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16   理不尽は気付かぬ間に襲い来る(前)

 お姉さんがその人と出会ったのは、まさしく僥倖っていうべきタイミングだったわ。

 もしもあの時、その人に会えてなかったら……自分を許せなかったに違いないわね。きっと、ソレイユも。

 まあ、その人は、またもやどこかへ行ってしまってるけれど。

 しかも、弟子だっていう女の子を置いて。

 髪も肌も真っ白で、瞳は鮮やかな赤。白を基調とした服が良く似合ってて、まるで雪の妖精のよう――って言いたいとこだけれど……半袖短パンなのよね……。

 雪の妖精(夏)っていう意味不明の表現しか思いつかないわ。

 まあ、メビウス法国は南国だから、仕方ないわよね。

 可愛いことに変わりはないし、気にしないことにしましょ。

 ソレイユと再会を果たしたお姉さんは、監視対象を見失うっていう大ポカをやらかしたソレイユのために、人探しを手伝うことにしたの。

 ――法国で人探しをするなら、まずはここに行け――

 そう言われるほど、法国中から人が集まるコーラ枢機卿領が目的地ね。

 枢機卿は美食家として非常に有名で、法国中から食べ物を集めては、新たな美食を生み出すことを奨励してるわ。

 法国中の料理人が枢機卿のお墨付きを求めて集まり、その料理を目的にまた人が集まる――まさしく食のスパイラル。その中心が枢機卿領っていうわけ。

 ってなれば当然、街道も広くて整備されててね? 「フードロード」って呼ばれてる大街道も、枢機卿領の特徴なの。

 まあ、いくら枢機卿領って言っても、領内に入って最初の人里は小さな村よ。それでも、他領の村よりは景気がいいけれど。

 じゃあ、最初の街はどこになるかっていうと、エスプレッソ大司祭領からカプチーノ司教領を抜けてきたお姉さんとソレイユは、ケインっていう街だったわ。

「うぅむ……それなりに大きな街のような気がするのだが、ここは領都じゃないのか?」

「違うわよ。確かにここケインも一万人くらい住んでる大きな街だけれど、枢機卿領の領都リブレはここの三倍くらいあるわ」

「三倍……想像できないな……」

「ボルト獣帝国にも同じくらい大きな街はあるでしょ?」

「うぅむ……マカロン公爵領の領都マカロニでも一万八千人くらいだったような……」

「帝都テスラは?」

「八万人だから、むしろ大きすぎるな。ラプラス皇国の皇都エミールは――」

「あそこは二十万人よ、別格すぎるわ」

「まあ、あれは街というか、ほぼ国だからな……」

 結局、獣帝国にリブレと同規模の街はないっていう結論になったわ。

 枢機卿領の特異性がよくわかるわね。

「しかし……領都じゃないとなると、今度は通行税が妙に高いことが気になるのだが。大銅貨三枚も取られたぞ」

「それくらい取らないと、逆に人が増えすぎて困るらしいわよ?」

「意図的に抑制しなければならないほど、食にこだわる人間は多いのか……?」

「まあ、カプチーノ司教領の領都キアロスクーロでも大銅貨一枚だったから、高いのは否定しないけれどね」

「……ちなみに領都リブレじゃいくら取られるのだ?」

 恐る恐る問うソレイユに、お姉さんは満面の笑みを浮かべて答えたわ。

「銀貨一枚♪」

「それでも訪れる人が絶えないとは、人間が食に注ぐ情熱は底なしかっ」

 などと言ってたけれど、屋台が並ぶ区画に入った途端、ソレイユはあっちこっちへ目を奪われてたわね。

 まあ、お姉さんも同じだったから、他人のことは言えないけれど。でも、お姉さんはそこで堂々と買うタイプなのよね。

「……ヒバリ、今食べているそれは何だ……?」

「バロンチュラの甘酢あんかけ揚げよ」

「……美味しいのか?」

「くっっっそ不味いわね!」

「予想できただろうに、なぜ買ったのだ……」

「バロンチュラの珍しさに負けちゃったのよ……」

 討伐難易度D級バロンチュラ。

 密林の奥深くにしか生息してない珍しいモンスターよ。少なくとも法国内には生息してないわね。たぶん、北西のオベリスク都市国家連合からの輸入品じゃないかしら。

 枢機卿領まで腐らせずに運んでくるってなると、確実に魔法師が必要ね。相当に手間がかかってるはずよ。現に銀貨五枚もしたし。

 まあ、くっそ不味いんだけれどね……。

 見た目? でっかい蜘蛛だけれど、何か?

「それで? もう夜だがどうする?」

「うぅん……さすがにもう冒険者ギルドに人はほとんどいないわよね?」

「いないだろうな」

「じゃあ、今日はもう宿で休んで、人探しは明日からにしましょ!」

 人探しは人のいる間にやるものよ。それに、こういうことは焦れば焦るほど遠のくの。

 明けて翌日、日が高くなり始めた頃に、お姉さん達は冒険者ギルドケイン支部を訪ねたわ。

 もちろん、そんな時間に冒険者は全くいないわね。

 冒険者ギルドが最も賑わうのは早朝と夕方よ。

 じゃあどうしてその時間にしたかっていうと、早朝の冒険者は依頼の取り合いで殺気立ってて、人探しに協力なんかしてくれないからよ。

 かといって夕方まで待つのももったいないから、最も暇な時間帯のはずの受付嬢や酒場の店員から情報を得るのが目的ね。

 まずは、暇すぎてあくびをしてしまってた受付嬢に近づいたわ。

「……! ようこそ冒険者ギルドへ。何かご依頼ですか?」

「いえ、少しお話をうかがいたいだけよ? あ、お姉さんはこういう者ね」

「私はこういう者だ」

 二人してギルドカードをチラッと見せる。

「……っ!! S級……A級……う、うちの支部に何か問題でも……!?」

「いえいえ、そういうわけじゃないわ」

「ただの人探しだ」

 冒険者ギルドの受付嬢は最も多く冒険者と接する人だから、冒険者に関する情報収集先としては大本命ね。

 けれど、ただ訊いただけじゃ受付嬢は何も答えてくれないわ。ちゃんと理由や目的を話して、悪いことに使うわけじゃないって説得しなければならないの。

 ――っていうメンドくさいもろもろをすっ飛ばしてくれるのが「肩書き」よ。S級冒険者とA級冒険者が情報の開示を求めてる――ただそれだけで、ギルド職員は勝手に萎縮して忖度してくれるわ。

 まあ、あまり使うと職員達に徒党を組まれて拒否されるけれど、お姉さんやソレイユには無縁の話ね。

「ひ、人探し、ですか……?」

「ああ。ザインサード・ブラッドハイドという者を探している。黒髪に金眼の若い男で、C級冒険者だ。最近、この支部に来ていないか?」

「しょ、少々お待ちください……!」

 勢いよく頭を下げ、受付嬢は脱兎のごとく奥へ引っ込んだわ。

 そして、いくつかの書類の束を抱えてすぐに戻ってきて、必死にめくり始めたの。

 たぶん、受付記録じゃないかしら。

「…………お待たせしました。ここ一か月の受付記録を確認しましたが、お探しのお名前はありません」

「じゃ、カロンはどうだ? 白髪に赤い瞳の獣人の少女だ。ランクは確か……F級だったはずだ」

「F級、ですか……?」

「ああ。もしも記録が残っているとすれば、E級への昇格試験だと思うが」

「でしたら確認するまでもなくお答えできます。ここ一か月の間にE級への昇格試験は行われておりません」

「そうか……」

 結果は残念ながら、空振りだったわ。

 まあ、ただ単にケインの街を通ってないだけかもしれないけれど。まだ枢機卿領には領都リブレが残ってるし、諦めるには早すぎるわよね。

「……サイダー大司教領から真っ直ぐ法都リスティングへ向かうならば、ここケインを通るはずだよな?」

「まあ、最も早いルートじゃああるわね」

「となると、ザインザードは真っ直ぐ法都を目指したわけじゃないのかもしれないな」

「大司教領の領都ノースレー以降の記録が出てこないのが不思議よね」

「獣帝国のザッハトルテ子爵領やサーターアンダーギー伯爵領でも、冒険者ギルドに立ち寄った記録はなかった。しかし、エッグボーロ辺境伯領じゃ、かなり目立つ記録を残している。旅費を得るためにも、どこかで必ず立ち寄るはずだ」

「あ、あのう……」

「む?」

「もうよろしいでしょうか……?」

「ああ、いや、すまない。受付の前で長々と」

「ごめんなさいね」

 お姉さんとソレイユは受付嬢にそれぞれお礼を言い、今度は併設されてる酒場へ向かったわ。

 受付を利用してなくても、酒場を利用してる可能性がわずかながらにあるからよ。

 けれど、やっぱりこちらも空振りだったわ。

「うぅむ……ザインザードはサイダー大司教領からどこへ向かったのか……」

「隣領は、エスプレッソ大司祭領、モヒート司教領、マティーニ大司教領の三つね」

「……マティーニ大司教領はオベリスク都市国家連合へ向かうルートだな。ここはないだろう」

「エスプレッソ大司祭領じゃ、結局見つからなかったのよね?」

「となると、モヒート司教領だが……」

「ソレイユが見失ってからすでに三週間だし、とっくに移動してるわよね」

「モヒート司教領の隣領は……ダイキリ大司祭領とレモネード司祭領か……」

「……これ以上は考えても仕方ないわね……」

 バロンチュラの口直しにお菓子を食べながら、そんな風に話し合ってたその時、突然、冒険者ギルドの扉が乱暴に開かれたの。

 その音は、突進でもしたのかって思うほど大きなものだったわ。

「ど、どうされたんですか!?」

 受付嬢の声に思わず受付の方を見ると、数人の冒険者が必死に息を整えてたわ。

「あなた方は確か……C級冒険者パーティー『ミスリル・ヘキサグラム』ですよね? 今朝、討伐依頼を受けてカリモーチョ村へ向かっ――」

「……んきゅ……しゅ……を……」

「――はい? 何ですか?」

「……き……緊急召集をかけてくれ!!」

 その内の一人、ドワーフの冒険者が鬼気迫る表情でそう叫び、そして続いた言葉に、お姉さんとソレイユは同時に腰を浮かしたの。

「モンスターパレードだ!!」

 一瞬、静寂に包まれた冒険者ギルドはすぐに大騒ぎになったわ。

 ギルドマスターとおぼしき年配の男性が奥から出てきて、職員に次々と指示を与えてったわ。

「……ヒバリ」

「わかってるわよ。人探しは一旦中止ね」

 モンスターパレード。

 過剰に増えすぎたモンスターが餌を求めて大移動する災害のことをそう呼ぶわ。

 原因は主に二つね。

 モンスターの異常な繁殖。

 そして間引きの不徹底。

 今回はおそらく――

「すまない、話が聞こえたのだが、ぜひ解決に協力させてほしい」

「あん? お前さん、ら……は……」

 ソレイユが声をかけると、ギルドマスター(仮)は振り返り、そしてお姉さんに視線を動かして目を見開くと、口を半開きにしたまま動かなくなってしまったの。

 ええ、理由はわかってるわよ。とりあえず手を振っておきましょ。

「ほ――法輪の天使様ぁぁ!?」

 その瞬間、ギルド内全ての視線がお姉さんに集中したわね。

「天使じゃないけれど、S級冒険者のヒバリ・マニよ。ちなみにそっちで所在なさげにしてるのが、A級冒険者のソレイユね」

「……そうだよな……法国じゃ私など無名だよな……」

「ほらソレイユ、いつまでも凹んでないで、しゃんとして」

「う、む……」

 ソレイユは一つ深呼吸をし、いつものクールな顔に戻ったわ。

「――改めて、A級冒険者ソレイユとS級冒険者ヒバリ・マニ、事態の解決に協力させてほしい」

 ソレイユの言葉にギルド内は歓声で満ちたわ。

「高ランク冒険者が二人も!」「しかも一人はあの法輪の天使様か!」「よかった……よかった……」「これで助かるぞ!」

 けれど、お姉さんとソレイユの顔は曇ったまま。

 それに気付き、ギルド内に少しずつ静寂が戻ってったわ。

「……さて……C級冒険者パーティー『ミスリル・ヘキサグラム』だったな?」

「お、おう。リーダーのビスマスだ、です」

「モンスターパレードだと言っていたが、距離や方角はわかるか?」

「血相変えて走ってた村の若い奴から聞いただけだから距離はわかんねえ。ただ、村の向こうから真っ直ぐ来てるって話だから、方角は南西じゃねえかな」

「規模はわかるかしら?」

「すまねえ、わかんねえ。けど、一番足の速え仲間を残してある」

「そうか……。ところで、その村の若者はどうした? 一緒に来ているなら話を聞きたいのだが……」

「村の連中の避難を手伝うって戻っちまった」

「危険な真似を……!」

 ソレイユはあえて言葉を濁したけれど、その若者はおそらく助からないわね。そして、カリモーチョ村の人達も。

 モンスターの移動速度は人間のそれを凌駕するわ。それが飢えたものならなおさらね。

 モンスターパレードに対して、ただの村は無力よ。だからこそ、モンスターパレードは起こさせないことが前提なんだけれど……。

 その時、ギルドの扉がまたしても乱暴に開かれ、息も絶え絶えな細身の男性が飛び込むように入ってきたわ。

「マイケル!」

 どうやらこの男性が残してきた仲間のようね。

 まずは水を渡し、息を整えるのを待つ。

「……ビスマス、逃げよう」

 けれど、男性が開口一番告げたことは危機的な状況を予想させる言葉だったわ。

「ま、マイケル何言って――」

「つまり、即断で逃走を選ぶほどの規模ということだな?」

 戸惑うドワーフの冒険者を遮り、ソレイユが割って入ったわ。

「あんたは……?」

「ソレイユ。A級冒険者だ」

「A級……いや、それでも無理だ」

「お姉さんはS級冒険者だけれど、それでも足りないかしら?」

「S級……!? まさか、法輪の天使様か!?」

「天使じゃないけれどね」

 マイケルと呼ばれた細身の冒険者は少しの間だけ考え込み、

「…………正直に言う。……俺にはわかんねえ。だからあんたらで判断してくれ」

「もちろんだ。それで、規模は?」

「……少なくとも――千」

 ざわり。

 マイケルの報告にギルド内がざわつく。

「それが……五つはあるように見えた……」

 無意識に、眉間にしわが寄ったわ。

 見ればソレイユも同じような表情をしてたわね。

「つまり、五千か……」

 ソレイユが言葉にしたことで現実を認識したのか、ギルド内のざわつきは一気になくなったわ。

「討伐難易度は? どのランクが多かった?」

「……あくまで感覚的にはだが……CとかDが多いように見えた」

「C級とD級……ヒバリ、いくつならいける?」

「時間さえあれば千でも二千でもいけるわ。……けれど……街を守りながら、ってなると……五百が限界ね……」

「私も同じようなものだ……」

 ギルド内が重たい沈黙で満たされる。

 その沈黙を破ったのは、やはりギルドマスター(仮)だったわ。

「……五千か……。確かに、近年稀に見る数――いぃや、法国史上初の多さだろう……。だが、心配すんな!」

 自信に満ちたその一言に、ギルド内の視線が集まる。

 お姉さんとソレイユも続く言葉を待ったわ。

「職員を代官のとこに走らせてる! 兵団と冒険者が協力すりゃ、守りきれる!」

「兵団か……。この街にはどれくらいいるのだ?」

「ケイン兵団は、衛兵も含めりゃ常駐だけで四百いるぜ。非番の奴を合わせりゃもっとだ」

「四百……! 確かに、それだけの人数が後ろにいれば、私とヒバリは前に集中できるな……!」

「冒険者がどれくらい集まるかにもよるけれど、お姉さんとソレイユが少しの間離れても平気なら、三分の一は削って見せるわよ」

 モンスターパレードは確かに脅威だけれど、軍隊とは違って統率された動きはしないわ。同時に襲ってくるのは総数の三割から五割といったとこかしら。

 お姉さん達が話してる間にも、冒険者が増えていく。

 少しずつ、モンスターパレードの規模に絶望してたギルド内の空気が変わってったわね。

 何とかなるかもしれないっていう思いが湧いてきたからよ。

 ――だから、こんな結論を言わなければならなくなったのは、ホントに悔しかったの。

 ケイン兵団は――来なかったわ。

「…………来ない……? 兵団が来ないって、どういうことだおい!?」

「……奴ら……奴ら…………逃げやがった……っ!!」

 代官の屋敷へ全力で走ったギルド職員は、血涙を流さんばかりの形相で絶望的な事実を告げたわ。

「……モンスターパレードが起きたのは……冒険者の責任だからって……、お前達だけで何とかしろって……、代官の奴、兵団引き連れて逃げやがりました……っ!」

「……逃げ……た……?」

 呆然と呟いたギルドマスター(確定)は次の瞬間、膝から崩れ落ち、

「……バカな……バカなぁぁぁあああああ!!」

 叫びながら両拳で床を強く叩いたわ。

 みしり、という小さな異音に顔を向ければ、ソレイユが歯を食いしばって必死に怒りを堪えてたわ。

「……一万人もの人々を――街に住む人達を……見殺しにするというのか……っ!?」

 かつてモンスターパレードに故郷を滅ぼされ、何もできなかったことを悔いて冒険者になったソレイユにとっては、到底許すことのできない所業よね……。

「…………それでも、やるしかないわ」

「……そうだな。せめて私達だけでも、戦わなければ」

「それで……どうするの?」

「……言わないわけにはいかないだろう……」

 ソレイユは長く重いため息をつき、ギルドの奥で不安そうにこちらを見てる冒険者達の方へ向かったわ。

「……減ったな……」

「仕方ないわよ……。頼みの兵団が来ない以上、防衛戦は絶望的だもの……。むしろ、よく残った方だって思うわよ?」

 お姉さんとソレイユは、暗い顔を突き合わせて、ギルドに併設された酒場で昼食を摂ってたわ。

 ……これが最後の食事になるかもしれないっていう思いを抱えながら。

 代官が兵団を連れて逃げたことを告げられた冒険者達は、その数を半分に減らしたわ。その中には、情報を持ち帰ったC級冒険者パーティー「ミスリル・ヘキサグラム」もいたわね。

 残った冒険者は、長い間この街を拠点にしてるベテランばかり。

――街に友人がいるから――

彼らは一様にそう語り、残ることを決めてくれたわ。

その数、およそ百五十人。

間違いなく絶望的な戦いになるわね。

「…………守れると思うか……?」

「…………やれるだけやるしかないわよ……」

 ソレイユの問いに、そう言葉を濁した時――にわかに、ギルドの入口の方が騒がしくなったわ。

「「……?」」

 二人して首を傾げ、ギルドの入口に向かうと、

「だーかーらー、E級昇格試験は、今日はできねえの!」

「何でと?」

「何でって、こんな時にそんな暇あるわけねえだろ!?」

「???」

 獣人の少女と冒険者の一人が言い争いをしてたの。

 その少女は髪も肌も心配になるくらい真っ白で、妙に赤い瞳を困惑の色に染めて首を傾げてたわ。

 ええ、雪の妖精(夏)ちゃんね。

 着てる半袖短パンまで真っ白なものだから、彼女だけが風景から浮いてたわね。

 そして、問答から推測するに、どうやら彼女はモンスターパレードが近づいてることを知らず、E級昇格試験を受けに冒険者ギルドへ来てしまったみたいだったわ。

「うぅん……F級じゃさすがに戦力にはならないわよね……。かわいそうだけれど、事情を説明して帰ってもらいましょ」

 けれど、お姉さんがそれを彼女に伝えることはできなかったの。

 なぜかっていうと――

「カ……ロン……ちゃん……?」

 ――隣の金髪金眼エルフ(ソレイユ)が目を見開き口をポカンと開けたままニヤリと笑うっていう大変気持ち悪い顔をしてたからよ……。

 無二の友人にドン引きするなんてそうそうないわよ……。二度と体験したくないわね。

 そして、お姉さんがドン引きしてる間に、変質者(ソレイユ)が獣人の少女へ近づいてしまったのよね……。

お姉さん、一生の不覚よ……。

「カロンちゃんっ……!」

「ふぇ……? し、師匠……!?」

 モンスター討伐ですら見せたことがないような驚異的な速度で、ソレイユは獣人の少女に抱きついたわ。

 突然の出来事に少女も目を白黒させてたけれど……嫌がるそぶりは全く見せなかったわね……。

 師匠とも呼んでたし、もしかして知り合いかしら?

「えーっと……ソレイユ……?」

「……ふふふ……ふふふふふふふ……」

 恐る恐る声をかけると、ソレイユは少女を抱きしめたまま含み笑いをしてたわ。

 その姿は間違いなく変質者だったわね……。

 再びドン引きしたのは言うまでもないわよね。

 もはや何と声をかければいいのかわからず立ち尽くしてると、突然、ソレイユは少女を抱きしめるのをやめ、今度はその両肩をつかんだわ。

「久しいな、カロンちゃん! 二人きりで再会を祝したいところだが、残念ながらそれどころじゃない。実に忌々しいことだが、カロンちゃんがここにいるということは、あの男もこの街にいるのだな?」

「ふぇ……??? え、えっと……お久しぶりばい、師匠」

「うむ、久しいな、カロンちゃん! で、あの男は今どこに?」

「あぅ……あ、主様なら夜通し歩んで疲れたけんと、まだ宿で寝とるはずたい」

「何……? カロンちゃんを冒険者ギルドに来させておいて、本人は寝てるのか……?」

「う、ウチは途中で寝てしもうて、主様がずっと背負ってくれとったけん……」

喰いつかんばかりに迫るソレイユの問いに答えるっていう状況は、ソレイユに悪意はないとわかってても気の毒になったわね……。

美人に詰め寄られるって結構怖いのよね……少女も若干怯えてたわ。

「ふふふ……そうか……そうか……! つまり、いるのだな――ザインザード・ブラッドハイドがこの街に!!」

 再びの含み笑いに続いてソレイユの口から出た名前に、ようやくお姉さんは、ソレイユがなぜ鬼気迫る表情だったのか、その理由に思い至ったわ。

 ザインザード・ブラッドハイド。

 それはソレイユが追ってる人物の名前。

 つまりは、新たなるラプラス第十使徒でもあるわね。

「やったぞ、ヒバリ。この戦い――勝てるかもしれない」

 だからソレイユが、さっきまで暗かったはずの顔を輝くような笑顔に変えて振り返ったのも、無理からぬことだったのよ。

 なぜならその人は、彼女を完膚なきまでに打ちのめした、彼女よりも間違いなく強い人なんだから。

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