あの日、桜の木の下で
最後にイラストがあります。
本作は、武 頼庵(藤谷 K介)様主催『第3回 初恋・恋愛企画』参加作品です。
また、武 頼庵(藤谷 K介)様ご主催の『繋がる絆企画』参加作品です。
「ねぇ隆史覚えてる?」
「何を?」
「桃色の木」
「ああ」
「本当?」
「本当だ」
「じゃあ、あの約束は?」
「約束?」
「忘れてるし」
ー 忘れてねぇよ ー
「あれから15年だもんね。それは忘れるよね」
ー だから忘れてねぇってば ー
「ケホッ、ケホッ、ケホッ」
「大丈夫か!看護師呼ぶか?」
「ううん、大丈夫」
ー 忘れてねぇけどよ、美桜...お前はもう... ー
俺たちが住んでいた町は、小さくて、緑豊かで...まぁあれだ、いわゆる田舎だ。
あれは俺が小学2年の時の話だ。
「なによ」
「お前ビョーキのくせに生意気なんだよ」
「病気じゃない」
「母ちゃんが言ってたぞ、お前はビョーキだって」
「俺も聞いた」
「俺も」
アイツら!
いつもの公園に行くと、3人の悪ガキが美桜を取り囲んでいた。
俺は走って行ってケンジを突き飛ばした。
「何すんだよタカシ」
「テメーらこそなんだ」
「突き飛ばすことはねぇだろ!」
「ハン!女子1人に3人がかりとはな」
「俺らは親切にしようとしただけだ。そしたらコイツが」
「そういうのを余計なお世話っつーんだ」
「何だタカシは!正義の味方か?」
「タカシはセーギ、ミオはビョーキ」
「何!」
「「「タカシはセーギ、ミオはビョーキ」」」
「テメーら!」
俺が殴りかかると「ワー」と叫びながらケンジたちは逃げて行った。
美桜は生まれた時から体が弱かった。
家が近くて俺たちは幼なじみだ。母からも「美桜ちゃんは体が弱いから助けてあげてね」と言われていた。
ケンジ達は可哀想な子だからと態々構ってくるらしい。
美桜は体は弱いが気が強い。
だから先ほどのような事になる。
でも、誰だって「可哀想な子」と思われたら不快になる。
俺は小さい頃から美桜と一緒にいるので、どういった時に助ければいいか分かっているのだ。
美桜もそれが分かっているので他の女子とも遊ばない。大体いつも俺と一緒だ。
小学1年生までは気にもしなかったが、それ以上になると照れくさくなった。
そうなると遊び場所は人のいないところとなる。
公園とは反対の方角の小高い丘の麓にお寺の跡地があって、そこに石で出来たベンチのようなものがある。ベンチと言うにはいささか低すぎるが...
その石のベンチが俺たちの秘密の待ち合わせ場所。一緒に出かけるところを見られたくないからだ。
「なぁ」
「何?」
「あの石のベンチって何だ?」
「お地蔵さんがあったのよ」
「お地蔵さん?」
「そう」
「何で無くなったんだ」
興味があるわけではなかったが、話の流れで聞いてみた。
「管理する人がいないと危ないからよ」
「なんで?」
「手を合わせる人がいるからよ」
「お地蔵さんに手を合わしちゃいけないのか?」
「管理する人がいないお地蔵さんに手を合わせると、取り憑かれるのよ」
「そんなこと信じてるのか」
「あら常識よ」
「ふん、どうせ大人に言われたからだろ」
美桜はそのまま何も言わなかった。
俺にはどうでもいい話だったが、「常識がない」と言われているみたいで少し腹を立てていた。
今思えば美桜はこの頃も必死で病気と戦っていたんだろう。だからそういった事も詳しいのだ。
お寺の跡地は、小さな公園のようになっていて、そこが俺たちの遊び場だ。
当然遊具などはないが。
「今日は何する?」
「お前は本を持ってきたんだろ」
「うん」
「だったら俺はその辺にいるから本読んでろ」
「わかった」
これが俺たちの"いつも"であった。
それからしばらくして美桜は学校に来なくなった。
元々休みがちで、最近増えていたのに俺はいつものことだろうと思っていた。
しかし。
美桜が来なくなって既に1ヶ月が経っていた。
さすがに俺もおかしいと感じていた。
何度も美桜の家に行ってみたが誰もいなかった。
母に聞いてもはぐらかされてばかりいた。母は理由を知っていたのだろう。
来ない日が続くと不安感に襲われたが、それより苛立ちの方が強かった。
「母さんもうすぐ夏休みだぞ!このまま来ないならもう相手しないぞ」
完璧な八つ当たりである。この時の俺もわかっていた。
でも、苛立ちの理由はわからなかった。
今なら分かるが、この時の俺は恋をしていた。初恋だったんだ。
ひょっとすると、ケンジが美桜にちょっかいをだしていたのも、そういった感情なのかもしれない。
母に何を言っても無駄と思った俺は「もう知らないからな」と捨て台詞を残して、そこから去った。
それきり時間だけが過ぎていった。
ある日、突然美桜とそのご両親が家に来た。
美桜が学校に来なくなってから5ヶ月が経っていた。
俺は美桜に文句を言おうとしたが、美桜の母親に何度も謝られ、怒るに怒れなくなった。
そして、大事な話があるからと、俺は部屋に押し込められた。
部屋を出してもらえた時には、美桜たちは既に帰った後だった。
その後何を聞いても教えてもらえなかった。
10日ほどたった頃、美桜が俺に会いに来た。
怒ったり、色々聞こうとしたが、美桜があまりも真剣な表情だったので、できなかった。
そして、誰にも内緒で行きたいところがあるからと、夕方に石のベンチで待ち合わせることになった。
夕方こっそり抜け出した俺は、石のベンチへ向かった。
何故だかとても嬉しかった。怒りも疑問もすっかり無くなっていた。
それが恋だとはこの時の俺はわからなかった。
石のベンチに着くと既に美桜は来ていた。
「それで、行きたい所ってどこ?」
「モモイロの木」
「何だそれは」
「そういう木があるの」
「どこに?」
「こっちよ、ついて来て」
そういうと美桜は一人で歩き出した。
「おい、ちょっとまて」
色々聞こうとしたが、美桜はズンズンと歩いていった。
美桜はかつてない程、速いペースで進んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
それほど歩いていないが、美桜はキツそうだった。
それに、11月過ぎの夕方はかなり寒い。
とうとう美桜は座り込んでしまった。
「だから、言ったじゃねぇか、待てって」
「で、どうする?帰るか?」
「行く、絶対行く」
こうなったら美桜は絶対に折れないことをよく知っている。
「チッ、仕方ねぇな、ほら」
「嫌よ」
「前はよくおぶって帰ったじゃねぇか」
美桜は突然調子が悪くなる時があるので、よく俺がおぶって帰った。
「昔の事よ」
「じゃあここにずっと居るのか?結局行けねぇぞ」
暫く考えて「仕方ないか」と呟いて後ろから俺に腕をまわした。
「重い?」
「いや」
俺はとても驚いていた。とても軽いのだ。
「病気の時は無理してでも食わねぇとダメだぞ」と俺は母親から病気になった時に言われてることを、そのまま言った。
「わかってるわよ」
少し怒っているようだった。
1時間はとっくに過ぎた頃「あそこよ」と美桜が言った。
少し開けたところにポツンと一本の木が立っていた。
「枯れてるんじゃねぇの?」
「枯れてないわ、春になれば桃色の花が咲くわ」
いくらなんでもその木は俺でも知っている。
「桜だろ?」
「そう、桜の木よ」
「じゃあ何で「モモイロの木」なんて呼んでるんだ?」
「それはね」と美桜は理由を話した。
「私の名前はミオ。美しい桜と書いてミオ」
「だから?」
「桜は「オ」とも読むから、桜の木だと「オの木」になるじゃない、そんなの可哀想だから」
「は?そんな理由?」
「そうよ」
美桜は真面目な顔で言うが、俺はバカバカしくなってどうでもよくなった。
「まぁいいや、それでどうすんの?」
「木の幹の所が窪んでいるでしょ」
「うん」
「あそこに腰掛けてお願いするの」
「何の?」
「腰掛けてからよ」
そう言って美桜はモモイロの木の窪みに腰掛けた。
そして静かに目を閉じた。
俺はとても驚いた。
モモイロの木が美桜を本当に優しく抱きしめているように見えたのだ。
その不思議な様子を俺はただじっと見ていた。
「ねぇタカシ」
「何?」
「私と結婚してくれない?」
「はあぁ?何だよいきなり」
「私の夢を叶えるため」
「俺と結婚する事がお前の夢なのか?」
「ううん」
「え、よくわからねぇぞ」
「私の夢はここで、桃色のウエディングドレスを着て、結婚式を挙げること」
「結婚式をするために結婚するのか?」
「そうよ」
「お前、俺を幼稚園くらいのガキだと思ってねぇか?結婚って結婚式だけじゃねぇぞ」
「わかってるわよ」
「はぁ」と俺は呆れて大きなため息をついた。
「それが私の夢、たった一つの夢」
俺は一呼吸おいて「はぁ、わかったよ」と言った。
「約束よ」
「ああ約束だ」
どうやらこれで用事は終わりのようだ。
帰ってからこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
数日後、母から美桜の家族が引っ越したことを聞いた。
あんな約束をしておいて、何も言わずに引っ越しするなんて、俺は裏切られた気分だった。
あれから俺は地元の高校へと進んで都会の大学に進学した。
美桜との約束は小学2年の時。中学に入学した頃にはすっかり忘れていた。
大学の成績が芳しくなかった俺は、色々と諦めて結局地元の医療器具販売の商社に就職した。
美桜との再会はほんの偶然だった。
田舎だった地元もそれなりに開発が進み、3年ほど前に近くに大きな病院が建てられた。
新入社員だった俺は、上司と共にその病院に営業に赴いていた。
その時に美桜の両親と偶然出会い、美桜の現状を知ることとなったのだ。
ご両親の話によると、この街を去った後病院を転々としたとのこと。
俺に黙っていたのは美桜の要望で、恐らく俺に責任を負わせたくなかったのだろう。
そしてこの病院ができて地元に帰ってきたということだった。
そして。
美桜は何時息をひきとってもおかしくない程、病状が悪化していた。
それからは毎日のように面会に行った。
美桜はほとんど眠っている状態であったが、時々会話することが出来た。
ある日、会社から直で病院に行くと、大騒ぎになっていた。
美桜がいなくなったらしい。
そんなことがあるのか?
ほとんど動けない人間がいなくなるなんてことが起きるのか?
大きな病院なので警備もしっかりしているはずだ。
色々考えても仕方がないので、俺も探すことにした。
俺には行き先の心当たりがある。
車を走らせ、石のベンチに向かった。
「美桜!」
やっぱり美桜は居た。
「何やってんだ、早く病院に戻るぞ!」
「いや...絶対......」
こうなったら美桜は絶対言うこと聞かない。
「クソッ」
俺は美桜を背負い、モモイロの木に向かった。
美桜の体は驚くほど軽い。
まるで前と同じだ。
俺は流れる涙を拭いもせず必死で走った。
頑張れ美桜。
クソッ何でこんなに遠いんだ。
「美桜頑張れ、もうすぐだ」
頼む。
神様でも仏様でも何でもいい、美桜を助けてくれ。
「隆史...今まで...ありが...」
美桜の体が少し重くなった。
逝くな美桜。
ー 美桜 ー
俺はその場で動かなくなった美桜を抱きしめた。
ー ねぇ隆史、覚えてる? ー
覚えてるよ。ごめん、忘れていた時もあるけどな。
もう忘れない。
でも...間に合わなかった。
ー ごめんな ー
ー 私のたったひとつの夢 ー
だが。
本当にそうか?
いや、まだだ。
もう俺は諦めるのをやめる。
俺は、再び美桜を背負い歩き始めた。
モモイロの木は満開となっていた。
隆史は美桜を大事に大事にモモイロの木の窪みに腰掛ける様に寝かせた。
ー 約束したもんな ー
「美桜、結婚しよう」
隆史はモモイロの花びらを集め、美桜の周りを丁寧に飾り付けた。
「美桜、綺麗だ」
モモイロの花びらを纏った美桜はウエディングドレスを着た花嫁そのものだった。
「誓います」
誰に聞かれるともなくそう答えた隆史は、美桜とそっと唇を重ねた。
あの日、ここでかわされた約束は、今果たされた。
するとモモイロの木は、以前の様に美桜を抱きしめた。
暫くすると満開のモモイロの花びらが輝いた。
そして、それは起こった。
「...ん...んん...」
「おい!美桜」
美桜は息を吹き返したのだ。
その後、まだ意識がない美桜は救急車で病院へ運ばれた。
あれから半年後。
美桜は奇跡的な回復を遂げ、まだ歩くことも出来ない状態だが、完治するであろうと診断された。
そして、隆史と美桜は正式に結婚した。
あの日起きた不思議な出来事は、美桜を捜索していた多数の警察やレスキュー隊などが目撃していた。
そのため、この事はまたたく間に人々に広がった。
以降モモイロの木のことは、美しい桜の木、みおの木と呼ばれ、人々に親しまれた。
美桜は車椅子に乗り、病院の中庭に出ていた。
春の暖かい風に包まれて、美桜は穏やかに微笑むのだった。
おわり