3 出会いと彼
五位以内を死守しながら、私は最終学年になった。
前回同様、グレースとパトリックも私と同じクラスだ。
パトリックとは第二学年の席替えで席が離れてから会話はほぼない。グレースとはより一層仲良くなり、親友と呼べる関係になったと思う。
「初めまして」
「わっ」
グレースとクラスメートの情報を交換していると、突然話しかけられた。すごくびっくりした。
「セドラン嬢とルカミエ嬢で宜しいでしょうか?」
「は、はい。ベルティーユ・セドランと申します」
「グレース・ルカミエと申します」
私達は慌てて立ち上がり、カーテシーをする。
「楽にして。同じクラスになったシャルル・ヴェシエールです。一年間よろしくお願いしますね」
麗しの公爵令息がそこにいた。
「あの……私達に何か御用が?」
「用、という訳でもないのですが」
シャルルが微笑みを浮かべて小さく首を傾げる。
「セドラン嬢はこれまでずっと五位から落ちたことがありませんよね」
「はい」
「上位を独占するのは大抵高位貴族でしょう?」
はっと私とグレースは目を瞠った。
「っ、気が回らず申し訳ございません」
慌てて膝をついて首を垂れる。
『忖度』というやつが必要だったのだ。
「待って、一応クラスメートです。そういうのはやめましょう」
慌てたようにシャルルが着席を促す。
それに逆らわず、私は席に着いた。
「それとセドラン嬢、誤解です。そういう意味ではありません」
「と、いいますと……」
「高位貴族は皆家で高等教育を受けています。ですから上位に高位貴族が名を連ねるのが当然なのです。けれどセドラン嬢は男爵令嬢でありながら上位をキープしているので気になっていたのです」
つまり高位貴族は、私が前回得た知識でずるをしているのと同じように、予め教育を受けることでずるをしているらしい。
家で勉強できるのに学院に来ているのは、文官の受験資格が得られるのが学院の卒業生だけだからだろう。
「首位をキープしていらっしゃるヴェシエール様にお名前を覚えて頂けていたとは光栄です。ありがとうございます」
「こちらこそ。私をご存知だったのですね」
「当然です、学院で最も有名といっても過言ではありませんでしょう?」
「自分で言うのも何ですが、そうですね」
くすりとシャルルが笑う。
絶世の美貌に浮かんだ笑みの破壊力は途轍もなく、シャルル(と私達)に注目していた女子達が小さく悲鳴を上げた。
これ以上シャルルを占領していたら、女子の妬みが凄そうだ。
「まさかお声掛け頂けるなんて思ってもみませんでした。ああ、そろそろ席に戻ろうと思います、授業の準備をしなければ」
「そうですね、お邪魔してしまってすみません。次のテストも期待していますね」
それは教師の台詞だ。何故シャルルが言う……。
「私もヴェシエール様の名前が一番上に載るのを楽しみにしています。それでは。じゃあまた後でね、グレイシー」
「うん、また後で」
にこりと笑って私は軽く礼をし、その場を去る。
周りをちらりと見渡してみたが、敵意の視線を向けられている様子はない。
シャルルは私が気軽に話していいような人ではない。皆の高嶺の花だ。だからあんまり長話していると私の一年間が最悪なものになる。
シャルルが私に向ける視線に、私は気付かなかった。
「セドラン嬢、君のことが好きだ。僕と付き合ってくれないか?」
シャルルに話しかけられた三日後、私はパトリックにそう告げられていた。
私の唇が震える。
心の奥底でくすぶり消えかけていたパトリックへの想いに火がつきそうになり、私は慌てて言葉を紡いだ。
「あ、その……ありがとうございます、お気持ちは嬉しいです。けれど、」
「待って」
断ろうとした私をパトリックが引き留める。
「確かに僕と君とは席が離れてから殆ど話してないし、僕への気持ちがないのは分かっているんだ。ただ少し話を聞いてほしい」
「あ……」
「一目惚れだったんだ。けれど改めて話しかけるきっかけもなくて。ルカミエ嬢と楽しそうに話す君を見ていると気持ちがどんどん大きくなって……。告白は卒業してからするつもりだった。でもヴェシエール様と話す君を見たら居ても立っても居られなくなった」
一目惚れだなんて聞いてない。
最初から私を好きだったってこと?
「僕のことを一度男として意識してみてくれないかな。返事はそれからでいいから」
どうしてパトリックはこんなに遜っているの?
私が断ろうとしたから?
「じゃあ、少し考えてみて」
「あ……わ、かりました」
パトリックが踵を返してその場を去る。
入れ違いにグレースが入って来た。
「グレイシー……」
「うん?オジェ様と何かあった?」
パトリックが教室を出るところは見ていたようだ。
私は呆然としたままグレースを見る。
「告白、されたの」
「あら」
グレースが目を瞬かせる。
「付き合うの?」
「お断りしようと思ったの。でも少し考えてから返事して欲しいって言われて……」
グレースの袖を掴んだ私の手が僅かに震えていた。
「ベルはオジェ様を好きなの?」
「そういうんじゃないわ」
「ならちょっと時間を置いてお断りすればいいじゃない。考えてみたけれどやっぱりごめんなさい、でいいと思うのよ」
「そう、ね」
私は目を伏せ、グレースの袖を離した。
「グレイシーは知っていたの?オジェ様が私を好きだって」
「もしかしてとは思っていたけれど確証はなかったわ。確証がないのに伝える訳にはいかないでしょう?」
「ええ」
パトリックが私を好きになるのもきっと必然だったのだ。
私が受け入れるか否かが、私の運命の分かれ道。
「明日オジェ様とお話するわ」
「早くない?」
「いいの」
時間を置く意味はない。置いたって置かなくたって答えは同じだ。
翌日、私はパトリックを引き留めた。
「ごめんなさい、やっぱりオジェ様とお付き合いはできません」
「待って、少し考えてからって言ったよね?」
「それに意味がないことに気付きました。私は在学中に恋人を作るつもりはありません。ましてやお慕いしている訳でもない殿方とならば余計に、です。私は文官になりたいのです。文官の妻になりたいのではありません」
私はゆっくりと首を振ってみせた。
パトリックはまだ諦めていないのか、食い下がってきた。
「君の気持ちは分かったよ。少なくとも在学中に君にアプローチすることはやめる。けれど卒業したらもう一度君に告白してもいいかな?」
駄目です、とは言えなかった。
私に拒否する権利はない。お付き合いは断れるけれど、告白しようがしまいが、それはパトリックの自由だ。
「卒業後、もしオジェ様の気持ちが変わっておらずもう一度お伝えいただいても、私はそれを受け入れることはできません」
「それでもいい、けれどそのときこそはきちんと考えてから返事して欲しいんだ」
「分かりました」
頷きはしたものの、パトリックと付き合う気はない。
パトリックのことは嫌いじゃないけれど、それとこれとは別なのだ。