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46   歩み寄るための第一歩は言葉を尽くすこと

 主様がアメンのお姫様や影ん人と一緒に暮らしとると知った時、聖女様はそらもう不機嫌になっとった。

 ウチは少しだけ寂しかったばってん、メビウス法国でん同じようなことがあったけん、そこまで気にはならんだった。

「いえ、わたしもわかってはいるのです。アメン王からの依頼を達成するには必要なことだと。ですが、それと個人的な感情は別のことなのです。お慕い(崇拝)する男性がよく存じ上げない女性と寝食を共にするというのは、必要なこととわかってはいてもなかなか割り切れることではなく……」

 ……一部に若干ん違和感があったばってん、とにかく聖女様ん内心は複雑なようだ。

 聖女様ん不機嫌は、結局、主様がマックスおじさんと入れ替わって工業都市プタハへ向かうまで続いた。

 そうなったらそうなったで、主様が近くにおらんことが寂しゅうてどんよりしとるとやけん、ウチはもう呆るるしかなかった。……ホントにどうしようもなか。

 ウチにはどうにもできんけん、他人ば頼ることにした。

 具体的にはアメンのお姫様と影ん人ばい。

 聖女様ん不機嫌ん原因はこん二人に主様ば取らるるんやなかかちゅう不安ばい。やけん二人の人となりば知ることで、ある程度は緩和しきるやろう。……寂しさん方はどうしようもなか。

 クラスメイトとん交流もあり忙しか中、何とか時間ば作ってもらい、二人と話し合う機会ば設けてもろうた。

 いわゆるお茶会? ちゅうもんばい。マックスおじさんな「女子会」て言うとったばってん、聖女様と影ん人は女子やなか気がする。……マックスおじさんな「いやそういう意味じゃなくてだな……」て言うとったばってん、ようわからんだったけん、あとで主様に聞いてみることにしよう。

 お茶会ん場所は影ん人んお気に入りやちゅうカフェやった。

 それぞれ注文ば終え、ばってん何から話せばよかかわからず、かといって主様んことばいきなり話題にするともどうかちゅう話になり、結局改めて自己紹介ばしようちゅう結論になった。

「では僭越ながらまずは当方から――」

「いえ、エリカ様のことは大体わかりましたので、こちらから質問する形式にしましょう」

「――? よくわかりませんが……そうおっしゃるのであればそれに従いましょう」

 うん、聖女様ん言う通り、注文ん内容だけで影ん人んことは大体わかった。

 甘かジャムば乗せた甘かクッキーにさらに甘かハチミツばかけようちゅう時点で、影ん人が激甘党なんな瞭然ばい。

「して、当方にお尋ねになりたいこととは何でしょうか?」

「そうですね……やはり、いかなる経緯をもってアメン王に仕えるようになったかが気になりますね」

「陛下との出会い、ですか……。あまりこのような場でお話しすることでもないと存じますが……尋ねられた以上はお答えいたしましょう」

 そう言うた影ん人ん表情はたいぎゃ暗かった。

 おかしか……楽しかお茶会にするはずなんに、重か話ん予感しかせん。

「まず、根本的なことから申しますと、当方は元々北方の小国家群の出身なのです」

「確か、エルフの方は家名の代わりに故郷の名を使われるとか」

「はい。ですのでセビーチェというのが当方の故郷の名になります」

「それがなぜ遥か南方の都市国家連合に?」

「ありていに申しますと、奴隷狩りに遭ったのです」

「「……!」」

 ウチと同じばい……!

「獣帝国で売りに出された当方は、エルフであったこともあり、西方の海沿いに所領を持つ国内有数の貴族に買われました。しかし機を見て逃げ出したのです。当方は元から闇影魔法が得意でしたので、それ自体は容易かったのですが…………」

 ここで影ん人は深々とため息ばついた。

 せっかく逃げられたばってん、たいぎゃ嫌なことがあったんやろうか……?

「…………を……たのです……」

「「……?」」

 何て言うたかよう聞こえんだった。

「申し訳ありません、よく聞こえなかったのですが……」

「……船を……乗り間違えたのです……」

「「…………」」

 つまり、北方へ向かう船に乗るつもりが、間違えて南方へ向かう船に乗ってしもうたんやちゅう。

 そして密航しとったことが港湾都市ヘケトでバレ、送り返すか罪人として扱うかで決まりよるところでゼオっち王(当時は王太子)に助けられたげな。

 以降、影ん人はゼオっち王ん侍従として仕え、後に諜報部隊に加わり、表向きは文官となったんやとか。

「故郷に帰ろうとは思わんだったと?」

「一時期は帰郷を考えたこともあります。しかし、同時に、陛下への恩義もあるのです。セビーチェの教えは『受けた恩義は必ず返せ』ですから、陛下が『もう充分だ』とおっしゃられるまではお仕えするつもりです」

「なるほど、それで諜報部隊に?」

「はい。近すぎず遠すぎず、それでも直接支えられる良い立ち位置です。こうして役得もあります」

 そう言うて影ん人はジャムば乗せた上からハチミツばかけた極甘なクッキーばかじった。

「……それに、帰郷に関しては物理的な問題もあるのです」

「物理的な問題と?」

「北方の小国家群は最北の大国と獣帝国のいざこざがぶつかり合う土地です。そのため、エルフは有事の際には集落ごと移動するのです。当方が奴隷狩りの被害に遭ったことは、まさにその有事でしょうから、セビーチェの集落も当方が記憶している場所にはもうないはずです」

 やけん、たった一人で見つけらるるかもわからん故郷ば探し続くるよりは、恩義あるゼオっち王ん下で働くことば選んだとんことやった。

「他にお尋ねになりたいことはございますか?」

「……では、異性の好みを……」

 まだ二問目なんに聖女様が我慢できらんで直球ば投げてしもうた……!

「異性、ですか?」

「文官として働きつつ、諜報部隊としても活動するとなりますと、やはり出会いなど望めないのではないかと思いまして」

「多忙というわけではありませんが、諜報部隊としては『異性との出会い』と申しますと何らかの任務の一環ですし、確かに個人的な恋愛はしにくいですね……」

 ばってん話のつなげ方は上手か!

「例えばアメン王はどうなのですか?」

「また極端な例を出されますね……」

「あくまで例ですし、他意はありませんよ?」

「はあ……そういうことにしておきましょう。では、陛下のような方が他におられたとして…………あんなアホはごめんこうむりますね」

「……ずいぶんと辛辣な評価ですね?」

「お二人もご存じの通り、陛下は能力こそありますが、時折空回ってポンコツになります。上司としては面白いお方ですが、生涯を共にする異性としてはいささか魅力に欠けますね」

「お父様が時々抜けてるのはお母様も困るって言ってたの!」

「王妃もですか……? それはまた何と言いますか……」

「でもそこが可愛いとも言ってたの!」

「いえまあ、王妃様ならそうおっしゃるでしょうね……。あの方もかなり個性的ですし」

「似た者夫婦ということですか。それでは、エリカ様の好みの異性とはどのような?」

「そうですね……当方は性格の面でも仕事柄でもきっちりかっちりしがちです。強張った当方の肩を甘く優しくとにかく甘やかしてほぐしてくれる殿方が良いですね」

「そ、そうですか……(異性の好みまで『甘い』とは……)」

「(さすが激甘党ばい……!!)」

 そん徹底ぶりに戦慄するウチと聖女様やった。

 そん後も聖女様は影ん人にいろいろと質問ば重ねた。

 意外やったんな趣味が絵画鑑賞やったこと。理由ば問えば、雑に見よってもボーっと見よってもそれなりに楽しむるけん、とん答えが返ってきた。

 ちなみに、好かん異性は「秘密ん多か人」やった。

「仕事の一つが秘密を探ることですから、私生活でまで仕事を思い出したくないのです」

 見事に主様が当てはまっとる。

 聖女様ん機嫌が良うなったんな言うまでもなか。

「次はドーラ様、あなたに当方から質問してもよろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ。お訊きになりたいことがあれば何なりと」

「それでは、ドーラ様が『聖女』と呼ばれるようになった経緯をお教えください」

「『聖女』と呼ばれるようになった経緯ですか……? ザイン様との出会いではなく?」

「ブラッドハイド様との出会いも気にはなりますが、法国でのクーデターが絡んでくるでしょうし、そうなりますと機密も含まれるのではないでしょうか」

「いえ……特に口止めはされていません」

「そうなのですか……? ……いえ、やはりやめておきましょう。ブラッドハイド様に関することは当人に確認を取った方が良い気がいたします」

 確かに……主様なら突然「余計なことを知ってしまったな……」とか言うて口封じしそうばい。しかも表向きは生きたままで。

 実際、聖女様は主様が偽物ば創るることば未だに知らん。ウチも口止めされとる。

 聖女様も薄々感づいてはいるやろうばってん、主様やウチに尋ぬることはなか。

 ……そん点で言えば、偽物ば創るることば出会うて早々に明かされたマックスおじさんな、主様から相当に口が堅かて思われとるとじゃろう。

「では、わたしも昔話をしましょうか。……皆様も知っている通り、わたしは生まれつき目が見えません。ですが、魔法の才能がありました。全く発揮できない才能が」

「……全く発揮できない、とはどういうことでしょうか?」

「何度詠唱しても魔法が発動しないのです。高名な魔法師曰く、『イメージが鮮明でないために、魔力が何をなせばよいのかわからなくなっているのではないだろうか』とのことでした」

「なるほど……それで音楽呪法に行き着かれたのですね」

「はい。音楽呪法は精神に働きかけるもの。目が見えなくても十全に発動させられますから」

 そうして聖女様は音楽呪法ば学び始めたばってん、魔力ば循環さする習練ばする中で、モヤんような何かが「見ゆる」ことに気付いたげな。

「そのモヤをもっとよく見ようとして、目のみに魔力を流した時、ついにそのモヤが形を成したのです――人の形を」

「……! ドーラ様が時折『見えている』ように振舞われていたのは、そういう理由があったのですね……」

「見えるようになったのは人だけでなく物もでした。わたしはいったい何を見ているのか……長らくそれは謎のままでしたが、ザイン様がお教えくださったのです。わたしの両目は『魔力視の魔眼』と呼ばれるもので、わたしが見ているのは万物に宿る『魔力』だと」

「『魔力視の魔眼』……当方も聞いたことがあります。擬似的な透視を可能とするそうですね。しかし、盲目の方が持っていると聞いたことはありませんでした」

「そもそも盲目では魔法が使えませんし、わたしはかなり特殊な事例でしょう。ともかく、そうして人や物の形が見えるようになったのですが、ある日、人の形がブレる時があることに気が付きまして」

「ブレる、ですか……?」

「何と言いますか……二つの人の形が重なっているように見えるのです」

 聖女様はさらに、そっが人が嘘ばついた時に見ゆることに気付き――

「そこからあっという間に『心眼の聖女』として祀り上げられました」

「なるほど、ドーラ様が『聖女』と呼ばれるようになった経緯はそのようなものでしたか……。……と申しますか……今更ですが、その話を当方やお嬢様が存じていることをメビウス教の方がお知りになったら、当方らの命が危ういのではないでしょうか……?」

「いいえ、前法王派は面白くないでしょうが、法国に残っているのは十把一絡げの者達だけです。都市国家連合に手を出すほどの力はありませんよ」

 聖女様がそう否定すると影ん人はホッとしとった。

「では、次はわたしの好みの異性についてですね!」

「いえ、ドーラ様の好みは良く存じておりますので、その話は結構です」

「あら、そうですか……?」

「はい。(それに話が長くなりそうですし……)」

 影ん人、ナイスばい。

 そん後は特に意外な答えものう――趣味は音楽演奏、好かん異性は「往生際ん悪か人。特に故ココア枢機卿」――聖女様ん番は終わった。

 次はアメンのお姫様ん番やったが――正直、あまり訊きたいことがのうて、ただただふんわりした空気ん中、

「好きな男の子……? ロシュくん!」

「ロシュ様ですか、お嬢様……?」

「うん! ロシュくん可愛いよね!」

「同年齢の女の子に可愛いと言われる男の子とは……」

「不憫ばい……」

 ちゅう感じで終わった。

 ちなみに、どん辺が可愛いとか訊いたところ、「顔を青くしながら、あわわって慌ててるとこ!」ちゅうさらに不憫な答えが返ってきた。

 そして最後にウチん番になったわけばってん、

「正直に申しまして、当方、カロン様の話が最も危険で重い気がします……」

「気が合いますね、エリカ様。わたしもです……」

「カロンお姉ちゃんはザインお兄ちゃんとどうやって出会ったの?」

 影ん人と聖女様が主様ん影ば踏まんように警戒する中、アメンのお姫様が興味津々ちゅう瞳でウチにそう訊いてきた。

 大人二人はそれに一瞬慌てたばってん、やがて覚悟ば決めたように互いに頷くと、ウチば見てゴクリと喉ば鳴らした。

「……ウチは……どこで生まれたかわからん。ずっと日ん光が差しゃん真っ暗なところに閉じ込められとって、運ばれてくる食べ物んような何かば食べて、ただ生きとった。ある日、そん真っ暗なところん壁が崩れて、初めて外にでて……そして奴隷狩りに捕まった。獣帝国んマカロン公爵領に運ばるる途中で――主様に出会うたばい」

「「「………………」」」

 三人は何も言わんだった。

 昔んことばどう話したらよかかわからず、端的に伝えたとが悪かったんやろうか?

「……そういえば、ウチん名前は主様がくれた名前ばい。ウチはずっと『シロコ』て呼ばれとったばってん、主様がそら名前やなかと教えてくれたったい」

 追加でそう言うたばってん、三人はやはり何も言わず――あれも食べよう、これも食べよう――と、お菓子ばいっぱい注文してウチに渡すだけやった。




 ――隣んテーブルから乾いた笑い声が聞こえたんな、そぎゃん時やった。

「ハハハハハハハハハ……いや失礼。そちらの白いお嬢さんの境遇があまりにもあんまりすぎてね……空笑いでもしなければ気がおかしくなりそうだったのさ。決して嗤うつもりじゃなかったことは、どうか理解してほしい」

 そん人は、薄紫ん髪ば長う伸ばしてふんわりとウェーブばかけ、どこまでも薄う透明な青か瞳ばしとった。

 誠実さに満ちたそん瞳と目が合うたそん時、きっと「儚か」てはこん人んようなこつ言うとじゃろうと、ウチは唐突に理解した。

「それでも謝罪は必要だろうね。本当にすまない。あなた達の会話があまりにも濃密でね。思わず聞き耳を立ててしまっていたんだよ。アメンの姫に、黒い肌のエルフ、メビウス教の『心眼の聖女』――そして全てが白い獣人……実に濃いメンバーだからね」

「あなたは……?」

「ああ、そうだね、重ねてすまない。まだ名乗ってもいなかった。私はシャルロッテ・オシリス・アリスワーニ。トト学院高等課程の二年生だ」

「「「オシリス……!?」」」

 ウチと聖女様、影ん人ん声が重なった。

「ああ……そりゃわかるか……。そうだよ、あなた達の想像通り、私はオシリスの王家であるアリスワーニ家の最後の生き残りさ」

 ――こっが、儚か元お姫様とん出会いやった。

 そして、こん出会いに対するウチ達ん答えは決まっとった。

「……シャルロッテ様――都市国家連合を救うため、ザインザード・ブラッドハイド様にお会いになりませんか?」

「…………、何だって……???」

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