 その後、お姉さん達はブラックや冒険者達を交えて互いを労い合い、解散したわ。報酬については、翌日にギルドで受け取ることになったわね。

 祝勝会も開かれたけれど、ザイン君は「さすがに眠い」と参加を固辞。疲れて眠ってしまったカロンちゃんを背負って宿へと帰ってしまったわ。

 ちなみに、カロンちゃんは討伐難易度D級のモンスターを仕留めたらしく、無事にE級に昇格してたわね。

 ソレイユは当初こそ参加してたけれど、その実は疲れ果てて動けなかっただけで、何とか歩けるまで回復したら、「さすがに疲れた」って早々にいなくなってしまったわ。

 おかげで祝勝会の主役はお姉さんだけ。ザイン君とソレイユを差し置いて称賛の声を一身に浴びることになったのは、さすがに気恥ずかしかったわね。

「まあ、美味しいご飯とお酒を思う存分楽しめるし、それくらい別にいいけれど」

と、夜遅くまで騒いだ後、気分よく宿に帰ったまではよかったんだけれど……。

 明けて翌日、お姉さんはなぜかソレイユによって叩き起こされるハメに遭ったのよ。

「もう、何かしら……? こんな朝早くからそんなに張り切って……」

「ザインザードが同じ街にいるのだぞ? 以前の借りを返す好機じゃないか! しかも私はパワーアップを果たし! 昨日の疲れももう無い! というわけで手伝え!」

「えぇー……。同じ苦難を共に乗り越えたばかりじゃないの……」

「それはそれ! これはこれだ!」

 いろいろと駄々をこねてみたんだけれど……ダメだったわ……。

 どうしてお姉さんがわざわざそんな面倒くさそうなことに関わらなくちゃいけないのかしら……。ソレイユとザイン君の個人的な因縁なんだから、お姉さんを巻き込むのはやめてほしいわね……。

 などと鬱々とした気持ちで、ソレイユに腕を引っ張られて行ったんだけれど……。

 幸いなことに、お姉さんが面倒に巻き込まれることはなかったわ。

「…………いない……? ザインザードがいないとはどういうことだ、カロンちゃん!?」

「B級ん承認ばもろうてくると書いてあったばい……。あと、四日で戻るとも書いてあったばい……」

「B級への承認……!? 領都リブレへ向かったというのか!? し、しかし、まだ街門が開く時間じゃないぞ!?」

「……? やけん、主様は昨日のうちに街ば出たたい……」

「な……何だと……!?」

 どうやらザイン君は、翌朝にソレイユが絡んでくることを見越してたみたいね。

 訊けば、ザイン君とカロンちゃんがケインについたのは昨日の明け方で、街門が開くと同時に街に入ったとのことだったわ。

 お姉さん達が押し掛けた時間から逆算すれば、最低でも6時間は寝てるわ。

 わざわざ嘘をついてまで回避するあたり、実に徹底してるわね。

 まだまだ眠そうなカロンちゃんの答えに対し、愕然とするソレイユの顔は実に面白かったわよ。

「……ざ……ざ、ザインザードォォォオオオオオオ!!!!」

 いくら叫んでも後の祭り。ソレイユの叫びはケインの空に虚しく消えてったわ。

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