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5 独占欲

 それからシャルルはたまに私達に話しかけてくるようになった。

 さっと話に入ってさっと出て行くので長時間の話をする訳ではないが、何度も話をするようになればある程度親しくもなるものだ。

 学院では以前の態度から変えることはないが、季節が変わる頃にはカフェで話すときには気楽な話し方に変わっていた。流石に名前呼びはしていないけれど、前回交際する前の友人時代のパトリックにするのと同じような言葉遣いだ。

 シャルルも素を出すことが増えた。その素が作り物の素なのか本当の素なのかは分からないが。


「そろそろ寒くなってきましたね」

「ヴェシエール様」


 シャルルが私達の隣の席に座る。


「卒業まであと三ヶ月ですね」

「試験まであと三ヶ月ですね」


 私とシャルルの声が被った。後者がシャルルの言葉である。


「分かっていても嫌なのですから言わないで下さい」

「はは、嫌ですか?」

「当然嫌ですわ。これからの人生がかかっていますから」

「私は最悪家に出戻りできるから楽ですね」

「合格確実のくせに何を言っているのですか」


 もし不合格でも私やグレースは家を出るということをシャルルは知っている。知っていて揶揄ってくるのだから悪質だ。


「もし駄目でも私が引き取ってあげますよ」

「侍女やメイドは嫌ですよ」

「優秀な者を侍女やメイドにするのは馬鹿のやることです」


 私が言うと、シャルルは返事をせずににこっと笑った。


「この子は文官になりたいのであって文官の妻になりたいのではないそうですよ」

「グレイシー?ヴェシエール様、私達が城の文官になれなくても公爵家の文官にしてくれると言っているんですよね?」

「……まあそうですね」


 シャルルは笑みを浮かべたまま頷く。微妙な間はなんだったのか。


「一応言っておきますが、セドラン嬢、城の文官と結婚するのは基本的に城の文官です。騎士や使用人と結婚する者もいますが、そちらの方が少数ですね」

「いえ、私が文官になれる分には相手が文官でも騎士でも使用人でもいいのです」


 そうですか、とシャルルが笑みを深めた。それが何を意味するのかは分からなかったが、訊くのも面倒だったので気にしないことにした。訊いたところで『え?』と惚けられるだけなのは目に見えている。


「というか、もし私が文官になって、その上で結婚することになったら相手は文官以外にないでしょうね」

「どうしてですか?」

「うちは田舎の男爵家。繋がるメリットもありません。騎士や使用人は基本的に貴族でしょう、わざわざ私と結婚する意味はありませんね。ヴェシエール様のように実家が大きければ別ですが」

「成程。でも、恋に落ちるかもしれませんよ?」

「ありませんよ」


 呆れた笑みを浮かべると、シャルルは揶揄うような笑みを消して首を傾げた。


「そうですか?セドラン嬢は十分魅力的な女性だと思いますが。ああ、当然ルカミエ嬢もですよ」

「ヴェシエール様にそんな風に言って頂けるなんて。お世辞でも嬉しいですね」

「お世辞ではありませんよ」

「まあ、ありがとうございます」


 自分に魅力がないのは分かっている。

 そんなことを言ったら私を愛してくれたパトリックに失礼かもしれないが、私は別に美人でもなんでもないし、華奢だとは言われるもののスタイルも別によくない。ついでのように言ったグレースの方が美人で凹凸も大きくてよっぽど魅力的だ。


「私もグレイシーのような容姿だったらよかったのですが」

「ふむ、確かにルカミエ嬢は男性に好かれやすい容姿ではありますね」


 シャルルは性的なものを全く感じさせない目でグレースを見る。

 彼の言う通り、グレースはモテる。何度か告白されているのを聞いた。全部断っているそうで、『所詮私の顔と体しか見ていないのよ』とむくれていた。全員がそうという訳でもないだろうに。


「良いものではありませんわ。そういう目で見られることも多いですし、文官になれればなれなかった者から体を使ったなどとありもしない陰口を叩かれるでしょうから」

「可能性は高いですね、残念ながら。私が守ることができれば良いのですが、それはそれで良くない結果になりそうです」

「私よりベルを守ってあげて下さいな」

「まあ、グレイシー!私は守られるようなことにはならないわ」

「言葉の綾ね」


 グレイシーがくすくすと笑う。言葉の意味がよく分からない。

 シャルルは僅かに顔を顰めていて、何故か心がつきんと痛みを訴えた。


「ルカミエ嬢、揶揄うのはよして下さい」

「誤解ですわね、公爵令息様を揶揄うなんてとてもできませんわ!」

「ルカミエ嬢……」


 大袈裟に仰け反るグレースは間違いなくシャルルを揶揄っていたのだろうが、どの辺で揶揄っていたのだろうか。

 私には分からない会話だ。そう思ったとき、疎外感のようなそうではないような悪寒が体を走った。

 私は黙ってコーヒーの入ったカップを傾けた。


「私はそろそろ退散することにします。では」


 先程までの苦い表情を消したシャルルが私に笑いかける。その笑みが社交的なものなのか友人に向けるものなのか私には判別できなかった。




 初雪が降った。


 最近、私の知らない話をすることが増えてきたな。そんなことを思いながら、今日も私は笑うグレースと剥れるシャルルの掛け合いを微笑みを浮かべて眺めている。


「もしかして、二人はお付き合いしているのですか?」


 だから私はぽろりとこんなことを零してしまったのかもしれない。

 二人は目を丸くして私を見た。


「まさか、そんな筈ないでしょう?そもそもヴェシエール様は――」

「ルカミエ嬢!付き合ってはいませんし、これからも付き合う予定はありません」

「でも……」


 私が眉を下げるとシャルルが目を伏せた。


「セドラン嬢、貴女にだけはそんな誤解をして欲しくないんだ」

「私はグレイシーの親友だと思っておりますし、正直独占欲もありますが……グレイシーと想い合う殿方がいるのであれば閉じ込めることは致しませんわ」


 自分の言葉は真実だけど真実じゃない。

 私が独り占めしたいのは。


「セドラン嬢、私は別にルカミエ嬢を想ってはいません」

「そうよ、ベル。私もヴェシエール様をお慕いしてはいないわ」


 二人が言い募るが、それも何だか不自然に感じた。

 どうしてこんなに疑り深い人間になってしまったのだろう。


「セドラン嬢、実は貴女に打ち明けたいことがあるんだ。でも今それを言ってしまったら君は困る筈だ。だから、言うのは文官試験が終わってからにしたいと思っている。それまで待っていてくれないか」


 何を?


「それをグレイシーは知っているの?」

「ええ、まあ」

「知られてしまったのです。というよりは自分で突き止めてしまったという方が正しいでしょうか。それで最近揶揄われてばかりなのですが」


 シャルルが困ったように笑う。


「私には全然分からないわ」

「ベルが一番分からなくて私が一番分かると思う。仕方ないわ」

「今は分からなくていいんです。というか、今は分からないで欲しいと思っています。試験が終わったら必ず言いますから……どうか文官試験に受かって下さい」


 懇願するように言われた。

 私が合格しようがしまいが、シャルルには関係ないだろうに。

 ああ、そういえばシャルルは私が将来文官になれそうな人間だったから話しかけてきたのだったか。ということは私が文官になれなければ困るということなのだろうか。


「必ず合格します。私の人生がかかっていますから」

「私のためにも合格してください」

「ヴェシエール様の秘密を打ち明けるにはベルの合格が必要不可欠なのよ。ヴェシエール様の秘密を貴女が聞けば、今言えない理由も私だけが気付いた理由も分かると思うわ」


 グレースが優しく微笑む。

 グレースとシャルルが付き合っている訳ではないというのは分かった。グレースの言葉を信じるならば、私は今はその秘密を知らずにひたすら合格を目指す方がいいということなのだろう。


「よく分からないけれど、分かったわ」

「一緒に合格しましょうね」

「君の同僚になれるのを楽しみにしているんです」


 シャルルの秘密が気になるからという訳では決してないが、とにかく私は合格しなければならない。

 今は気にしないようにしよう、と私は怯えて縮んだ心に鞭を打ち、淑女の笑みを浮かべた。

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