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4 カフェ

ちょっと長めです。

 放課後はグレースとカフェに行く約束をしている。

 カフェで、今日話したことをグレースに伝えた。


「まあ、卒業してからならベルにも余裕があるでしょう」

「そうなのだけれど……今はあまりオジェ様には魅力を感じられなくて。もしかしたら絶世のイケメンと話をしたからかもしれないわね」


 冗談を言うと、グレースは口に手を当てて笑った。


「うふふ、違うとは言い切れないわよ?確かにヴェシエール様は本当に格好いいし……」

「声も素敵だったわ」


 低くて耳に優しい、体の芯に響くようなよく通る声。蠱惑的という表現がぴったりの声だった。


「ヴェシエール様が社交的じゃない笑みを浮かべるのって本当に珍しいらしいわよ」

「まあ!それが私に向けられるなんて、幸運ね」


 シャルルはいつも優しい微笑みを浮かべている。その笑みは柔らかな雰囲気を醸すとともに、誰も寄せ付けない壁を作り出していた。

 けれど先日話したときにくすりと笑ったその表情は、シャルルを少し幼く見せて、つい胸を鳴らしてしまった。


「ヴェシエール様とオジェ様、選ぶならヴェシエール様でしょう?」

「それはもう。でもあまりに家格が釣り合わないわ」

「あら、ヴェシエール様は文官志望らしいわよ?文官になれば平等になるわ」

「そうだけど……」


 実は、文官になると家から籍を抜かなければならなくなる。実家で過ごすことは許されているし、家族として接することも許されているが、私やグレースは男爵令嬢ではなくなるし、パトリックは伯爵令息ではなくなるし、シャルルも公爵令息ではなくなる。誰もが平等に平民だ。

 だが、出世さえすれば爵位を得ることは可能だ。そして文官は完全なる実力主義。シャルルは間違いなく爵位を得られる。

 当然ながら元貴族であることは事実であるし、実家との関係が悪くなる訳でもないので、結局はある程度実家の爵位に沿った接し方になるのだが。


「にしても驚いたわ。まさかヴェシエール様が文官を志望していらっしゃるとは思わなかったもの」

「文官は名誉な職だもの。貴族だという理由で王宮で働くよりもずっと栄誉なことでしょう?ヴェシエール様なら文官にならなくてもそこそこの地位を得られるでしょうけど、きっとそれを望まれないのでしょうね」


 文官は狭き門だ。

 そもそも高等学院は学費が安く奨学金制度もあって平民も貴族も入れるが、その入学試験は厳しく、合格率は数%。そして、その中でも文官になれるのは一握りだ。

 つまり文官試験を突破した時点で相当優秀な人間だとみなされ、エリート街道まっしぐらである。


 逆に言うと、文官試験の突破は当然のこと、高等学院を卒業しているという時点で箔がつくということになる。

 文官になる気のない箔付けのために入学する生徒のせいで優秀な人材を逃すことを防ぐために、例えば次期当主は入学できないなどそのあたりの条件はしっかりしている。


 貴族は、試験を受けずとも王宮で働ける。だが、文官試験を受験していない以上、特に低位貴族は出世は望めない。高位貴族ならば優秀さが認められれば要職に就けなくもないが、それが当主など学院に入学できない理由がある者でない限り、周囲の人間の考えはお察しである。


「年齢さえ合えば殿下方の側近になれたでしょうに」

「中途半端だから。一番下の殿下が七つ年上で、孫殿下はまだ幼い。勿体ないわね」

「本当に」


 因みに王族の側近になる条件は、実家が伯爵以上の貴族であることと文官試験を突破していること、年齢が釣り合うことの三点だ。前二つならばシャルルも条件を満たしているのだが、如何せん年齢はどうしようもない。


「光栄ですね」

「きゃっ」


 二人で飛び上がった。

 隣のテーブルに座ったのは当の本人、シャルルだった。同伴者はいない。


「ご機嫌よう、ヴェシエール様」

「どうも。偶然ですね」

「そうですわね」


 カフェなので礼はせず会釈に留める。

 キラキラの笑顔は何を考えているか分からず、引き攣った口元を扇で隠した。


「あの……まさか聞いていらっしゃったのですか?」

「聞こえてきたのです。とはいえ盗み聞きになったのも事実ですね、申し訳ありません」

「こちらこそ好き勝手に申し訳ございません」

「いや、悪口ならともかく、褒め言葉なら大歓迎ですよ」


 特に悪感情は抱いていないようだ。

 ほっとしてグレースと笑い合う。


「因みにですが、いつから聞いていらっしゃったのですか?」

「私とオジェ殿を比較していたところからですね」

「ぅあっ!?」


 めっちゃ前から聞かれてた!どこにいたの!?

 私とグレースは真っ青になった。


「も、申し訳ございませんっ!!その、冗談で!私がヴェシエール様とどうにかなる可能性がミジンコたりともないことは十分理解しておりますのでどうかお咎めは!」

「そんな焦らなくても。さっきも言いましたが、褒めてもらう分には大歓迎です。セドラン嬢がオジェ殿より私を選んでくれるならばありがたいことですね」


 シャルルの肩が震えている。口元が弧を描いているので笑いを堪えているようだ。

 怒ってはいないようで一安心であるが、やらかしたことに変わりはないし、何より恥ずかしい。


「別にミジンコたりとも可能性がないとは言い切れないし、ルカミエ嬢の言う通り文官になれば平等だし、その辺は訂正しておきたいけど……」

「いえいえ後者はともかく前者は訂正なさらずとも結構です」


 私は真顔で返す。

 そもそもシャルルの方がいいと言ったことも冗談――いやそりゃあパトリックと比べれば資質的にはシャルルの方がいいに決まっているので冗談でもないが、少なくともシャルルを好きという訳ではない。シャルルの性格すらよく知らないのだ。


「そういえば、ヴェシエール様を学外でお見掛けしたのは初めてです。どうしてここに?」

「実は私もよくこのカフェを利用するのですよ。お二人は気付いていなかったようですが、ルカミエ嬢と一緒によくお勉強しているのを見掛けます」

「ヴェシエール様がここを?」

「はい。色々なカフェに行ってはみましたが、ここが一番落ち着いたので」


 王都の中でも閉鎖された空間、学院都市。

 学院生以外は国によって身分を保証された者しか立ち入ることができず、常に騎士が巡回しているために国内で最も治安が良い。それはシャルルのような高位貴族が一人でウロウロできるほどである。

 これも学院生には安心して好きなようにのびのびと勉学に励んでほしいという国からの配慮だ。


「ベルは全く気付いていなかったようですけれど、私は気付いておりましたよ」

「気付いていたのですか?全く目が合わないので気付いていないとばかり……」


 シャルルが苦笑する。

 どうやらグレースは見て見ぬふりをしていたらしい。その辺がきっちりしているグレースにしては珍しい、と思ったのだが、グレースにはきちんと理由があったらしく、焦る様子もなく説明した。


「私が反応したらヴェシエール様はここを利用できなくなってしまうのではありませんか?」

「まあ、そうですね。いえ、貴女が理由で利用しないのではなく」

「勿論理解しています」


 グレースが反応すれば、気付いていなかった人が気付いてしまう。勉強しているシャルルを一目見ようと令嬢が押しかける。そうなると、シャルルはこのカフェにはもう来られない。

 しかしそうなると、一つ疑問が浮かぶ。


「どうして今日は私達に?」

「誰かとともに来るとどうしても話してしまうでしょう?だから私も一人で来ているのですが……。いつもお二人は、最初は楽しく話しているのに、いつの間にか完全にお互いから意識を切り離して勉強に集中しているのですごいなと思っていたのです。切り替えが早いのは優秀な証拠ですし、気になっていたのです」


 前回の私は話しかけるに値しない人間、つまり文官にはなれなそうな人間だったらしい。まあ恋に溺れてしまっていたのだから仕方ないだろう。

 一方今回はグレースの真面目さに引きずられてカフェでもきちんと勉強しているので、目に留まったようだ。


「学院生で同じ学年だというのは制服から分かったのですが、知った顔ではなかったので失礼ながら調べて名前を知りました。予想通り上位常連でしたし、これは知り合いになっておかなければと」

「だから私達の名前を……」


 順位表の上位常連であれば名前も覚えるだろうと納得していたが、よく考えたら名前は知っていても顔と名前が一致している訳がなかった。

 いくら私とグレースが貴族令嬢でも、低位貴族である私達が高位貴族であるシャルルと顔を合わせたことなどないのだから。


「けれど私達に話しかければヴェシエール様がここの常連だとバレてしまうではありませんか」

「まあ聞き耳は立てているでしょうね。ただ、逆に私が話したい相手が真面目に勉強に取り組む者のみだということも伝わったでしょう。そうでない者が関わってきても迷惑だということも」


 どうやら利用されたらしい。

 だが、この話が広まれば他の女子生徒からの僻みも減るだろうから私達にも利がある。……シャルルが話しかけてこなければいいだけなのだが。


「ともかく、そういう訳で貴女達には話しかけたいと思っていたのです。ですが、学院で話しかけると迷惑そうにされてしまったので……話しかけるならばここしかないと。丁度話しかけられるきっかけができたので良かったです」


 私達がシャルルについて噂しているのを当人が聞いたならば話しかけても不自然ではないということらしい。実際全く不自然ではなかった。


「迷惑など!ですがそう思ってもらえたならば非常に嬉しいです」

「ということなので、もう少し態度を崩して頂けませんか?」


 シャルルがにっこり微笑んだ。圧が凄い。

 私はグレースと顔を見合わせ、眉を下げた。


「そうしたいのは山々なのですが……少なくとも現時点では私達は男爵令嬢、ヴェシエール様は公爵令息です。気安い態度を取るのは流石に」

「すみません、困らせたかった訳ではないのです。形からでも親しくなりたいと思っただけで。横暴貴族風に言うならば、『私が許すと言っているんだからいいのです』。とはいえ確かに学院で態度を崩せば咎める人もいるでしょうし、こういった場のみで構いません」


 やけに食い下がるな、と私は内心で眉を顰める。

 シャルルはともかく、私達は合格できない可能性もあるのに、どうして私達が文官になって立場が同等になると確信しているのだろうか。


「……分かりました、その機会があればそうさせて頂きます。ああ、四時をかなり回ってしまいましたね。実は四時以降は勉強という風に決めているのです」


 グレースが何とも言えない顔で私を見た。

 今私はシャルルに嘘を吐いた。別に四時以降は勉強なんて決めたことは一度もない。大体四時くらいを目途に勉強に切り替えるのは事実なのだが、正直四時半くらいから始めることもある。


「それは失礼を。もう少し言葉を緩めて下さって良いですよ、では折角なので私も勉強することにします」


 シャルルは笑みを浮かべると勉強道具を取り出した。

 高級感のないそれをちらりと見遣り、私とグレースも問題集とノート、ペンケースを机に並べる。

 シャルルのものよりもくたびれていた。

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