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8 私の答え

 それにしても。


「……随分と詳しいのね」

「うふふ、知り合いの話なの」


 グレースがパチンとウインクをする。

 それ以上は話す気がないと察して、私は話を戻すことにした。


「そうなのね。まあ、そういうことだし、身分に関してはそれほど気にしていないのよ。だからヴェシエール様も私に、その、告白してきてくれたのでしょうし……。オジェ様のことも消化できそうだし、だからね、私が躊躇っているのは、私が怖いっていう、ただそれだけ」


 アールグレイを口に含む。

 私が苦い顔になったのは、砂糖が少なかったからか口に残った苦みのせいだ。


「ベルは……もう少しヴェシエール様を信じてみたら?」

「……え?」

「ヴェシエール様が最初に言っていたでしょう。優秀な人としか話さないって。ヴェシエール様は、最後までベルと話していたし、告白もしてくれた。ヴェシエール様はベルをきちんと信じているってことでしょう?」


 そうなのだろうか。

 私は、シャルルに信用してもらえるような人間じゃない。


「ベル。過去のことは過去のことなのよ。トラウマになってしまったのかもしれないけれど、そのことがあってベルは自分を変えたじゃない。それでも自分を信じられないのなら、貴女を選んだヴェシエール様を信じなさい」

「……ヴェシエール様は、私のことを知らないわ」

「なら、私でも駄目?私はこれまでどれだけベルが頑張ってきたのかきちんと知っているわ。だから貴女を信じている。もう一つの記憶のことを、知る前も、知ってからも、変わらず貴女を信じているのよ」

「グレイシー……」


 グレースの言葉が嘘ではないことくらい流石に分かる。

 けれど、トラウマは簡単には解けないのだ。


「分かった。なら、もしベルが溺れてしまったなら、私が止めるわ。私はベルの親友だもの。道を外れそうになっているのを止めるのは親友の特権でしょう?」

「そんなこと。自分の恋愛のためにグレイシーに負担をかけたくないわ」

「誇りに思いこそすれ、負担になんて思わないわよ。逆の立場ならどう?止めるのはやっぱり面倒?」

「そんな訳ないわ!親友だもの」

「そうでしょう?だから、ベルが間違えそうになったら、私が止める。ベル、一歩踏み出してみない?」


 グレースが優しく微笑む。

 ここまで言ってくれているのだ。グレースの心からの応援を無駄になんてできない。

 ――ここで踏み出さなくてどうする。


「ありがとう、グレイシー。私……ヴェシエール様に応えようと思う」

「それでこそ私の親友よ。頑張ってね」

「ありがとう。グレイシーに相談してよかったわ」

「お役に立てたならよかった」


 紅茶を飲むグレースを見て、ふと思う。

 もし前回グレースの忠言を受け入れていたら、どうなっていたのだろう、と。


⁑*⁑*⁑


 シャルルとの約束は十日後。あと五日ある。

 先にパトリックにお断りの返事をしなければならない。


『少しだけでいい。僕を見てほしい』


 そう言ったパトリックの懇願するような瞳を思い出して、ちくりと胸が痛む。

 ――私は、前回、ずっと貴方を見ていたのよ。ずっと見つめ合っていた。私から手を振り払ってしまったけれど……。

 この前の返事がしたい。少しでいいから時間をとってほしい。

 そう書き記して、手紙を出した。


 明日の午前中か、明後日ならば終日空いている、と返事が来て、私は翌日会うことを選んだ。

 それでパトリックは私の出した答えに気付いたのだろう。その足取りは重かった。


「いきなりで申し訳ないけど……返事を聞かせて欲しい」


 挨拶もそこそこに、パトリックは切り出した。

 世間話を挟んだところでぎこちなくなってしまうことは分かり切っている。私にとってもありがたかった。


「……ごめんなさい。私、好きな人がいて、……告白されたんです」

「……そっか」


 パトリックは驚く様子を見せなかった。気落ちした様子すらも、見せなかった。


「ヴェシエール様で合ってる?」

「……はい」

「やっぱりね。そうじゃないかと思ってた」


 俯いた彼の表情は、前回の別れ際の表情を彷彿とさせた。

 ぎゅっと胸を締め付けられるような感じがして、私が拳を握り締める。


「嬉しかったです。それは本当なの。……好きになってくれてありがとうございました」

「……うん。これからは同僚として仲良くして欲しいな」

「私で良ければ」


 パトリックが立ち上がり、にっこりと笑う。

 吹っ切れたような表情、けれどその瞳には何かを堪えるような色が混じっていた。


「じゃ、これで。またね」

「……はい、また」


 ひらりと手を振ってパトリックが去る。

 その背中を、私は見えなくなるまでじっと見つめていた。




 約束の十日後がやってきた。

 パトリックのことは正直まだ消化しきれていないけれど、一応は心の奥底に置いておけるようになった。もう大丈夫だ。


 私が十分前を目安にカフェに着くと、シャルルは既にそこにいた。


「お待たせして申し訳ありません!」

「あ、いや、まだ約束の時間になっていないし……実は結構前から来てたんだよね」


 シャルルが苦笑する。

 カップの中のコーヒーは半分も残っておらず、湯気も立っていない。シャルルの言葉は事実のようだった。


「何を注文する?」

「……紅茶に、します。それと、スコーンを」


 飲み物以外を注文したことに驚いたようで、シャルルが目を瞬かせた。


「ヴェシエール様は何か注文されますか?」

「なら……チーズケーキを」


 アールグレイをミルクで注文する。

 答えに確信が得られたらしい。シャルルの表情が分かりやすく緩んだ。


「先に返事をしてしまっても良いですか?」

「うん」


 断りの返事なら、飲み物以外を注文しないし、飲み物がきてから話を切り出す。

 でも、そうでないなら、楽しくお茶の時間を楽しみたい。


「その……私も、ヴェシエール様をお慕いしています。私で良ければ、よろしくお願いします」


 シャルルの顔にゆるゆると歓喜が浮かぶ。そして嬉しそうにぎゅっと目を瞑った。


「……ありがとう。ええと……これから、よろしくお願いします」

「はい」


 タイミングよく、注文したものが運ばれてきた。

 ウェイターが小声でおめでとうございますと声をかけてきて、私とシャルルは顔を見合わせ、頬を染めた。


⁑*⁑*⁑


 数年後。

 学院を卒業し、住んでいた家を引き払って学院都市を出た私達は、気軽にあのカフェには出入りできなくなった。

 学院都市は閉鎖された環境で、業者はともかく、一般人が気軽に入ることはできないのだ。


 しかし、城の近くに行きつけのカフェができた。

 知る人ぞ知る、というような穴場カフェだ。コーヒーとワッフルが美味しい店である。


「コーヒーとオムライス、カフェオレとワッフルを」


 テーブル席、私の向かいに座っているシャルルが代表して注文をした。

 前二つがシャルル、後ろ二つが私だ。


「15時を回ったところなのに、オムライスなんて食べて平気なの?」

「余裕」


 にっとシャルルが笑う。

 文官として働くようになり、僅かとはいえ平民出身の文官と触れ合うようになったことで、シャルルは随分と砕けた。

 貴族特有の優雅さや品の良さは身に染み付いたものだからか失われることはなかったし、シャルルもその点を変える気はなさそうだが、高貴な雰囲気が緩んだために親しみやすさが増している。私にとっては好ましい変化だった。


「ベルティーユはあまりパスタは食べなくなったね?」

「そうね。あの店はパスタの方が美味しかったけれど、この店はワッフルが美味しいもの。シャルルは揺らがないわね」

「うーん、ワッフルも好きだよ。でも今日はそこそこお腹が空いていたから」


 食べる?と言ってシャルルがスプーンを差し出す。そこには既にオムライスの欠片が載っていた。

 食べる、と返事をすると、シャルルが微笑む。


「あーん」

「もうっ」


 私はそれを受け入れる。最初にされたときは真っ赤になってしまったが、今では少し照れる程度になってしまった。つまり慣れた。

 私もメープルシロップをたっぷり絡めてバターをたっぷり載せたワッフルの欠片を、あーん、と差し出す。

 いかにも甘いですと言わんばかりのそれを、シャルルは微妙な顔で見つめた後、ぱくりと食べた。


「そういえば、オジェ君、結婚したらしいね。結婚式の招待状が届いてた」

「私にも届いていたわ」


 届いた招待状を見たとき、パトリックの告白を断ったあのときの気持ちが蘇ってきた。

 グレースが『惜しんでいる』と表現した気持ち。

 パトリックの手を取っていれば、パトリックの名前と並んだ新婦の名前は私だったのだろうか、と思ってしまった。

 けれどそれも数日前のこと。すっきりパトリックのことを片付けていた私がそんな気持ちになったのも一瞬のこと。今では祝福の気持ちしかない。


「幸せになって欲しいと思うわ」


 反応を窺うようなシャルルは、きっとパトリックが私を好きだったという過去を知っているのだろう。自分で察したのか、誰かから聞いたのか。どうでも良いことだ。

 私がにっこりと笑ってみせると、シャルルは安堵したように小さく息を吐いた。


「一緒に行こうか」

「ええ。グレイシーも恋人と一緒に来るって言っていたわ」

「ルカミエさんの恋人か」


 シャルルはグレースをもうルカミエ嬢とは呼ばない。『嬢』とつけるのは相手が貴族である場合だけなので、文官になって平民になったグレースに嬢をつけるのはおかしいのだ。

 なので、私も他の人にはセドランさんと呼ばれているし、シャルルはヴェシエールさん、もしくはヴェシエール君と呼ばれている。


「誰?」

「あれ、知らない?折角だから当日のお楽しみにしましょうか」

「はは、そうしよう。それまでに目星をつけておいて答え合わせするよ」


 シャルルが楽しそうに笑う。

 私とグレースは西棟で部署が近いが、シャルルは東棟なのでかなり離れている。恋人が猛アタックして交際に至ったという経緯があるため西棟では割と有名なのだが、シャルルは東棟なので知らなかったらしい。


「私達もそろそろ考えないとね」

「え?」

「オジェ君のことがあったからじゃないんだよ。準備もとっくの昔にできてるし、なんならいつも持ってる。私の覚悟が足りなかっただけ。でも、今日ベルティーユの気持ちを再確認できたから」

「何が?」

「本当は夜景の元でってのが理想だったんだけど、お互いに門限もあるからね」


 そう言ってシャルルがジャケットの懐に手を突っ込む。

 コトリと小さな音を立ててテーブルに置かれたのは、ベルベットのごく小さな箱。


「流石にここで跪くのも難しいから、そこは容赦して欲しい」


 そう前置きして、シャルルが箱を開ける。

 光を反射して、キラリとダイヤモンドが光った。


「ベルティーユ。愛しています。私と結婚して下さい」


 ダイヤモンドから目を離して、私はシャルルに視線を向ける。

 何かがこみ上げてきて、――つうっと頬を伝うものがあった。湧き上がる気持ちに逆らわず、私は笑み崩れた。


「喜んで」

これにて完結です。

もしかしたら番外編を書くかも。リクエストがあればお応えします。

是非評価、ブクマお願いします。優しい感想もお待ちしてます!

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