第八話
十月三十一日。ハロウィン。
それが七の誕生日らしい。
ってことは、春ちゃんのハロウィンパーティがしたいというのは、本当は七の誕生日会を開いてあげたいという意味だったのじゃないだろうか。あの七がそれに気付いているのかいないのかは置いておいて。
神楽所七は十六歳になる誕生日を明日に控えている。
なのに。
その主役が誘拐されているとは、不憫すぎた。家のせいもあるからか、友達がいないからか、そもそも七が誕生日をお祝いしてもらっているところがあんまり想像できなくて、俺たちが是が非でもお祝いしてあげないといけない使命感に駆られる程には同情してしまう。
春ちゃんにもフォローを入れてあげないと、連絡もないまま反故にされた誕生日会に遺恨が残ってしまいかねない。後で連絡しよう。
そして。
「明日までに絶対見つけましょう!」
まだ間に合う。あと半日はある。
誕生日なんて呑気なこと言ってる場合でないのはわかるが、春ちゃんのためにも、俺だって。家族になって最初の誕生日くらいちゃんと祝ってあげたい。
「いいね、そのいきだ。」
京介さんからバイクの荷台に乗っていた予備のヘルメットを受け取り、装着して後ろに乗る。
絶対に今日中に七を見つけ出してみせる!
と。
意気込んだまでは良かったが。
バイクの後ろに、バイクそのものに乗ったのはこれが産まれて初めてで。
いや、怖…!
普段周囲を鉄の鎧に囲まれている車に乗っていると想像もつかなかったが、こんな早い速度を生身が剥き出しの状態で走るなんて正気の沙汰とは思えない。バイクに乗っている人はみんな命知らずなのだろうか。事故なんか起きたら確実に死ぬんじゃないか。
「いやいや、バイクなんか一回事故起こして一人前だよ。」
京介さんがバイクを走らせながら言う。風に煽られて正確になんて言ったかまではわからなかったけれど、多分こんな感じの内容だった。
「いつから乗ってるんですか?」
「高校生の時から。」
という会話をお互い二、三回聞き返しながらしているうちに、バイクに乗りながら会話は適していないということがわかり、しばらく大人しく後ろに乗っているとバイクは目的地についた。
隣の駅前だ。
この辺りは昨日灰がいた駅周りよりは栄えてない古びた通りだが、それでも多少お店がある。少し行くとこの辺りでは数少ない二十四時間営業の漫画喫茶があったり、あまり考えたくないが近くの高速道路沿いまで行けばラブホテルもあった筈だ。宿を取るならそういう場所にいる可能性もある。
いくつかお店や町行く人に声をかけてーもちろん個人情報だと教えてくれないお店もあったが、京介さんが上手く聞き出してくれた。だけど収穫もなく、一時間程周囲を捜索し、準備中の居酒屋からたまたま出てきた店員を捕まえると、
「さっきも警察の人が来て、同じことを聞かれたよ。」
と答えた。
「見たんですか⁈」
初めての目撃証言に声を荒げてしまう。
「ああ、髪が灰色の男でしょ?昨日、というか今日かな。店仕舞いしてる時だから夜中の三時とかかな?その通りを歩いてたよ。」
「それ、女の子連れてませんでしたか⁈」
「ああ、連れてたよ。」
七だ…!
やっと七の話が聞けた。一緒に歩いているということは怪我とかはしていないだろうか、
「その子…、様子は普通でしたか⁈」
「遠目だったからわかんなかったけど、普通ではなかったよ。」
「まさか、怪我でも…⁈」
「違う違う。そうじゃなくて、髪の色が変だったんだよ。」
「変…?」
変というならそれなりに奇抜な頭の色ということだろう。
真っ先に思い当たるのは、氏神様だけど。
誘拐している灰にとって、七を氏神様にするのはほぼ無敵状態にするのと変わらない。いくら灰が強いとは言え、一体なんのメリットがあって自分に不利な状況にするのかわからないから入れ替わっていないと思っていたが、
「それってもしかして、白色でしたか?」
「金だったよ。」
「き、金髪?」
予想外の答えに氏神様だと思って進めていた思考が散っていった。
金髪ってことは、そもそも七じゃないのか…?
「男の方は髪の毛灰色でしょ。この辺じゃそんな人達あんまりいないからおっかなかったよ。」
「……。」
誰だ…?
その金髪の女っていうのは…。
その後も聞き込みを続けると、昨日の深夜ーパトカーを撒いた後だろう、この付近で目撃されているらしかった。早朝にかけて人通りが減るのもあってか、それ以来の目撃情報はぱったりと消えてしまった。
「金髪の女…。」
「灰の知り合いで心当たりある?」
「いえ…。」
この辺の人でそもそも金髪が珍しい。明るい茶色とかではなく、目撃情報ではまっきんきんだったそうで、そんな目立つ人事件云々よりこの辺で誰か知っていてもおかしくないのに。
みんな顔までは見えなかったと言っていてその女の正体まではわからず、その女が灰と一緒にいるせいで、七がどこに行ってしまったのかは全くわからなかった。
灰とはもう一緒にいないのだろうか。
七の情報だけが一向に無くて、いい加減七の無事を確信し出来なくなってくる。
その金髪の女が灰を脅している犯人って可能性も十分あるのだ。
勝手に犯人を男のイメージでいたが、女であってもおかしくない。その女の指示で七を既にどこかに連れて行ってしまっていたとしたら…。
「大丈夫、まだ明日まで時間あるからさ。次はホテルの方探しに行こう。」
京介さんに背中を叩かれて、頷いた。
だけどそれ以降、七の情報も灰の情報すらも途切れてしまい。深夜まで粘ったが、結局この日はパトカーの音一つすら鳴らなかった。
七の誕生日、ハロウィン当日。
結局日を超えるまでに見つけるという目的も達成できず、朝定例報告のように状況説明にやってきた警察に、また誠さんと尊と俺が向かう。
「共犯の女がいるようなんです。」
警察が俺たちより先に聞き込みでその情報を仕入れているのは知っていた。尊にも帰宅した時点で教えていたから、誠さんだけがまた素直にリアクションを取っていて、
「共犯の女…?」
「はい。昨夜コンビニ前でたむろしていた不良の喧嘩相手が、どうも容疑者のようで…。そこに女が一緒にいたそうなんです。他の目撃情報でもその女が一緒に出ているので、交友関係を洗っているんですが、なにか知っていることはないかと…。」
「どんな女なんですか?」
誠さんの質問に、女刑事が持っていたバッグからPCを取り出している。コンビニの件は初めて聞く話だが、画像でもあるのだろうか。
聞き込みでは皆遠目でしか見ていないー金髪と灰髪の怪しい男女に近づく猛者などおらず、遠目でしか目撃情報がなかったため顔を拝めるのはありがたい。
「動画があります。」
と、女刑事がPCの画面をこちらに向けてから動画の開始ボタンを押した。どうもコンビニの入り口にある防犯カメラの映像のようだった。
少し粗めの画質からは、夜であろうコンビニからの電光しか明かりがない中、コンビニ前でたむろしているガラの悪い三人の男が映った。駐車場に止めてあるバイクの横でタバコの吸殻を捨てたり、コンビニで買ったものを食い散らかしていて、常識的とは言えない振る舞いで騒いでいるようだった。
そこに、コンビニから一人の女が出てきた。
この女がその共犯の女だろうか。
小柄なのに黒いぶかぶかのパーカーを余らせながら着ていて、目深に被っているフードから伸びている髪は確かに金色をしていた。夜なのにデカいサングラスをかけていて、コンビニの前にたむろしている奴らと同じくらいガラが悪かった。
画像が荒いのとその服装から、はっきりと顔や年齢はわからないが。
…っていうか、これ…。
たむろしている不良たちが、その女に声をかけたのか女は不良の方を向いた。音声は入ってないが、何か言い合いをしているようで不良たちと女の間には剣呑とした空気が流れ始める。
しばらくやりとりした後に、不良の一人が立ち上がってその女に近づいた。女もそれに対抗するように近づいて行くと胸ぐらを掴まれていた。
しばらくその状態でなにかまた言い争いをした後に、不良が女を殴ろうと拳をあげ、コンビニから走り出てきた男に止められていた。
こっちもスウェット姿で目深に帽子を被っているから顔は見えないが、帽子からこぼれた髪と背格好から灰に思える。
灰らしき男は不良と女の合間に入って、止めた拳を収めるように不良を宥めているように見えたが。
不良になにか言われたのか怒りに触れたようで、拳を止めている手と反対の腕で不良を殴りとばした。
それを狼煙の合図に後ろの不良達も一斉に喧嘩に参加してきたが、灰らしき男に一瞬でその場にのされてしまった。
喧嘩が終わると。
喧嘩の間後ろに下げられていた女が、その共犯らしき女はその容疑に相応しい振る舞いをするように。地面に伸びている男たちに向かって、二度と喧嘩売ってくんなと捨て台詞でも吐くように。
長い舌を出して、中指を立てていた。
外の乱闘に気付いたコンビニ店員が出てくるのに気付き、女は灰に頭を叩かれてから、その場を逃げるように二人は去って行った。
…っていうか、これ…。
「七じゃねえか!」
金髪に染めた七だった。
金髪の女ってお前かよ!
ちょっと似合いすぎるほどにガラが悪すぎる。
「え⁉︎この子、誘拐されてる女の子なんですか⁉︎」
刑事全員が驚いたように動画の女をもう一度見ていたが、確かに名家の神楽所の娘がこれには見えまい。金髪に染めて変装までしているし、言われなきゃ共犯にしか見えないだろう。
それに普通の女子高生は喧嘩相手に向かって去り際に中指を立てて舌を出したりしない。スラム街育ちかアイツは。
…なんで俺、この子好きなんだろうか。無事を安心するより先に、それについて今一度考え直した方が良いかもしれなかった。
女刑事と年配の刑事は一二言言葉を交わして、まずい。ついツッコんでしまったが、ひょっとすれば灰と神楽所家が共謀して虚偽の誘拐事件をでっちあげていると誤解を産みかねない。そうなれば七の捜索が遠のいてしまう。
女刑事は深刻な顔をして、
「これは…、ストックホルム症候群の可能性がありますね。」
「……はい?」
ストックホルム症候群というのは、誘拐や監禁で拘束下にある被害者が、加害者に好意や共感を抱いてしまう現象のことだったか。
つまり七が灰に洗脳された状態だと思っているようで、
「七さんの精神負担が心配ですね。」
「加害者にここまで影響されているということは、かなり心的負荷がかかっているかもしれません。」
…違うんです。この子元々こういう子なんです…。
とは言えず。
誠さんも尊も、俺も。
とりあえず黙っておいた。
三上さんだけが、隣でまた顎を触っていた。




