第2話 大キライ!
「坂本先生」
「はい?」
と、笑顔で顔を上げてから・・・
なんだアンタか、とちょっと後悔した。
職員室の自分の机で、急いで次の授業の準備をしているところに、
気に食わない教師から声をかけられたのだ。
「来週の金曜日の飲み会の幹事、僕なんですけど、出欠を取ってて。
坂本先生は参加されますか?」
いえ、結構です。
主人と過ごしますから。
ダメダメダメ。
私は相手が徹であることはもちろん、結婚しているということも秘密にしてる。
だから、断るにしても、言い方を選ばないと・・・
「菜緒、参加するわよね?私も行くからさ、一緒に行こうよ」
隣に座っている、国語教師の河野陽子がニコニコと声をかけてくる。
陽子、怖いって。そのわざとらしい笑顔。
いつもはもっと男前なくせに。
まあ、魂胆はわかっている。
仕方ない、あわせておくか。
「そうね。陽子が行くなら行こうかな」
「わかりました。坂本先生も河野先生も参加、と」
そう言って、ソイツはメモを取った。
ソイツは、ありがとうございました、とそつなく礼を言うと、
他の教師のところへいき、同様の質問を繰り返した。
「ちょっと、菜緒。『ソイツ』はないんじゃない?いい人なのに」
「・・・陽子。あんたは『ソイツ』に惚れてるから『いい人』に見えるのよ」
「ち、違うわよ!」
そう言って陽子は真っ赤になる。
なんてわかりやすい。
「新米教師だから優しくしてあげるのは先輩として当然でしょ!
菜緒はちょっと本城先生に対して冷たすぎよ。大人げないったらもう・・・」
陽子は逃げるように、職員室を出て行った。
今年の4月、うちの高校に二人の新米教師がやってきた。
一人は近藤先生という女性の英語教師。
彼女はいい子だ。
明るいしサッパリしているし気がきくし。
私も陽子もお気に入りだ。
だけど、もう1人が問題だ。
本城先生という男性の数学教師。
「数学教師」ってだけで、イヤなのよね。
だって、徹が数学嫌いだから・・・
って、それはともかく。
この本城先生、とにかく気に食わない。
何が気に食わないって、もう何もかも。
なんで教師になったの!?
って言いたくなるようなイケメン。
背が高くって、スタイルもよくって、もちろん顔は申し分なし。
染めてないだろうけど、生まれつきなのか髪も瞳も茶色っぽく、
肌は白からず黒からず・・・
頭の回転も速く、話も面白い。
それでいて爽やかで嫌味もない。
これで女子生徒に人気がない訳がない。
しかも、女子生徒だけではなく、男子生徒からも大人気だ。
お昼休みには一緒にバスケなんかしちゃって、
その姿がカッコイイ、とますます女子生徒からの人気が高まる。
更に陽子を見れば分かるように、女性教師の間でももちろん大人気。
独身教師だけではなく、既婚の教師まで色目を使う始末。
おいおい。教師が変な問題起こさないでよ。
・・・って私はあまり人のこと言えないけど。
とにかく!本城先生はそんなヤツ。
ダメだ。
苦手すぎる。
私は昔から、いわゆる「完璧王子様タイプ」が大の苦手。
いくら嫌味がないヤツでも、嫌味に見えて仕方ない。
いや、わかってる。
本城先生は確かにいい人だ。
優しいし、3年目に入った私でも気がつかないようなことに気づいて、
そっとフォローしてくれたりする。
ホントにいい人。
だけど!
逆に私はそーゆーのがダメなんだって!!!
私は・・・
そう。
もっと目立たなくって、おっとりしてて、優しくって、穏やかで・・・
そんな人が好き。
そう。
まさに、徹は私の理想・・・
「坂本先生」
一人で色ボケをかましていると、当の「私の理想」が目の前に現れた。
「あ、あら。杉崎君。どうしたの?」
もう!ビックリさせないでよ!
私は回りに気づかれないように、徹を睨む。
徹も、私に「何ボケッとしてるの」と目で話してくる。
「河野先生いませんか?」
「陽子?あ、河野先生ね。どっかいっちゃったわ」
なんだよ、その適当な返事は!?
と、また徹が目で話す。
まあまあ、私と徹の仲じゃない。
いいでしょ?
陽子は徹がいる3年4組の担任かつ国語教師だ。
一方私は、3年6組の担任かつ英語教師。
英語は4組も見てるけど、担任じゃないのが残念だ。
陽子がうらやましい。
私は今まで一度も徹の担任はおろか、英語教師としても教えたことがなかった。
3年になって、ようやく教えることになったのだ。
初日は、赴任して初めての授業の時より緊張した。
その時はまだ結婚の話も出ておらず、彼氏と彼女だった訳だけど、
徹に勉強を教えるのは大学4年の夏以来だ。
案外バカだなー、とか、教えるの下手だなーとか思われたらどうしよう!
生徒の質問に答えられなかったらどうしよう!
と、気が気じゃなかった。
その日の夜、電話で徹に私の授業がどうだったか訊ねると、
「わかりやすくってよかったよ。でも緊張しすぎ。
みんな、なんで坂本先生はあんなに緊張してるんだろう?って言ってたよ」
と、喜んでいいのか嘆いていいのか分からない答えをもらった。
「そうだ。坂本先生にも用事があったんだった。この問題、教えてください」
そう言って、徹が英語のリーダーの教科書を開き、問題を指差す。
「ああ。これね。これは過去完了型で・・・」
と説明しかけて、教科書の端に書いてある小さな文字を見つけた。
『牛乳買っといて。朝、全部飲んじゃった』
ぷっ。
「・・・だから、答えは『yes』よ」
「わかりました。ありがとうございます」
徹はいつものように優しく微笑んだ。